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V-116 新たな協力者


 王都の王宮の森の中にある第2離宮で俺達は朝を迎えた。

 朝日が目の前の池に反射して室内に光のカーテンを送る。


 目覚まし時計よりも確実だな。

 ちゃんとカーテンをしておけばよかったかもしれない。

 

 だが、朝の目覚めは気持ちの良いものだった。

 隣のエミーも俺と同じように朝の輝く水面を見ている。


 「起きて散歩に行こうか?」


 俺の提案を聞くと、エミーは微笑んでベッドを抜け出した。

 早速身支度を始める。

 俺の方は直ぐにも終るのだが、エミーはそうも行かないようだ。

 軽くメイクを施して一服を楽しんでいる俺のところにやってきた。


 帽子を被ってサングラスを掛ける。

 南緯の低緯度地帯だから日差しがきついんだ。


 神殿のような建物を出て、池の周りを散策し始めた。

 エミーと腕を組んで、ゆっくりと池を眺めると、小さな魚が群れていた。

 そんな光景をエミーがじっと飽きもせずに眺めている。エミーが初めて観る自然の姿なんだろうな。

 本来ならば見飽きるほどに見ていた筈の風景だ。

 音だけの世界と、光の世界では全く暮らした庭の姿が異なるに違いない。


 「綺麗な庭だったんですね」

 「ああ、自然そのものだ。人工的に作ったんだろうが、うまく調和しているな」


 良い庭師の作品なんだろう。

 原色の花はない。緑と水の光景だ。その緑のグラジエーションが水面に映って揺れている。


 そんな俺達の後ろに、いつの間にかヒルダさんが立っていた。


 「おはようございます。それにしても良い庭ですね」

 「皆は、『もっと華やかな庭にすれば……』と言っていますが、私にはこの風景が大好きです。リオ殿もこの風景の良さを理解出来るのですか?」


 「ええ、寂寥感が自然に感じられるように木々が配置されています。庭石も自然のものですね。……眺めていても飽きの来ない、それでいて自分と向き合うことの出来る空間がこの庭に演出されています」

 「この庭を作ったのは、私の先祖だと聞いています。そして……この庭の秘密は、正にリオ殿の話した通り。遠い祖先とリオ殿の家系は繋がっているのかも知れませんね」


 日本人なら理解出来るんじゃないかな。ワビ・サビの世界だ。

 そんな文化もしくは文献を学んだ者が作ったに違いない。

 虫の音を雑音と聞くか、音楽と聞くのかの違いのようなものだ。

 

 「ところで、ここならさぞかし良い音楽を楽しめるでしょうね」

 「ええ、その通りですよ。建屋は防音処理がなされているけど、夜に散歩をするならね」


 そう言うことだな。

 理解出来るものだけが、楽しめれば良い。

 離宮とはそんなものかも知れないな。


 「リオ様も、虫の音を音楽とおっしゃいますの?」

 

 突然、俺とヒルダさんの会話にエミーが割り込んできた。


 「ああ、俺にはそう聞こえるんだ。人工的でない音は、心地よい音楽に感じる」


 そんな答えを聞いて、2人が微笑む。

 同じ楽しみを持ったもの同士って感じかな。


 「そろそろ、朝食ですわ。その後で、ゆっくりとお2人をご案内しましょうね」


 その言葉に、俺達はヒルダさんの後に付いて建屋に入った。

 第2離宮は俺好みだな。

 他の離宮は華やかな中に立っているんだろう。

               ・

               ・

               ・


 午前中は、ヒルダさんの案内で庭園を散策し、お腹が空いたところで軽い昼食を取る。

 お菓子のようなサンドイッチはかなりの甘口だ。

 これを毎日食べてヒルダさんの体形を維持するとなると、かなりの運動をする必要があるんだろうな。


 エミーも、良く均整が取れた体形を維持できたものだ。

 ひょっとして、毎晩ルームランナーなんかを使ってたのかな?


 「約束は2時丁度です。全員を私は推薦しますよ」

 「ありがとうございます。全員が十分な素質を持っているという事ですね」


 俺の言葉にヒルダさんが頷いた。

 経営学は十分に学んでも、それを実践する機会は少ない筈だ。

 紹介してくれる5人に足りないのは経験だけだろう。

 ならば、俺達の領地で十分に経験を積めば良い。

 

 お茶と、屈託のない世間話をしながら時間を過ごすと、俺達は離宮の小さなリビングへと向かった。

 俺達を案内してくれるネコ族のお姉さんが扉を開けてくれた。

 

 部屋はそれ程大きくはない。

 3人程座れるソファーが3つ。ちいさなテーブルを囲んでいる。

 反対側の広い窓からは森の木々が見える。

 この部屋も中々趣があるな。


 俺達が部屋に入ると、数人の男女が立ち上がり俺達に頭を下げる。


 「どうぞ、お座りくださいな。公爵殿はそのような挨拶を望まれる方ではありませんよ」


 ヒルダさんがそう言って、空いていたソファーに俺達ともども座ると、立っていた男女がようやく腰を下ろした。


 「良くいらっしゃいました。公爵が領地の経営に困っています。出来ればあなた方に協力をお願いしたいのですが……」

 

 ヒルダさんが単刀直入に彼らを招いた理由を説明した。

 顔見知りではないのだろう。そんな確信を突いた話をしても、互いに目を見合わせる事もない。


 「失礼ですが、ウエリントンの貴族の領地を経営する代理人に、空きはないとおもうのですが?」

 「今年、新たな領地が出来たんです。あまり知られてはいないようですけどね。その領地はウエリントンより直線で5千kmも離れています。直径60km程の領土ですが、土地は全くの荒地、そして水すらないのです」


 ヒルダさんの話を聞いて、5人は驚愕の表情で俺を見ている。

 

 「農地もなく、工場もない辺境ではないですか? そんな土地を領土にしても名目だけの貴族ということではないのですか?」

 

 壮年の男がそう問い掛けるのを、俺達はにこにこしながら聴いている。

 やはり、ちゃんと話しておく必要があるな。


 「アリス。中継点のパンフレットはあるんだろうか?」

 『ドロシー経由で手に入れています。現状と改修後の全体像。それに各桟橋の風景動画。ヴィオラ騎士団のHPもありますよ』


 準備はバッチリだな。

 なら、プレゼンテーションを始めるか。


 俺とアリスの会話を聞いて、彼らは更に驚いている。

 まだ、人工知能はそれ程発展していないようだな。

 ドロシーもある意味、アリスが最終的なプログラムをしたようなものだ。


 「自己紹介が遅れたが、俺がヒルダさんに貴方達を紹介して欲しいと頼んだリオだ。一応、国王から公爵の爵位と領地を頂いている。

 そして、問題の領地だが……。確かに言われるとおりだ。

 農業も出来ず、工業すらない。そんな場所の管理等、確かに願い下げだろう。

 だが、今から映し出す画像を見てから、最終的な判断をして欲しい」


 映し出された映像が、カンザスから映したものだな。

 左右に張り出した尾根が低く伸びている中を進んでいくと左右のむき出しの桟橋が見える。

 バージターミナルはまだ完成半ばだな。


 「ターミナルの全長は最終的には3kmを超えるものになる。左右の桟橋の距離はおよそ3kmだ。そろそろ、奥にトンネルの入口が見える筈だ」


 トンネルを潜るとそこには巨大なホールがあり、桟橋を3つ見る事が出来る。

 動画が終わり、ホールの平面図が映し出された。


 その大きさを説明し、ヴィオラ騎士団専用桟橋と、他の騎士団達が用いる2つの桟橋。そこに作られた中継点の管理事務所、商会の事務所等を説明した。

 そして、現在改修中の工事のあらましと、それが完成した姿を平面図で説明する。


 「常時ラウンドクルーザーが5隻以上は停泊している。騎士団の平均的な中継点の滞在日数は3日から5日程度だ。各騎士団はこの中継点を足掛かりに西に向かって鉱石の採掘を行なっている」


 俺の話が終っても5人は、口を開けたままだ。

 少し予想外の領土だったかな。

 

 彼らが落着いて冷静に判断が出来るようになるまで、ヒルダさんに断わってタバコに火を点けた。

 一服を終える頃、先程の男が問い掛けてきた。


 「この映像をどこかで見たと思っていたのですが……。確か特番で放送しておりましたね?」

 「是非にとのことで、断われなかった。特に隠し立ても無いしね」


 「産業はありませんが、物流の要になることで利益は上がる筈です。なるほど……、このような領地を持った貴族であれば将来は安泰ですな」

 

 それでも、1千年は持たないんじゃないか?

 次々とバージターミナルを作ることで、鉱石採掘のネットワークが形成される。

 少量多品種の採掘結果を、ネットワークを作ることで多品種を多量に調達する事が出来るようになる。

 そんな時代には、この中継点は別な目的を持つことになるんじゃないかな。

 どんな目的かは、まだ分らないが、それを見出さないと将来は斜陽の中継点になりそうだ。


 「短期的に観るならそうだろう。だが、それは永遠に続くものではないんだ」

 

 そう言って、簡単なバージターミナルのネットワーク構想を説明した。

 全員が食入るように俺の話を聞いている。

 

 「10年では変化は無いだろうな。100年後には、少なくとも3箇所は出来ているんじゃないかと俺は考えている」

 「王立学府ではリオ殿の名前を聞いた事がありません。この理論だけで十分に博士論文として通用しますよ」


 俺と同じ位の年齢に見える青年が興奮したような口調でたずねてきた。


 「残念ながら学府には無縁だ。騎士団員だからね」


 俺の答えに何人かが信じられないと小さく首を振る。


 「残念ながら、その通りよ。そのおかげでリオ殿の発想には、貴方達のような固定観念が無いわ。しがらみに捕らわれずに発想を展開できるの」

 「確かに、目から鱗の話です。ですが、そんな話を私達にしてもよろしいのですか? 商会にあらましを説明するだけでも報酬を得る事が出来そうな話です」


 「それは、既に手を打ってあるわ。リオ殿が特許を、そして王国が規格を提示していますから心配しないでだいじょうぶよ」


 ヒルダさんの答えで、どうやら場が静まってきた。

 そして、5人が俺を見る。

 その目は、会談の最初とはだいぶ違ってきているな。


 辺境の飛地の経営は、彼らが当初考えていたものとは、まるで違っていることに気がついたのだろう。

 

 「是非とも私にお手伝いをさせてください」

 「「私も……」」


 たちまち、全員が名乗りを上げた。

 俺達は彼らに、満足げに小さく頷く。


 「全員に手伝って貰いたい。既に、中継点の運航管理を行なう部門と、民生部門にわけて管理をしている。

 彼女達は優秀だが、代理がいないのが問題だ。その代理と、全体の調整を行なう私の代理者を置きたい」


 「代官ですか……」

 

 5人が互いの顔を見比べている。

 流通経済は、まだそれ程学問として成り立っていなかったのだろう。

 迷いが彼らの顔に見て取れる。


 「それ程深刻に捕らわれなくても良いんじゃないか?

 赤字になろうとも俺達は騎士団だ。ある程度は自分達で不足分を補う事も可能だ。公爵として国庫から頂ける金額も全て中継点の維持に回している。

 作って1年も経っていないから、果たして収支がどうなるかも予断は出来ない状態だ。

 だが、おもしろそうだろう?」


 「それは認めます。ですが、それを維持して黒字を出すのは中々に難しいのでは……。と考えておる次第です」

 「それで良いじゃないか。別に黒字を期待していない。収支がバランスすれば良いんだ。中継点で働く全員に給与を払い、そして生活を維持させる。それ以上は望んでいない」


 「では、利益が無くても良いという事ですか?」

 「俺達は騎士団だ。他から給与を貰わずとも、自分達の給与は自ら稼ぐ。そして、中継点が維持されていれば、それだけで俺達の活動の場が広がるのだ。それが俺達の利益といえるだろう」


 「利益を出さずとも良いから赤字を抑えろ……。という事ですか?」

 「まあ、そんな感じだな。出来れば赤字は無い方が良いけどね。年に1億Lの赤字なら、吸収できる。どうだ?」


 俺の言葉にじっと考え込んでしまった。

 代官なんだから、それなりの地位と給与は得られると思うのだが、躊躇する理由があるのだろうか?


 「ザクレム……、兄様は立派な代官にお成りですよ。私は、貴方なら兄様を越える代官になれると思っているのですが」


 ヒルダさんの言葉に壮年の男の顔が上がる。


 「ヒルダ様は、それ程に私を……?」


 その問いに、真剣な顔になったヒルダさんが頷いた。


 「分りました。私が請け負いましょう」

 

 そう言って、ザクレムは席を立つと俺の傍に歩いてくる。


 「やらせてもらいます。どんな収支になるかは分りませんが、少しずつ収支がバランスするようにして見せます。数年後には黒に傾くように……」

 「頑張ってくれ。中継点に作りたい施設は沢山ある。年間計画、長期計画が定まったら、教えてくれ」


 俺達はしっかりと握手を交わした。

 

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