#1 異能なき剣士
薄暗い路地裏で、俺─猪瀬 唯斗は息を切らしながら刀を下ろす。眼前には、斬られた所からの出血を抑えて座り込む男。
「それで……情報を吐く気になったか?死なない程度に浅く斬った。言うなら今のうちだ」
「はっ、何度も…言ってんだろ……俺は何にも知らされちゃぁいねぇ……上の奴らしか知って…ねぇんだよ」
「……そうか。でも、お前らのやった事は許されない。上から排除命令が出てるんでな」
「そうか……でも、このまま無傷で終われるといいなぁ…」
そう言って、不気味な笑みを浮かべる男。死が迫っているというのに、この余裕さにどこか嫌な予感がする。
「あぁ、言われなくてもやるつも──」
「『獄炎』!」
俺が愛刀─紫電を振りあげた瞬間だった。
──男が最期の力で異能を発動しやがった。
「……っな!?」
完全に油断した。男は相打ち覚悟なのか、頭上に異能を使用した。真上から甚大な炎が迫ってくる!
(完全に位置が悪い……!)
俺は即座に後ろに飛ぶが、間に合わない。眼前まで炎が迫った瞬間──
「食い消せ」
と女性の低い声が聞こえたと同時、黒色の式神が弾丸のように、俺の頭上を通過した。……それにより、炎が消え去った。
「もう、情報収集の任務なのに死にかけるなんて……油断しすぎだよ。唯斗」
そう言って、物陰から出てきた俺と同い年の女の子─酒川 依和。
─俺の同僚で、幼馴染だ。
「ははっ。最初からいただろ……遅すぎるだろ」
「てへっ。だって、異能が顕現するか気になったんだもん」
「……お前ってやつは…。まぁ、予想通り、今回もダメだった」
俺の言葉を聞いた依和よ表情が一瞬だけ曇る。でも、すぐにいつもの笑顔を切り替えた。
「そうだ!私、黒瀬先輩に連絡入れとくね!」
「あぁ、ありがとう。じゃあ俺は……」
依和が電話しに距離を取ったのを確認してから俺は、先程の男に詰め寄る。依和の式神によって男も生きていたのだ。
「おいおい……あの妖怪を使役するAランクの酒川 依和がいるって………お前も公安異能特化の部隊のやつか……?」
「そういうことだ。ま、地獄で反省することだな」
「がっ……」
「……」
俺は先程とは違い、男に時間を与える間もなく、紫電を振り下ろし命脈を絶った。
これは任務なんだ。情けをかければ、次の被害は無実な市民たちなのだから。
「連絡終わったよ〜。……それにしても最近、異能犯罪増えたね…」
戻ってきた依和が骸となった男を見つめて呟いた。依和が口にした言葉は俺も思っていたことだった。
「あぁ、全くもって同感だ。……やっぱりあの、落下事件の影響だな」
「そうだね……まだ表社会への影響は薄いけど裏社会ではもう日常みたいなものだからね」
俺らが所属するのは『公安異能特化警察』。
─正義の味方とか言われているけど、俺はそう思わない。異能を異能で抑えてるだけのイカれた部隊としか思わない。
さっきの男は、麻薬の密輸に関わっているだけの男だった。だから、紫電を振り下ろしていいのか分からなかった。
これが正しいのか分からない。
でも、躊躇えば死ぬのは俺たちだ。
「唯斗?ボッーとしてるけどどうかした?怪我とか?」
そんな葛藤を抱いていると依和が俺の顔を覗き込んできた。綺麗な黒い目が俺を見据える。
(やっぱり……優しいな依和は)
「何でもない。それよりも早く部署に戻ろうぜ。黒瀬先輩も待ってるし」
「あっ!もうっ!」
俺は悩みを悟られないよに依和から距離を取って歩き出した。依和も不服そうだったが、後ろをついてきた。
確かに。依和に話せば楽になるかもしれない。だが、この問題は俺が解決しないといけないのだ。
それに……
俺が隠しごとをしているように依和もしているかもしれない。でも、知りたいとは思わないし知りたくもない。全ては本人の意思なのだから。
(俺には本当に異能があるのかな……?父さん)
俺はこの場にいない大切な人の言葉を思い浮かべ、暗い夜空を見上げた。
そこには、雲に隠れてちょうど見えなくなった月が。それは……これからの出来事を表すかのようなひと時だった。
〜〜〜
「主様、つい先程、新しい情報が入りました」
薄暗く、人が近づく気配もない廃ビルの屋上に二人の人物が立っていた。
「なんだ?こんな時間に来たってことは、余程のことなのか?」
ボスの風格を放つ男が、頭を下げ、膝をついている男に尋ねた。
「はい。主様が探していた……通称『紫電』を持つものが見つかったとの事です」
その知らせを聞いたボスの男の肩が僅かに反応した。
「そうか……!やっとだな!遂にこの計画が始まるぞ!」
「えぇ、16年振りといったところでしょうか。前回と違ってやつはもう居ません。勝利を掴むのは私たちかと」
不気味な男の笑い声が夜を包み込むように響いた。




