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異世界少女と恋した兵器  作者: 独蛇夏子
異世界少女
11/22

11 感謝

 幸せな日々を過ごしていた。

 何もないけど、いつもの日々が過ごせることが、どれだけ貴重なことなのかと、教えてくれたのはこの世界の人達だった。


 ああ、でもやっぱり―――――引き裂かれそうだ。



 メイファから連絡を受け取ったロイは、異世界の魔女との会合のために慌ただしく出かけて行った。

 その背中姿を、私は愕然として見送った。

 何で今、このタイミングで?

 異世界に渡る方法を知る魔女、なんてものが見つかるのだろう。


 電気技師と通信技師はその場でお開きになって帰った。おどけた調子は変わらなかったけれど、私たちの心に到来した嵐を慮ってのことだろう。

 私が自分にあてがわれた部屋に行き、制服や鞄をぼんやりと眺めていると、後ろにマイユがついてきていた。マイユの頭の上に乗っているネコもみゃあみゃあと鳴いている。


「・・・リナは帰りたい?」


 淵の底から、湧き上がってくるように聞こえてくる言葉に、私の心は歪んだ。

 どうすればいいのだろう。


「分かんない・・・っ」


 また涙が出て来た。

 アランが言っていた、帰れる可能性が遂に目の前に降ってきたのだ。

 家族。友達。学校。

 全部、戻れる。戻ってくる。


 だけど。


 後ろからぎゅっと抱き締められる。

 柔らかい、マイユのぬくもりだ。いつも私を守ってくれていた、マイユ。


「・・・私のお姉ちゃんになってくれないの?」

「・・・うぅっ」


 どうすればいいのだろう。

 私はこの子と、ロイから離れることができるのだろうか。

 こちらから元の世界に帰れなかったのだから、向こうからこちらに来るのも、きっと難しいのだろう。二度と会えないかも知れない。それでいいのか?

 私が十七年間生きてきた世界に比べて、ここで暮らした期間はとても短い。

 でも、出会ってしまったのだ。

 純粋に人を思いやり、傷付けられたら怒る、そんな愛しい人たち。

 軽く考えていた日常を、大切に思わせてくれた世界。

 もう、私は前の自分とも違っていた。


 自分の元の持ち物を、ぼんやりと眺める。


 スクールバッグ。制服。

 高校が受かったときに、お母さんと採寸に行って、買ってもらった。スクールバッグはどうしても紺色が良くて、リュックがよいのではという母の意見に逆らって買ってもらった。


 ノート、教科書。

 テスト期間中は決まってサイゼリアに集まって、顔を突き合わせて勉強した。

 時に馬鹿話をしながら。どちらかというと、馬鹿話がメインだった。

 馬鹿だなぁ。そんな過去が愛おしい。


 腕時計。

 高校に上がるとき、父が買ってくれた。

 姉も持っている腕時計が羨ましかったから、とても嬉しかった。


 化粧ポーチ。

 欲しい柄のものを探し歩いた。一日中原宿をぐるぐる回った。

 中に入っているベリーの香りがするグロスはクミとお揃いだ。



 あれも、これも、思い出が詰まっている。

 帰りたいに決まっている。


 でも、私の背のぬくもりが、白い制服の背中姿が愛しい。



『もし、元の世界に帰れるようになったとして、君がこの世界に残るつもりだったら、僕はこの店を君に譲るよ』


 アランはどう思う?

 やっぱり彼は帰るのだろうか。



 随分長い間立ち尽くしている私を心配して、マイユが一階のダイニングからお茶を持ってくると言ってくれた。

 ありがとう、と言う。

 暗い気持ちだ。どうすればいいのか分からない。


 ふっ、と自嘲する気持ちになった。

 どうせ私なんて、この世界だと根無し草だ。


 だがすぐに反駁する。

 そんな根無し草に、優しい人たちはたくさんいた。

 自分をそんな貶めてはいけない。


 今だって。

 今だって、マイユに甘えているではないか。

 マイユの信用と、愛情に、私は甘えて一人にしてもらっている。


 そして、ロイ。

 背中姿を見たのは寂しかったけれど、あれは、私のためなのだ。

 帰れるように、取りはかろうとするのが、彼の良心だ。


 私の心は、貴方を求めているのに。



 バラバラの気持ちを持て余していたら、「あっ!!!」とマイユが驚きの声を上げるのを聞いた。

 マイユがそんな声を出すのは珍しいので、開いているドアの方を見たら、手にしたグラスのお茶を取り落して部屋の中に入ろうとしたマイユが風のようなものに部屋から押し出され、ドアがバタンッと音を立てて閉まった。

 驚いた私はドアの方に向かった。


「マイユ!!どうしたの?!」



「こちらの言葉が上手だね」



 ぎょっとして振り向くと、私の文机の上に腰かけている女の子がいた。


 年齢は私と同じくらい。セミロングの黒髪、ごく普通の黒いコート、黒いズボン。

 小顔で色は白い。端正だけど、淡白な顔立ちをしている。

 私と同い年くらいなのは分かるのに、物腰が妙に落ち着いていて、あっさりした存在感を放っている。


 私は彼女の正体が誰だか分かった。


「異世界を渡る方法を知る魔女?」


 久しぶりに日本語を使った気がする。

 彼女は薄っすら微笑んだ。


「はい、そうです」


 拍子抜けするほど、その肯定は軽かった。

 日本語だ、と私は驚いた。彼女は日本人で、しかも私と同い年で、魔女なんだ。

 彼女は早速本題に入った。


「なんか、長い会議に付き合わされそうだから直接聞きに来ました。貴女は高西里奈さん?」

「はい」

「里奈さん、元の世界に帰りたい?それとも、この世界に残りたい?」


 静かな居候の私の部屋に、彼女の言葉は波紋を広げていった。

 黙ったままの私に、彼女はもう一度訊ねた。


「どうしたい?」


「まだ・・・分からないのです」


 ドアをどんどん叩き、私の名前を呼ぶ声が聞こえる。マイユの声だ。

 気が気じゃなくて、振り返ると、彼女がぼそりと呟いた。


「この部屋に私と異世界少女だけにしてくれ、結界」


 マイユの声がこの部屋の空間から締め出されて、私は心細くなった。


「外野に邪魔されないで、自分で選択して、里奈さん」


 彼女の表情は変わらず、穏やかだ。

 溜め息を吐いて、話し始めた。


「今言った通り、貴女には二つの選択肢がある。ひとつには、元の世界に戻ること。時間は貴女がいなくなった時刻までコントロールできる」

「え、どういうこと?」

「なかったことにできる、てことだよ。そうしなくてもいいかも知れないけど」


 唖然とした。まさかそんなことまで出来るとは思わなかった。


「それから、二つ目の選択肢。この世界に残ること。幸いこの世界には貴女を受け容れるだけの〝余地〟があるらしい」

「〝余地〟?」

「えっと、この世界の魔法使いの研究家も優れていて、異世界人の消失に関するいい見解を述べている。だけど、まだ研究が進んでいるとは言い難いところもあって。世界によっては異世界人が召喚されたり入り込んじゃったりしても、溶け込めるほどの余地がないところもあって、問答無用で消えちゃうこととかあるの」


 ぎょっと肩を強張らせた私に、彼女は頷きかけた。


「異界への亀裂が出来ていたとはいえ、ここで良かったよ、ほんと。法律も作って、何とかコミュニティーが作れるよう配慮していたみたいだしね。人間、その世界の巡りに組み込まれないと生きていけないんだよ。自分の存在根拠のない異世界への移動ってそれほど危険なんだ」

「でも、そもそも何で亀裂なんて出来ていたの?」

「あー、あれは」


 バツの悪そうな顔をして、彼女は言った。


「どうやら昔、私たちの世界・・・多分、里奈さんと私は同じ世界の日本人だと思うんだけど、その世界で、魔法実験やらかして気付かない間に空間を沢山傷付けた奴がいたみたいで」

「ちょっと待って、いるの、魔女とかって」

「いるいる。私魔女、それから伝統的な魔女や魔法使いがいて、錬金術みたいなのを連綿と受け継いでいるグループとかもあるよ」

「知らなかった・・・」

「普通知らないよ」


 ふふふ、と笑う。


「亀裂に気付くのが遅れたせいで、結構な人がこっちに迷い込んでしまったらしく。なんだか申し訳ない」

「いや、貴女のせいじゃないし」

「んー、でも世界を渡って行く魔女としては、世界同士で危ないことが起きないように、きちんと把握しなくちゃいけないことだったなって、反省しているよ」


 私はこのときアホみたいな顔をしていた自信がある。

 なんだ、万能そうな魔女も、こんな失敗して反省したり、気に病んだりするんだ、なんて思っていた。


「で、〝余地〟もあるし、何だか里奈さんはよくしてもらっているみたいだし、馴染んでいるようだし。この世界に残るのもありなんじゃない?」

「そっか・・・」

「だけど、その代り向こうの世界にいる人で、里奈さんの記憶を持つ人の記憶を、ひとつ残らず取り出すけどね」

「! それってどういうこと?」

「あっちにいる人に里奈さんを引っ張られないようにする。里奈さんのものが残っていると、あっちから魔法で里奈さんを引っ張って、異世界に風穴開けてやろうと思う馬鹿がいるかも知れないから。そういう人たちに利用させないためね。取り出した記憶は貴女が持つことで、こっちにいる貴女の〝重み〟にする。貴女は自分の人生と関わりをすべてこっちで一人で持って、この世界に確立するんだよ」


 よく分からない。

 頭がくらくらした。

 向こうの人達全員から、私の記憶が消えてしまうことだけ、分かった。


 忘れられちゃうのは怖い。だけど、そしたらもっとここにいやすくなるのだろうか。

 消えづらくなるのだろうか。


 不思議と私は彼女の言葉を受け容れていた。

 何故か、彼女の声やトーンは、心を落ち着かせ、目の前が晴れていく感覚を持たせるらしかった。

 私は冷静に、選択をしようとしていた。


 どちらにしろ、悲しい選択になる。

 私はどちらをとりたい?


「・・・アランはどうしたの?」

「帰ったよ」


 やっぱり。


 アランの言葉を思い出す。

 店を君に譲るよ。


 多分、彼は私の心に薄々気づいていた。


 私はしっかり彼女を見据え、言った。


「私、こっちに残りたい」

「おお」

「どうしても」


 やだ、また涙出てきちゃった。


「どうしても、こっちで一緒にいたい人がいて。大好きなの。愛してるの。それに、この世界が結構好きなんだ」


 震える声で言いきると、彼女は優しく微笑んだ。


「分かった。亀裂は綺麗に補修するから、二度と戻れない。それでいいね?」

「はい」

「皆の記憶から貴女を消す。そして貴女はこの地に根を下ろす。いいね?」

「・・・はい」


 怖かった。

 正真正銘、一人になる気がする。

 もう誰も、向こうにいる人は、私を知らないようになるんだ。もう二度と帰れなくても、何だか不安になった。


 こっちにいる人たちは、「何で帰らなかったんだ」なんて言うかも知れない。

 折角帰れたのに、と。

 マイユは大丈夫だと思うけれど、私が帰っていないのに、ロイががっかりしたら、傷付くな。


 だけど、たくさんの物事に私は感謝していた。この世界の、あらゆることに。

 向こうにいたら、こんな感覚は有り得なかっただろう。


 ごめん、お母さん、お父さん、お姉ちゃん、弟よ。

 クミ、約束守れなくてごめん。


 色んなことを教えてくれた人。世界。

 私はここで生きていくよ。

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