V-159 3人寄れば何とかなる
アレク達と操船を交替したのは深夜だった。
フレイヤ達はベンチに座って、タブレットの航路とコンパスを確かめている。
「兄さんったら、航路修正をしなかったのかしら? だいぶ北にずれてるわ!」
「それでも、目的地には近付いてるんだろ? それで、どっちに向かえばいい?」
フレイヤの指示で、舵輪の前に付いているコンパスで南南東に進路を取る。
グンと船首が向きを変えて帆が少し弛んでしまった。フレイヤに舵を替わって貰うと、急いでブームのロープを操作して帆に風をはらませる。
「ねえ。少しウネリが強くなってない?」
「そうですね。前に甲板に出た時よりも、高くなってます」
そんな2人の会話を聞くと、気のせいか、船首が波を切る音まで大きくなっているように思える。
ひょっとして……。
「エミー、天気図を調べてくれないか?」
「はい!」と短く返事をしてタブレットで天気図を調べている。
そんなエミーを舵輪を持ちながらフレイヤが覗き込んでいる。
「急に低気圧が発生しています。かなりの速度で北上しているみたいですから、最接近時にはかなり海があれそうですよ」
「何時頃になりそうだ?」
直ぐにタブレットを使って、確認を取っているようだ。
「再接近は3時間後ですが前後2時間は最大5mのウネリが起きるらしいです!」
そう言うと、どうします? と言う目で俺を見る。
どうするかは、俺でも分らないが、とりあえず全員を集めよう。
「フレイヤ、全員船室に待機だ。アレクとベラスコを呼んでくれ!」
「分かったわ。エミー、舵をお願い!」
エミーと交替したフレイヤが船室に下りていく。
男3人がいれば何とかなるだろう。これぐらい切り抜けられなければ高緯度地方で鉱石を探すなんて出来ないだろうな。
「嵐だと!」
アレクとベラスコが驚いたような表情で船室の扉から現れた。
「後1時間も過ぎれば大荒れですよ。最大のうねりは5mを越えるらしいです」
「そりゃ、凄いな」
「これもイベントだと思えば気も楽です。それで、どうしますか?」
「それを相談するのに呼んだんだよ。エミーは船室に戻ってくれ。後は俺達がやる!」
エミーがアレクと交替して船室に戻ると俺達はハーネスのカラビナを安全ロープに通した。波をかぶっても何とかヨットから流される事は無いだろう。
「あった! 良いですか? 船首にパラシュート型アンカーを投げ入れて波に流されないようにするようです。帆は荒天用に変えて船尾にブームを固定すれば、ヨットは常に風上を向く、と書いてありますよ」
「なら、ベラスコは、そのアンカーを頼む。場所はたぶん船首の小さな備品庫だ。リオは荒天用に帆を切り替えてブームを固定しろ。舵は自動に切り替えておく。進む分けじゃないから、それでいいだろう」
アレクの指示で俺達は作業に取り掛かる。
俺は帆の交換だ。帆の上げ下ろしは自動化されているから、小さなコンソールボックスのボタン操作で、帆走用の帆を降ろして荒天用の帆を上げる。
ブームのロープを固定金具から外すと、ブームが船尾に向くように固定した。
「帆は終わりだ!」
「こっちも終了です!」
ベラスコが船首から四つんばいになって船尾に移動してくる。
風が少し強くなってきたな。荒天用の帆は底辺が2m高さ3mほどの三角帆だ。小さな物だが風を受けて船尾を風下に向けてくれる。
「後はここで乗り切るのを待つしか無いな。タブレットは防水だが流されないように何かに紐で固定しておくんだぞ。後は……、リオ、飲み物を貰っておけ。コーヒーでいいだろう」
船室の扉を開けると、フレイヤにコーヒーをお願いした。
直ぐに蓋のついた、水筒のようなカップを3つ渡してくれた。
「中身は300ccはあるわよ。2重構造だから、あまり冷めないわ。赤いのがリオ専用だからね」
たぶん赤は砂糖たっぷりという事だろう。
蓋がついているのは波をかぶっても中身が無くならない為なのだろう。お礼を言って船尾の甲板に行って2人にカップを渡す。
直ぐに飲むわけじゃないから、ベンチの下にある収納網に入れておいた。網に入れておけば流される事は無いだろう。
「荒天時にはゴムボートを船尾に流しておくこと、とありますよ」
「たぶん。落ちた時の用心なんだろうな。どこにあるか分かるか?」
誰もそんな事は分からないから俺が探しに行く。船尾を調べると、ヨットの船尾に収納庫がある。
固定ハンドルを操作して開くと、折畳んだボートがある。ボートには既にロープが結ばれている。ボートを引き出して海に落とすと直ぐに膨らんで後ろに流されていった。
意外と操作が簡単だな。
一安心すると、アレク達の座るベンチの反対側のベンチに腰を下ろす。
「終ったよ。後は待つだけだな」
「ああ、風も強くなったし、海も荒れてきた。もう1度カラビナを確かめて常に手摺かロープを握ってるんだぞ!」
アレクの言葉に俺とベラスコが頷いた。
「だいぶ、揺れるけど沈没しないわよね!」
「だいじょうぶ。ひっくり返ってもいいように、火は落として置けよ。それとなるべく物を固定しておくんだ!」
船室とインターホンでフレイヤと会話が出来る。
彼女達も不安なんだろうな。だけど俺達はもっと不安だぞ。
気分転換にタバコに火を点ける。
アレク達もタバコを楽しむようだ。ベラスコがタバコに火を点けるのを初めて見たぞ。
まあ、事ここに及んではジタバタしても始まらないだろう。
頼りになる仲間もいるし、アレクのリーダーシップは今までにも色々と助けられた。
頼りにさせてもらうぞ。
ドシン!
そんな衝撃でウネリが次々と俺達のヨットに襲いかかる。
「あれを!」
ベラスコが指差した先には5mを遥かに超す巨大な波が俺達に向かってきている。
「何かに掴まれ!」
「だいじょうぶ。こっちでもモニターに映ってるわ!」
フレイヤ達も船室でそれなりに状況を見ているようだ。
「しっかり掴まってろよ。あれは、このヨットの帆柱並みだぞ!」
俺達は手摺にしっかりと掴まり、足を反対側のベンチに押し付けて体を固定する。
ドドォーン!
ヨットが波を割る衝撃が俺達に伝わると同時に、海水が俺達を押し流すように左右から押し寄せる。
数秒間は海の中にいたような気がするぞ。
「だいじょうぶか?」
「おう! このぐらいなんとも無い!」
「俺も、だいじょうぶです。……最初から水着で助かりましたね!」
そんなベラスコの答えに俺達は笑い出した。
波はますます高くなる。うねりと相まって更に高く感じるぞ。
「こんな事を騎士団の奴等に話しても、ホラ話だと思われそうだ」
「録画しとくんでしたね。なかなかの迫力です」
そんな事を言い合って互いを励ますのも、新鮮な感じがするぞ。
だけど、このヨットの機能を考えれば意外とこの情景を録画してるような気がするのは俺だけだろうか?
とは言え、いつも大波が押し寄せるわけではない。それなりに波は高いのだが、たまに波が静かになる時がある。
ほんの数分にも満たない時間だけど、水筒型のカップからコーヒーを飲むのも良いものだ。ともすれば塩水が口に入るから、甘いコーヒーは喉に滲みる感じだな。
タバコは1本をまともに吸うことができない。波が持って行ってしまうのだ。
そんな波との戦いが、2時間ぐらい続いた時だろうか……。
「ちょっと待ってください。あれは反則ですよ!」
ベラスコの声でヨットの船首方向を見た俺達は、開いた口が塞がらなかった。
今までにも無く巨大なうねりが壁のように俺達に向かってくる。
「リオ、船室の扉は閉まってるな! ベラスコ、船室の入口に避難だ。あそこなら直接波を受けないだろう。それに扉の周囲には金属の手摺が取り巻いている。それに掴まるんだ。絶対に離すなよ!」
急いで扉の手摺に掴まり身を小さくしてその時を待った。
バシャ! ブクブク……。
うねりの中に突き刺さるようにヨットが海中に飲まれた。
体を引き千切るように海流が俺達を押し流すが、俺達3人は手摺を掴んだ手を離す事は無い。
ザバァーン!
波音を立ててヨットが海面に浮かび上がった。
直ぐ次ぎのうねりがやってきたが、先程のうねりから比べればかわいいものだ。
俺達は互いの肩を叩き無事を喜びながら前方を見据える。また大きなうねりが押し寄せてくるみたいだ。
「これは確かに冒険だな。お前等油断するなよ」
「ええ。前から来るならだいじょうぶですよ。これが横からだと転覆間違いないですね」
アレクに俺が答えたときだ。ベラスコがヨットの右を見て顔を引きつらせている。
何だろうと、俺達2人が横を見ると大きな三角波が俺達に向かって来るところだった。
「何かに掴まれ! 横波が来る。ひっくり返るぞ!!」
インターホンで一息に危険を知らせると、先程と同じように扉の手摺に掴まって衝撃に備えた。
ドゴォォーン!
横波を受けてヨットが横倒しになる。
必死に俺達が手摺につかまっているところに更に追い討ちを掛けるような横波が来た。
激しい波の力で俺達はヨットから放り出されてしまった。
海水に押し流された体が、突然全身に海流の抵抗を受ける。安全ロープが俺を繋ぎ止めたらしい。
海流が緩んだところで海面に浮かび上がると、ヨットは真横に倒れていた。
直ぐ近くにポカリ、ポカリとアレクとベラスコの頭が浮かんできた。
「真横ですよ。遭難ですか?」
「だいじょうぶだ。良く見ろ。復元しだしたぞ」
ヨットがゆっくりと起き上がり、最後は体を揺らすようにして元に戻る。
ヨットは沈没する事はないと書かれていたが、こんなに復元力が高いんだな。
泳いでヨットの船尾からラダーで甲板に這い上がった。
互いに手を叩き無事を喜ぶ。
そんな事は2度とは起らなかったが、相変わらずうねりを切り裂くような動きを見せながら、大荒れの海にヨットは浮かんでいた。
それでも、少しずつうねりの高さが小さくなってきているのが分かる。
どうやら、荒海を乗り越えたんだろうか?
残ったコーヒーで乾杯をして、改めてタバコに火を点ける。
ズブ濡れの互いの姿を眺めながら笑みを浮かべた。
こんな事で団結力を付けるつもりは毛頭無かったが、たった数時間で俺達の絆が深まったのが分かる。
何と言ってもあの巨大な波を乗り越えたんだからな。それを思えば未知の巨獣だって、俺達3人がいれば何とかなりそうな気がするぞ。