V-179 高緯度地方へ
「方位衛星を破壊したとは、痛快だな。エルトニアとナルビクにも伝えてやろう。さぞかし美味い酒が飲めるだろう!」
そう言って、隣のトリスタンさんと笑いあっている。
かつての戦で惨敗したんだから、少しは溜飲が下がったということか?
「確かに、その次ぎのターミナル破壊をほのめかせば、慌てて下手に出る外に方法は無かったでしょうな」
「ははは……。で、ちゃんと記録はあるのだろうな?」
国王の言葉に、エミーが2つのクリスタルをバッグから取り出してテーブルに置いた。
「管理局との会議記録、それに最近の巨獣との戦闘記録です」
「聞いとるぞ。伝説級、確かサンドドラゴンだったな」
「私の次男も参加したようです。戦闘終了後に興奮した声で連絡してくれましたよ。まったく、一人ならば誇るところを集団の一人ではそれ程誇る事でもありますまい」
「そう言うな。仮にも伝説級として、画像すらなかった巨獣だ。それを倒すとなれば、西への進出に弾みがつく。早速、見合いが殺到しているではないか」
そんな話を2人でしながら笑い合っているけど、嬉しいのは巨獣との戦闘記録なのか、それとも会議記録なのか分からないな。
「国王、リオ殿が呆れていますよ。そろそろ本題に入ったらどうですか?」
ヒルダさんが困った顔で2人を見ると、頭を掻きながら俺の方に顔を向けたが、笑い顔はどうにも治まらないようだ。
「いやあ、済まん、済まん。あまりにもおもしろくてな。これは、3カ国で何か記念品を進呈せねばなるまい。楽しみに待っておるが良いぞ。
それで、頼みとは何だ? このクリスタルの代金、半端な額では無さそうだが?」
国王とトリスタンさんがグラスのワインを一口飲んだところで、俺は端末で仮想スクリーンを広げた。
「ローザ王女達の働きもあり、コンテナターミナルの運営は何の問題も無く機能しています。その西に作っている拠点が三ヶ月も過ぎれば動き出すでしょう。ウエリントンの西に4つのターミナルが作られたようなものです。しかも、強力な防衛能力があるとなれば……」
「騎士団は西に向かうだろうな。それこそ、零細騎士団から12騎士団も含めてだ」
国王の言葉に俺は頷く。そこに課題があるのだからな。
「誰もが西を目指すのは本人達の自由ですから、問題は無いのですが……。彼らの乗るラウンドクルーザーが必ずしも新品とは限りません。ヴィオラ騎士団でさえ、ヴィオラはかつての重巡洋艦の試作艦です」
「少し分かりかけてきたぞ。要するにポンコツの船で西を目指す輩が出てくるという事だな。向こう見ずではあるが、荒地でランドクルーザーが動かねば生死に係わるという事か……」
国王の言葉に俺達が頷いた。
「確かに、何らかの策を講じなければなりませんね?」
「だが、規制を行なうとしても目安が欲しいところだ。それをどう考える?」
「アメとムチで良いと思います」
そう答えると、俺の腹案を仮想スクリーンに展開する。
アメとは、救援艦の派遣。ムチとは救援対象に検定を受けさせる事。検定に合格していない限り救援には向かわない。検定合格であれば、ある程度の現場修理を行なう事。現場で修理不可能であっても、人員の救出は責任を持つ……。
「良く出来た考えですわ。でも、2つ課題があります」
「検定の中身と救援艦に製造です。中継点のドワーフ達が検定の基準を考えているようです。問題は救援艦なんですが……」
国王が俺に笑い掛けてきた。
「値段と運用という事だろうな。だが、我等も失念していた事は確かだ。それで建造費用はどれ位になるのだ?」
「現在詳細設計に入ったところですが、1500億を下回る事は無さそうです」
「重巡洋艦2隻を上回るか……。なるほど、リオの財力では無理だな。それにその救援艦に乗る乗員も集めねばなるまい。リオ達は宇宙を目指すとなれば、その運用管理をどこで行なうかも考えねばならないだろう。だが、そこまで設計が進んでおるなら、後は私に任せるが良い。2つのクリスタル役立たせて貰うぞ」
「お願いします。検定の方針と施工設計が終了しましたら、持ってまいります。現在、カテリナさんの薫陶を受けた一人の博士が設計を進めていますから」
「あら、カテリナじゃなかったの? 新たな天才がウエリントンに現れたのかしら」
「それもまた喜ばしいことだな。設計披露を楽しみにしているぞ」
難しい話はこれで終わりだ。ここまでお膳立てしたんだから、後はガネーシャに任せてもだいじょうぶだろう。
「それにしても、伝説クラスがあいつ等のデビューになったか」
「休暇が楽しみですな。直径が30mを越えていたと言いそうです。ですが……」
「それは、まだ話さずに置こう。我等にも楽しみがあっても良いはずだからな」
なんか、不穏な話をしているぞ。ヒルダさんも胡散臭そうに2人を見てる。
「そんな話を国王と出来るのも、リオがいてこそです」
後でアリスに探って貰おう。どうせ周囲の迷惑な話だと思うけどね。
何はともあれ、王族の機嫌が良くて助かった。これで西への鉱石採掘は3カ国に任せる事が出来るだろう。
フルコースの食事をエミーの食事を横目で見ながらどうにか食べたけど、食べた気がしないんだよな。後で夜食を侍女さんに注文してみよう。
食事の後は、ヒルダさんを交えて3人で夜の庭で虫の音を聞きながらワインを傾ける。中天の月が池に映った眺めも中々だ。
この庭を作った職人さんはかなりの腕だと思うな。
3日程第二離宮で過ごした後で、高速艇で俺達の中継点に戻る。
アレク達は中緯度付近で鉱石採掘の練習に励んでいるし、カンザスとヴィオラは山裾を縫うように鉱石を採掘している。
ベラスコも今では一人前だ。5機の戦機を従えて中型クラスの巨獣を何度も退けているようだ。
ガリナムとバシリスクは、北緯50度付近を遊よくしながら鉱石探査をしている。発見した鉱石の座標はカンザスに転送されるから、カンザスは無駄なく鉱石採掘を行なえるようだ。
ドミニク達は俺の帰りをパレスで待っていた。俺の幕僚的な存在だから、ラウンドクルーザーには乗っていない。
宇宙船には乗りたいようだが、カテリナさんが宇宙船にだけ目を向けてたから、宇宙服や船外活動用の器具がまったく出来ていない。懸命になって設計を進めているけど、ちゃんと機能するか疑問だな。試験はキチンとしておかないと、後で困る事になりかねない。それよりも命の危険すらあるからな。試験は何度も行なわねばなるまい。
「それで、どうだったの?」
「一応、国王達が考えてくれるそうです。俺達が作って出来ないことは無いでしょうが、あまり俺達だけで行なうのも問題です。たぶん、コンテナターミナル辺りを母港にして運用するんじゃないかと……」
ガネーシャが最終的なプレゼンテーションを行なう事を約束してきた事を伝えると、カテリナさんが頷いている。弟子の一人を一人立ちさせる良い機会だと思っているのだろう。数年先にはカテリナさんのライバルになるかも知れないな。それともマッドな同盟を結ぶのだろうか?
「ドロシー達を是非連れて来いと言ってましたよ」
「全員同時には難しいわね。ヒルダの可愛らしいもの好きにも困ったものだわ」
国王も含めてだから、俺も困ってる。次に出掛ける時には2人は連れて行かねばなるまい。だがそれには、艦隊運用工程を考えなくちゃならないぞ。まあ、レイドラに任せれば直ぐに答えが出るんだろうけどね。
「管理局との交渉は一応私達の希望に沿った形になったけど、後でもめないかしら?」
「あの記録を見る限りでは、問題なさそうね。条約を破ったとリオが判断すれば彼らの資産が破壊されるのが分かってる筈よ。管理局としては穏便に済ませたいでしょうね」
そんな話で時間を潰すのはどうかと思うのだが、生憎と全ての艦隊が出航している。
新たな艦長を任命したのは早まったかも知れないな。
・
・
・
10日も過ぎたある日。
俺達は高緯度地方の鉱石採掘に出発する事を決意した。
改めて搭乗した白鯨は、かなり改造した様子だ。俺達の部屋と指揮所が2階に作られ、ブリッジに行かずとも艦長に指示を与える事が出来る。
水の使用量もかなり改善したようだ。これはデンドロビウムからの補給を考慮したに違いない。生活部の連中も10人乗り込んでおり、食堂も広げられたようだ。
「反重力装置の出力が大きいのと船体が大きいから、中はどのようにもアレンジ出来るわ。前回のダメ出し部分は全て改良してるわよ」
そんな事をカテリナさんが言ってるけど、確かに変わったよな。この指揮所は前は何の部屋だったんだろう?
そんな感想を持ちながら、指揮所のソファーに座ってるんだけど、このソファーは半円状に作られている。カンザスのようにシートベルトも内蔵されているようだ。前方の壁には大型のスクリーンが設けられており、3分割されて周囲の映像が映し出されている。ソファーの後ろには大きなテーブルがあり、ちょっとした食事なら十分間に合いそうだ。
白鯨の飛行を艦長に任せれば、俺の提督としての任務はとりあえず終了する。巨獣が出れば再び作戦を練る事になるがそれまではのんびり出来そうだ。
ここから荒涼とした山麓を眺めるよりは、白鯨の先端にある休息所で眺めようという事で、ぞろぞろと俺達は部屋を出る事になった。
「何だ。大勢で来たな」
そんな事を言ってアレクが俺達を迎えてくれた。サンドラ達女性陣はフレイヤ達と少し離れたソファーに移動して、ドロシーを交えておしゃべりを始めた。
俺とアレク、それにバンターとゼロを駆る虎族のパイロットの2人がソファーで俺の持ち込んだワインを飲み始める。
「いくらなんでも、数時間で巨獣に遭遇する事は無いだろう。ギガントが先行して鉱石を探索しているからとりあえずはのんびり出来るな」
「でも、飲み過ぎないでくださいよ。高緯度地方はいつどんなことが起こるかわかりません」
そんな俺の言葉も、アレクにとってはどこ吹く風だ。
バンターと虎族の若者はちびちびと飲んでいる。俺も似たようなものだが、彼らよりは飲んでる感じだな。
「いよいよだな。先輩の騎士から良く聞かされたものだ。高緯度地方などと考えるな!とな。たぶん昔からの言い伝えなんだろう。そこには真実もあるはずだ」
「俺達の種族にも同じような話がある。俺の仕事を止める者達もいたことは確かだ。だが、俺達は既に裾野を越えている。高緯度地方は北緯60度が境だそうだ。このまま行けば数時間で越えるぞ」
色々とあるってことだな。それでも俺達は先に進む。
高緯度地方で最初に鉱石を採掘した騎士団として名を上げるのももうすぐだな。