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異世界少女と恋した兵器  作者: 独蛇夏子
恋した兵器
17/22

5 愕然

 ふと気付くと、リナに関してマイユと作戦会議さながらに会話を交わすようになっていた。

 マイユはマイユ、俺は俺だったので、今まであまり接触してこなかった。兄妹という血の繋がりだけで同じ家の下に住んでいるだけだった。

 俺らは兵器だった。

 お互い自分が兵器だと認識し、互いも兵器だと思っていたから、そこに感情ややりとりなど通わなかった。

 だが、リナという異分子を家の中に入れたことによって、俺はマイユとも協力しないとならなくなった。リナを消失させないために、どうすればよいのか。その目的を媒介に、俺らは差し引きのない協力関係になった。

 退役してやる気なく家にいるマイユだったが、リナとほぼ同い年の少女でもある。マイユはかっこうの相談相手になった。

 リナにとってもマイユは安心する存在らしい。リナは拙いギルファロ語でマイユによく話しかける。

 そして、マイユは根気よくリナに言葉を教えていた。


「お兄ちゃん、リナにニホンゴ使いすぎ。ギルファロ語覚えないよ」

「時に息抜きしないとリナはすぐ飽きるじゃないか」

「それでもきっちり覚えさせたらこちらの世界に縛ることができるじゃない」


 マイユは説教臭い。目を細めてずばずばと文句を言ってくる。

 リナは俺にそんな妹の存在を思い出させた。


 その内、リナと一緒に三人で食事をとるのが習慣になっていることに気付き、ますます妙な気分になった。

 リナが当たり前のような顔をして、ご飯食べようと言ってくるので自然に三人集まってテーブルに向かう。マイユとも顔を突き合わすことが増えた。


 妙な気分はマイユも同じだったらしく、変な顔をしてこちらを見ることが多くなった。


「何だ」

「お兄ちゃんて、今何をしているの、職業」

「軍人だ」

「課は?」

「異世界人対策課」

「・・・だからリナを連れて来たのか」


 マイユが納得したように言った。

 今まで何だと思っていたんだ。



 簡単な単語と文法をようやく覚えたリナを、メイファ大佐がチェックすると言った。

 俺はその日、リナを連れて軍部に出勤した。


 会議室で対話しているはずのリナが気になり、仕事をしながらちらちら時計を眺めた。

 まだ三十分もある。一年前にこの世界に迷い込んだロシア人の冒険家の現在地や未開の地の探索結果をまとめながら、俺は自分がイライラしているのを感じた。

 これは一体何のイライラなのだろう。仕事はちゃんとある。リナも時間になったら迎えに行く。時間はちゃんとくる。

 にもかかわらず、時間は一定の速度でしか進んでいないのに、やけに時計の針の進みが遅い気がする。


「何だか、グリフェーン君は気が気じゃないようだね。どうしたんだい?」


 と、ピンクの髪の軍人が訊ねてきた。確か通信技師のはずだ。

 今まで俺に気軽に話しかけてくる人間などいなかったので多少驚いた。


「そんなことを聞いてどうする」

「いや世間話世間話。最近グリフェーン君は表情が出るようになったって話題だよ?」


 そうなのだろうか。

 顔をむにむにと触っていると、遠巻きにしていた軍人たちがじろじろこちらを見て、笑いをこらえていた。

 わけが分からない。顔をむにむにし過ぎて眼鏡が曲がっただろうか。

 フレームを触る。いや、曲がっていない。問題ないはずだが。


「あ、そうか。異世界の女の子が今日大佐に呼び出されているってね」

「あと三十分も待たねばならない」

「まあ、決まりだし戻ってこないわけじゃあるまいし」


 決まり。

 そう、メイファ大佐が決め、行わなければならない習熟度テストなのだ。

 その決定は守られなければならない。


 そうは思ってもどうしようもない気持ちになる。

 俺は早くリナに会いたいのだ。


「リナの顔が早く見たい」

「え、グリフェーン君、それはどういう意味」

「そのままの意味だ。時計など壊してしまおうか」

「時計を壊しても時間は変わらないよ!」


 技師は呆れかえったように言って、「どんな直情だ」と呟いた。


 俺はリナがどういう人間なのか、理解しようと努めている。

 生まれて初めて、他人に対してそういう気持ちになった。


 リナは多分、普通の女の子なのだ。

 素直で、ときに面倒臭がり、それでも前に進もうとし、悲しみに暮れる。

 俺はリナのことを観察し、様子を見守りながら、そんなリナの姿を感じるようになった。

 手を差し伸べるタイミングはどこだろうか。リナが泣かないようにするには、どうしたらいいのだろうか。つい気にしてしまう。

 世界を知っていくリナを見ていると、それと同時に出来るだけ多くリナの姿を知りたくなっていく。


 法律や軍規に関わらず、その思いはどんどん俺の中を侵食していた。

 離れていて、顔が見えないと、気にしても仕方ないのに、どうしているのか気になって仕方ない。


 時間通りに迎えに行くと、沈んだ様子でリナが会議室から出て来た。

 下を向いて、一向にこちらを向かないリナに俺は狼狽した。

 具合が悪いのだろうか。メイファ大佐に何か言われたのだろうか。元気のないリナを見ていると、俺まで落ち込みそうだ。


「リナはどうしたんですか」

「消失の件を話しました」


 一瞬、言葉を失った。消失の件は、もう少しリナの状態が安定してから言おうと思っていたが、メイファ大佐は先手を打ったらしい。


「リナが困ってます」

「貴方が慰めなさい。あ、いいですね?これは命令ではありませんよ?貴方の気持ちで慰めるんですよ?」


 難しい命令をされた。いや命令ではないのか?

 気持ちで慰めるという方法が分からないが、とりあえず、俺が出来る事はしよう。

 それからメイファ大佐が呆れたように言った。


「貴方、甲斐性ないですね」


 出し抜けにメイファ大佐に言われた。


「甲斐性とは何でしょうか。何を指しているのでしょうか」

「ときには自分で考えたら、と言いたいところですがそれだとリナが可哀相ですね。もうちょっとリナに似合う服でも買ってあげたらどうですか」

「ふく」


 そういえば、リナはマイユの服を借りて着ているのだった。

 サイズ等違うのかも知れない。それに、あの妹は野性味のある雰囲気だから、リナの野に咲いている花みたいな雰囲気にはこの服は合わないかも。服装といったら軍服が思い浮かぶが、リナは軍人ではない。街行く女の子たちはどういう格好をしていただろうか。

 黙ってあれこれ考えていたが、メイファ大佐に人工的な青い瞳でじっと見られていたことに気が付いた。

 なんだこの表情。


 メイファ大佐はリナにゆっくりと、分かりやすい言葉で話しかけた。


「彼のこと、よろしくね。彼のこんな顔見るの初めてよ」


 どういうことだ。

 だが、メイファ大佐の言葉にリナは暗かった表情を少し明るくしたみたいだった。

 俺のことを言われているのに、何を話しているのかよく分からない。

 分からないけれど、リナが元気になるならそれでいい。

 俺も何かしたい。リナを元気にしたい。

 とりあえず自分にできることをしよう。

 服。


 女の子の服を売っている店でリナの服を選んでいたら、リナが何故だか泣き出したので物凄く慌てた。

 慌てている一方で、頭の中では合理的に涙を拭くものをあげる考えがすぐさま浮かび、俺はその日リナにハンカチを買ってあげた。

 消失の話を聞いて絶望してしまい、泣いたのではないかと思ってハラハラしていたが、リナは何と泣きながら微笑んでいた。


「ありがとう」


 悲しいくらいその微笑みがかけがえのないものに思えて、俺の心の奥がきゅっと苦しくなった。


 何か。何か。

 もっとしてあげたい。何かをもたらしたい。



 オレンジ頭の電気技師の軍人が、捨て動物を持ってきたので一匹持って帰った。

 小さくてふわふわしているから、なんとなくリナが好みそうだと思ったからだ。


 リナは確かに〝ネコ〟と名付けて嬉しげにした。元の世界に似た動物がいたらしい。

 だが意外にも、マイユもその捨て動物に興味を覚えたらしい。


 マイユはその小さい動物をおそるおそる抱いた。

 ボサボサな髪の毛の、青白い顔をした、索敵能力が世界一高い妹のその姿を見て、俺は自分の身に電流が走ったような気がした。


 なんてことだろう。


 マイユも愕然として、こちらを見ていた。


「お兄ちゃんがこんなものを持ってくる時が来るとは」


 それは、俺も思ったことだ。


「お前がそんなものを抱く日が来るとは」


 か細い、弱々しい命を俺は抱いて帰ってきて、マイユはそれをリナから受け取り、興味を持って抱いている。

 好意を持ちながら。

 掻き乱されそうな庇護欲を持ちながら。

 人の笑顔を思い描きながら。

 柔らかな命を感じながら。


 有り得なかった。

 俺たちは兵器であるはずだった。どんな命令も、法律を順守しながら実現する、強制力のずば抜けた破壊兵器。

 決して心を持って、こんな小さなものを、無力の人間を、個人的に手に入れようとするモノではなかったはずだ。

 不安だった。こんな冒涜的な心を持った兵器が、一体どこにいるのだ。

 殺戮と破壊のための兵器が、何かを手に入れたくなったら、どうなるのだろう。


 マイユと共にリナを見つめると、リナは小首を傾げて言った。


「ご飯にしましょうか」


 震えるほど平凡な言葉だった。



「私のいた国は戦争しないって決めていたし、昔の戦争でたくさん人が死んで負けて、戦争は悲しいことだって教わったの。戦争は怖い」


 リナはそう言った。

 戦争に負けた国に住んでいたリナにとって、人がたくさん死ぬ戦争は悲しくて、怖いことなのだ。

 俺は何も言えなかった。戦争に関してそういう解釈は、初めて聞いたからだ。


 無垢に俺とマイユを見つめる瞳が、俺たちが兵器だと知ったら、一体どんな目で見るのだろう。

 戦争が怖いと言うリナは、俺のことを怖いと思うのだろうか。

 そう思うと、奈落の淵に立たされたような心地になった。

 俺は魔法使いで軍人だから、実際に奈落の淵から落されたとしたらおそらく対処できる。そう、脳内では理解しているのに、リナの目に恐怖が宿るのではないかという想像は、俺の気持ちをどん底に落とした。


 俺は人をたくさん殺した。

 悲しくて怖いことをたくさん行ったよ、リナ。



 俺の恐れとは関係なく、リナとマイユは仲良くなっていった。

 どうやらマイユがネコを気に入ったのを、リナはいたく推奨しているらしい。ネコのための用品を大量に買ってきた。


 俺もその日休日だったのに置いて行かれた。することもないので部屋の隅でふにゃふにゃ頼りなく座っていたネコで遊んで、抱いた。何度も噛み付かれた。

 捨て動物を貰って来て知ったが、小さくて頼りないネコはふわふわしていて気持ちがいい。

 リナとマイユが帰ってきたところを出迎えたら、マイユはネコそっくりのぬいぐるみを持っていて、「リナがくれたんだ」と自慢してきた。

 憮然とした気分になったが、マイユが買ってきたものをほとんど抱えて二階に持って行ったので、あいつは自分の部屋をネコ部屋にするつもりかと危惧した。最近の妹は生き生きしているが、どうも不思議な方向に走っている。

 リナは黒目をキラキラさせて、俺にねこじゃらしを差し出してきた。よく分からないから受け取ったら、リナは頬を染めて微笑んだ。

 可愛い。

 素直にそう思った。初めての気持ちに、そうかこれが可愛いと思うことなんだ、と俺は認識した。

 思わず手が伸び、頬に触れるとリナは目をまるくし、潤ませた。

 体中の血液が逆流しそうな気分になって、俺はリナから離れた。今俺の顔は真っ赤だろうと思った。

 身の内に住まう何かが暴れ出して、リナを食べてしまいそうだ。


 そんなの駄目だ。

 リナの目は、常に俺を真っ直ぐ無垢に見つめ、素直にその言葉を聞こうとする。

 リナは法律に縛られてそうしているのではない。軍規に従っているわけではない。


 ここに留まっている。

 それは、多分、俺を、信頼してくれているから。


 恐怖も、苦しさも、気になって仕方ない気持ちも、可愛いと感じることも、思わず手が伸び、血液が逆流して暴れ回るのも初めてのこと。そして誰かの信頼を得ているであろうことを実感するのも初めてだった。


 それを壊したくない。

 手放したくない。


 法律が彼女を守ることがなければ、俺はこんなめまぐるしい思いをも、知らなかっただろう。

 マイユも、俺も、少なからず彼女から影響を受けている。

 何か手放し難い惑いとして。


 この先、兵器がこんな思いを抱いて、どうなるのか分からなかったけれど、兎に角、俺は自分にとってリナが大切で仕方なくなっていくのを実感せざるを得なかった。

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