V-166 もう1度特番を
ベッドからエミーを抱き上げて朝風呂に向かうのも、近頃の日課になってきたな。
明後日には、カンザス達が帰って来るから、また賑やかになるに違いない。
ジャグジーの泡の中から早朝を模した庭の風景を眺める。
朝露に濡れた石を良くも似せたものだと感心してしまう。
そんな2人だけの世界に、突如乱入者が現れた。
盛大に水飛沫を上げて飛び込んできたのは、当然のごとくカテリナさんその人である。
「お邪魔じゃないわよね?」
「ええ(お邪魔ですけど……)」
そんな答えしかできない俺に微笑むと、いきなり抱きしめられた。いくらなんでも、正妻が隣にいる状況では不味いんじゃないか?
チラリと、隣をみると俺達に笑みを浮かべている。この世界の道徳観念は、俺とは相当かけ離れているようだ。
「ガネーシャのところで、ギガントの訓練を始めたわ。機動性は驚くばかりね。やはり無人化したおかげなんでしょうね。思い切った行動が取れるのよ」
たぶん、最大速度で90度回頭なんてやってるんだろうな。操縦者が乗船してたら、横Gに堪えられないだろう。だけど、画面で見ながら操縦するなら、ある意味オモチャみたいなものだ。考え付く限りの行動を取ったとしても誰も怪我をする事は無い。アリスが設計しているから、躯体強度にもかなり余裕があるはずだ。簡単に壊れる事はないだろう。
「となれば、後は2頭の鯨になります」
「白鯨が、もう少しで出来上がりそうよ。しばらくは習熟訓練を中緯度地帯で行なうけど、できれば同行して欲しいの……」
ドミニク達と相談だな。できればアレクも同行させたい。
将来的には高緯度地方の鉱石採掘はアレクの指揮に任せたいと思ってるんだけど、皆はどう思うかな。中緯度地帯はベラスコがいるし、俺はやはり宇宙を目指したいと思う。
「団長の判断しだいですね。俺はお飾りだと思ってますから」
俺の答えに満足したのか、カテリナさんは軽くキスをして、俺のとなりに体を移す。
直ぐにエミーが俺に体を寄せてきた。嫉妬してたわけじゃ無いよな。
女性が多いからその辺りには注意しないと騎士団がガタガタになりかねない。
「私も、付いていきますからね」
耳元でエミーが囁いた。
そんな彼女を後ろから抱きしめる。
ふと視線を感て、その視線を辿ると、ジャグジーの反対側に移動してどこから取り出したのか分らない缶ビールを飲んでいるカテリナさんと目が合った。
「気にしないでいいのよ。若いんだから楽しみなさい」
「はあ……。まあ、朝はこのぐらいにしましょう。ところで、もう1つの方については、良いアイデアが浮かびましたよ。アリスに頼んでいます。そろそろコンセプトがまとまってる筈です」
そう言った途端に、ジャグジーを飛び出して行った。
まったく行動的だよな。ローザと良い勝負に思える。……と言うことは、将来のローザはカテリナさんのようになるんだろうか?
何となく、ローザのまだ見ぬ旦那が気の毒になってきたな。俺と良い友人になれるんじゃないか。似た境遇にある者同士、たまに酒を飲んで愚痴をこぼすのも悪くない。
ぐったりと俺の体を預けたエミーを抱いてジャグジーを出る。タオルで体を巻いて俺のベッドに横たえると、バスローブのままでリビングに向かう。
そこには、仮想スクリーンを裸のままでジッと見つめるカテリナさんの姿があった。
部屋の隅にある壁と一体になった冷蔵庫から缶ビールを2本取り出して、カテリナさんの隣に腰を下ろす。
カテリナさんに1本渡すと、直ぐにプルタブを引いて飲み始めた。
そんなカテリナさんを俺のローブの中に入れて、タバコに火を点ける。
「まったく、リオ君には驚くわ。確かにこれなら宇宙空間での採掘が可能になるでしょうね」
呟くように、そう言うと俺の口からタバコを摘んで自分の口に咥える。
もう1本取り出して改めて火を点けると、仮想スクリーンのラフなスケッチを眺めた。
確かに大型飛行船の形を保っているな。
だが、少し頭が大きく全体として太った感じがするな。白鯨よりもこっちの方が鯨の姿に似ている気がするぞ。
頭部の下に口があるようだ。開口部だけで30m以上ありそうだ。胴には200tコンテナがどれだけ積まれるのだろう。
「あのパンジーもおもしろい形になってるわ」
やはり、イルカを模したようだな。前のヒレが少し大きく見えるのは、反重力装置の一部が組み込まれる為だろう。
背中にあるのは、どう見ても座席に見えるぞ?
「獣機を載せる場所らしいわよ。イルカに乗っていれば機動はイルカに任せて作業に専念できるわね。たぶん移送用の索を取付けるのが任務になるんでしょうね。移送は、こっちの専用船オルカを使うようね」
鯨の船体内にイルカを収納し、オルカは船体下部にドッキングさせる構造に見える。
一応、全体システムとしては満足してるんじゃないかな。
タバコを灰皿で消すと、カテリナさんが体を重ねてきた。
別にサービスしてくれなくても良いんだけど、据え膳食わねばっていう格言もあるしね。
そのまま、カテリナさんを抱き上げ、部屋に戻っていく。
まだ、エミーは夢の中みたいだ。
キングサイズだから3人が一緒に寝てもなんら問題はない。
俺達が衣服を整えてリビングに戻ったのは、昼過ぎになっていた。
ソファーに座る俺達にバニィさん達が昼食を運んでくれる。
「朝食はちゃんと食べるにゃ! 昼食はリクエストでミックスサンドにゃ。スープは野菜スープ、それに朝食用のフルーツにコーヒーにゃ。姉さんから聞いてたけど……、これほどとは思ってなかったにゃ」
バニィさんの言葉が耳に痛い。
かなりの色ボケ公爵として見られたかもしれない。だけど、俺はいたって普通なんだぞ。こんな境遇にする方が問題なんじゃないかな?
「バニィの考えは正しいわ。でもね。皆、リオ君が大好きなのよ。それにリオ君が答えてくれるだけだから、あまり、変な噂は立てないでね」
「分かってるにゃ。姉さん達も『公爵にはとても思えないけど、騎士団で一番頼れる存在にゃ』って言ってたにゃ」
それって、褒めてるんだよね。
複雑な思いで、昼食を頂いている。マスタードが効いているのか、目頭が熱くなるぞ。
「装置設計の状況をファイルに入れて置くから、アリスに概念から詳細設計をお願い出来ないかしら?」
『了解しました。追加依頼はありますか?』
「そうね……。1つ気になるのは乗船人員なんだけど、どれ位を考えているのかしら?」
『操船、機関、保全が5人程度。オルカの操船は3人で3隻になります。イルカは1人乗りですが10隻、獣機は新型を使います。15機を想定しています。生活部が10人と言うところでしょうか。全体の人員は100名を想定して生命維持装置の大きさを決めました』
動かすだけなら60人というところなのか。40人の余裕があるなら、何か不足の事態が起きてお何とかなるだろう。宇宙での故障発生は、死に直結しかねないからな。
「俺からの質問は1つだけだ。どれ位積載できるんだ?」
『200tコンテナ10台を想定しました』
思わずカテリナさんと顔を見合わせた。
それ程積載できるのか?
『外に多目的倉庫があります。イルカの格納庫を広げたようなものですがエアロック付きで戦機10機を格納できます』
「十分だな。それ程戦機は積めないだろう。アリスとムサシなら宇宙空間で可動できそうだが、戦機では移動手段が限られる」
俺の言葉にアリスは無言だった。
ひょっとして、その手段を考え始めたのだろうか? まだ形としてまとまりきれないので俺達に話さない感じがするな。
「毎度の事だけど、リオ君達には驚かされるわ。100tコンテナを5台ほどに考えていたのよ。4倍とはね。それでも余裕があるというんだから……。クルーは来年末に募集しましょう」
「来年は色々と忙しそうですよ。新に3人の艦長を雇ったようですし、アデル達は同盟を解除するようです」
ある意味、変化のさきがけになるのだろう。
この地方に中継点を作ったのが変化の始まりだが、新たな中継点が更に西に作られる。俺達のところにやってくる騎士団は中規模以上の騎士団に限られてくるだろうな。
零細な騎士団は南のターミナルやコンテナターミナルを中心に活躍するだろう。
大規模な騎士団は俺達の動向に注意してるに違いない。俺達が高緯度地方の鉱石採掘を計画しているのは3つの王国の知るところだ。当然、その装備や船に注目が集まるのは仕方の無いことだ。
「中継点の食堂や、酒場でそんな質問がかなりあると聞きました。ある程度は情報を流さないと、隠匿工場に紛れ込まれないとも限りません」
「そうね……。だいぶ形になってきたから、例の放送局を呼んでみようかしら?」
あの放送局か? それもおもしろそうだな。新しいラウンドクルーザーのお披露目と言ったら、直ぐにも飛んできそうだ。
「だとしたら、ナイトが欲しいですね。何機できました?」
「まだ、4機だけど……。アレクにお願いできるわね。今度はドロシーもいるし、おもしろい企画になりそうね」
確かにあれからだいぶ変わったからな。
このパレスもだいじょうぶだろう。交渉はフレイヤにお願いすれば、勝手に企画が増えそうだ。
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「「ええぇー、あの放送局がまたやってくるの!」」
ドミニク達が帰っていたところでlカンザスのリビングに住まいを移動したのだが、その夕食の場で、あの特番クルーを呼ぶ事を話したら、食事はしばし中断、皆がワイワイ勝手に話し始めたぞ。
「騎士団長として賛成するわ。できればアデルが離れる前が良いわね」
「今度は、色々と計画できるのじゃ」
「鉱石採掘にも同行させればいいのに……」
前もって分かっていれば色々出来るって事だな。前回は突然だったから、皆も少し足りないって感じてたんだろう。
「今回の目玉は、高緯度地方のラウンドシップを披露することが目的だ。どうやら、他の騎士団が色々と探りを入れてるらしい。ならばいっその事早目にお披露目すれば良いんじゃないかって考えた」
「披露できるまでになってるの?」
「来年には確実だ。それをスクープさせると言う条件なら、例の撮影クルー達が飛んでくるんじゃないかな?」
そんな俺の言葉に、ニヤリと笑うのはどうかと思うぞ。
確かに餌で釣るようなものだけど、撮影には協力してあげるんだからね。