1 最悪
何を言っているんだ、こいつ。
「貴方たちは私の罪です」
白い睫毛の下には赤い瞳が光っていた。
玉座に座る彼女は、とても冷たい雰囲気がして、怖かった。
隣に兄がいようと、目の前に幾人も人が並んでいようと、私はそのとき一人ぼっちで彼女を見上げていた。
「人を殺める兵器を作り出した私の罪は重い」
しかし、と唇が動く。
「兵器よ、人を殺すことは罪なのです。貴方たちも罪を被ることになる。これから負う責苦を他者に、社会に、国にぶつけてはなりません。すべては人々の望みです。平和でありたいという呪われた望みと、生き続けたいという祝福に満ちた恨みを貴方たちは背負ってゆく」
なんで、なんでそんなことを言うの。
「・・・私は、いつか貴方たちが、自らの苦しみに目覚めることを望む。そして、苦しみの果てに幸福を掴むことを望む、子供たちよ」
私は何で望みとか恨みとかを背負わなければならないの。
苦しまなければならないというの。
私とお兄ちゃんを〝兵器〟にしたのは、あんただというのに。
ギルファロ国総帥ギルティ・ファローナが、王者の風格を惜しみなく発揮して玉座に座る。
左右には、旧国の地方から来た代表が並んでいた。彼らは反戦運動を行っていた活動家や、暴走する国のトップを抑えようと奔走してきた政治家たちだった。ギルティ・ファローナはこれから彼らと会議を重ね、それぞれ人々の生活を安定させる方策を練り、旧国の首長として帰還させる予定だ。
彼らは皆、一様に子供の私たちを複雑そうに眺めている。憐れみだったり、恐怖だったり、憎しみだったり、込められた意味は様々だ。
戦争に負けても、人が死んだことは納得できない。敗戦を強制的に起こした私たちを見て、これまで敵国だった相手の人々は何ともいえない気持ちを抱くのだろう。
私たちは〝兵器〟なのだから。
でも、戦争は終わったじゃないか。
私たちはそのために作られたんだ。
殺戮を繰り返したのもそのためだ。
なのに罪は私たちにあるのか。
人殺しは私たちなのか。
法律、軍規に基づいて行動し、戦争に貢献した末にギルティ・ファローナ総帥がかける言葉がこれなのか。
兄は何も思っていないらしかった。表情一つ変えていない。
私よりずっと長く機械的に〝兵器〟でいるから、もう何も感じないのかも知れない。
私は怖かった。
隣にいる兄が。
見上げる先にいるギルティ・ファローナが。
冷え冷えした顔を並べている大人たちが。
そして、そんな顔を浮かべさせる、世界中から嫌われている自分が、怖かった。
なんで。なんで。なんで。
こんなことになったんだ。
私だってあんなことをしたくなかった。
密林の戦場に投入されたある一戦を思い出す。
私はものを回転させる能力を持っている。
この星は自転を行い、恒星の周りを公転している。大気は循環して渦を起こす。海も川も、ふとしたところで渦を起こし、木々に絡み付く蔦は巡りながら上へと目指す。
とどのつまり世界は回転するもので溢れている。万物の力の巡り方だ。
私はその回転の力を利用するだけ。回転の流れの端を見つけ出し、回転させたいものを乗せるのだ。
力の調節をすれば、人や物をちょっと倒れ込ませるだけでも、大きなものを移動させることもできる。そして人間を捻り潰すことも。
この力を戦場で行使するのに一番必要だったのは、私のずば抜けた索敵能力だ。
どの空間に、どのくらいの人間が、どの位置にいるのか、寸分違わず分かる。
私は、索敵能力を行使し、密林の戦場に隠れた人間を、全て回転させて捻り潰した。
力を行使した瞬間、密林の奥底から呻き声や叫び声、人間の体がねじ曲がる異様な音が一斉に湧き上がった。
作戦は成功のはずだった。
作戦においては致命的でない、たった一つの失敗を除いて。
「民間人」
作戦本部のテントにいたギルティ・ファローナは、その赤い瞳を見開いた。
兵士は暗い表情で答える。
「まだ年端もいかない少女です」
私はそのときのギルティ・ファローナの表情をよく覚えている。
氷のように威厳を持つ総帥が目を細め、悩むように眉を下げ・・・憂いが浮かんだのだ。
何、これ。
私は衝撃を受けた。
振り切るように、ギルティ・ファローナは命令した。
「丁重に、葬りなさい。親が見つかったら事情を説明するように」
「はい」
兵士は礼をとって、テントから出て行った。
テント内は静かだった。皆ギルティ・ファローナが何を言うか息を殺して待っている、異様な空気に包まれていた。
密林の陰鬱さに重たさが増す。私はその中に、刺すような感覚が混じっていることに気が付いて、身が竦んだ。
ギルティ・ファローナが私を見下ろす。
厳しい口調で、彼女は言った。
「民間人を殺さぬよう、訓練を重ねなさい」
「密林にいる者全滅を命じられました」
「それは兵士についてです。貴女は索敵を行う際、自分と同じ背丈の、小さな人間まで索敵範囲に入れていたのですか」
何で怒られるのだろう。
私は命令に従っただけなのに。
もやもやした。
私と同じくらいの年齢の少女のことを思った。
そして、突如として怒りが湧いてきた。
私はとるに足らないたった一人の少女のために怒られている。
それでも、私と少女だと、私の方が圧倒的に〝悪〟されるらしい。
何故、と問うた答えは、容易に見つかった。
私は〝兵器〟だった。
以後の戦闘現場でも、私は〝兵器〟として投入され、強制的に全滅を繰り返してきた。
私に『天性の集中力』がなければ、おそらくブレが生じて、自分の魔法に巻き込まれて私は死んでいただろう。
結局死体を見ることはなかったのに、私は自分が殺したという同い年くらいの少女を時に思い出して混乱し、胸の内でどす黒い怒りが渦巻いた。
そして、戦争後、ギルティ・ファローナによって、戦争の殺人は私自身の罪となった。
なぜ。どうして。
私がそんなことをしなければいなかったのか。
それは世界のためではなかったのか。
様々な思いが渦巻いて、私は自分が、他人のために〝兵器〟という〝害悪〟となったことに気付いた。
ギルファロでは戦争を肯定しない。だから今まで反目していた国も安心してギルファロという巨大国家に組み込まれた。
「戦争をしない」というお題目に、圧倒的な戦果をもたらした私や兄が罪人であるのは必要な手続きだった。
人を殺さない。私たち〝兵器〟を使わない。私たち〝兵器〟を肯定せず、戦時の罪として封印する。
それが平和へのギルファロの態度なのだ。
途端、世界中のものが怖く、そして憎たらしくなった。
ギルティ・ファローナも、
ギルファロの人々も、
この会場に来ている者たちも、
私が殺した人々も、
戦争を終わらせるために、私たちに全てを背負わせたのだ。
八歳の私は理解していた。
自分が生贄であることに。
平和という呪われた願いのために捧げられた犠牲なのだ。
私は嫌だった。
だけど抗いようもなく私は〝兵器〟で、そうさせたギルファロを、世界を呪った。
戦後、八歳。
私は世界の全てを憎むようになった。