↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界少女と恋した兵器  作者: 独蛇夏子
異世界少女
PR
12/22

12 幸福

 この世界に来て私に価値をくれたのは周りの人だった。

 ギルファロ国の歴史がそうさせた面もあると思う。魔法を研究していた人たちや、ロイとマイユのご先祖様のジンロクさん。それらが政府に措置をとらせ、後にアランや私を救う法律が作られた。

 法律に基づいてメイファは私を保護して、私が消失しないようアランやロイを呼んでくれた。

 ロイはご先祖様の残した資料で日本語を学んでいて、私を受け容れてくれて、マイユはこの国で困らないように、私に言葉を教えてくれた。

 アランのフィッシュ&チップスの店。やって来るお客さん。挨拶をするようになったご近所の人や、軍の人。

 様々な色の糸で織り上がった『現在』があるお陰で、私はここにいられる。


 不安がないわけじゃない。

 これからも皆がいるとは限らない。


 でも、出来れば私はロイやマイユの側にいたい。

 この国の、世界のどこかで、とてつもなく小さな存在であっても、その歯車の中の必要な一部になりたいのだ。



 決意を告げた私に、彼女はにっこりと微笑んだ。


「そうか、よかった」


 ん?


「よかった、とは」

「いや~、軍の施設っていうところあるでしょ」

「はい」

「会議そこでやってて、すっごい睨んでくる白服の軍人がいてそいつが超怖くて」


 ロイだ。

 驚いて茫然としていると、彼女はふふふ、と声に出して笑った。


「さっきからそこのドアの外にいるんだよ、ごめんね、遮音していたから」


 と、パチッと指を鳴らした瞬間、ドアをドンドンと叩きまくる音が響いた。


「リナ!リナ!お願いだ、行かないでくれ!!」


 ドキリとした。ロイの声だ。

 ドアの外で切迫したやりとりが行われている。


「マイユ、魔法効くか?!」

「無理、向こうにいる人の座標がとれないっ。お兄ちゃんは?!」

「・・・くっ、駄目だ。結界の方が圧倒的に強い」


 そして、ドンドン、と拳でドアを叩く音が繰り返される。


「リナ!頼む、行かないでくれ!」


 あんな声、初めて聞いた。


「君が大切なんだ。元の世界に戻れた方がいいのは分かってる、でも行かないでくれ!」


 とても切ない、胸の奥がきゅっと縮むような声。


「愛してるんだ」


 本当?


「俺がこんなこと言うのは馬鹿かも知れないけど幸せにしたいんだ!お願いだ、異世界の魔女、リナを連れて行かないでくれ!」


 神妙な表情で、魔女は佇んでいる。


「リナ、行かないでくれ!」


 今度こそ、涙が零れた。



「愛されているね」


 穏やかに、彼女は私に笑いかけた。

 私は何度も頷いた。嬉しくて仕方なくて、今すぐロイのもとに飛び込んでいきたくなる。

 彼女はぱっと文机の上から降りて、立った。

 ふわりと風が起った気がした。


「大丈夫だね、里奈さんは。この世界に必要欠くべからぬ人間になれた。それが大切なこと」

「そんな大仰なことじゃないよ」

「んー、でも皆、いつの間にかそういう存在になっているんだよ」


 彼女は微笑んだ。その微笑みに、心が安らかになる。不思議だ。

 私が高校にいたとき、こんな会話をすることはなかった。なんか重たい。あまり友達と話をするような事柄じゃない。

 だけど、彼女と話していると、自分がもう一度日本の、高校二年生の、女の子に戻って、その友達と喋っている気分がしてくる。


「色々とありがとう」

「いいえ。私が助けに来たの、遅すぎたくらいだもん。でも、これが貴女にとって最良の選択だったら、何より。祈ってる」


 これから別の人のところも回らなきゃ、と半眼になって彼女はぼやいた。


「この世界に馴染んでいる人が大概だから、戻りたいのか、そうじゃないのかきちんと皆に問わないとね」

「アランは帰ったんでしょ?」

「うん。しかも、自分が消えてから時間が経った状態でいいって。自分はありのまま受け止めるって言ってた」


 私は頷いた。

 アランらしい、強さだ。


 どこからか彼女はリストのようなものを取り出して、難しい顔をして見始めた。


「あと中国人でしょ、オーストラリア人でしょ・・・この人たちは居場所が分かっているからいいけど、このロシア人の冒険家って何?旅に出てるの?山に登りに行ってるって」

「そんな人いたの。知らなかった」

「平たく言えばこの人行方不明じゃん。冒険してんじゃねぇぇー。探すの面倒臭いな。元の世界に戻ったら、亀裂を直さないといけないし」

「なんか魔女って大変だね」

「仕方ないけど。ああ、こんなところで愚痴ってても仕方ないね。外にいる人たちも気の毒だし」


 まだドアは叩かれ続け、私の名を呼ぶ悲痛な声が続いている。

 じゃあ行くかな、と背筋を伸ばした彼女が眉間辺りに剣呑な空気を漂わせて言った。


「あ、そうだ。亀裂を作った奴にはそれ相応の対応をとるから心配しないでね」

「う、うん」


 パターンでいえば、この人も『普段は穏やかで優しいが怒ると怖い人』に分類されるだろう、多分。


「向こうの世界の貴女の記憶は知らない内に貴女の存在に馴染むようにするから、ここでお別れ」


 そして、すべてを受け止める優しい微笑みを浮かべて、彼女は言った。


「貴女の幸福を祈っています」


 彼女はそこから消えた。




 次の瞬間、ドカーン!!!と音を立ててドアが吹っ飛ばされた。


「リナぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!」


 壁の一部とドアが吹っ飛ばされたところに、目を爛々とさせたロイが髪を乱して立っていた。



 ぎょっとして身を竦ませていると、肩で息をしていたロイが茫然とし、それから慌てて私のところへ飛んできた。


「ごめん、大丈夫?怪我してない?あの魔女は・・・」


 顔を見たら、ほっとしてしまい、私はロイに寄りかかった。


「リナ・・・」

「大丈夫だよ、魔女は別の人のところに」


 ロイは私の背に腕を回し、抱き締めた。


「リナ、元の世界に帰らないでくれ。俺は君のことが好きなんだ。我が儘だと思って、リナを縛り付けるのはいけないと思ったけれど、どうしても抑えられない。行って欲しくない。こんなに人に執着を感じるのは初めてで・・・どうすればいいのか分からない」


 直球すぎる。

 そりゃ、いつも純粋な人だと思っていたけれど、言葉にされるとすごい。


 私はぎゅっと抱きついた。


「私はロイの側にいていいの?」

「頼む」

「マイユと一緒に暮らしていい?」

「ああ」


 腕の中で目を瞑った。

 じんわり馴染むぬくもりに、苦しみと憂鬱から引っ張り上げられる力がある。


「ありがとう。私ここにいる」


 理由もなく、天災のように、突然この世界に来なければならなかった。

 突然断絶されてしまった私の人生の傷はずっと残るだろう。


 でもそれは、きっと色んな人の中に、あるんだ。

 思わぬロイの経歴や、マイユの経歴にもあった。


 だから、私は進む。



 肩の力が抜け、ロイは何とも言えない光を宿した瞳で私のことを見た。

 少し不思議そうな顔をしていたけれど、やがてその顔が近付いてきて、私は目を閉じた。

 唇が重なる。柔らかく触れたそれは心地良く、私に安心感をもたらした。


「リナはきっとお姉ちゃんになってくれるね」


 柔らかく抱き締められたその向こうの壁の穴にマイユがネコを抱いて立っていて、喜々たる表情でこちらを見ていたので一気に顔が熱くなった。




 異世界の魔女が亀裂を直したので、異世界人は来なくなる。

 メイファの憂鬱は大分軽減されたらしい。会うと、晴れやかな表情をしていた。

 軍部に呼ばれ説明を受けると、私以外にこの世界に残ったのはロシア人の冒険家と商魂逞しいイタリア人だそうで、既に軍部も何処にいるのか把握しかねている人物だったらしい。


「リナ以外は自由人ですよ。何処に行っても生きているようなタイプです。そういう人はいるものですね」


 軍部の無機質な会議室で会合するときは、いつもメイファがお茶を淹れてくれる。電気ケトル、ポット、カップ、茶葉に砂糖にミルクのセットは、会議室の備品なのかと思ったら、メイファの私物だったらしい。このパリッとした女性が花柄のティーポットを使っているのが意外だったので、人の趣味って分からないものだなと私は思った。

 異世界の魔女がやって来て、一気に解決されてしまって、メイファは結構悔しかったそうだ。「まだまだ魔法の研究が遅れているようです。あの魔女に負けないくらいの知識の蓄積を進めさせます」と気炎を上げた。

 解決したとはいえ、一応私のようにこちらに残った人もいるので、それについては国民としての権利を保障し、今後も支援する義務があるとメイファは言った。


「だから、何でも相談して下さい。メールでも何でも。忙しくて返信が遅れることもあるかも知れませんが、私も力になれますから」

「でもそんな、悪いです」

「一人は冒険家、一人は商売で海を飛び出していった。私から仕事を取り上げないで下さい」


 茶目っ気たっぷりにメイファは言う。


「ところで、リナは学校に行きたいそうですね」

「はい」


 ロイやマイユには渋られたけれど、私は学校に入ることになった。高等学校程度ではなく、中等学校程度のフリースクールのような場所に春から行く。

 言葉はまだたどたどしく、向こうの知識が基盤にあるから学校は大変だと思う。それでも、この国の歴史、世界の歴史と、社会のあり方を知りたかったし、言葉ももっと覚えたかった。

 何しろ、ロイとマイユは私を甘やかすから、私が分かるようにいつも言ってくれる。

 ある一定程度しか、このままじゃ言葉が上達しないのではないかと思うのだ。


 たどたどしくそれを伝えると、メイファは朗らかに笑った。

 メイファがそんな風に笑うのは初めて見るので、私は少し驚いた。


「あの兄妹の過保護っぷりといったら。貴女の懸念も理解できますね。あのときも大変でした」

「あのとき」

「異世界の魔女が来たときのことです。こちらも確かに緊張していたのですが、ロイは異世界の魔女を睨みつけて黒いオーラを出してました。貴女のことを考えて来たものの、よっぽど貴女が連れて行かれるのが嫌だったのですね」


 そしてちょっと遠い目をして言った。


「あんな執着心の強い子だとは思わなかったのでいささか心配です」


 それは確かに。

 私は下を向いて赤面した。前より押しが強くなったロイに「お姉ちゃんお姉ちゃん」とみゃあみゃあ鳴くネコと一緒に追いかけてくるマイユ。なんだか外堀を埋められている感があって、怖いといっちゃ怖い。私の気持ちを考えてくれるのは、変わらないのだけれども。

 何より、ロイの私を見つめる瞳。

 あの純粋さ、まったくオブラートに包まれない熱。

 焦がされてしまいそうで、囚われている、という気持ちになる。


 実は、


 俺と結婚して


 と言われたのだけれど、保留にしてもらった。

 私は何も力もない、元女子高校生で、ロイを支えるにはまだ色んなものが足りない。

 だから、学校にも通って、社会性とか、知識を身につけたかったのもある。ただロイやマイユの好意だけで生きていくわけにはいかない。

 私が生きなきゃ。


「何だか、信じられないのです。兵器として育てられたあの子たちが、貴女を大切にするのを見ていると」


 メイファが言う言葉に、私は首を振って言葉を返した。


「どうか、兵器とか言わないで。戦争中は、過去は兵器として生きたかもしれない。でも二人とも生きていた。そうやって、生き続けて、二人に出会えた私は感謝している」


 大好きになれた人がいることを、感謝している。




 異世界の魔女がやって来た後、アランの店を見に行ったら、店は空っぽで淋しかった。

 アランは色んなことを教えてくれたし、お店を譲るよと言ってくれた。話をしながらフィッシュ&チップスを作ったのを思い出して、これが消失というやつか、と思って泣いた。

 婚約者はどうだったのだろう。

 どうか、幸せになって。

 遠くにいる人について祈る。


 私の家族、友達。

 どうか、幸せになって。

 私のことを忘れても。


 誰もいない厨房で泣いていたら、店のガラス戸を叩く人がいて、見に行ってみるとお店の常連さんだった。


「よかった、君は残ったんだね。いつこの店は再開するんだい?」


 明日から空けます、今度はお休みが多くなるかもしれませんが、できるだけやります。


 そう答えた。

 私はフィッシュ&チップスのお店を受け継ぐつもりだ。



 ロイは相変わらず軍人をしているけれど、恋人になった。どストレートに感情を伝えて来るので偶に戸惑うけれど、優しくて一番に私のことを考えてくれるのは変わらない。仕事を終えるとすぐに帰ってきて、様々な話をしてくれるようになった。

 恋人っぽく腰に手を回したり、キスしたりするのに、無表情なのも相変わらず。どうしたらドギマギさせてやることができるかと画策している。

 マイユは私と一緒に学校に行くと言い出した。年齢的にはおかしくない。どうやら猫の生態に興味を持っているらしく、生物の勉強をしたいのだそうだ。ロイは了承するだろう。「魔法を使える人間は大概研究者体質なんだ」と言っていた。ネコが可愛いあまり、追究心が芽生えたのかも知れない。


 メイファと面会を終えた後、軍部施設の外に出て、少し暖かくなった風を感じた。冬を越して最近日が伸びたから夕日を見れる時間が長くなった。ビル街の向こうの空は淡くピンク色に色付いて、ビルの窓はその光を受けて反射していた。

 この都市の景色は綺麗だ。素直にそう思う。

 今日はロイに食事に誘われている。もうすぐ待ち合わせにロイはやって来るだろう。何を食べようか、楽しみだ。


 私はこれからを思って、夕日を眺めながら微笑んだ。





 もうすぐ初めての春が来る。

異世界トリップものが好きで書いてみました。

少し前までトリップものは女子高生が主人公のことが多くて、ハタチを超えた女性が主人公の異世界トリップものは少なかったように思います。27歳の主人公が当時の最高年齢だったかと。今は27歳若手の方になっちゃいました。

今小説家になろう様の登録作品を拝読しますと、トリップものの主人公の年齢が上がったなぁ~という印象を受けます。

あとテンプレ金髪碧眼の王様・王子様。銀髪で切れ者の魔術師・宰相。茶髪で誠実な騎士殿。いや大好物だし、書いている方によって設定が全く違ってきますので、読むもの読むもの面白いのです。

すごいビビりながら書いているのですけれど、私はなろう作家さんの異世界トリップもの大好きなんですよ!本当に!!(切実)


ただ、この作品がそんなに他の作品と違うか?というと、そうでもないと思いますが、それでも「ちょっと違う」を目指しました。

女子高生がトリップ。力を持つ人間に助けられて、愛される王道。

だけど、彼女を守るのはその国の法律や歴史。

そして異世界へのトリップは実はその生物一個体の存在のあり方に関わってくるのではないか?彼女は「存在」自体が揺るがされます。

よかったのは、主人公が超普通なことと、日本と生活水準が変わらない、ということでしょうか。


一人称で、風景描写が少なくて、なんとなくあっさりしたお話になっているかと思いますが、楽しんで頂けると幸いです。

読んで下さった方には、ありがとうございました。


独蛇夏子

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。