V-144 地底湖
「「「本当ですか?」」」
レイトン博士の調査結果を聞いて俺達は同じ言葉を言った。
どうやら、大きな地底湖が東に広がっている可能性があるらしい。
「溶岩流は心配ありません。途中に遮水性の高い岩盤がありますし、地表からの深さがだいぶ違います。更に両者の流れる方向が違っています。溶岩流は西南西に、地下水脈は南東に向かっています。たまたま、この近くで接近しているに過ぎません」
そうなると、地底湖の存在を確認したくなるな。小さくても、それに流れ込む地下水脈が見付かれば中継点の水不足は一気に解決する。
「概略位置は判るんですか?」
「トンネルの第4工区の東ですが、トンネルの位置から少し下がった所だと思いますよ。あれだけの水量が流れているのですから規模はかなり大きいと思います」
俺達は互いに顔を見合す。
ひょっとして、俺に調査させるんじゃ無いよな? ここは早めに話題を変えるにかぎる。
「ところで、温室の方はどうですか?」
「ああ、大変具合が良いですよ。柑橘類は数年先になるでしょうが、メロンにイチゴは収穫できました。マリアンさんが喜んで買ってくれますので、私達も嬉しいです」
そう言いながら笑みを浮かべる。
新鮮な果物が中継点で手に入るなら確かに嬉しいだろうな。ローザ達も食べたそうな顔をしているぞ。
「もっと、温室を増やさないんですか?」
「マリアンさんが、来年には2棟増築してくれると言っていました。それが出来た時点で中継点に共同経営を打診してみるつもりです。片手間では出来ない大きさになりますからね」
本職は地質学者だからな。だけど、共同経営なら世話を中継点の従業員に任せられるだろう。新たな雇用が生まれるから俺にとっても嬉しいことだ。
そんな話を終えると、俺に地底湖の推定位置を示したプリントを残して、自分のラボがある西の桟橋にレイトンさんは帰って行った。
「かなり大きな地底湖らしいわね」
カテリナさんがプリントを眺めながら呟いた。
「これだけあれば十分中継点の水事情が改善されるわ」
「やはり、調査は必要だと思います」
全員が一服している俺を見ているぞ。
「リオ。明日この地底湖を調査してくれない? 推定位置方向にトンネルを掘っていけばはっきりするわ。もし、見付からなくても拡張する方向だから無駄にはならないはずよ」
最後に、ドミニクが言った。
「分かった。行ってくるよ。出来れば獣機と自走バージも欲しいな。岩盤はイオンサーベルで切り取れるけど、運ぶのは大変なんだ。それと、工兵隊との調整はお願いするよ」
しょうがないな。トンネル掘りは慣れてるから、協力者がいれば何とかなるだろう。
俺の言葉に、テーブルの女性達はあっちこっちに携帯で連絡を取り始めた。
そんな彼女達を置いてジャグジーに向かう。
今夜は早めに寝よう。
次ぎの日。お弁当を手にアリスを問題の工区に走らせる。
一旦中継点を出て、尾根を越えたところに、工区が見えてきた。まだトンネルの直径は15m程だ。少し前傾姿勢を取ってアリスはトンネルを進んでいく。
『この辺りが問題の漏水地点です。壁面を伝って水が流れていますね』
「だれもトンネルにいないんだな?」
『他の工区に2日程移動して工事をするらしいです。このトンネル内には現在私達だけが入ってます。1時間後には自走バージと獣機がやってきます』
俺達の調査のために、このトンネルを空けてくれたのか? なら、早いとこ調査を進めなければなるまい。
イオンビームサーベルを取り出すと、東の壁に突き刺して岩をえぐり始める。三角垂の様に切り出すのが基本だ。西の桟橋工事で穴掘りだけは自信を持ったからな。
アリスが通るのに邪魔にならないように横10m、高さ20m程のトンネルを作るように岩をどんどん切り出していく。
後からやってきた獣機の連中が削りだした岩石を自走バージで運んでくれる。
トンネル内に今のところガスや低酸素区画は無いのだが、休憩は自走バージが曳いてきた仮設休憩所で行なう。お茶やタバコも楽しめるから、適当に利用する。昼食もここで取った。
ドミニク達が工兵隊と交渉したトンネル工事の休業は2日間だから、夜間も穴掘りを継続する。全く労働条件を無視してるな。もっとも俺は経営者側だから、そもそもそんな権利が無いのだろうか?
だけど、騎士団員なんだからその辺は考えてもらえるとありがたいなんて考えていると、今までとは違った感触がイオンビームサーベルから伝わった。
『どうやら、洞窟に遭遇したようです』
「大きいのか?」
『調査しませんと……。カンザスに連絡します。カテリナさんが探査機を持っていると思います』
トンネル内だが、獣機や自走バージ等が入り込んでいるから、リレー式に通信を送ることが出来る。
直ぐに、自走バージでやってくると連絡があった。
まぁ、のんびりとここで待つか。
アリスの手の平に乗ってタバコを楽しむ。バッグからコーヒーのボトルを取り出すと喉を潤す。やはり、コーヒーが良いな。ローザはジュースを何時もバッグに入れてると言ってたが、前にコーヒー缶をあげてから何時もそうしているそうだ。
しばらくすると、1台の小型の自走バージがやってきた。
「リオ君。荷台の探査機を入れる穴を開けてくれない?」
どうやら、カテリナさんが乗ってるようだ。
直ぐにアリスのコクピットに戻ると、自走バージの荷台に乗った探査機を見た。直径1m、長さ2mのカプセルのようにも見える。それが2機乗っている。
イオンビームサーベルで、洞窟がある方向に直径1.5mほどの穴を開けた。どうやら、洞窟まで2mも無いところまで掘り進んでいたらしい。
「開けましたけど?」
「荷台から探査機を洞窟に押し込んでくれない。後は此方でやるから、リオ君は休憩所で待機してくれればいいわ」
そんなわけで、2機の探査機を壁の向こうに押し込んで休憩所で待つ事にした。
休憩所には俺1人だ。探査機の画像をアリス経由で端末に取り込みスクリーンに投影する。
ちょっとしたコーヒータイムだからのんびり眺められるな。横に色んな数字が目まぐるしく変わっているけど、俺が興味があるのは画像だけだ。
洞窟はかなり大きなものだ。中継点ほどあるかも知れないな。かなり強力なライトを搭載しているようだが、奥が見えないほどだ。
ゆっくりと空中を移動しながら奥へと向かっている。どうやら、小さな水の流れを追っているようだ。
突然、光が反射する。そこには満々と水をたたえる地底湖があった。
1機の探査機は地底湖の上を滑るように移動し行く。もう1機はこれまで通りに洞窟を調べている。
「アリス、地底湖の探査機の映像を頼む」
直ぐに画像が切り替わる。
地底湖上空数mを移動しているようだ。
画像が4分割になり、2面が水面上を映して、もう1面が真下の水中を移している。最後の1面は数字や文字列が並んでいるぞ。
水深はそれ程無さそうだが、広いからな。かなりの水量が貯えられているだろう。中継点の水事情が一気に解決しそうだ。
携帯でカテリナさんが通信を入れてきた。
どうやら、もう1台自走バージが来るらしい。今度はレイトン博士達だ。
「レイトンの持ってきた探査機を中に入れてくれたら、リオ君は休んでいいわ。手伝って貰いたい時には呼ぶからね」
は~い!って返事を返したが、何か子供に物を頼む感じだよな。俺ってここの領主なんだけど……。
そんな感じで沈んでいても仕方が無い。アリスに搭乗してカンザスに戻った。
だが、時刻は既に午前2時を回っている。
リビングには誰もいない。冷蔵庫を漁っていると、ライムさんが起きて来た。
「ご苦労様にゃ。今、チンするからテーブルで待ってるにゃ!」
ありがたい。カウンターでなにやらごそごそと動いているライムさんに頭を下げると、テーブルで待つ事にした。
そんな俺の前に出て来たのは、ポタージュスープにちょっと硬めのパンと焼いたハムだった。デザートにはメロンの4つ切りだ。
そんな夜食を終えると、小さなカップでコーヒーが出て来た。夜だからこれで我慢ってことかな?
改めてライムさんに礼を言うと、食器はシンクに戻しといてと言われてしまった。まぁ、それ位はね。
俺に手を振ってライムさんはメイドルームに帰って行った。
タバコに火を点けると、さっき見た地底湖の様子を思い浮かべる。
浅いけれども広いという事はプール代わりにも使えるんじゃないか? だが、場所的には将来の秘密桟橋が作られるところでもある。
広がりを調べて俺達の建設計画との整合性が上手く図れると良いのだが……。
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「……という事で、東の洞窟ホールの大きさは高さは50mほどだけど、東西1km、南北3kmの大きさよ。それに平均水深3mの地底湖があるわ。地底湖は北にあるから、私達の工事には直接影響しないけど、水資源は利用可能よ。地底湖から南東に地下の川が流れているから、地底湖の水面に変動はなさそうね」
ヴィオラ騎士団の面々と工兵部隊からはジゼルさん、それにレイトンさんと中継点のマリアン達、さらには商会の連中も会議室に集まって話を聞いている。
ホールの存在で、工事を大幅に短縮できそうだ。だがそれよりも、500万t近い水が確保できる事の方が俺達には衝撃だ。
「その水が利用できれば、大河から運んでいる水の定期便を使わずに済みます。経済効果はかなり高いですよ」
「農業だって始められますよ。温室を更に増やすことが可能です」
「給水パイプの敷設と新たな上水タンクを中継点に設けよう。カテリナさんの調査では1日当り、数百t程度を汲み上げる分には湖の水面に変動はないとのことだ。今までの数倍を使えるから、騎士団への給水も単価を下げられるだろう。それに、レジャー施設には必要不可欠だから、その辺りの分配はマリアンと商会で調整してくれ」
俺の言葉に皆が頷いてくれた。これで、相手に任せられるぞ。
とりあえず、会議を終了させて、カンザスに戻ると俺の帰りをカテリナさんが待っていた。まだ何かあるんだろうか?
「地底湖を探っていて、おもしろい物を見つけたわ。これなんだけど……」
そう言って、スクリーンを展開する。
そこに映し出されたのは、石で作られた構造物だ。だが、誰が作ったんだろう?
少なくともこんな場所にあるはずの無いものだ。
「ここを見て頂戴。この石造構造物の置くに見えるものは更にありえないものよ」
カテリナさんが画像の一部を拡大する。長年の堆積物で良く分らないが、ハッチのようにも見えなくも無い。
それって、ありえないだろう。2つの技術文化がかけ離れているぞ。
「最後はこれよ。水中だから明確じゃないけれど。重力バランスの微弱な変化量で埋設物の範囲を特定してみたわ」
何か楕円形の物体が地底湖深くに沈んでいる。初期の宇宙船の1つなんだろうか?
「過去にこの惑星に入植する為にやってきた人達の宇宙船の大きさはこれより遥かに大きいと文献で読んだ事があるわ。このままでも問題はないと思うんだけど、これを見て頂戴」
今度の画像は地底湖の水底だ。なにが問題なのかしばらくは理解できなかった。
『対流ですか?』
「さすがはアリスね。リオ君よりも優秀だわ。……わずかだけど対流があるのよ。それもこの範囲だけなんだけど……」
「ひょっとして、まだ動力炉が動いているという事ですか?」
俺の言葉にカテリナさんが微笑んだ。
それは問題だぞ。未知の宇宙船モドキがいまだに活動しているとなると、何時大爆発を起こすか分からない。
まぁ、いままで爆発しなかったんだから、少しは安心出来るんだろうけど、早めに停止させた方が良さそうだ。
「リオ君。調査出来ない?」
えっ?
思わず、声を出してしまった。