第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈2〉
……そんなことより、問題は「この凍てつく夜をいかにしてしのぐか?」である。
自分の柵にしかれた寝ワラを足や背中で壁際へつみ上げて中にもぐりこんたが、状況はあまりかわらなかった。しんしんと底冷えがする。
こうなれば、もう最後の手段である(はやいな!)。
だれあろう、このオレさますなわちB級召喚獣トンカプーは炎をあやつる召喚獣である。暖をとるのにもっとも適した召喚獣と云えよう。
寝ワラを壁際へ押しやったことで露出した石畳のまん中に寝ワラを少しだけ置いて、オレは鼻から炎をふきだした。
「ぷきゃきゃっ!」
熱っつう! 弱火にしたつもりだったが思った以上に炎がでて、ちょっとの寝ワラが舞い上がり一瞬で焼失した。
ふだんの召喚獣戦闘でマッチ程度の弱火なぞつかうことがないため、火力調節がむずかしい。これは慎重を要する。
寝ワラへ着火する前に極弱火をふく練習が必要だと感じたオレは、石畳へ向かってファゴッ! フォゴッ! と小さく炎をふきだしていたら、突如、オレの周囲に無温の黒い炎が上がって、オレは灰色に石化した。
ふたつとなりの柵から鈍色の甲冑を身にまとった勇壮な黒山羊・E級召喚獣ヘルゴルゴートがのっしと歩みより、右前肢のかたいひづめでオレの頭をガツン! とはたいた。
「ぷきゃっ!」
石化が解け、痛みに頭をかかえたオレがうめいた。
(なにしてやがる。あぶないだろが!?)
おそらく、ヘルゴルゴートはそう云いたいのであろう。
厩舎は召喚獣盗難防止策として重い鉄扉で施錠されている。万が一、厩舎内が火事にでもなればオレたちは袋のネズミ、ピッツァ窯の中のマルゲリータ、グリルの中の焼きブタである。
だからこそ、そうならぬよう慎重に練習していたわけだが、暗闇に明滅する炎のあかりは放火魔の不審な動きとしか映らなかったらしい。
ぶりぶりと怒りのオーラを発散させつつ自分の柵へもどるヘルゴルゴートの背中に、オレは最後の手段が早々についえたことを悟った。
火種はあるのに身体も心もあたためることのできなかったマッチ売りの少女の哀れな末路が身にしみる。
……パトラッシュ。なんだかボクとっても眠いんだ。
そんな気分で寝ワラへもぐりこもうとしたところ、コッコッ! と、となりの柵からノック音がした。
オレがその音に気づいてあたりを見わたすと、格子状になったとなりの柵の上部からシャイニーロプロスがこちらを睥睨していた。
D級召喚獣シャイニーロプロス。飾り尾羽の優美な金色の鳳凰とよぶにふさわしい体長2mほどの鳥系召喚獣である。
シャイニーロプロスはとなりの柵から鎌首をもたげて、ことの顛末をうかがっていたらしい。
オレと目のあったシャイニーロプロスがあごをしゃくって自分の柵へこいとうながした。D召喚獣の威圧感にオレはおずおずとしたがった。
するどいくちばしでつつきまわされるものと覚悟していたのだが、オレがシャイニーロプロスの前へ立つと、シャイニーロプロスはたたんだ翼の脇を空けて、翼と胴体の間へ入れとあごで指示した。
自分とそい寝して暖をとれと云うことらしい。
シャイニーロプロスの善意に甘えて柔らかな羽毛に身体を密着させると、翼が頭上をおおいつくした。外気をさえぎる大きな翼とシャイニーロプロスのぬくもりが心地よい。
シャイニーロプロスがどこのだれかは知らんが、オレは心底感謝した。
アレストリーナ姫の保持している人間召喚獣で性別のハッキリしているのはこのオレ、トンカプーだけだ。
なにせウサ耳小ブタの姿で空を駆けまわるのだから、股間の小さなシンボルはだれの目にもあきらかである(くれぐれも誤解のないよう云いそえておくが、シンボルが小さいのは小ブタだからだ。人間・香坂香のそれを反映したものではない)。
しかし、ドラゴンのF級召喚獣サンドロバルバドスや鳳凰のシャイニーロプロスは外見で雌雄(男女)を判別することはできない。長く剛い毛におおわれたヘルゴルゴートも同様である。
おそらく、乱暴なヘルゴルゴートやドラゴンのサンドロバルバドスの正体は男性だろう。女性に適した召喚獣とも思えない。
アレストリーナ姫がその美貌をエサにPCゲーム『フェアモン・バトル』で召喚獣をスカウトしていたことを思えば、シャイニーロプロスの正体が女性である可能性は低い。
よしんば、親切なシャイニーロプロスの正体が、頭のハゲちらかった小太りのオッサンだったとしても、おたがい体長差の極端な召喚獣の姿なら気にはならない。背に腹はかえられない。シャイニーロプロスもオレが男と悟った上でそい寝させてくれたのだ。
これでますます相手の正体を詮索する気はうせたわけだが(知らぬが仏と云うやつだ)感謝の念がうすれることはない。
「ぷひゅ~」
オレはシャイニーロプロスへ「ありがとう」と告げて眠りに落ちた。
……ねがわくば、シャイニーロプロスの正体が清楚な美少女でありますように。




