V-158 クルージングは自分達で
フレイヤが選んだツアーは果たしてツアーと言えるのかどうか迷うところだ。
アレクやベラスコ達と一緒にヨットを借り受けてクルージングしようという事なのだが、誰もヨットを操縦した事がないと言う恐ろしい休暇の過ごし方だ。
「男が3人揃ってるんだからそれ位は出来るでしょう? 戦鬼を動かせるんだから」
それ位は当然できるものと思い込んでいるようだ。
俺達3人は顔を見合わせるだけだったが、フレイヤやサンドラをなだめるのは無理というものだ。ここは諦めるしか無さそうだ。別に帆走しなくとも大型ヨットならエンジンぐらい付いているだろう。
そんな軽い気持ちで、俺とフレイヤにエミー、アレクとサンドラにシレイン、それにベラスコとジェリルの8人が今回のツアーを一緒にする。
高速艇でウエリントン王都に向かい、桟橋でヨットを借り受ける。
長さが10mを超えてるし、横幅だって3mもあるぞ。1本の高いマストを見上げながらこれからの困難を思い浮かべる。
フレイヤ達が船室に消えたので俺達も意を決して中に入った。
中はソファーセットにダイニングとシャワーが付いているようだ。その他にプライベート船室が3つ付いているから、フレイヤ達はそこに消えたのだろう。
ソファーに腰を下ろして、3人で操縦マニュアルを眺める。
少なくとも5日間は海の上での生活だ。この船の機能を良く知っておく必要があるからな。
「お前達は、小さなヨットも操縦した事がないのか?」
「ある訳ありませんよ。ヨットなんて!」
アレクにべラスコが返事をしてる。俺も大きく頷いた。
「そうか……。先ずは適当にエンジンで港から離れよう。その後で帆を張ればいい。別に行くあてはないからな。無事に5日間を過ごす事が大事だぞ」
俺達は何とかなるだろうと考えた。
そんな所にフレイヤ達が現れる。既にビキニ姿だ。俺達の横に座ると、部屋を教えてくれた。
俺の部屋は船首らしい。サーフパンツに着替えると防水ケースに入れたタバコを持って戻ってきた。俺と同じように防水ケースを持ってアレク達も着替えている。
「準備は良いようだな。先ずは港を出るぞ!」
アレクの言葉に俺達は甲板に出る。
船尾にある大きな舵輪をアレクが握ると、そのシャフトについているコンパクトなコントローラーでエンジンを起動した。
先ずは後進だな。2艇身ほど下がると、前進に切り替える。ブレーキは無いから慎重に、港内をゆっくりと進んでいく。
フレイヤ達は船首に行って前方を眺めているようだ。俺とベラスコは船尾の左右にあるベンチに腰を下ろして成り行きを見守っている。
「確か浮標を右に見て港を出るんだったよな?」
ベラスコが慌てて港のパンフレットを見て確認している。
俺は、すっかり諦めた表情でのんびりとタバコを楽しむ。いつの間にかアレクも、酒のビンを片手に持っているぞ。
1時間ほど過ぎると、港は遙か後方に姿をかろうじて見せている状態だ。
心地よい海風が俺達の体を撫でる。
「さて、いよいよだが、どこに向かうんだ?」
「バリントンランドを目指して頂戴! 1日もあれば到着する筈よ」
サンドラが俺達の方に顔を向けて大きな声で告げてきた。
ベラスコが防水タブレットを操作してコースを確認している。どうやら南東方向らしい。少し進めばGPSで位置ズレが分かるだろう。その都度修正していけばたどり着ける筈だと思うな。
「よし! リオとベラスコで帆を上げろ」
アレクの合図で俺とベラスコがブームに走り、ブームを包んだ布を取り去る。次にブームを船尾方向に固定していたロープを外す。少しブームがふらついているけど、帆が風ではらめば安定してくれるだろう。
「準備完了です。キャプテン!」
ベラスコの報告を満足げにアレクが聞いている。
「リオ、帆の角度調整を頼むぞ。ベラスコはコースの確認だ。……フレイヤ! 船尾に移れ。帆走するぞ!」
中々様になってるじゃないか。
ベラスコと感心してアレクを見る。バタバタとフレイヤ達が俺達の座るベンチに移動して来た。
「帆を上げろ!」
「アイアイ・サー!」
俺はベンチの傍についているコントローラーを操作して帆を上げる。
ウィーン……とモーターの音がして、ブームに内蔵された帆がマストに上がっていく。
ブームの長さが4m、マストの高さは10mはあるから、帆走すればかなりの速度が出せるんじゃないかな。
ブームを固定しているロープをロクロを使って緩めていく。帆が風を受けて俺達の頭をブームが越えて左舷に移動していった。
「何か本格的ね。やはりこのツアーを選んで正解だったわ!」
フレイヤ達がそんな事を言ってるけど、俺達は楽しむ範囲を超えているぞ。
帆が全て引き出され、風でパタパタと揺れている。
「風を掴め! 南東に向かって帆走だ!」
ブームを制御する先端部の滑車に通したロープをロクロを使って巻き取り始める。
ブームの角度をロープの出し入れで制御する構造だ。風を受け始めると途端にロクロが重くなる。
と同時に、ヨットは少しずつ速度を上げて行った。
ベラスコ航海長がコンパスを持って進路を確認している。フレイヤとサンドラは一旦船室に戻ったようだ。
速度が上がるとともにヨットが大きく左に傾いた。エミー胸が俺の目の高さにあるぞ。
シレインとジェリルが急いでエミーの座る右舷のベンチに移動する。
「こんなに傾くの?」
「帆が風を受けて走るからな。これも設計条件の1つだから全く問題が無いぞ。ヨットはひっくり返っても復元出来るんだ」
シレインの質問にアレクが答えてるけど、その答えは船室のテーブルに置いてあったパンフレットのQA集の答えそのままだ。
「はい。これを着けるのよ」
2人で俺達に配ってくれたのは、簡易版のハーネスだ。女性達はベルトにD型のリングが付いており、それに自動巻き取り式のロープが着いている。
俺達のは、まるでパラシュートのハーネスのような構造だ。
この違いは何なんだ?
「投出されないようにこのロープの先のカラビナをヨットの安全ロープに付けるらしいわよ。万が一投出されたら、ベルトのポーチについてるフロートが膨らむらしいわ。発信機付だから、探すのも楽と書いてあったわ。
リオ達のは、ヨットの速度を上げるときに舷側から体を投出してバランスを取れるようになってるみたいよ。こんな感じね!」
そう言ってタブレットで見せてくれたのは、なんと舷側から横に立っているように見えるぞ。
こんなにしてまで速度を出さなくてもいいと思うんだけどね……。
「まあ、着けておけば安心なら、着けるべきだな」
アレクがそんな事を言って、タブレットの画像を見ながらハーネスを装着している。俺とベラスコもそれに従った。
エミーが配ってくれたカップにフレイヤがワインを注いでいる。注いでくれたのはカップに半分ぐらいだが、ヨットが傾いて航行してるから仕方が無いのかもしれない。
全員で高くなった方のベンチに移動すると少し傾いた船体が復元する。
ものは試しと、ロープを胸の位置にあるDリングに通してヨットから体を投出すようにしてヨットのバランスを取ってみると、体の下に海が見えた。
これはこれで楽しいかもしれない。
「キャプテン。進路が南に反れています!」
「分かった。進路を北に取る!」
航海長は、ちゃんと船の針路を確認していたようだ。
意外と責任感があるのかも知れない。ジェリルが頼もしそうにベラスコを見ているぞ。
俺達は船尾に集まり、酒を酌みながらタバコを楽しむ。
少しうねりがあるようでバシンバシンっと船首が波を切る音がする。ローリングとピッチングの感触も心地よいな。
カテリナさんから船酔いの薬をたっぷり貰っているから、それが効いているのかもしれないな。緑色カプセルは飲むのに勇気がいるけど効き目は確かだ。
「ねえねえ……、皆で交替でヨットを動かすんでしょう?」
フレイヤが俺達に聞いてくる。
女性達でそんな話になってるのかな?
「そうだ。先ずはリオからやってみろ。3時間交替だぞ!」
アレクも疲れてきたのかな?
フレイヤの言葉に簡単に同意している。
「フレイヤとエミーで舵輪とコースの確認だ。俺が帆を受け持つ」
「なら交換だ。船尾に伸びてるロープにちゃんとハーネスのカラビナを繋いで置くんだぞ!」
そんなアレクの注意もフレイヤにはあまり届いていないようだ。
2人は直ぐに船尾に歩いてくると、船首から船尾に両舷に伸びているロープにハーネスのカラビナを取り付けている。
フレイヤが舵輪を両手で握り、エミーはベラスコから海図と現在位置が表示されたタブレットを受け取った。
アレク達が船室の扉の近くに移動して腰を据えた。と同時に酒ビンを持ち出すのも問題な気がするな。
「中々感じが良いわね。エミー、後で替わるからね」
「待ってますよ。コースはそれ程ずれていないようですね。コンパスで115度の方向に向かうようにしてください」
チラリとタブレットを覗くと2時間程でもかなりジグザグに進んでいるぞ。
帆を反してはいないんだから、それ程頻繁にコースが変わっているとは思えないんだが……。
「それじゃあ、後を頼むぞ。俺達は船室に入ってる。3時間後にベラスコ達に替わってもらうからな」
「了解です。明日の昼間ではこのまま進めばいいんですよね!」
そんな俺の言葉にサンドラが手を振って答えてくれる。
うねりのある海を俺達を乗せたヨットが走る。
備え付けの防水ラジオが軽い音楽を流しているのだが、ヨットの揺れと合ってるんだよな。思わず顔を見合わせてニコリとしてしまった。エミー達も同じ思いだったようだ。
30分間隔でフレイヤとエミーが舵輪を交替しているんだが、俺には代わってくれないんだよな。
ちょっと寂しげにタバコに火を点けた。
しばらくすると、船室の扉が開いてベラスコ達が現れた。
2人とハイタッチで交替すると、俺達は船室へと入っていった。
アレクたちは自分達の部屋に引き上げたようだ。
簡易シンクには簡単な夕食ができている。
フレイヤ達がそれを皿に持ってソファーのテーブルに並べる。
料理は海鮮パスタにジュースそれにズングリしたバナナだな。バナナと言うよりナスに見えるぞ。
船が揺れるから、意外と口に入れるのが難しいのもおもしろい経験ではある。
エミーとフレイヤが互いの口元を指差して笑いあっている。たぶん俺も同じように口の周りを汚しているんだろうな。
食事を終えると、口の周りをナプキンで拭いてジュースを飲んだが物足りない。
そんな俺にフレイヤがコーヒーを作ってくれた。
大きなマグカップで飲む甘いコーヒーは格別だな。