V-199 いよいよ出掛けられるぞ
バルゴ騎士団が俺達を訪ねて一か月も過ぎると、西に向かう船団が科学衛星の画像からはっきりと映し出される。
100隻は超えているんじゃなかろうか? それだけ、エルトニア王国がバルゴ騎士団をバックアップしているという事だろう。12騎士団筆頭は、伊達ではないという事だろう。
「壮観な眺めね。グラナス級だけでも20隻を超えているわ」
「エルトニア国軍の1個艦隊を派遣しているのでしょうか?」
ソファーで紅茶を飲みながらフライヤ達は大艦隊を眺めている。
いよいよ、アニーさん達が動き出したということだな。資材と王国の援助があれば意外と早く出来そうな気がするぞ。中継点の警備は小規模艦隊をエルトニア王国が残して行けば十分だ。数年でがっしりと防備を固めたところで引き上げれば良い。場合によっては、退役軍人の就職先として、数隻の駆逐艦を残すことも考えられるな。
「小型砲艦の注文が来てるようだけど、これって?」
「ああ、俺が提案したんだ。タグボートに40mm長砲身砲を付けるだけで、防衛は楽になるってね。1個中隊もあればそれだけで巡洋艦並みの働きが出来るよ」
ある意味、廉価版のゼロになる。中継点の周辺偵察にも使えるし、タグボート本来の多目的運用にも使えるから便利だと思うぞ。
タバコを取り上げて火を点ける。
宇宙でこれを楽しめるんだろうか? カテリナさんも喫煙者だから考えてはいるんだろうけど、難しそうだな。代替え品を探しておくか……。
「リバイアサンのクルーは決まったらしいけど、訓練はどうするの?」
「オルカとドルフィンの操縦をマスターしないといけないんだが、一応ビオランテで訓練中だ。操船と生活部の連中は、いきなり本番になりそうだけど、一応、アリスとドロシーがいるから何とかなるんじゃないかな。デイジーⅢも作ってるらしいから、フレイヤとエリーもリバイアサンから出られるぞ」
元々が反重力装置を組み込んだイオンクラフトだからな。デイジーの改造は密閉と空気の循環装置が機能すれば十分だったらしい。40mm長砲身砲とロケットランチャーがカテリナさんの趣味で付いているから、護衛機としては丁度いい。
「オルカのクルーが3人で4機、ドルフィンは新型獣機で操縦するから8人でしょう。リバイアサンの中にも獣機が4機。ブリッジに2人で、トラ族の人達が26人。ネコ族の人達が12人で、ドワーフ族はベルッド爺さんが5人を乗せると言ってたわ」
全部で43人か。俺達がドロシーを入れて6人、カテリナさん達も5人はいるだろうな。全部で60人弱って事になる。乗員を100人として設備を作ってあるらしいから、人数的には問題ない数字だ。
「かなり自動化してるってカテリナさんが言ってたわ。その分保全要員を増やした射って事なんでしょうけど」
「限度があるよ。やはり人数がいた方が安心できる。ベルッド爺さんにもう少し増やせないか確認しといた方が良いだろうな」
「無重力なんでしょう? ちゃんと生活出来るかしら?」
「反重力装置を使って、艦内の特定の場所を1Gに出来ると言っていたわ。でないと、コーヒーすら飲めないわよ」
色々と言ってるけど、皆も出来上がるのが楽しみなんだろうな。俺だって嬉しくなるし、楽しみでもある。
そんな話をしていると、カテリナさんとガネーシャがやってきた。
空いているソファーに腰を下ろすと、俺達の話に加わる。
「機動要塞に搭載する動力炉と反重力装置はリバイアサンの竣工前に仕上がるわ。ガネーシャは中継点に残るけど、起動要塞の施工監修には参加できそうよ」
「既に救援艦は形になったようです。ミドル-Ⅱ……、ローザ様が守護する中継点の名称ですが、そこに配置することで、3王国が協定書に調印したと聞きました」
いよいよ、西に騎士団が大移動しそうだな。とは言え、アメとムチの政策だ。しっかりと、王国間で定めた点検結果が合格しなければ、救援には向かわない事を明言するのも真近だろう。
「ひょっとして、他の中継点にも名前が付いてるの?」
「ええ、テンペル騎士団の守護するバージターミナルはST-Ⅰ、コンテナターミナルはミドル-Ⅰ、私達の中継点は騎士団領、バルゴ騎士団が守護する新しい中継点はNB-Ⅰと呼ばれるようです」
何か、コールサインみたいだな。まあ、他の中継点と区別できればいいのだろうけどね。
「これでローザ達も少しは楽が出来そうだな。既にウエリントン王国の機動艦隊がミドル-1とミドル-2を遊弋している。今年中にはの頃2つの王国の機動艦隊も合流するからね」
「西に向かう事はないかしら?」
「その為の機動要塞だ。ナイト6機にゼロが12機ならば火力はローザ達のアンゴルモア艦隊に引けを取らないよ。機動要塞を遠くから援護する位置で巨獣が出て来るのを待ってるんじゃないかな?」
俺の言葉に、皆が微笑む。その光景が目に浮かぶようだ。『父王達に横取りはさせぬぞ!』なんて言いながら突っ込んで行くんだろうな。あれほどガリナムをねだったのはその為なんだろう。メイデンさん並みに過激な艦長を探してきたみたいだからな。
待てよ、もしもガリナム艦隊とたまたま同じ巨獣を獲物として2つの機動艦が遭遇したらとんでもない事にならないか?
メイデンさんは譲ってあげるなんてことはしないだろうからな。なるべく接近させないように艦隊運営をせねばなるまい。よくよくドミニクに言っておこう。
「ドミニク達の艦隊運用指揮所はどうなってるの?」
「一応、形になったわよ。リバイアサンは余剰空間が沢山あるから、そこに作ったわ。情報はドロシー経由でどこでも運用が出来るから、リバイアサンに乗船しなくても問題はないわ」
「機能的ではあるけど、運用実績が無いから売り込みはもう少し後になるわね」
商売にするつもりなんだ。まったく商魂逞しいな。さすがは騎士団員だけの事はある。
そんな話が出来るのも、今のところ順調に進んでいるからに他ならない。
いよいよこの大地を離れて星の海に鉱石採掘の足を延ばせるのだ。それは既に時間の問題だけになっている。
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「完成したという事ですか?」
「ええ、完成したわ。いつでも出発出来るわよ」
リビングでおしゃべりしていた俺達のところにいきなりカテリナさんが現れてリバイアサンの完成を告げた。
俺達は互いに顔を見合わせてさてどうするかを考える。早くしないとカテリナさん一人で出掛けかねないからな。
「直ぐに出発という事も出来ないでしょう。リバイアサンのテスト飛行は地表近くで何度か行うべきでしょうし、オルカとドルフィンのテストもぶっつけ本番はまずいですよ。それに宇宙服の密閉や機能試験だって必要です」
「それも含めてよ。宇宙服は100着を3度繰り返したし、オルカとドルフィンは宇宙専用機だから、地上試験は無理があるわ。リバイアサンのテスト飛行は直ぐにでも可能よ」
「でしたら、10日後にしましょう。最終クルーの調整と、物資の搬入。それに宝石ギルドから鑑定チームを招きます」
「10日後ね。了解よ」
そう言って嬉しそうに出て行った。残ったのは、さてどうしたものかと悩む俺達だ。残された期間は10日間。色々とやることがありそうだ。
「宝石ギルドに連絡しといた方が良いな。原石選別用の単波長ライトはドルフィンに設置してあるんだろう?」
「出来てます。アクティブ中性子を使った鉱石探査器と共に搭載したと聞いてます」
エリーが答えてくれた。宝石ギルドへの連絡は任せてくださいと言ってるから、その言葉に甘えよう。
後は……。そうだ! 運航管理局にも連絡しといた方が良さそうだ。
俺達は彼らに敵対したいわけじゃないからな。きちんと連絡した記録を残しておけば問題も起こらないだろう。テーブルから離れて、ソファーに移動する。
自分のマグカップも持ってきたから、交渉が長引いても安心だ。
「アリス。第二惑星管理官に連絡したいんだが、方法はあるかな?」
『相手の端末に直接連絡したらどうでしょうか? 運航管理局の通信回線は全て解析済です』
ひょっとして、管理局の電脳を既にハッキングしてたのか? まあ、助かることはたしかだけど……。
「ついでに、ライデン周囲の航宙機の状況は?」
『コンテナ輸送船がラグランジュ地点に3隻停泊しています。赤道上空のターミナルでは、ライデンから打ち出されたコンテナの回収作業が6か所で行われています』
「となると、俺達が出掛けるコースはどうなるんだ?」
『ここから直接第5惑星付近に直行します。第4惑星軌道から150万km外側が、私達の狩場の始まりになります』
仮想スクリーンが変形して半球状のスクリーンに変わる。
そこに、管理局の航宙機が描く軌道と俺達が進む軌道が描かれる。片方は円弧を描き、俺達は直線的に伸びている。
「出発を1200とした場合の航路予定図を作ってくれないか? 交渉で、向こうに渡しておけば向こうも安心するだろう。それじゃあ、アリス回線を繋いでくれ!」
ちょっと仮想スクリーンにノイズが走る。その間にタバコに火を点けて、相手が出るのを待つことにした。
画像にこの間の管理官がびっくりした表情で現れた。どうやら私室らしい。ラフな服装は好感が持てるぞ。
「しばらくです。ライデンのヴィオラ騎士団領公爵のリオです」
「この回線はプライベートですが、良く探し当てることが出来ましたね。私の事は、ミレーネとお呼びください。それで、御用件は?」
ミレーネさんか……。驚いてはいたが、直ぐに立ち直っている。やはり1つの区域を任されているだけのことはある。
「俺達の航宙機が完成したので、10日後に鉱石採掘を試みる。ライデンの出発を1200時にした場合の航路図を送る。無用な心配を掛けるわけにもいかないだろう」
直ぐにアリスが航路図を送ったようだ。ファイルを再生して、もう一つのスクリーンに展開しながら確認している。
「確かに頂き増した。……これが本当なら、こちらにインパクトがあるとは思えません。採掘が成功したら再度連絡してください。10万km以上離れて見ている分には、よろしいですよね?」
「ああ、条約の通りならこちらも問題はない。それでは運航管理官の了解が得られたという事で、俺達は10日後の1200時にライデンを発つ」
俺の言葉にしっかりと頷いたところで通信を閉じた。
これで、問題はないだろう。テーブルを見るとフレイヤ達があちこちに通信を行っている。後はゆっくりと過ごそう。意外と退屈な旅になるかも知れないから、退屈しのぎになりそうなものでも見つけようか。
そんなことで、仮想スクリーンに商会のカタログ商品を表示させると、画像の解説文を読みながら時間を潰す。