V-184 ドロシーを学校に?
「一応、輸送業者との話はついたよ。後はお后様達と輸送業者の代表で会議を持ちながら進めるとのことだ。初期の株式については2割を俺達が買取る。改良型デンドロビウムのレンタル費は、1隻当たり200万Lを毎年だ。1隻は無料でレンタルする」
「まあまあの交渉ね。その内、王国から最終的な報告が来る筈だから、ガネーシャには3隻の建造をお願いしておくわ」
「でも、そんなに安くてだいじょうぶなんですか?」
「10年で元が取れるわよ。それに、点検をこの中継点で行なう事で、補修要員の仕事が増やせるわ。新たな国民が増える事は喜ばしいと思う」
騎士団領のパレスのリビングで簡単な報告を行なった。
ガネーシャさんは新たなラボを作ったようだから、仕事が増えるのは嬉しいに違いない。カテリナさんは宇宙服や宇宙食何かで夢中だからな。余分な仕事は受け取ってくれない筈だ。
「白鯨は高緯度地方で採掘を行なってるし、カンザスとヴィオラは北緯50度付近で鉱石を採掘してるわ。ガリナム艦隊はヴィオラより少し南の方を遊よくしてるわ。ヴィオラ騎士団に今のところ問題は無さそうね」
まだ昼間なんだけど、俺達はグラスのワインを傾ける。ヒルダさんが帰りに持たせてくれたワインは王宮御用達の一品だ。酸味と甘味が丁度良い。
ライムさんが作ってくれたカナッペの塩味とのかねあいが絶妙なのは、ライムさんが長く王宮で暮していたからなんだろうな。
「それで、この後はどうするの?」
フレイヤがドロシーを視線で追いながら皆に問いかける。
ドロシーは頭から逃げ出したギガントを追い掛けているようだ。
「一応、各自に宿題を用意してあるから、一月ほど後にその答えを皆に報告して貰うわ。マリアンから出された中継点の課題だけど、内容的に見て私達で解決策を見つけなければならないでしょうね。メールで状況と関連するデータを送っておいたけど、更にデータが必要であればマリアンにメールを送るか、ドロシーに聞けば良いわ」
「俺にもあるの?」
ドミニクの話に確認を取ると、俺だけ3つあるらしい。
建国の理念に男女平等と追加しておこう。
それそれが端末を使って渡された命題を確認している。
どれどれ、俺の分も見てみるかな。
1つ目は、学校の増設と教員数を増やして欲しいという嘆願だな。基本的には増設する方向で考えねばならないが、生徒数とその生徒達の将来を考えねばなるまい。ある意味、専門課程を持つ学校があっても良いような気がする。この辺りは、実際に教えている先生に聞いた方が良いかも知れないな。
2つ目は、領土拡大に伴う周辺警備に関する要望書だ。ガリナム艦隊がいるのだが、直径100kmに及ぶ領土の周辺500km辺りは安全圏として位置付けたいらしい。そうなると、監視を目的とする艦隊が必要になるのかも知れないが、駆逐艦では大きすぎるな。早期発見と逃げ足に特化した船を作れば、後はガリナム艦隊に任せられるんじゃないか? 新型獣機の要撃部隊を作っても良いだろう。これはガレオンさんと相談だな。
3つ目は、他の騎士団からの同盟に関することだ。これは俺よりもドミニクの方に回す話じゃないのか?
まあ、時間つぶしには丁度良いな。アリスに関係者との打合せを段取りして貰えば何とかなりそうだ。
マグカップを取り上げながら、皆を見てみると同じように首を傾げているぞ。どんな課題だか分からないけど、一人で何とかしようとせずに協力者を探そうとしないのかな?
『マスター、校長のカリン様は直ぐにいらっしゃるそうです。2時間後にパレスの小会議室にいらっしゃいます』
「ありがとう。皆忙しそうだから、俺1人で良いだろう。ライムさんに連絡を頼むよ」
約束の15分前に、ドロシーを連れて小会議室に向かう。ドロシーがポツンと寂しそうに立ってたので声を掛けたら付いて来てくれた。アリスに次ぐ電脳だからな。意外と良いパートナーなんじゃないかな。
「既に来てるにゃ。ドロシーはジュースで良いにゃ!」
小会議室の扉の前でライムさんが俺を待っていてくれた。ドロシーの好みは聞いても、俺には聞いてくれないんだよな。
まあ、コーヒーを飲みに来たわけではないからと自分に言い聞かせて、会議室の扉を開けると、数人が座れるほどのソファーセットが置かれている。
俺の来室を知って、2人の女性が席を立って俺に頭を下げる。
「気にしないで良いですよ。称号は後から付いて来たものですし、俺は自分を今でも騎士だと思っていますから」
2人が再び席に腰を下ろしたところで、小さなテーブルを挟んだ向かいの席に俺達も腰を下ろした。
「この度は、私共の嘆願を聞いていただきありがとうございます」
「最初の学校を作ったのは、トンネル掘りの作業員の一言でした。『出来るなら家族を呼びたいが、この中継点には学校がない』それで、最初は事務室の1つを使って授業を始めたのです。だいぶ規模が大きくなってきたとは思いますが、子供達の将来を考えると、普通過程だけではなく専門課程も含めた学園を構想したいと考えてはいたのですが……」
「私達が訴えたかったのは正にその通りなのです。中継点にはたくさんのラウンドクルーザーが立ち寄ります。子供達は小さなころからそれを見て育ちます。とうぜん彼らの夢は……」
騎士団員になりたいってことだろうな。だが、そう簡単ではないぞ。騎士団は閉鎖社会だ。縁のない者を騎士団員にすることは先ず無いだろうな。例外は生活部と補修部なのだが、ネコ族とドワーフ族が殆ど独占している。
ヴィオレ騎士団領で育ったからと言って必ずしも騎士団になれるものでもない。その辺りは親も分かっているだろうけど、子供にそんな話をするのも別の問題を招きそうだ。夢を実現する為に人は努力するんだからな。
「少し騎士団の中で考えてみます。それと、学校については、現在の義務教育機関の上に専門学校となる機関を作られる事は、政務局に進言しましょう。クラスと学生数それに選科と授業期間それらを纏めていただけるとありがたいです。将来的には学校を纏めて地上に設置する事になるでしょうが、安全性は我等騎士団が保障します」
「それは、更に人口が増えると予想されているのですか?」
大きく目を開いたカリンさんが聞いてきた。
「高速輸送艇よりも素早く安全に荷を送り届けるシステムが出来つつあります。まだシステム全体の信頼性を担保する為に点検頻度を短くしています。保守要員が更に増えるでしょうね。それに、温室での野菜、果物の栽培も順調です。領土が広がっていますから、温室もどんどん増えていくはずです」
「となると、学校を統合した学園を考えた方が良さそうです。私はエルトニアで教育を受けたのですが、私の恩師はまだ健在です。常々統合化された学園を思い描き、その著書も多いのですが、恩師を招聘して頂くわけには行きませんか?」
生涯を教育に捧げた人なら、それなりに明確なビジョンを持っているだろう。そんなビジョンを持ってはいても、既に学府として成り立っている以上、そう簡単に変えられるものではない。だが、この地では、そのビジョンを作り出すことが可能だ。悪い話では無いな。
「私に依存はありません。招聘する人物をメールで伝えてください。学園作りの指揮を執っていただけるか確認してみます」
俺の言葉に丁寧に2人で頭を下げる。
これで、2人の嘆願は終ったんだろう。ライムさんの運んで来たコーヒーを上品に飲んでいる。
「ところで、公爵様の横におられるお嬢さんは学校に来てはいないのでは?」
「ドロシーは学校に行っていません。ドロシーは少女に見えますけど、元はカンザスの電脳そのものです。カテリナさんが、電脳に感情が芽生えた事を知って、このような姿を作ってくれました。彼女がいなければ俺達のラウンドクルーザーが動きません」
「本当ですか? どう見ても普通の人間族に見えますが?」
「後3人います。ドロシーの妹と言う立場なのかな? やはり電脳が姿を持ったという事になります。知識、計算、判断、全て俺達を越えますけど、あまりに人間臭い感情を持ってるんで、俺達も1人の少女として接しているのが本音のところなんです」
「出来れば学校に……、と思ったのですが、そういう話でしたか」
「確かに、俺達よりは同じ年頃の子供達と一緒に過ごす時間を持ったほうが良いのかも知れません。その辺りは皆で相談したいと思っています」
学校ねぇ……。情操教育という観点ではその方が良いのかも知れないな。勉強はしなくても十分だが、学校はそれだけではないはずだ。
友人を作って、皆で何かをたくらんだり、学校帰りにお店に寄ってワイワイ騒ぐのだっておもしろいし、何と言っても友人達との繋がりが出来る。ドロシー達の友人はドロシー達に気がつくだろうか? 気がついた後でも仲間として迎えてくれるだろうか?
ダメなら俺達が暖かく迎えてやれば良い。でも、ドロシー達の秘密に気付かないで友達付き合いが出来るならそれは素晴らしいことだと思うな。
「後は、ガレオンさんだな。ドロシー、ガレオンさんはどこにいるんだ?」
俺を見て2、3度瞬きをすると、う~んと首を捻っている。作戦行動中なんだろうか?
「離着陸場近くの屯所にいるみたいだよ。副官と何か話し合ってる!」
「なら、丁度良い。会いに行くとメールを打ってくれないか?」
たぶん一瞬でメールを送っているはずだ。離着陸場近くの屯所と言うのは、ゼロの格納庫に隣接して作ったものだろう。高速飛行艇や飛行船の一時待避所まで作られてるから、かなり大きく広がっている筈だ。造成している時には戦機が埋まっていないかちゃんと調べたんだろうな。何せ戦鬼が埋まってたくらいだ。もう一機ぐらい埋まってるかも知れないぞ。
にんまりしながらドロシーに手を引かれて歩いて行く。離着陸場にはモノレールに乗って、専用の高速エレベーターを乗り継ぐ必要がある。中継点の中では防護服はいらなくなったけど、移動手段が限られているのが問題かも知れないな。小型の円盤機を使って10人程度の移動を容易化する手段を考えてみようか?
「アリス。設計できないか?」
『ちょっとしたタクシーになりますね。了解です!』
離着陸場に出ても、昔のように外気に触れることは無い。丸い回廊が離着陸場のセンターからグルリと延びているぞ。
人気のない回廊をドロシーと歩きながら、離着陸場の高速飛行艇を眺める。人の出入もだいぶ多くなったようだな。それだけ発展してるという事だろう。