目覚め
前投稿した小説のプロットをブラッシュアップできたので、新作として書きました。よろしくお願いします。
法廷での僕は、同業者から「血も涙もない鬼」と呼ばれていたらしい。
どんなに不利な状況でも、些細な証拠の矛盾を突き、氷のように冷徹な論告求刑で相手を徹底的に追い詰める。前世の僕は、そんな凄腕の検察官として恐れられていた。
だけど、それは「仕事着」を着ている時の話だ。
法廷を一歩出れば、僕はどこにでもいる、ただの気弱でお人よしな男だった。
困っている人を見ると見捨てられない。頼み事をされると断れない。
「検察の仕事だけでも激務なのに、またそんな厄介事抱え込んで……」と同僚に呆れられながらも、休みを削って困っている人の相談に乗ってしまう。
要するに、ただの不器用な社畜体質だったんだと思う。
その日も、徹夜明けでフラフラになりながら帰る途中だった。
交差点。突っ込んでくるトラック。
その先に、ボールを追いかけて車道に飛び出した小さな子どもが見えた。
「危ないっ!」
頭で考えるより先に、体が動いていた。
法廷ではあんなに理屈っぽいくせに、こういう時は本当にバカだと思う。損得勘定なんてすっ飛んでいた。
子どもを力一杯突き飛ばした直後、僕の体は激しい衝撃と共に宙を舞った。
(あぁ……全身が熱い。痛い……)
薄れゆく意識の中で思う。
目の前の子どもは、かすり傷一つなく泣いている。よかった。助かったみたいだ。
でも……もし次があるのなら。もし、もう一度人生をやり直せるなら。
(もう、他人のための残業も、胃が痛くなるような争い事もごめんだ。次こそは絶対に……面倒事とは無縁の、のんびりしたスローライフを送りたい……)
それが、前世の僕の最後の記憶だ。
* * *
「……う、ん」
じっとりとした寝汗と高熱の中で、僕はゆっくりと目を開けた。
白い病院の天井じゃない。見たこともない豪華な天蓋付きのベッドに、アンティーク調の家具。
起き上がろうとして、自分の手を見て驚いた。
小さくて白い、子どもの手だった。
『アーサー! お前は誇り高きアッシュクロフト伯爵家の子息なのだぞ!』
『いずれは王太子殿下にお仕えする身。しっかりしなさい!』
頭の中に、二つの記憶が流れ込んでくる。
過労と事故で死んだ、お人よしの僕の記憶。
そして、高熱にうなされる直前までの、この世界での8年間の記憶。
「……マジか。僕、転生したんだ」
自分の小さな両手を見つめながら、僕はぽつりと呟いた。
今の僕は、アーサー・アッシュクロフト。中堅貴族である伯爵家の三男坊だ。
記憶を辿る限り、ここは剣や銃はあるけど、魔法なんて便利なものはない世界らしい。19世紀のイギリスみたいな、古い貴族と新しい商人たちがせめぎ合う生々しい社会だ。
風邪の高熱が引いていくにつれ、頭がどんどんクリアになっていく。
そして、アーサーとしての記憶を整理していた僕は、ある重大な事実に気づいてサッと血の気を引かせた。
うちの家族、王家――それも「現王太子」の派閥にどっぷり浸かっている。
しかも三男の僕は、同年代の王太子エドワードの「遊び相手(という名のパシリ)」として、将来ずっと彼に仕えることが決定しているらしい。
記憶にあるエドワード王太子の姿を思い出す。
ワガママで、傲慢で、人の痛みがまったく分からないクソガキ……いや、とんでもない暴君の卵だ。
(待て待て待て。あんなの、将来絶対にでかいトラブルを起こすヤツじゃないか!)
ここで、僕の中の「法科人」のスイッチがカチリと入った。
この世界は王族の権力が絶大だ。もしあんなバカな王太子が将来、国を揺るがすような大事件をやらかしたらどうなる?
間違いなく、側近である僕ら一族は「連帯責任」という名目で真っ先に切り捨てられる。良くて全財産没収、最悪の場合は一族まとめてギロチン行きだ。
「冗談じゃないぞ……!」
僕はベッドの上で、小さな拳を強く握りしめた。
前世では過労と事故で死んだのに、今世ではバカな上司の道連れで処刑される?
そんな理不尽、絶対に嫌だ。僕が望んでいるのは、田舎で美味しい紅茶を飲みながら日向ぼっこをするような、平和なスローライフなんだ。
「あんなヤツ、いざとなったら見捨ててやる……」
僕の最大の武器は、前世で叩き込んだ「法律の知識」と「ディベート術」だ。
普段はただのお人よしでいい。でも、自分の命と平和な生活を脅かすヤツが現れた時だけは、前世の「鬼」を呼び覚まして徹底的に戦ってやる。
そのためには、準備が必要だ。
いつ実家を見限って追い出されても生きていけるよう、正当な手段で自分の資産を築いておくこと。そして、この世界の法律や貴族社会のルールを完璧に頭に入れ、いざという時の逃げ道」を用意しておくこと。
前世のように過労死するつもりはない。でも、自分の身を守るための努力なら、いくらでもする。
それが、のちに理不尽な権力者たちを法廷で震え上がらせ、平民や商人たちから『持たざる者の盾』と称賛される男の、静かなる覚醒の瞬間だった。
お読みいただきありがとうございました。
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