V-182 交渉の前に
量産型デンドロビウムのスペックは、直径約80mの楕円型断面を持つ飛行船だ。長さは400mほどの大きさがある。
胴体中央部に、200tコンテナ3台を収納できる倉庫を持っているが、コンテナ3基を積み込んでも余裕がかなりありそうだ。
操船クルーは15名、それに獣機が10機搭載される。生活部の要員を入れても30名は必要としない。最大飛行高度は500m、最大速度は時速200km程で、3万kmの飛行で点検のためにドッグ入りを行なう。
動力炉は重力アシスト核融合炉だし、反重力装置はクライン機関が搭載されているから、それらをブラックボックス化している。封印はきっちり行なっているし、分解しても、組み上げるのはカテリナさんのラボの連中でないと無理だろう。まして、出力制御のソフトはアリスでなければデバックさえ出来ない。
まあ、十分じゃないかな? これを3隻使って搬送業を立ち上げよう。
デモ用のファイルをアリスがガネーシャから受け取ると、俺とエミーは拠点から高速艇に乗ってウエリントンに向かう。
この高速艇も貰い物だから、余分な装備は極力削って、乗員を増やしている。内装はそっけないけど、信頼性があれば十分だと俺は思うぞ。
軽い機内食を食べて、シートで睡眠を取る。起きた頃には王都に到着する筈だ。
軽く体を揺すられて目が覚めた。
機体の後部に移動して、顔を洗うと座席に戻ると既に機内食が座席に設けてある小さなテーブルに乗っていた。
「コーヒー用のお砂糖は3個確保して置きましたよ」
「ありがとう。やはり目覚めのコーヒーは甘くなけりゃね」
野菜サンドにコーヒーは公爵夫妻の朝食とは誰も思わないだろうな。エミーが、美味しそうに食べている姿を見ると、ちょっと情けなくなる。元王女の朝食がこれだとは、ヒルダさんには教えられないぞ。
「あら? 気分でも悪いのですか」
「ああ、ちょっと考え事をしてたんだ。いくら俺に降嫁してくれたとは言え、元王女の朝食がそれでは……ね」
そんな俺をいきなりハグして、キスをしてくる。
「この荒野の景色が何よりのご馳走ですわ。あのまま暮していたなら、今でもこのような世界を見ることが出来なかったでしょう。私は、リオ様に降嫁したことを悔いた事はありません」
耳元でそんな事を呟くから、たぶん顔は真っ赤な筈だ。
「だが、やはり何とかしなければならないだろうな。他の騎士団に知れたら、笑い者になりそうだ」
「ならば、ライム達を連れてくれば良いのです。料理は得意ですから」
そうなのか? ならばもっと早く行って欲しかったな。
「それで、今日の予定は?」
「母様が離宮に部屋を用意してくれています。運送業者との打ち合わせも今夜離宮の会議室を提供してくれました。ただ、条件が1つ。3王国も参加するとのことです」
早くも利権を嗅ぎ付けたか。さすが3王国のお妃達だな。
王達は、そこまでまだ考えていないだろう。精々俺達に貸しを作ったぐらいに考えているに違いない。
高速艇は王宮の正門近くにある専用離着陸場で俺達を降ろすと再び高度を上げて南へと飛んでいく。ビオランテで休暇を楽しむと言っていたな。
俺達もあっちの方が良いんだけどね。羨ましそうに視界から消えていく高速艇を2人で眺めていた。
「母様が待っている筈ですわ」
「そうだな。先ずは挨拶しなければね」
離着陸場に待機しているバギー車が俺達に向かってくる。どうやら俺達がやって来ることを知らされていたんだろう。
俺達の手前でバギーを停止させると、俺達のトランクを2個バギー車の荷台に載せて、俺達は後部座席に座った。
「1度は王宮内を走り回ったらどうでしょうか? リオ殿の事は王宮の誰もが知っております。是非1度実物に会ってみたいと皆が言っておりますぞ」
「どこにでもいる男なんだけどね。でも、確かにこれだけ大きいんだから1度はグルリと廻りたいね」
王宮の正門で警備兵に身分を明らかにしたところで、バギー車の運転手にトランクから酒ビンを取り出して渡しておいた。
しきりに恐縮していたけど、無人タクシーだってお金をとるんだからね。これぐらいは許される範囲だと思うぞ。
第2離宮のパルテノン神殿が見えてきた。列柱がずらりと並んだ玄関前にバギー車が止まると、運転手がトランクを取り出して俺達の後ろを歩いてくる。
玄関先で待っていたネコ族のメイドさんにトランクを預けると、俺とエミーに頭を下げてバギー車に走っていった。
「ヒルデ様がお待ちかねにゃ!」
「なら、急がないとね」
ゆっくりした歩みを止めて少し足を速める。1階の東に面したリビングに案内されると、俺とエミーは部屋に入っていく。
「荷物は客間に置いておくにゃ」
ネコ族のお姉さんがそう言うと、ガラガラとトランクを曳いて行った。
「良く、お出でくださいましたね。どうぞこちらに」
ヒルデさんが窓際のソファーに案内してくれる。ゆったりしたソファーに腰を沈めると、メイドさんがお茶を運んでくる。
「リオ様はコーヒーでしたね」
そう言ってマグカップのコーヒーを俺の前に置いてくれた。この大きさなら、砂糖山盛り2杯でいいな。大まかな目分量で砂糖を加える少し飲んでみる。うん、丁度良い感じだ。
「それで、リオ様は新たな事業を始めますの?」
「デンドロビウムはご存知ですよね。本来は白鯨の集めた鉱石を運搬する為に作ったものなんですが、予想以上に搬送の依頼がやってきます。まあ、俺達の仕事に差し支えない範囲ならそれでも良いのですが、数ヶ月先まで搬送予定が組まれている状況です。
そうなると、既存の輸送業者もおもしろくはないでしょう。彼らと協力関係が得られるか1度話し合いをしたく、仲立ちを頼んだ次第です」
「3カ国の后達も賛成しているわ。物流を制する者は国を制するとまで言っているわよ。リオ様は単純に運送業者と協定を結ぶ事を考えているようですけど、将来を見据えて王族が介入できる場所を考えて欲しいと、国王は望んでいるわ」
いよいよ西への進出を本格的に行なう意思表示なんだろうな。
となると、その経営層に3カ国の王族を入れることになるだろう。物流業者と王族とで経営が出来るなら、ヴィオラ騎士団は量産型デンドロビウムの維持管理で儲けを出せば良いだろう。何せ人材が不足しているからな。経営には参加せずにデンドロビウムのレンタル料と保守費用で十分に儲けが生まれそうだ。
「王族の中に経営学を学んだ者はおりませんか? もし、いないのであれば、チェスの上手な者でも良いです」
「3カ国から1人ずつで良いでしょうか?」
「護衛を1人ずつ欲しいですね」
俺の言葉に笑みを浮かべると、ソファーから立ち上がり、部屋の奥に姿を消した。
エミーと顔を見合わせる。
「たぶん、他の2カ国のお后様に連絡を取っていると思います。ある程度は母様も予想していたのではないでしょうか? 直ぐに他のお后様もやってくると思います」
王国としても参加したかったんじゃないか? 西への足掛かりには中継点も大事だが、コンテナを使った物流改善は更なる物流の加速が可能だ。地上走行高速艇によるコンテナ移動は1日で精々1000km程度。空を飛べる高速艇は100tコンテナ1つを運べるかどうかだからな。
デンドロビウムなら地上走行高速艇の4倍以上の速さで2倍以上の貨物を輸送する事が出来る。運送業者から見れば喉から手が出るだろうな。
やがて、やってきた他国のお后様と雑談しながら、新たな運送会社の立ち上げについて話し合った。
「そうなると、次男や侍女を経営層に加えられるという事ですね?」
「そうです。出来れば船長と操舵手ぐらいは各国から出せれば良いのですが……」
「退役軍人の中から選んでも良さそうですね。やはり戦艦クラスになるのでしょうか?」
「駆逐艦で十分です。デンドロビウムの艦長はヨット部の副キャプテンですよ。ギガントの操縦はマネージャーだったと聞いています」
やはり、それなりの腕はあったんだろう。まったく問題なく操縦しているからな。
「ならば、選択肢の範囲が広がります。国王達に任せれば良い人材を見つけてくれるでしょう」
「地上走行型の高速艇より遥かに安全です。操縦システムはカテリナさんと愛弟子のガネーシャが行なっていますから、円盤機よりも楽に動かせると聞いています。ただ船体が戦艦よりも大きいですから戸惑うかもしれません」
俺の話に笑みを浮かべながら3カ国のお后様が聞いている。王族の金庫の鍵の管理はお后様達なんだろうな。
「私達は株を購入しますよ。そうですね、1口100Lで発行してください。1国で10万株ずつ購入しましょう。リオ殿は量産型デンドロビウムを1隻提供してくださるのですから、それで十分でしょう。残り2隻のレンタル費用は株の購入費で支払えるでしょう。1年で1隻当たり200万Lで何とかして下さると良いですね」
「ニーズが更に増えれば量産型を増やす事も視野に入れてください。軍の依頼も引き受けますよ」
「それは国王達が喜びますわ」
昼食を頂きながら、お后様達のリクエストに答えて中継点と第1回目の高緯度地方の探索の話をする。
「まあ!」、「本当ですの?」
そんな事を言いながらも、俺の話を真剣に聞いてくれるから、エミーが端末を使って、始めて目にする巨獣の姿を映している。
「輸送業者の代表者が3カ国からやってきます。彼らの扱いは王族でも難しいところがありますから注意してくださいね」
食後のお茶を頂きながら、御后様の1人が俺に注意してくれた。
「物流を押さえるものは国を動かすと言う言葉もあります。俺としては普通に頼むつもりですよ。一緒に事業を始めないか? とね。それに乗ってくれれば問題はないのですが、もしそれを良しとしない場合は、俺達で新たな運送業を始める事になります」
俺の言葉に3人の御后様が俺の顔をジッと見つめる。
「そうです。リオ殿の言われる通り、物流が滞る事があれば国家は機能しません。私は彼らのストライキを恐れるのです」
果たして、そこまでやるだろうか? もし彼らが全ての物流を停止させても、どれだけ長く続けられるかが問題だな。長期化すれば、俺の元に参加をほのめかす輸送業者がいないとも限らない。扱う物量の違いはあるだろうが、根本となるソフトウエアは同じだろう。そんな会社が1社出た場合は、俺達と対立した業者の転落は目に見えている。彼らとしても妥協点を探す他に方法はないだろうな。