V-200 出発ってこんな感じなのか?
宇宙への出発当日。隠匿桟橋に俺達は集合した。
騎士団の主だった連中も集まって見送りに来てくれたし、ローザ達もはるばるやってきて、ドロシーと話をしている。
たぶん『頑張って来い』って励ましてくれてるんだろうな。
マリアンやライズ達も見送りに来てくれている。ザクレムに押し付けて来たんだろうか? ちょっと心配だな。
桟橋の一角に俺達が一列に並ぶ。俺の隣にエミー、ドミニク、レイドラ、フレイヤ、クリス、カテリナ博士最後にドロシーだ。
数m離れて、騎士団員が勢ぞろいしてくれた。
「ヴィオラ騎士団の行動区域が北緯50度を超えた時、俺達は中継点を見付けた。中継点を足掛かりにヴィオラ艦隊は鉱石を採掘している。北緯60度を超えて白鯨は高緯度地方の採掘を順調に行っているし、ガリナム艦隊は中継点の周囲を広範囲に鉱石の探査を行いつつ巨獣に目を光らせている。
これだけでも騎士団としては十分に活動していると言えるだろう。だが、俺達の知る世界にはもう一つ、鉱石を採掘できる場所がある。
いつかはどこかの騎士団が始めるに違いないが、どうせなら俺達が一番乗りになりたい。
後ろの船を見てくれ。騎士団が持つ初めての航宙船であるリバイアサンだ。
宇宙に俺達の活動が出来るかどうかを見極めて来る。そこに鉱石が無いなら直ぐに帰って来るつもりだ。それでは、出掛けて来る!」
いつになく長い挨拶になったが、俺の心情だ。
10日程小惑星帯を探索して、思わしくなければカテリナ博士も諦めるだろう。
皆の答礼を受けて、俺達は桟橋からタラップを歩いてリバイアサンに乗り込んだ。
「ちゃんと付いて来るのよ。でないと迷子になってしまうわよ」
カテリナさんがそんな言葉を言うから、俺達は旗を持ったカテリナさんの後ろに付いて通路ぞろぞろと歩いている。
何となくツアー旅行の感じだな。短い棒の先にひらひらとなびいているヴィオラ騎士団のペナントがリバイアサンには絶対そぐわないと思うんだけどね。
「どこに向かってるんですか?」
「居住区の上にある展望ブリッジよ。その上が操船ブリッジだから分かりやすいでしょう?」
フレイヤの問いにカテリナさんが答えているけど、居住区だってどこにあるか分からないぞ。早めに船内ナビを手に入れないと迷子になりそうだな。
これだけ大きいのに、乗員が数十名なのも問題だ。誰かに聞くというのも難しいだろう。自分に係わる区域以外には出歩かない方が良さそうだ。
元々俺は出歩くのが好きじゃないから、部屋でのんびりしていよう。
「何か、歩きづらい通路だな」
「気が付いた? 靴底と通路の床が静電結合するの。でないと、無重力では体を固定出来ないでしょう。一応、簡易重力場はあるんだけど、リスクは減らさないといけないわ」
前の方からカテリナさんの答えが返ってきた。
確かにリスク低減は設計者が考えないといけない事ではあるんだが、歩きづらいのは問題じゃないのか?
そう思っていても、口に出したら負けてしまうから、黙って後を付いて行くんだけど、ちょっと粘るような感触は戸惑ってしまうな。
それでも5分程歩くと、エレベーターに着いた。
エレベーターの向かい側の壁には3Fと表示されているから、3階って事なんだろう。
10人程が乗れるエレベーターに乗ると、カテリナさんが5Fのスイッチを押す。2つ上階だから直ぐに到着したぞ。
エレベーターを出るとちゃんと5Fと壁に表示が書かれていた。左右に通路が伸びている。
「ここが展望ブリッジよ。左右どちらの通路も行き先は変わらないわ。主要な通路は2つ作ってあるの。リバイアサンの前方向に展望ブリッジ、後方には艦隊指令室が作ってあるわ」
左の通路を進みながらカテリナさんが説明してくれたけど、宇宙に出掛けてもヴィオラ艦隊全艦に指令を出せるようだな。騎士団長が一緒だから仕方がないと言えばそれまでなんだけれどね。
更に通路を進んで行く。今度は結構な長さがあるぞ。右に湾曲した通路だから、どれぐらい長いか実感がわかないのが気にはなるな。
それでも、ようやく終点に来たようで、通路が壁で遮られている。その真ん中にある扉を開けると、数m四方の小さな小部屋があった。
「エアロックよ。船内にけっこう数があるから注意してね。一度両側の扉を閉めないと、片方の扉は開かないわ」
たぶん事故を想定してるんだろう。小さな穴が開いただけでも、空気が無くなってしまうからな。
全員が入ったところで通路の扉を閉めてロックすると、どちらかの扉を開けるって事だが、カテリナさんは入ってきた扉の反対側の扉を開いた。
俺達全員が大きく目を見開く。そこは大きなホールになっていた。
大きさは体育館より広いんじゃないか? 天井の高さが5m程だから、バスケットボールはできないと思うけど……。
「ここが展望ブリッジ。私達のリビングになるのかしら? 前方が3重の窓になってるわ。危険な場合は装甲シャッターを下ろすから、それほど心配は無いと思うけど、念のためにこのブリッジだけでも簡易気密服が60着備えてあるわ」
ここだけでも、と言う以上他の場所にも備えているんだろう。空気が漏えいした時に避難するだけの簡易版だからそれ程機能があるわけじゃ無さそうだが、あるだけでも安心できる。
「前方の窓に近い場所に座席を設けてあるわ。ソファーみたいだけど、リバイアサンならこれで十分よ。Gが加わる場合は各自のベッドで耐える事になるけどね」
話をしながら、カテリナさんがソファーの座席を持ち上げると、その下のボックスに簡易宇宙服が入っていた。
なるほど、これなら直ぐに装着できるな。小型のボンベは10分程度の呼吸が可能らしい。エアロックで次の部屋に移るまでだからこれで十分なのだろう。
俺達は、ソファーの1区画に腰を下ろした。
そろそろ出発になるんじゃないかと思ったら、操船を行うのはドミニク達らしい。
カテリナさんとドミニクにレイドラ、クリスとドロシーが俺達と別れて、操船ブリッジに向かって行った。
「私達はここにいて、だいじょうぶなんでしょうか?」
「さっきの話だとだいじょうぶらしいな。出発する時には合図位してくれるだろうから、前を見て、その時を待てばいい」
とは言ったものの、良く分からないんだよな。
そんな俺達の前にスイっと3枚の小さなタブレット端末が出て来た。
「これを良く読んでおくにゃ」
そう言って俺達の後ろのソファーに腰を下ろしたのはライムさん達だ。エミーがここにいる以上彼女達も付いて来たってわけだな。
受け取ったタブレットにリバイアサンの情報が入っているらしい。アリスにお願いして、腕時計型端末に情報を転送して貰う。
このタブレットは後でバッグに詰め込んでおこうと思いながら、早速画像を開いてみる。
なるほど、現在地と人間の居場所がこれで分るんだ。リバイアサンの各室の大まかな仕様も分かるから、これを持っている限り迷子にはならないだろうし、人を探すのも楽に違いない。
そんな、画像の中でプロテクションの掛かった部屋があるが、これが俺達のプライベートルームになるって事かな。区域の大きさだけでカンザスよりも大きいのが分かるな。
俺の私室もあるらしい。少しは1人になれるって事に違いない。
『ブリッジより連絡。出発まで、残り60秒!』
急な話だが、船内放送が2度繰り返されただけで終了した。
シートベルトは必要ないんだろうか?
そんな思いが頭を過る間もなく、ソファーのシートが俺達3人を包み込む。まるでジェルの中に沈むような感じだな。
『カウント10、9、……ゼロ!』
ドロシーの放送する声がゼロを告げた時、ちょっとした浮遊感が襲って来た。と言ってもエレベーターよりも少ないぞ。これで浮かんだんだろうか?
『隠匿桟橋を離れてホールの外に出ます。防弾ガラスに偏光を加えます』
窓から漏れるホール内の照明がやや暗くなる。2重偏光を利用して光の透過度を制御しているようだ。
1分もせずにホールの外に出た。
今度は少しずつ上昇しながら南に進んでいるように見える。
『速度時速50km。このまま50km進んで東に進路を変更します』
尾根がたくさんあるから、それを回避するつもりらしい。タブレットに速度と高度が表示されているが、現在で高度150m位だ。速度は時速80km付近にまで上昇している。
「こんなんで宇宙に行けるの?」
「だいじょうぶさ。依然加速は続いてるんだ。まだカンザスの空中巡航速度にも達してないけど、最終的には秒速10km以上になると思うぞ」
宇宙への脱出速度は秒速10kmまでは必要ないけれど、俺達は更に先に向かう。どこまで速度を上げられるかはこの試験航行で分る筈だ。実際には光速の1割位にあげられるんじゃないかな?
だが、それは別の恒星系への旅立ち位になるだろう。惑星圏内で鉱石採掘をするためにはそこまでの速度は必要ないはずだ。
将来は、アリスのように時空間を飛び越えて移動できるようになるんだろうな。
それが一般的になった場合はどんな世界になっているんだろう?
『高度1千mです。5分後に上昇角度を上げますから、現在席に着いていない方は急いでシートに付いてください』
ここからが、本当のリバイアサンになるって事だろうな。
ドキドキしながら俺達が待っていると、これまでとは異なる加速感がいきなり伝わってきた。地平線が見えていた窓の外が紺碧の空に変わる。
「何なの!」
「加速度感がデイジー並みですよ!」
「これでも、全力じゃないようだぞ。反重力システムの出力は10%にも達してない」
たぶん、アリスも呆れてるんじゃないか?
かなりの速度が出ているようなので、タブレットの表示を見てみたら音速の2倍を表示している。更に速度がどんどん増しているのが速度計の数字の上昇で分かるのだが、加速感はそれ程でもないな。リバイアサンの内部の重力コントロールで加速度を打ち消しているんだろう。
ある意味、中継点から直接宇宙に飛び出すことも可能ではあるが、リバイアサンに搭載された各種のシステムはこの世界では初めての事に違いない。
それを確認するためにも、こんな面倒な事をカテリナさんはしているんだろうな。
思考は柔軟で斬新だけど、実行する場合は慎重になれるってことは、ある意味理想ではあるんだが、それをカテリナさんがすると過去に何かあったんじゃないかと勘繰りたくなるな。




