V-115 記録に残らぬ顔合わせ
コンコンと小さく扉が叩かれ、お茶のセットをワゴンでネコ族のお姉さんが運んで来た。
その後ろから、「今日は」と言いながら入ってきたのは、ヒルダ王妃と国王そしてトリスタンさんの3人だ。
通路から足音が聞こえるから、警備兵が数人扉を警護しているのだろう。
俺達が席を立とうとするのを国王が片手で止めさせると、俺達の座るソファーの開いた席へと腰を下ろす。
エミーは俺の隣に席を変えた。
「この度は……」
「硬い挨拶は好かん、何時も通りでよい。そして、しばらくだったな。西のバージターミナルの話は聞いておる。まあ、良くやってくれた」
そう言って、お茶を一口飲む。
俺達を見て3人とも微笑んでいるから、悪い印象は持っていないようだな。
「中でも一番喜んでいるのは、マクシミリアンだな。いっそう務めに励んでいるようだ」
「最後は、第3軍に助けられました」
そう言った俺の顔をおもしろそうに2人が見ている。
「だが、我等にはどうしてもその意味が分からんのだ。確かにプレートワームなら我等の軍で対応が出来よう。しかし、5千となれば話が別だ。どうする事も出来ぬ筈だと、トリスタンと話しておったのだ」
そういうわけか。
事の真相を知りたいって事だな。
「円盤機による爆撃、そしてラウンドクルーザー4隻による砲撃、その後は戦機20機による東進の阻止。それを行った上で、俺とエミーでプレートワームをイオンビームサーベルを使って南北に少しずつ切り分けて行きました。
それでも数百はまだ生き残っていた筈です。
その始末と、多大なプレートワームの死骸の始末を、マクシミリアンさんに任せて中継点に帰った次第です」
「最後の始末は私共3軍が……。と言っていたな?」
「確かに、嘘は言っていませんな。全く、上手く立ち回ったものです」
「それも、あやつの能力だろうよ。だが、3つの騎士団とその場で調整が出来るなら、確かに前の総指揮官よりは使えそうだ」
「交渉に長けたものなら、軍と騎士団の調整も容易です」
国王とトリスタンさんの会話は、悪役のセリフに聞こえるぞ。
だけど、……ひょっとして、俺達って利用されたってことか?
「リオ、そのような顔をするな。そして、ここではタバコは自由でよいぞ」
「はあ、では遠慮なく」
俺がタバコに火を点けると、ドア近くで待機していたお姉さんが灰皿を運んできてくれた。
「利用されたと思っているなら、それは間違いだ。どちらかと言うと、その状況をマクシミリアンが利用したという事だろうな」
「俺には、その違いが理解できませんが?」
そんな俺の言葉に3人が笑い出した。
そして、国王もタバコに火を点ける。
「利用したという事は、相手を使って何らかの利益を自分が得たことを言う筈だ。だが、ヴィオラ騎士団を含めて3つの騎士団は、その取引で利益を得た筈だ。これは利用されたというより取引したという事になるだろう。
そして、利用したという事はまた別の話だ。
マクシミリアンはドレスダンサーの顛末を総指揮官に報告した。ドレスダンサーを倒したのは戦姫であり、その戦姫は騎士団が手に入れているとな」
そして、あの顛末になるんだな。
部分的なこと。そして肝心のところは言わなかったんだろう。
騎士が動かせる戦姫を騎士団が持っていると思わせたに違いない。
なるほど、利用してるな。
「分りました。確かに利用して、あの顛末を裏で操ったという事ですね」
「まあ、そうくさるな。おかげでウエリントンはマシな総指揮官を得られたし、老朽化した戦艦を新たに建造出来る。少しは西への援護が出来るというものだ」
そう言って、トリスタンさんと顔を見合わせて頷いてる。
意外と、そう仕向けたのはこの2人じゃないのか? そうだとしたら、とんだ策士だな。
「とは言え、良くやってくれた。もし、映像記録があればほしいものだが……」
そんな国王の言葉に、エミーがバッグからクリスタルを差し出した。
「未編集の映像です。3日間の戦闘映像ですからしばらくは楽しめますよ」
「それはありがたい。編集すると肝心な部分が抜けてしまうからな」
そんな事を言うと、トリスタンさんが取り出した紙片にサラサラとペンを走らせた。
「ありがたく、買わせて頂くよ。他にもあれば、持ってくるが良い。但し、これと同じようになるべく未編集が良いぞ」
そう言ってウインクしながらエミーに紙片を渡してるけど、その金額を見てエミーが驚いているようだ。
「この映像を作るなら、それでも足りんだろう」
チラリと見た紙片にはマルがいくつも並んでる。
かなりの金額だが、それってその後の一件も絡んでの事だろうか?
「それで、リオは今回どのような用件で来たのだ?」
「実は、人材を紹介してもらおうと思ってやってきました。中継点を仕切れる人材とその直下の人材です。
だいぶ中継点も形になってきました。騎士団も常時5つは滞在しています。そうなると、やはり中継点の全体を取仕切る者が必要になると気が付きました」
「代官……という事で良いのか?」
国王の言葉に、俺達そしてヒルダさん達も頷いた。
「なるほど。ヒルダなら良い人物を紹介してくれるだろう。
ところで、ローザがおもしろい事を言っておったが、計画は未だなのか?」
それって、次ぎの足掛かりになるターミナルのことか?
ローザなら話しちゃうかも知れないな。意外とファザコンなのかもしれない。
「まだまだ先ですよ。少なくとも中継点の改修が終って、そして西に建設中のバージターミナルが出来なければ話になりません。そのためにも……」
「まて、話が異なるようだ。我が言っているのはコンテナを使った物流の加速……。リオが言っているのは、新しいターミナルか?」
国王が驚いてトリスタンさんと顔を見合わせる。
ヒルダさんも興味深々だな。
しまった! と胸の中で叫んでおこう。
そうか、ローザに頼んでコンテナの規格化を頼んだんだよな。
「……そうか。少し読めてきたぞ。物流を加速させるのは、バージの荷卸を簡略化させたいが為。それが本音だな。そして、それが可能であれば、ターミナルを小さく作る事が出来るという訳か……」
「すみません。まだ、このことはご内密に……」
「ははは、内密にするぞ。だが、他の国王には耳打ちはしておこう。我等の代で西への足掛かりが出来そうだとな。これ位は構わぬであろう」
そう言って笑い声を上げる。
「そうなると、リオ殿を王都に引き止めたい気がしてきますな」
「お前もそう考えるか? だが、よそう。王都から離れて辺境の地で暮らすからこそ、このような発想が出るのであろう。
王都では自由な発想は出来ぬ。それを邪魔するものがいる事も我は知っておるつもりだ」
ホッと胸を撫で下ろす。
こんな場所で暮らしたい気持ちもあるけど、やはり自由気ままに暮らしたいところだ。
「だが、王都に来た時には顔を見せるぐらいの事は出来るだろう。リオに我との自由謁見の特権を与える。
良いか、どのような重要課題で我が会議中であっても、その場に入って意見を言う特権だ。上手く使うのだぞ」
そう言って、ソファーから腰を上げた。
トリスタンさんと連れ立って部屋を出て行くけど、俺達にはそのままで良いと一言口にする。
でも、良いのかな? 国王を座ったまま見送るなんて……。
「陛下も暇だったのでしょう。公式にはリオ殿は私と会うだけですからね」
そう言ってヒルダさんが微笑んでいる。
「でも、嬉しそうでしたね。そして、リオ殿が頂いた特権はキチンとトリスタン様が布告する筈です。もし王都に住んでおいでなら、毎朝陳情団が押し掛けてきますよ」
「はあ、あまり実感がないんですが、実害がなければ問題ありません。
ところで、先程の話になるのですが……」
俺の言葉を聞きながら、新しいお茶を自ら俺達のカップに注いでくれた。
恐縮しながら小さく頭を下げるのを、優しい目で見てくれる。
「一応、明日の昼過ぎにここにやってきます。代官職に適した1人。そしてその配下となりえる者4人。これで良いですね」
「ありがとうございます」
後は明日になれば分かる事だ。
どんな人物かは分らないけど、ヒルダさんの目に叶うなら問題はないだろう。
その後は、最近の中継点の暮らしを日の落ちるまで、3人で話をして過ごした。
夕食は、更に2人のお妃様が加わって、コース料理を食べることになった。
意外とこれは苦手なんだよな。
エチケットを知らないから、給仕のお姉さんと、エミーの言葉に従って食べるのだが、やはり俺にはセレブな暮らしは向いてないぞ。
ヴィオラの食堂が俺には一番合ってるんじゃないかな。
やはり話題は、西のバージターミナルの海生巨獣の襲来になった。
ドレスダンサーの大きさが巡洋艦並みだと言ったら吃驚してたぞ。
「やはり、ウエリントンが羨ましいですわ。私の母国にも戦姫はありますが、誰も指1本すら動かせません」
「私の国でもそうです。カテリナ博士に聞いてみたのですが、少しでも動かせれば何とかなるとは言っておりました」
ローザの場合は、少しは動かせたんだよな。のろのろした動きだったけど、今ではあの通りだ。
潜在的に遺伝子を持っていたなら、あるいは少しは動かせるようになるかも知れない。例えのろのろとした動きでも、砲台としての利用は考えられる。
何と言っても、レールガンは殆ど無敵だからな。
「その辺りはカテリナ博士に期待しましょう。ローザ王女が戦姫を意のままに操るようになっています。そのデータは日々検証しているでしょう。将来的には何らかの方法が見出せるかもしれません」
俺の言葉に2人の王妃が顔色を和ませる。
戦姫1機あれば国を守れるとまで言われているからな。やはりウエリントンに負い目があるのだろう。
食事が済むと、俺達は部屋に引き上げる。
風呂はジャグジーではなく、木風呂だ。日本的な風呂に入るのはいったい何年振りになるのだろうか。
2人でのんびりとお湯に使って、ベッドに向かう。
明後日は、皆と合流することになるが、今はエミーと2人きりだ。
月明かりの中で俺達は体を重ねる。
しばらくして、2人でベッドに腰を掛けると、大きな月を眺めた。
「綺麗ですね。あの月にも人が住んでいるんですよね」
「そうだね。まだ、この大地には資源がある。それが無くなった時には、騎士団は空を目指すのかも知れないね」
いずれはその時が来るだろう。
アリスは宇宙空間での作業も可能だといっていた。元々の活動が宇宙空間を設定されたみたいだからな。
だがそれは、ずっと先の話だ。
冷ええきったエミーの肩を抱いてベッドに戻る。