Ｖ－１３３ 脱皮
地獄のような戦いだ。いくら叩いても減る事は無い。
そんな戦に身を置いて今日で８日目なのだが、来た時と周囲の状況は殆ど同じに見える。東には遥か遠くまで赤いスコーピオの表皮の色で満ちている。
『リオ様そろそろ本日の地上戦を終了します。至急カンザスにお戻り下さい』
「分った。他の連中は引き上げてるのか？」
『アリスが最後になります！』
それなら、急いで戻った方が良さそうだ。
残りの砲弾を適当にばら撒くと、装甲甲板に跳び乗った。昇降装置でカーゴ区域に移動すると、アリスを降りて私室に走る。
「遅かったわね。リオ君が最後よ！」
俺がリビングの扉を開けるとテーブルに皆が揃っている。空いた席に座ると、直ぐにコーヒーのマグカップが渡された。
今日は殆ど休みなしだったからな。タバコに火を点けてマグカップのコーヒーを頂く。
「偵察用円盤機によって、最初の脱皮が確認されたわ。明日は動きが少し鈍るかも知れないわ。ある意味チャンスではあるわね」
チャンスではあるが、脱皮して１日もすれば表皮の厚さは倍になる。獣機の３０ｍｍではかなり接近しないと表皮を貫通出来なくなりそうだな。それに榴散弾の効き目も気になるところだ。
「ガリナムと円盤機はパンジーを除いて全て東の脱皮している個体を狙うことになるわ。王国軍の爆撃機も連動する手筈よ」
「そうなると、回りこんでくるスコーピオの対応は？」
「ゼロを使います。半数を後方に回して、半数を新型獣機の支援に回すわ」
戦機が横を守って俺達戦姫はその支援と言うところかな。ちょっと消極的なようだが、円盤機を全て爆撃に投入するならそうせざる得ないという所だろうな。
「作戦開始時間は？」
「今日と同じで０９００時開始よ。それまでは西に向かって艦砲で対応するから、ゆっくり休んで頂戴」
会議が終ったとみて、ライムさん達が食事を運んでくる。まだ、１８時過ぎだからだいぶ早い夕食だ。
戦闘中ではあるが、数種の料理が載った皿が出る。
テーブルマナーを無視して皆が食べ始めた。相当、お腹が減っていたみたいだな。
食事が済むとローザは客室に戻り、俺達はソファーでワインを楽しむ。
本来ならばタバコは厳禁なんだろうが、発泡ワインにタバコが合うと俺は思っている。カテリナさんもそんな感じに見えるな。
「カテリナさん。まだ原因が分りませんか？」
「アカデミーが手を尽くしているわ。何かあるはずなんだけど、まだそれが分らないでいるわ。リオ君の方もまだ続いているの？」
「段々頻度的に高まってきたように思えます」
俺の答えにカテリナさんが首を振っている。もう少しヒント的なものがあれば良いんだろうが、生憎といやな予感でしかない。
「スコーピオに関係してるのかしら？」
「それなら、既にリオ君の悪寒は納まってるわ。リオ君の場合は前兆を察知するみたいなの。既に現れているなら終っているはずよ」
フレイヤの質問にカテリナさんが答えてる。
「予言にもならないのよね。でも、かなり重大な事を前もって教えてくれるのは確かだわ」
「ですが、地上と海洋それに空に異変が無ければ俺の気のせいかもしれません」
俺の言葉にカテリナさんはしっかりと首を振った。
やはり、何かがあると確信してる感じだな。
「何としても、原因は探る必要があるわ。このスコーピオの孵化以上の災厄が発生する可能性がある以上アカデミーは全力を注ぐ必要があるでしょうからね。それに他国のアカデミーも協力してくれるみたいだからもう少しで分るかも知れないわよ」
「地殻変動ということは？」
「それも、調べているわ。竜人族の伝承には大規模地殻変動の脅威が残されているわね」
レイドラの質問に即答で答えている。考えられる限りの調査を行なっているようだ。それでもいまだにその原因が判らないという事はいったい何なんだろう？
まあ、カテリナさんに任せておく以外に俺達に出来る事は無い。俺達は目の前の脅威に立ち向かっていれば良いのだろう。
「話は変わりますが、現在の状況はどうなってるんでしょう？第２段階のスコーピオの対応に注意することがありますか？」
俺の質問にカテリナさんがスクリーンを展開する。そのスクリーンに皆の視線が移った事を確認したカテリナさんが口を開いた。
「孵化の開始から約９日間。スコーピオの広がりはこんな感じで広がっているわ……」
直径１００ｋｍほどの範囲が四方に拡散していく。地図に赤く彩りされているがスコーピオの単位面積当りの個体数で数段階に色分けされていた。
半径２００ｋｍ程は真っ赤だが、４００ｋｍも離れると淡いピンク色に変わっている。南北ではあまり色の変化は無いが、西に向かって色が薄れているのは、南に展開している王国軍が優勢なんだろう。西は俺達騎士団連中が対応しているんだが、艦砲が小さいから阻止戦を構築できずに縦深陣形で対応しているからな。
「ドロシーの推定では孵化個体数６００万に対して現状の数は４００万に減っているわ。８日間で２００万を葬ったことで、王都は大喜びしてると聞いてるわ。問題はこの後ね。脱皮後のスコーピオの表皮が安定するまでに約１日。この間の表皮は柔らかく共食いの対象にもなりかねない。だから動かずにジッとしてるのよ……」
次に現れた画像には、脱皮したスコーピオの推定分布が表示されていた。
中心部だけだと思っていたが、かなり広範囲に脱皮した連中がいるらしい。
「こんな状況だから、今までの半数もこちらに向かってこないでしょうね。後ろに展開している騎士団もラウンドクルーザーを移動しながら円盤機で狩ることになると思うわ。しいて問題点をあげるなら、王国の爆撃機に搭載する爆弾の数が逼迫しているぐらいかしら」
「それって、問題ですよ。数を減らす為には不可避ですから！」
俺の言葉にカテリナさんが溜息を漏らす。
「そうなんだけどね……。あれ程派手にばら撒くとは思ってなかったらしいわ。ともあれ、明日の爆撃分は確保したらしいから何とかなるでしょう。逼迫してるのは集束爆弾と焼夷弾らしいから、どの道あと１０日も使えないわ」
とは言え、現状では一番効果のある爆弾だ。少なくとも３日分位は早急に入手する必要があるだろうな。
ひょっとして、俺達の砲弾や爆弾もそうなのだろうか？
「騎士団の弾薬は別調達だから心配しないで大丈夫よ！」
俺達の視線の意味を悟ったカテリナさんが問われる前に答えてくれた。
第１線の騎士団が持つ円盤機の数は精々３０機程度だろう。一度の攻撃で落とす爆弾の数は５０ｋｇ爆弾が６０個。２時間おきに発進するとしてもそれほど広範囲に薔薇あくことは出来ないだろうな。ガリナムの強襲も同じように思える。
そんな事を考えながら俺達はゆっくりと体を休めることにした。
俺達が相手にする数が少ないだろうとはいうけど、元の数が多いからそれ程変わらないんじゃないかな。
西に移動しながらカンザスは砲撃をしている。
一定リズムで繰り返される砲撃音を聞きながら俺はいつの間にか眠ったようだ。
あくる朝、俺達は太陽に挑むように東進んでいる。
補給をかねてかなり西に移動していたようだ。コンテナまであと３時間は掛かるんじゃないかな。
朝食を終えてソファーで皆とコーヒーを飲む。
周囲のスコーピオはまだ疎らだ。その動きも昨日より緩慢に見えるのは気のせいだろうか？
「カテリナ博士の言うとおり、昨日と比べて動きが鈍いのじゃ。今日は楽勝じゃのう！」
「私達の任務は後方で補給の護衛ですよ。遠くに行っては作戦全体に支障がおきます！」
エミーがローザに注意しているけど、状況次第じゃないかな。倒せる時は倒せるだけ倒すというのがこの戦いには必要なんだろう。
東に進むに連れて周囲のスコーピオの数が増すのは今まで通りだ。
目的地到着１時間前に円盤機が発進していく。ヴィオラ騎士団の円盤機１０機が一列に並んで前方に去っていった。
少し遅れてパンジーが飛んでいく。２００ｋｇ爆弾２個は円盤機数機に匹敵する。もう２機ほど欲しいところだが、大きいからな。
そういえば、ゼロもそれなりに飛べたはずだが、爆装はしていなかったか。
『出撃４０分前です。新型獣機はゼロの支援の下コンテナに展開してください。獣機は後方で補給の準備、ヴィオラ装甲甲板には第１分隊が残って円盤機の補給対応です。戦機は後方及び左右空の侵入に対応してください……』
ドロシーの艦内放送がリビングに聞こえてくる。
「我等は予定通りで良いのじゃな？」
「ああ、それでいいよ。まだまだ主役は獣機の連中だ。それが戦機に移り、そして俺達になる」
俺の言葉にローザが笑みを浮かべる。
大変そうに見えても、俺達以外の連中で何とかなるのも確かなのだ。彼らの対応が困難になって初めて俺達の出番が来る。
出撃３０分前にタバコに火を点ける。２時間は戻れないからな。愛煙家には厳しい試練だ。
外を眺めていると、円盤機が戻ってきた。
急いで焼夷弾を積み込んでコンテナ周辺を爆撃して貰わねばなるまい。
一服を終えた時にパンジーが出撃するのが見えた。フレイヤも頑張ってるうようだな。
ソファーから腰を上げると、壁の中のカプセルに乗り込んだ。
カンザスの装甲甲板に上がると、既にローザ達が待機している。
まだ１０分前なんだが、士気は高そうで安心した。３機の戦機も５５ｍｍ砲を抱えている。行動は別になるが彼らは王女達の護衛の立場なんだよな。まあ、この場合はあきらめて貰わねばなるまい。
後続のヴィオラの状況は分らないけど、円盤機が今出撃したところを見ると、戦機の待機はこれからになるのだろう。それでもまだ間がありそうだ。
『マスター。スコーピオの活動が４割ほど低下しています。これが脱皮による一時的な活動低下なのでしょうか？』
「たぶんな。だけど、３日ほど脱皮が続くんじゃないか？そうなると動きの早い奴と遅い奴で２つのグループに分けれそうだ。どんな事態になるかは予想できないな」
共食いが始まるのだろう。
それは次ぎの脱皮の布石になる。この状態で何とかしたいものだ。
前方に細長い塊が見えてきた。２００ｔコンテナが２個並んだ姿に分る頃に、カンザスの速度が急速に低下する。
前方に大きな火炎が広がった。パンジーの大型焼夷弾が炸裂したに違いない。
これで一時的にコンテナ周囲のスコーピオが無力化される。
「行くぞ！」
全方向通信で俺の声が伝達される。
同時に、カンザスから次々と戦機が跳び降り始めた。
いつもの狩りが始まったのだ。
