V-169 助け舟も必要だろう
休暇から戻ると、また鉱石採掘が始まる。
俺がのんびり出来るのは、カンザスのリビングなのかも知れないな。
新たなウエリントン王族達は、王国に納入するナイトを使って訓練を始めたようだ。練習を見てくれるのはカリオンだ。カリオンは次ぎの長期休暇が始まると同時にベラドンナ騎士団に移動する。戦機3機の筆頭になるわけだ。まだ巨獣と戦った事がないようだから、カリオンの移籍にアデルも喜んでいるようだ。
アレクも、同じように次ぎの長期休暇で戦機を駆る騎士を辞めるそうだ。
「まだヒヨッコどもには負けんつもりだが、動かす時が長ければそうもいくまい」と言っていたな。
負けず嫌いな所があるからだろうけど、これで戦機を統率するのはベラスコになる。だいじょうぶなんだろうか?
何か忙しくなりそうな気配が濃厚だぞ。
のんびりとコーヒーを飲みながらランドクルーザーの外を眺める。
出発して1日は何も見付からなかったが、これから何が見付かるか分からない。
ローザ達は火器管制所に出掛けてるから、ここにいるのはエミーとフレイヤだ。レイドラは現在寝ているけど、今夜が当直だから仕方が無いだろうな。
カンザスが急に回頭を始めて速度を落としている。
どうやら、今回の最初の鉱石採掘が始まるようだ。ラウンドクルーザーが停止するから、巨獣の群れを回避する事が出来なくなる。
俺達の出番がやってくるのもこんな場合が多いんだよな。
「そんなに心配顔をしてると、幸せが逃げてしまうわよ」
「まあ、気性なんだろうなあ。フレイヤみたいに前向きになれないんだ。
とそんな事を言いながらタバコに火を点けた。ライターとシガレットケースはカテリナさんからの貰い物だ。協力してくれるからと渡してくれたんだが、かなりの値打ちなんじゃないかな? さすがに前に貰ったピルケースと違ってこれは銀細工なんだけどね。
「それで、フレイヤ達はどれぐらい真珠を溜め込んだんだい?」
「数は100個を越えていますが、天然ものですから大きさと色が不揃いなんです。商会に渡して鑑定して貰っています。最上の物は10組ほどピアスを作ってもらおうと思っています。中継点に寄与してくれるお嬢さん達が多いですからね」
どうやら、アメとムチで少ない人員を使ってるらしいな。
来春には新たな人材もやってくるだろうから、少しは楽をさせることが出来るだろう。次に出掛ける時には俺も頑張らないとな。
「それで、次ぎの休暇が始まる時に、同盟の解散式をするらしいわよ」
「合わせて、ローザ達の中継点防衛の任が解かれるそうです。王都で休養した後に新に作られたコンテナターミナルに赴任すると聞いています」
寂しくなるな。コンテナターミナルでその先に作っている中継点の完成を待つのだろう。小さな中継点だが、戦姫3機が守るならば、その西に進出する騎士団も心強いに違いない。
だが、そうなると運用は大型駆逐艦では搭載数が限られているから、王都で専用の巡洋艦を作っているのだろうか?
速度と居住性を重視すれば中継点を中心に周回しながら周辺の監視も可能だ。たぶんあの国王だからな。それぐらいは考えているに違いない。
「ベラドンナの新しい船は艤装が終ったのかい?」
「次ぎの休暇までには全て終了するそうです。後10日もすれば、やってくるわ。……それでね。例の放送局との交渉なんだけど、かなり話が大きくなってるらしいわ。スポンサーも大勢押し掛けているらしいわよ。今回の採掘が終る頃に打ち合わせに来ると言ってたわ」
あのクジラを見せるだけなんだけどな。それ以外にも色々と趣向を考えてるってことなんだろうか?
「何と言っても、新しい国家ですものね。その辺りの取材もあるのでしょう」
良く分からないものを見たいという欲求は誰にでもあるという事らしい。
まあ、その辺りは専門家に任せれば良いだろう。
これで、俺達の中継点に不審な人物が現れなければそれでいい。
船内通路をドタドタと走ってくる音がする。
扉が開くとローザ達4人が入ってきた。テーブルに腰を下ろしたところで、ライムさん達が素早くジュースを渡してるけど、ドロシーも飲んでるぞ。そういえば、南の島では大きな魚に齧り付いていたな。食事が取れるという事だろうか?
ジュースを飲み終えると、ソファーにやってきて俺達の話の輪に入ってくる。
ローザ達も新しい任務に少し不安があるのだろう。
「戦機を8機搭載できる巡洋艦に乗る事になったのじゃ。一応、赴任地はコンテナターミナルという事じゃが、母様は、西の中継点が完成次第そちらに移動する事になると言っておった。長らく世話になったのう」
そんな事を頭にギガントを乗せて言っている。4人が同じように乗せているのはどういう事なんだろう? 後でレイトン博士に聞いてみよう。
「こっちこそ、色々と助かりました。でも、何かあれば飛んで行くからね!」
そんなフレイヤの言葉にうんうんと頷いている。全体の指揮はローザが執るとエミーが言っていたが、だいじょうぶなのかと心配だ。副官にはリンダが付くと言ってたけど、2人ともまだ経験が少ないからなぁ。
とは言え、ウエリントン王国で近年一番巨獣と対峙していることは確かだ。ローザも戦闘時には意外と慎重だからな。ヒットエンドランを主戦法にするなら、ローザ達が最適だろう。
「それと撮影の方もよろしくね」
「だいじょうぶじゃ。たぶんコンテナターミナルの撮影も視野に入れているに違いない。場合によっては西の中継点もじゃ」
大勢の騎士団がそれを見てさらに西に進出する事になるだろうな。騎士が無くとも安全をそこそこ確保出来るなら、零細騎士団の活躍の場もあるだろう。
現に南のバージターミナルにはかなりの数の零細騎士団が鉱石を運んできているらしい。
騎士団の黄金時代が始まろうとしているんじゃなかろうか?
放送を見て、新たな騎士団を結成する者達も現れるかもしれない。トリスタンさんの子供もそんな感じなのかな。
だが、騎士団が乱立すると巨獣の被害にあう者達も増える事になるだろう。迅速な救援体制作りが今後の課題になるだろうな。
何事も無く、鉱石採掘が終わり、ヴィオラ騎士団の3隻のラウンドクルーザーは西を目指して進み始めた。
夕食を終えると、レイドラがドミニクと当直を交替しに出掛ける。
フレイヤ達はローザ達ちびっ子達とスゴロクに興じている。
ライムさんが入れてくれたコーヒーを飲みながらのんびりとタバコを楽しむ。俺にとって至福の時間だ。
そんな時に、ふと閃いた。
確か工作船という船種があったよな。中規模の騎士団までは軍の老朽化した船をベースにラウンドクルーザーを作っている。そんな船だから当然のごとく故障が多い事も事実だ。幸いにも俺達のラウンドクルーザーはベレッドじいさんが船の躯体以外は全て新品に換装しているから殆ど故障が発生していない。
ベレッド爺さんの言葉では、そんな騎士団は少ないそうだ。かなりろうきゅうかした装備品を酷使しているのが他の騎士団の現実らしい。
「故障で止まってるところを襲われる船も多いんじゃ」と最後に言ってたからな。
ならば、故障した船を救援しながら修理できたら良いんじゃないか?
そんな船を形にするとどうなる?
端末を操作して仮想スクリーンを展開しながら、船の形を考え始めた。
意外と設計コンセプトを形にするのっておもしろいんだよな。
2本目のタバコの火を付けると、しばし作業に没頭する。
「アリス、どうだい?」
『中々斬新なアイデアですね。一応強度計算をして形を見直してみましょう』
褒めてるのかな? 微妙な言葉使いだったぞ。
まあ、気にしないで今の内にジャグジーに出掛けよう。
プラネタリウムの星空を眺めながら、ワインを飲むのも贅沢な感じがするな。温めのお湯だから小さなグラスで飲む量でのぼせる事も無いだろう。
そんな星空が急に明るくなった。
「私も一緒よ」
カテリナさんが入ってきたようだ。宇宙船の設計に目途が付いたから動き回ってるみたいだな。
何かさせておかないと安心できないのが問題だと、この頃気付いてしまった。
俺の手からワイングラスを取り上げて、天井を閉じると、俺の体の上でワインを飲み始めた。
「もうすぐ、この景色を時かに見られるのよね。まるで夢のようだわ」
「数年は掛かるんじゃないですか?」
「あら、私は生きている間に見られるかと心配してたのよ。後数年だったら十分に満足できるわ」
グラスのワインを飲み干して、ジャグジーの傍らに置くと、俺に顔を向けて体を絡ませてきた。
天井の星空に仮想スクリーンが大きく広がって、工作船の全体像が映し出された。
急に俺から体を離してカテリナさんがそのスクリーンを凝視する。手をジャグジーの縁に伸ばすと、封を切ったワインボトルをヒョイっと取り出した。持ち込んでいたのかな?
ボトルに直接口をつけて飲んでいるぞ。まったく行儀も悪いんだよな。
「アリスね。これは?」
『マスターがコンテナターミナルと西の中継点の完成で零細騎士団の動きが活発になるだろうと考え、彼らの故障したラウンドクルーザーを修理・運送する船を考案しました。船体の強度及びエネルギーバランスを計算して形を修正したものです』
「驚いた……。正にリオ君は、この世界の宝だわ。概略仕様はどうなってるの?」
『全長500mの双胴船です。修理・搬送は船の間に該当ラウンドクルーザーを挟んで行ないます。重量15万t。動力炉は重力アシスト型のブラックホール機関を2基使用します。船体浮上用反重力装置はダブルクライン型、最大の搭載艦はヴィオラ型としました。搭載した状態での巡航速度は時速40km。未搭載では45kmです』
「問題はコストよね」
『1000億と推定しました』
武装は88mm連装砲塔が1つの船体に2基ずつ付いている。それ以外には、ゼロが4機に新型獣機を15機搭載するらしい。
それにしても1000億か……。人の命には代えられないけど、そんな大金は逆立ちしたって出ないよな。
「基本設計に移ってくれない? たぶんコストはもう少し上がると思うけど、こんな船があれば助かる事は事実よ」
『了解です』
仮想スクリーンが消えて、星空の下には俺達2人だけだ。
ボトルのワインを口移しで飲まされ、俺達はもうしばらくお湯に浸かることになった。