V-112 西への足掛かり
エミー達が王都から帰ると、次ぎの日には鉱石採掘の旅が始まる。
往復10日の航行になるが、今度はカンザスも一緒だ。
少し、南に下がっての探索だから速度よりも探索範囲が広いほうが都合が良い。
北からカンザス、ヴィオラ、ベラドンナ、そしてガリナムが並べば南北500mの範囲で鉱石の探索が可能だ。
時速30kmにも満たない速度だが、1日で600kmの距離が進める。
西に回頭して1時間もせずに最初の鉱石を見つけたようだ。
ベラドンナとヴィオラから獣機が降りて、早速採掘が始まる。
「この辺りは鉱石が多い割には騎士団がおらぬのう?」
「この間の戦機の発見で騎士団が南に下がってるせいよ。周囲100kmに騎士団の姿は見えないわ」
船団が停止しているから俺達は暇になる。
もっとも、ドミニクやフレイヤ達はシフトを組んで当直に立っているから、ブリッジや寝室にいる。
俺と同じようにソファーで採掘の様子を見ているのは、ローザにリンダ、それにカテリナさんだ。
「ところで、王都では上手く行ったの?」
「母様が絶賛していたぞ。父様も満足そうじゃった。直ぐにお抱え工房の主任を集めて、規格書作りが始まるようじゃ。
早ければ1年で統一規格のコンテナが作られるぞ。5千個を作ったところで、騎士団や商会に廉価で販売するそうじゃ。
後は必要数を商会が作ることを許すと言っておったぞ。
その時は刻印がどうのと言っていたが我にはよう分らんかった」
カテリナさんの質問にローザが答えていたけど……。
たぶん検定品ってことだろうな。
コンテナを量りとしても運用できるように考えたのだろう。
そうなると、材質、構造そして寸法が重要視される。それが一定の水準である事を示す為に刻印が打たれるのだ。
「おもしろいアイデアではあるわ。容器を共通化すると使い方が色々と見えてくるわね」
「父様も、さすがであると褒めておったぞ」
ローザがそう言って俺を見た。
まあ、悪い気はしないけど、どんな未来が待っているかは今後の展開だな。
「最初はウエリントンからだけど、直ぐに東の王国にもそれが伝わると思うよ。規格の統一は色々と恩恵をもたらすからね」
「その辺の考えは国王達に任せておけば良いわ。私達はそのアイデアを特許として申請しているから、リオ君には莫大な利益が帰ってくるわよ」
「それは中継点の改修に使いましょう。娯楽施設も欲しいですからね」
俺の答えにローザは嬉しそうだ。
まあ、遊びたいお年頃だからかな?
「ところで、レイトンさんの方は順調なんですか?」
「趣味の方は順調みたいよ。大型温室を3つ作ったわ。尾根の上にある離着陸場の東に作ってるから、高速艇の運用の邪魔にはならないわよ」
「何を育てるのじゃ?」
早速、目を輝かせてローザが質問を投げる。
俺達も興味を持ってカテリナさんを見詰めた。
「果物と野菜だと聞いたわ。種類も言ってたけど……、私にはチンプンカンプンな名前だから」
まあ、俺が聞いてもそうだろうな。
とりあえず、果物と野菜が取れればそれなりに需要があるだろう。
商会のレストランに売れなければ、居住区の食堂に廉価で卸せばいい。自分達の領土で出来た食物を自分達で消費する。ようやく自給自足の足掛かりが出来た感じだ。
「もう1つの方は、ちょっと問題かな? 生徒数が多いのよ。専属の教師が必要ね。」
「それは、姉様が陳情しておったぞ。母様が頷いておったから一応任せておいてもだいじょうぶとは思うのじゃが……」
「ヒルダが聞いてくれたなら安心だわ。辺境の教師だから、王都の学校を定年で退いた教師を派遣してくるかもしれないわね」
余生を教育に捧げるということか?
そんな人材がいるならウエリントンの将来は明るいに違いない。
ヒルダさんの推薦してくれる人なら安心だしな。
「段々と普通の都市に見えてくるのう……。辺境の殺伐とした活気が失われるようで、ちょっと残念な思いじゃ」
そんなローザの言葉に俺とカテリナさんが笑い出した。
リンダも下を向いて笑っている。
「それは仕方が無いのよ。苦労して皆が中継点を改修しているのは、此処に都市を築こうとしているからに他ならないわ。
ここなら安心できる。そう思わせるだけの都市をね」
ちょっと脹れているローザに、諭すような口調でカテリナさんが話している。
開拓村の喧騒は、俺達騎士団に取っては心地良いものがある。
それをローザが懐かしがると言うのは、少し俺達に毒されたかも知れないな。
それとも、お転婆な性格が俺達と波長が合うのかもしれない。
まだまだ嫁には行かないかも知れないけど、少しずつ直して行った方が良いんじゃないかな?
「でも、ローザの望みはリオ君が叶えてくれるんじゃないかしら?」
そう言って俺に悪戯っぽい目を向けた。
「まだ、俺の頭の中だけですよ。カテリナさんに話した覚えはないんですけど……」
「やはりね。リオ君が王宮に入るなら喜んで推薦状を書くわよ」
「何じゃ? 兄様は、まだ我等に言えぬ計画を持っておるという事か?」
「此処だけの話だよ。まだ中継点の改修も終っていないんだ……」
そう前置きすると、スクリーンを展開して大陸の地図を表示した。
「俺達の住む大陸はこんなに大きいんだけど、3つの王国は東に集まっている。当然騎士団達もこの大陸を3分割した東側が主な活動区域になっている……」
最初はその理由があまり理解できなかった。
だが、ドミニク達と付き合うことで少しずつ理解出来るようになった。
最大原因は、燃料と食料にある。最大でも一月を目安に行動しているのだ。採掘しながらの旅になるから通常なら3千km程度が目安となろう。
よって、西への採掘は限られた範囲でしか行なわれていない。
だが、俺達が拠点を作ることで大きな足掛かりが出来た。
王都から直線距離で5千kmは離れているが、中継点を足掛かりにして鉱石採掘が可能となったのだ。
さらには南の海岸地帯にバージターミナルが建設中の状態だから、騎士団は大陸中央部を探索出来るようになった。
しかし、依然として残り三分の一が残っている。
この地域へ騎士団を送るための足掛かりが欲しい。
やり方は、2つある。
1つは、海岸地帯のバージターミナルの西に、もう1つのターミナルを作る方法だ。
巨獣の心配は少ないが、探索範囲が北方向に限定されるのが問題だな。
もう1つは、中継点とバージターミナルの中間点の西方向に新たなターミナルを作る方法だ。
最大の問題はターミナルの防衛になるはずだ。
「……と、まあこんな感じで考えてるんだ。山裾ならひょっとして俺達の中継点に近いような空洞が見付かるかも知れないけど、荒地が広がる平野部ではそんな事は望めないけどね」
「さすがは兄様じゃ。50年後を見据えて考えておるのじゃな」
尊敬の篭った目で俺を見ているぞ。
ちょっと、照れてしまうな。
「アイデアとしては悪くないわ。王都も宇宙間貿易で活性化してるみたいだから、この計画にはニーズが伴うわ」
「でも、荒地で巨獣から都市を防衛するってことは私には不可能に思えます」
「そうでもないんだ。ようは工夫次第ってことになる……」
巨獣の襲来を防衛する為にターミナルを20m程土盛りをして作る。周囲を頑丈な金属で覆えばターミナル全体が1つの防壁になるだろう。
そのターミナルが持つ機能はコンテナの受け渡しと補給に修理。これ以外は作らない。
そうすれば直径2kmに全てを凝縮できる。
桟橋はラウンドクルーザーとバージ用を共有化したものを作る。
入港区画を4つ作れば常時3箇所を使って運用できる筈だ。
「おもしろい考え方ね。うちのラボの連中の頭の体操に丁度良いわ。そのアイデア、貸して貰うわよ」
カテリナさんがそう言って、自分のタブレットを開いてなにやら始めたようだ。
実際には防衛用の砲台や、ガリナムのような砲艦も必要だろう。
そんな事を考えながらタバコに火を点ける。
いつの間にか、船団が動き出していた。
次ぎは何時鉱石を見つけられるんだろうな……。
・
・
・
4日目にバージに鉱石を満載して中継点に戻ってきた。
戦機は見付からなかったのは残念だが、狙って探せるものではない。
戻ると直ぐにカテリナさんはカンザスを出て行った。
ドミニク達は船長とラズリー達を交えて会議をするらしい。
フレイヤはローザとリンダを連れて西の桟橋に向かった。お買い物って奴だな。
残ったのは、俺とエミーだけだ。
明日から穴掘りが始まるから、のんびりと2人で過ごすことにした。
2人で昼からジャグジーに入るのは何となく贅沢な感じがするな。
部屋の照明を消して、人工の星空を堪能しながらエミーを抱きしめる。
1時間程たってジャグジーのお湯を抜いて温かなミストが俺達を包むとエミーが俺から体を離した。
「本当は、最初に言っておくべきだったんだけど……。どうやら、俺は人間族とは少し異なる存在らしい」
「知ってます。人間なら、あの時倒れそうになった私を抱き止めることは不可能です。私は目が見えませんでしたが、おおよその位置関係なら耳で把握できました。
あの時、リオ様は一旦消えました。そして私の前に突然現れたんです」
目で見ていたなら、素早い動きと見えたんだろう。誰もそれには一言も言及していない。
エミーは、音で俺を見ていたのか……。
「突発的にやってしまったが、確かに一旦別の空間を利用して再び出て来たのは事実だ。同じ事をアリスも出来るよ。ある意味、俺とアリスは一心同体的なところがある」
「でも、ここにいるのは、リオ様であってアリスではありませんわ。そして、リオ様がどんな存在であろうとも、私は降嫁した身ですから何処までもご一緒します」
そう言って俺に体を預ける。
エミーを抱くとジャグジーから出る。バスローブに包んでベッドに運んだ。
ふと時計を見ると2時間程経っている。
そろそろ、皆が帰ってくる頃だな。
衣服を整えながら、エミーを見るとぐっすりと寝ているようだ。
起こさないように静かに扉を開いてリビングに歩いて行く。
そこにはカテリナさんが1人でコーヒーを飲んでいた。
「あら! 起こしちゃったかしら?」
「いいえ、起きたのは俺だけでエミーはぐっすりです」
ソファーに腰を下ろした俺に、ライムさんがマグカップでコーヒーを渡してくれた。
軽く頭を下げて、礼を言う。
一口飲むと良い香りが鼻を突く。
やはり、インスタントではこの香りが出ないよな。
そんな俺を、カテリナさんが微笑みながら見ていた。