V-171 隠れちゃった
ベラドンナ騎士団はベラドンナとローレライの2隻に戦機3機とゼロを4機それに偵察用円盤機を2機搭載して俺達の中継点を出港して行った。
ヴィオラ騎士団専用桟橋を離れる2隻を俺達は手を振って見送ったけれど、明日はローザ達を見送らねばならない。
そんなローザ達はヴィオラ騎士団の面々に、それこそ機関区のドワーフ達にも世話になったことを告げているらしい。
中々教育が出来てるな。ヒルダさんの賜物なんだろうけど、ローザもお転婆だけど優しい性格だからな。でないと頭の上にギガントを乗せる事はできないらしい。
「ギガントは相手の心を読むとまで言われています」なんてレイトン博士も言っていたからな。
「寂しくなるわね。それで、ドロシーは?」
「隠れちゃったらしいよ。今、ドミニク達が懸命に探してるらしい」
カンザスのリビングにはカテリナさんと俺、それにガネーシャがいる。
いよいよ高緯度地方のラウンドクルーザー白鯨を動かそうと、相談しているんだけど、一番喜びそうなローザ達はコンテナターミナルの守備に向かう旨の通達が昨日舞い込んで来たのだ。専用の巡洋艦も既に出発して明日には到着するらしい。
「少しはカテリナさんにも責任があると思いますよ。折角出来たお姉さんを引き離してしまうんですから」
「そうかしら? そうね。あの性格だからでしょうね。でも、少し対策は考えてあるのよ。アリスに頼んでトトの電脳を強化したから、少しだけど自己を意識し始めたの。ドロシーの妹として教育を頼もうと思うんだけど?」
どうだろう? かなり微妙なところだな。
「アリス。あのナノマシンは全て使い切ったのかい?」
『3割ほどです。トトの人格形成ですか……? ドロシーの妹になる形ですね。早速開始します』
「そうね。一緒に動き回れないとおもしろくは無いでしょうね。リオ君の考えで良いと思うわ」
「でしたら、もう1人作っていただけないでしょうか? 白鯨の全体制御をお願いしたいんです」
白鯨の制御が思うように動かないという事なんだろうか? 撮影の時にはスムーズに動いてたんだけどね。
カテリナさんも違和感を覚えたらしくガネーシャさんに顔を向けてる。
「レイドラさんが探してくれた艦長は十分に白鯨を制御できます。でも、常に艦長席に着くわけにはいきません」
そういうことか。ある意味カンザスと同じだな。
「アリス、何とかなりそうかい?」
『だいじょうぶです。10日程時間をください』
これで、とりあえずの仕事は終ったんだろうか?
今日はのんびり出来そうだな。さすがにカテリナさんもガネーシャがいるから変な行動には移らないだろう。
そんな目でカテリナさんを見ていると、端末を操作して仮想スクリーンを展開している。そこに映し出されたのは工作船だ。だけど、だいぶ形が変わってるぞ。
ガネーシャの目がランランと輝いている。作る気なんだろうか?
「リオ君発案、アリス監修のラウンドクルーザーよ。ガネーシャ、何だか分かる?」
「双胴船の左右の大きさが異なりますね。武装が貧弱に見えるという事は新しいゼロの母艦でしょうか?」
「新しく、コンテナターミナルが出来て、さらに西に中継点が作られているわ。あまたの騎士団が西を目指すでしょうね。それを見越してヴィオラ騎士団領の当主がこの船の必要性に気が付いたの。……盲点だったわ」
「コンテナを輸送する高速船は商会が既に作っていますし、防衛用の機動艦隊も各国が作っています。騎士団の多くは採掘用の船を新調せずに軍の艦船の払い下げ品を改修しています。今これを作っても、必要とする騎士団や王国はいないんじゃないでしょうか?」
採掘船とみればそうなるな。
誰もが欲しいとは思っているけれど、形にならないものはたくさんあるんだろうな。
「ヒントをあげましょう。この船の動力炉と反重力装置は白鯨と同じ物を使うわ。ゼロが4機に円盤機が2機。武装は88mm長砲身砲塔が2基。戦機は積まずに新型獣機を10機と従来型が10機よ。鉱石の探索装置は積載しないし、バージの牽引装置も付けていないわ。だけど、私もこの船がどれだけ役に立つかと思うと、リオ君を抱きしめてあげたいくらいよ」
騎士団の持つ船は鉱石探索を行なうのが目的だ。それをあえて外すことの意味が分かるだろうか? 普通では考えられない長さの船とそれに寄り添う小型艦の距離がカンザスと比べて異常に広い意味をガネーシャは理解出来るだろうか?
カテリナさんはスクリーンの画像に魅入られたかのようにジッと眺めているガネーシャを慈愛に満ちた表情で眺めている。
たぶん、カテリナさんの人を育てる手段なんだろう。疑問を持たせて、回答を自ら考えさせる。言葉で言えば簡単だけど、そんな題材が何時もあるとは限らない。今回はその典型的な出題だったわけだな。
「降参です。探索船でもなく、戦闘艦でもない。かといって、輸送艦でもありません。中継点のさらに先に置く監視専用の船かとも思いましたが、積載する円盤機が足りませんね。そして、異様に長い船体も気にはなります。これだけの長さにあの大きな移動式クレーンではまるで、桟橋そのものですわ……。まさか!」
ようやく言葉にして答えにたどり着いたようだ。
「そのまさかを答えてみなさい!」
「移動式桟橋。それが意味するものはラウンドクルーザーの補修を行なう船ですね!」
怖いものでも見るような目でガネーシャが俺を見てるけど、その内誰かが思いつく話だぞ。
「正に、これから必要となる船でしょう? リオ君の先を見る目はとんでもなく鋭いわ。総工費1500億L、ラウンドクルーザーが何隻買えるかしら? 白鯨でさえこんな値段にならなかったわ。だけど、国王達は乗り気よ。
ガネーシャ。基本設計はアリスが終えているわ。後を引継いで設計を完了させなさい。プレゼンテーションも貴方が行なえば良いわ。それ位リオ君が許してくれるわよ」
カテリナさんの言葉に今度は尊敬の目で俺を見てくれてるぞ。
判断基準が微妙だけど、やってくれるなら零細騎士団が喜んでくれるだろう。
「俺の方は気にしないで良いよ。アイデアだけだからね。だけど、プレゼンテーションには、検定を考えてほしいんだ。どんなポンコツだろうと修理できると思われてもこまる。この工作船の運用が出来るのは検定に合格したものでないとダメだという事を認識して貰う必要がある。検定の内容についてはベレッドじいさんと相談して方向性を決めればいい。最後は王国に考えて貰えば良いだろう。船の費用を出すんだからそれ位はやってくれるだろうさ」
「検定は確かに必要かも知れないわ。良くアリスの所に通ってるんでしょう。ベレッドだってそれ位は協力してくれるはずよ」
「ありがとうございます!」と言ってリビングを出て行った。走っていったけど途中で転びそうな勢いだったな。
「ガネーシャも科学者として、段々と育って来てるわ。彼女専用のラボを作ってあげようかしら?」
「レイトンさんのように専門分野が無いんですね。全分野に精通している科学者はカテリナさんだけだと思いましたよ」
「でもね、ガネーシャの夢も途方も無いものよ。この荒野を緑にしたいと言うんだから、私の方が現実的だわ」
どっちもどっちじゃないか? たまたまカテリナさんの場合はいろんな条件がプラスに働いた結果だと思う。
俺がドミニクに拾われなかったら、フレイヤの家で妹が鳥に襲われなかったら、新しい桟橋を作ろうとしなかったら……。どれ1つ欠けても実現できなかったろうな。
ガネーシャの場合は、小さなことからコツコツとやればいい。上手い具合にこの中継点はレイトン博士と言う専門家がいるからな。遺伝子改良をしながら荒地に強い植物を見つければ良いはずだ。その過程で、俺達の領地の食糧事情を改善して貰えれば尚更ありがたい話だ。
「あら? どこにいたの」
カテリナさんの視線を辿ると、ドロシーの手を引いたライムさんがいた。
トコトコとカテリナさんのところに歩いてくるとピシっと足にしがみ付いている。
「ジャグジーの中でプラネタリウムの傘を伏せて隠れてたにゃ。入ろうとしたら、先にいたんで吃驚したにゃ!」
トイレじゃ無かったんだ。フレイヤ達が最初に探してたのはトイレだったからな。
「お姉さんと別れるのは寂しいかも知れないけど、もうすぐ貴方はお姉さんにになるのよ。2人も妹が出来るんだからね」
そんな話をドロシーに聞かせてるけど、まるで人間の幼児に言う言葉だよな。
自律思考回路を持つという事は、それだけ人間らしいという事なんだろう。分かれるのが嫌で隠れちゃうんだからね。
そんな2人を微笑ましい目で見ていると、ガヤガヤと騒がしい一段が帰ってきた。
「ドロシー、どこにいたの? 探したのよ」
フレイヤの一言で、ドロシーがカテリナさんの足元に隠れてしまったぞ。これで怖いお姉さんのレッテルがドロシーの頭の中でフレイヤの背中に張られたに違いない。
「そんなに怒っちゃダメですよ。でも、ちゃんと出て来たなら、お世話になったお姉さんにお別れをちゃんと言わなければいけないとお姉さんは思うけどなぁ」
「私も賛成よ。お姉さん達は遠くにいくけど、カンザスなら1時間で会えるわよ。寂しくなったらいつでも行ける距離だわ」
エミーとレイドラは優しいお姉さんと背中に張られるんだろうな?
となると、俺の評価も気になるところだ。
「それぐらいにしなさい。折角出て来たんだし、ドロシーもお姉さんになれそうなんだから。そして、ドロシー。私もちゃんとご挨拶しておいた方が良いと思うわ。合う事は別れの始まりとも言われてるくらいだから、必ずいつかは分かれるの。それなら別れる時は笑って相手の健康を願って手を振ってあげなさい。そうすれば
相手だってドロシーの事を思って手を振ってくれるわ」
そんなカテリナさんの言葉にドロシーがコクンと頷くと、とことこと部屋を出て行った。荷物整理に忙しいローザのところに行ったのだろう。
育児はダメだと言ってたけど、ちゃんと情操教育は出来るじゃないか?
ちょっと、カテリナさんを見直してしまった。