V-165 空飛ぶ鯨
結局、王都の学園からの新規雇用は3カ国から30人ずつという事になってしまった。それ以外に40人の兵士と5人の退役軍人を雇うと言っているのだが、予算的にだいじょうぶなんだろうか?騎士団の給与が半減したら暴動が起きかねないぞ。
それ以外の要望は、ナイトを早く作れとの催促だ。
騎士団へのアピールを狙っているのだろうけど、まだまだ騎士団はナイトよりも戦機を欲しがるだろうな。それが戦機を越えていても、ステータスとなっているからこの先もそうなんだろう。
とは言え、弱小騎士団にとっては戦機並みという事だけでも飛びつくに違いない。しばらくは一般販売は出来ないが、目にする機会を増やそうという事なんだろう。
とりあえず求人は事務局改め総務省で対応してくれるそうだ。採用試験はキチンとやると言っていたから、能力のある連中が集まるんじゃないかな。
採算は黒字らしい。公務員を500人位増やしても財政上に影響は無いそうだ。
課題といえば、新規増設の居住区や温室等の施設建設費らしいが、俺の資産を使いたいなんて恐ろしい事を言ってきた。
「公爵殿の貯蓄残高は100億L近くになります。どこから振り込まれているかは、銀行に問い合わせても教えて貰えませんでしたが、裏金ではなさそうです。特許料という事なのかも知れません」
「なら、半分は国の財源に譲渡するよ。この先、作りたいものもあるから全額は無理だけどね」
たぶんカテリナさんの関係した特許かも知れないな。
俺の資産管理を行なっているのは宰相のザクレムさんらしい。不正が起こらないように、支出はマリアンとラズリー両名のサインが必要と言う事だ。騎士団からの給与はエミーが管理してくれるから、そっちの方が俺の資金に思えるな
国庫の管理はどうなってるか聞くのを忘れたけど、たぶんマリアン辺りが管理してるんだろう。
最後に今後の5カ年計画の進捗状況を説明して貰ったが、俺から特に言うべき言葉は無い。ヒルダさんは優秀な人材を紹介してくれたとつくづく思えるぞ。
「この行程を進める上で気懸かりだったのが人材ですが、公爵殿が既に対策を考えておられたので安心しました」
「すこし離れて皆を見てるから気が付いたんだろう。課題が出たら直ぐに連絡してくれ」
そう言って会議を締めくくった。
本当はカテリナさんもやってくる筈だったんだが、どうしたのかこの席には出てこなかったな。カテリナさんからの問題はないということにしておこう。
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「何時もは穴掘りですが、今回はやらずに済みそうですね」
「ああ、どちらかと言うとあれはおもしろいんだけどね。獣機を動かすおじさん連中の会話は楽しいし、結構今後の国作りの参考になるんだよな」
石庭を望むソファーに座って、バニィさんが作ってくれたコーヒーを飲んでいる。驚いた事に、ライムさんが入れてくれたコーヒーと同じ味、風味だ。きっとお姉さんから伝授されたんだろう。そんな心遣いが嬉しいな。
タバコに火を点けると、端末を操作して衛星画像を確認する。
コンテナターミナルとその西の中継点の建設状況の確認だ。
「だいぶ進みましたね」
「ああ、中継点は来年の内には稼動できるんじゃないかな? にしの中継点は工兵隊が1個大隊はいるようだ。再来年をターゲットにしてるのかもしれないね」
コンテナターミナルは桟橋が4つ出来上がっている。都合6列にラウンドクルーザーが接岸できる構造だな。4列を受け入れ、2列を払い出し専用にするのだろう。あの桟橋だけで横幅が200mはあるし、長さは1kmもある。桟橋だけでなく、地下に各桟橋を横に繋いだ大型の倉庫を作ってあるから、十分コンテナの仕分けが出来る。3千人程の雇用がかくほされるんじゃないかな。衛用の機動艦隊は南北どちらかの桟橋を利用できるように作られているはずだ。
西の中継点は地下設備の工事の最中らしい。10個ほどの区画工事の最中だ。地下設備さえキチンと作れば後は人口の山を作ってそこに桟橋を3つ作るだけだからな。桟橋の規模は小さく、コンテナの受け渡しをするだけだ。将来のローザ達の活躍の場だから各国とも中途半端な工事は行なえないだろう。じっくりと良いものを作って欲しいものだ。
「だけど、ローザはドロシーを残して行けるでしょうか?」
「そこは心配しないで良いんじゃないかな。再来年にはドロシーだって18歳だ。王国がお相手を探してくれるよ。それに、姉さんと妹がここにいるんだから、休みになれば遊びに来るんじゃないか?」
寂しさは他国の子供達の方が大きいんじゃないか? たまにはゆっくりと国に帰してあげたいな。
昼食を取って、静かにエミーと過ごす。
王都から遥かに離れた地中で暮らしてるのだが、エミーは幸せなんだろうか?
確かに視力を得て一時は喜んでいたけど、今では皆と普通に暮らしているのだが……。
「どうしました?」
「ああ、ちょっとね。……エミーは幸せなのかな?」
「ええ、幸せですよ。暗闇から救って頂きました。見るもの全てが新しい発見に満ちています。妹と野菜を育てるなど夢にも思いませんでした。仕事があって休養がある。そのサイクルは見事なものです。それに……」
最後が小声になってしまった。
聞き直そうとした時に、扉が開く。そういえばカテリナさんがいたんだっけ。
「あら、お邪魔だったかしら?」
そんな事を言いながら俺達と反対側のソファーに坐った。『お邪魔です』と言えないところが辛いよな。
「国の重鎮達との会合は特に問題がありませんでした。強いて言えば人材不足が問題化しつつあります。ですが、王都の学園の卒業生を募集する計画で対応できそうです」
俺の言葉に笑顔を作ると、タバコを取り出して火を点ける。
一服しに来ただけなのかな?
「なら、良かったわ。ついさっき会合が今日だと気がついたの。歳は取りたくないものね」
そんな事を言ってるけど、計画的なエスケープじゃないのか?
バニイさんが新しく持ってきてくれたコーヒーを飲みながら、俺もタバコを取り出した。
「中々例の設計が進みません。イメージが中々です。いっその事、高緯度用ラウンドクルーザーをそのまま使おうかなんてこの頃考えてる始末です」
「あら、それも良いかもね。気球のように浮力体のヘリウムを入れる気嚢は必要ないから、船体の容積を有効に使えるわ。だけど、どうやって鉱石を採掘するの?」
「それが次ぎの課題です。鉱石運搬にはパンジーを使えるでしょう。アリスは20t位の運搬が可能だと言っています。ですが、小惑星から鉱石を採掘するには機動力のある獣機が必要です。そうなると、生命維持装置と空間機動を行う為のバーニアを獣機に新に付ける事になります」
「最大の問題はバーニアの燃料になるわね」
さすがは科学者だけのことはある。直ぐに課題に気が付いたようだ。
俺に笑みを見せながら優雅にコーヒーを飲んでいる。あまり似合わないな。
「そこに気が付いたのはさすがね。私も宇宙に進出出来ると知ってから、運航管理局を調べてみたの。私が興味あったのは、何故に彼らは宇宙での採掘を行なわずに、惑星からの鉱石を使用するのかについてね。それで分かったのが、リオ君の課題よ。宇宙で採掘するのは一見効率的に思えるけど、低重力下での重機作業を獣機に行なわせることになるわ」
ちょっとした動作で採掘する小惑星から飛び出してしまう。場合によっては、常時バーニアを吹かした状態での作業になるだろう。直ぐに燃料が底をついてしまうぞ。
要するに、採掘方法を根本的に考えないとダメだってことだろうな。
有望な小惑星を探すのは、アクティブ中性子による探査システムを積めば容易に可能だ。数隻の探索用円盤機で、この太陽系を取り巻く小惑星帯を探せば直ぐに発見できるだろう。
その小惑星を砕いて鉱石を取り出すのが獣機の仕事だ。砕いた鉱石は少しぐらい大きくとも母船に運搬する手段がある。
運航管理局も、獣機の作業を代替する手段が見付からなかったから、惑星からの鉱石をマスドライバーで打ち上げた飛行体を捕まえて必要な惑星に供給しているのだろう。
待てよ。と言うことは、高速飛行体を捕らえる技術はあるという事になる。
それは相対速度が大きくとも有効なんだろうか?
「カテリナさん。ちょっと質問ですが、マスドライバーで打ち上げた飛行体をどうやって運航管理局は捕獲するんですか?」
「電磁網を多段に設けるの。速度を発電出力で相殺するのね。それも多段に設けるから、相対速度が大きくとも捕獲は出来るのよ」
それも使えそうだな。
後は、何とか獣機の機動性を考えなくちゃならないな。
「それにしても、こんな地下で虫の音を聞くとは思わなかったわ。意外と落着くのよね」
そんな事を言って、窓の外を眺めている。
カテリナさんも虫の音を雑音と感じない稀有な人のようだ。
仲間を見付けたという感じでエミーの瞳が輝いてるぞ。
「実際に虫はいないのですが、岩陰にスピーカーを隠しているようです。第2離宮の夜の庭でサンプリングした音だと聞いています」
「これで、月が見れれば言う事は無いわ」
まあ、風流には違いないが、それは無理な注文だな。
だが、それも分かる気がする。静かな虫の音に耳を傾け、ふと見上げれば満月……。
そうなると、酒が欲しくなるな。
「何を考えてたんですか?」
「……ああ、風流の局地だなって。……そうなるとさけが欲しいと考えてた」
「月見の宴ね。良いわね。今度ヒルダに教えてあげるわ」
カテリナさんに一番似合わない場所にも思えるが、意外とロマンチストなのかもしれない。何と言っても小さい頃の夢を未だに追い掛けている人だからな。
「ところで、ガネーシャさんの方はどうなってます?」
「骨組みが出来たわ。ギガントの方はもうすぐ出来上がるけど、全てがシステム化されているから、ラウンドクルーザーが出来上がらないと総合試験は無理ね。無人化の盲点だったわ」
ギガントは無人機だけど、自律電脳化はされていないはずだよな。どちらかと言うと、遠隔制御方式の筈だ。ならば簡易な制御装置を組み立てて、早いところ動かし方を練習した方が良いんじゃないのかな?
「でも、操縦はラウンドクルーザーというよりはドロシーの代わりを人間が行なう感じじゃなかったんですか? 簡易な操縦システムを作って操縦者を育てることが大事ですよ」
「そうね。私達はあの『白鯨』が出来てから、ギガントの操縦席を作ろうと思ってたけど、あらかじめ作って、それを組み込めば良いわけね。それだと、早期にギガントの操縦を試す事も可能だわ。ありがとう!」
カテリナさんが席を立って、足早に去っていく。
意外と慌しいな。それだから風流に憧れるんだろうか?
それにしても白鯨とはね。確かにあの大きさが空に浮かんだら鯨だよな……。獣機が集めた鉱石と言う名のプランクトンをお腹に溜め込むわけだ……。
待てよ。それだと、白鯨は髭鯨になるのかな? 確かもう1つ歯のある鯨の種類がいるんだよな。直接獲物を食べるんだが、それって、宇宙船のコンセプトに使えないか?
小惑星を宇宙船まで曳航して、宇宙船の中に一時格納して分解して鉱石を採取すればいい。重機は船体に固定できるから大型化しても反動を宇宙船が吸収できる筈だ。獣機の移動も船内だからバーニアの燃料は容易に交換できる。それに、反動で飛んでいっても宇宙船の内部なら安全に違いない。大きな作業空間が必要だが、原型が飛行船だから十分に空間的な余裕があるはずだ。
「アリス。この考えはどうだ?」
『設計に値します。早速取り掛かります』
「何が始まるんですか?」
「おもしろいアイデアが浮かんだんだ。後はアリスに任せたから直ぐに形になるよ」
宇宙に浮かぶ鯨という考えは悪くないぞ。
そうなると、円盤機の形状をシャチかイルカに変えたい気がするな。