V-111 竜人族の秘密
商会の連中と打ち合わせた内容を、夕食が終った後で皆に披露した。
明日は高速艇でローザとエミーが王都に出掛けるらしい。
早速動くようだ。
フレイヤとクリスが一緒に出掛けるみたいだけど、たぶん買い物がしたいんだろうな。
「基本規格を100tコンテナにするのね。寸法次第ではかなりの改造になりそうだわ。でもそんな改造を必要とするのは大規模騎士団だから問題ないでしょう」
「バージの荷降ろしが数時間で終るんですか……。まさに革命ですね」
そんな話で盛り上がっている。
そして、新たな西桟橋の用途については、桟橋の半分を民生用と商会で分ければ問題ないだろうと言う結論だ。長さが1km以上だから500mずつ分けても色んな建物が出来そうだな。学校の運動場は桟橋の下に作れば良いというアイデアまで出て来た。
確かに、桟橋から落ちるよりは体育館4個分程の空間を作って運動場にした方が安心できる。
ドロシーに皆の考え方を整理して貰って、計画書を作る。商会の提案は盛り込まれているから問題は無さそうだな。
「ドロシー、これをマリアンに送ってくれ」
『了解です。……送信終了しました』
次ぎは6日後に出航のようだ。
エミー達もそれまでには帰ってくるだろう。
カテリナさんは珍しくベレッドじいさんと協力して作業を進めているようだ。俺達が出航してもベレッドじいさんのところの工房で製作を続けるのだろう。
ガリナムの近接防御である多脚の先端部分は、重ゲルナマル鋼で作っていたらしい。
俺の刀と同じ材質だからな。あの威力は見るものをさぞや驚愕させたろう。
多脚に使用する重ガルナマルは、若干強度的にはゲルナマルより劣るとのことだが、通常使われるクロマリン合金よりは遥かに強靭だ。
問題は成型加工に時間が掛かるのと、原材料の発掘が少ないことなんだが、俺達は十分な量の重ガルナマル鉱石を持っている。
そんな訳で、昼は穴掘り。そして夜はドミニク達との暮らしが続く。
その夜、ソファーには俺とレイドラだけが座っていた。
ドミニクはラズリーやマリアン達との会議に出掛けたようだ。
中継点の中間決算報告書の状況の確認だと言っていたが、赤字だったら困ってしまう。
商会が少しは補完してくれるだろうが、場合によっては権利の一部を放棄せざる得ない事だってあるからな。
「リオの記憶は戻ってないの?」
突然、ヴィオラの艦内放送を母体にした、ヴィオラ放送を見ていた俺に、レイドラが聞いてきた。
「元々記憶喪失では無かった……。と言ったら驚くかい?」
問いに問いで返した俺を、驚いたような表情でレイドラが見詰める。
「記憶は極めて曖昧なんだ。ひょっとしたら、俺はこの世界の人間じゃないんじゃないか?って思う時もある。3年前にヴィオラ騎士団に拾われた時から前の記憶は精々10日程の記憶でしかない。それ以前の記憶は皆無だ。
いや、皆無と言う訳ではなく、どこか違う世界で暮らしてきた記憶がある。バージのコンテナ化はその世界では当たり前に行なわれていたものだ」
「この世界に元々私達はいなかった。遥か昔に移民船で遥かな星の彼方からやってきたそうよ。
私達の故郷は地球と呼ばれていたわ。その地球から間を大きく開けて2回の移民が行なわれたの。
私やドワーフ族、そしてネコ族等の人間族以外の種族は、第1回移民の子孫。そして人間族は2回目の移民の子孫よ。
その違いは生物的な遺伝子変異を許容するか否かの違い。
ある意味宗教的な戒めね。
私達竜人族は、この荒地を開発する為に最初に自らの体を変異させた人間の子孫よ」
たぶん、開発に行き詰まったんだろう。
人間の身体機能を一部放棄して、何かを高めたんだろうな。
そんな竜人族によって、開発は進められ……やがて軌道にのったということか?
「粗食に耐える体を持ち、長く働ける寿命を得た私達は、この世界で広く勢力を伸ばしたわ。
この世界は我等の物……。先祖はそう思ったでしょうね」
だが、そうはならなかった。原因は巨獣だな。
「荒地を開拓し、更に北を目指した時に巨獣が現れた。そして私達の祖先は都市を放棄して町を作り、やがて町を放棄して村を作ったわ。……今では人間族の片隅で暮らしているの」
栄枯盛衰は世の習いって奴かな。
巨獣さえいなければ……か。
そして、次ぎの移民が巨獣を狩りながら鉱石を採掘する手段を考えたんだろうな。
となると、この荒地に埋まっている戦機はレイドラの祖先が作ったものという事か?
だが、それでも巨獣を倒して自分達の都市を守れなかったということになる。
レイドラの祖先は戦姫を動かせなかったということか?
「戦機は私達の祖先が作ったものよ。私達なら問題なく使えるけど、人間族が長く使うと遺伝子が暴走するわ」
「レイドラは戦機を動かせるってこと?」
俺の問いにレイドラが頷いた。
だが、レイドラは動かさない。自分達の祖先はそれを使って巨獣と戦い、そして敗北している。その記憶が彼女を躊躇わせているのだろうか?
「でも、戦姫は違う。あれは私達よりも前にこの地を訪れたものだわ。それを操縦したのは、たぶん人間族そのもの。だから戦姫を長く乗っていても遺伝子暴走は起こらないの。でも……」
「後から来た人間も少しずつ遺伝子が変異したってことか……」
人間族といえども、この世界で暮らす内に遺伝子が変わったという事だろう。
老化を抑制して200年を生きられるのはそのせいなのかもしれない。
そして、最初は動かせた戦姫を、今では最初のローザのように動かせるだけになったんだろう。
この世界の人間族で戦姫を動かせる者は、ローザが最後の1人なのかもしれないな。
「そして、私の疑問が生まれる。戦姫を意のままに動かせるリオは何者なのか?」
「たぶん、俺にも分らない。1つだけ確かなのは、どうやら人間族ではないようだ。カテリナさんは俺が擬態していると言っていた。その擬態を解いたらどんな姿になるかは分らないんだけどね」
「それでも、私は構わないわ。戦姫を動かせるのは純粋な人間だけ。それが擬態であろうとも、人間であることに変わりはないわ」
そう言って俺に抱き付いて来た。
我思う……の考えならば、俺は人間なんだろう。
そう考えるなら、アリスだってドロシーだって人間になる。
そこに有機体と無機体の違いはあるが、互いに理解しあえるなら問題はないと思う。
かなり体をいじられた記憶はあるが、元は有機体の体だ。
その接点は極めて曖昧なものかも知れないな。
「1つ教えてくれ。竜人族の記憶は共有化出来ると聞いたんだけど……。本当なの?」
「大きな1つの意識体として種族の記憶は共有化されるわ。それがどこにあるかは分らないけど、必要な事は教えてくれるの」
超生命体なんだろうか?
種族の記憶を全て持った1つの意識体というのは概念では分るが、殆ど神そのものと理解した方が良いんじゃないか?
それは膨大なデータベースなんだろうな。
必要に応じてそれを種族の者に伝えるんだろう。
この中継点の発見には、レイドラの神託があったとドミニクが言っていたが、正しくレイドラは巫女そのものだな。
ただし、俺が抱いている巫女は未来を見るのではなく、遠い過去を見る違いはあるけどね。
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「そう、リオに話したのね?」
「これから暮らして行くのに、秘密は良くない……」
「一応、俺の秘密も話したつもりだ。いずれはエミーにも話さねばならないな」
「まだだったの!」
俺の言葉にドミニクが驚いた。
「早く話しておいた方が良いわ。それで離れるようなら、ちゃんと暮らせるようにしてあげれば良いわ。でも、エミーはリオを選ぶと思うわよ」
それはどうか分らないけど、やはり話しておくべきだろうな。
そんな事を考えながら、ライムさんが入れてくれたコーヒーを飲む。
「ところで、ドミニクに質問があるんだけど……。俺の給料ってどうなってるの?」
「ちゃんと、騎士の給与を払ってるわよ。ボーナス込みでね。例の工事のアルバイトも現場監督が評価して支払ってくれてるわ。半額はマリアンがピン撥ねしてるけど、これは我慢して欲しいわ」
ちゃんと出てたのか……。結構貯まってるんじゃないかな?
貴族として貰えたものは中継点の運営費に回しても良いけど、自分で稼いだものがあるなら問題ない。
カタログショッピングが楽しみだ。
3人の生活も悪くはない。
カテリナさんもずっとラボに閉じこもってる。
何か新しい物でも見つけたんだろうか? カンザスの多脚はベレッドじいさんの方に作業が委任されたみたいだからな。
次ぎの航行の打ち合わせにドミニク達がカンザスを留守にする。
俺1人でスクリーンに通信販売のカタログを表示して眺めていると、俺の横にカテリナさんが座り込んできた。
テーブルにあった俺のタバコを目聡く見つけて、1本取り出し火を点ける。
そんなカテリナさんを見て俺もタバコに火を点けた。
「しばらくですが、何か発見でも?」
「発見と言うより、試行錯誤の世界に浸ってたわ。どうにか、1週間まで漕ぎつけた……。でも、やはりそれ以上はね。これは神の世界への挑戦なのかも知れないわね」
生命を実験してたのか……。
カテリナさんが出来ないとなると、この世界では無理と言うことになるんだろうな。
ちょっと寂しくなってきたぞ。
「でも、まだ諦めないわ。最後の1つは残してあるもの」
「ひょっとして無性生殖ですか?」
俺の言葉にカテリナさんがニコリと笑みを浮かべた。
卵子を精子に変化させるなら可能だろう。その精子に俺の遺伝情報を書き込むつもりのようだ。
「だから、最後の手段になるわ。今までに例が無いわけじゃないしね。でも、私の矜持がそれを拒むのよ」
矜持というより、科学者としてのエゴなんだろうな。
一度、課題を見つけたら、何とかやり遂げなくちゃ気が済まないんだろう。
その過程に倫理上の問題があろうとカテリナさんは気にも止めないだろう。それがカテリナさんらしいところだな。
だからこそ、俺達はカテリナさんに託している。
別に俺達は善人じゃない。かといって悪人にはなろうと思っていない。
ごく普通の人間なんだからな。