EP01 ぷー太郎、異世界にて出会う
異世界というものに憧れを抱いていた俺は、まさしく救いようのない阿呆であった。
東京都は練馬区の閑静な住宅街にある神田家に長子として生を受けた俺、神田来人は端的に言ってしまえば特別性など微塵として保有しない男である。中高とモテるためだけにサッカー部なんぞに入るも才能なんてなく背番号は四番のディフェンスとパッとせず、ならばとニッチな需要を埋めようと図書委員に入り共に作業する女子に薦められた本を片端から読んでみたものの成ったのは同好の子というだけであり恋愛面になど発展を見せなかった。幸いのこと、サッカー部に籍を置いていたためにいじめの標的にはならず、また人に合わせるのは得意だったのでいじりの対象にもならなかったもののパッとしない人生であったことに変わりはない。
だからこそ、別の世界になんて淡い理想を抱いた訳だが、考えの甘さは語るまでもないだろう。思考の果て、逃げた先になど楽園が広がっているはずもない。
「………………」
月並みな表現ではあるが、目が醒めてみれば見知らぬ天井だった。
いや、天井なんて障害物は存在せず、ただ前後を挟む漆喰の壁間に高く青空が広がっていた。風がそれなりにあるようで、幾ばくかの雲が風に押し流されて飛んでゆく。もしも本当に雲の上に天国があるのであれば、その住民の多くは揺れによって酔うことになるだろう。
左右を見回したところで、ここがどこだか見当も付かない。建物の壁がコンクリートのものが一軒とて見当たらず、また道には舗装も何も行われてはおらず泥道が伸びている。
ふむ、ここに至るまでの記憶が曖昧である。自身が置かれている状況を把握しなければ右の泥道にも左の泥道にも進めぬので、取り敢えず今手元にある千切れた記憶の紐のあっち側を探ってみる。
上記のように放埒の日々を送っていた俺はあれよあれよと望まぬまでも大学生となり、そして気が付けば一年次を終えていた。そして二年次を迎え、新入生歓迎会にて一年女子の値踏みと途中帰宅によるタダ酒と洒落込んで……湯田という友人の策謀に嵌り、新入生歓迎と大いに嫌った葉手教授の退職を祝いウォッカをイッキしたところまでは記憶を遡れた。
その後のことについては、まるで覚えていない。記憶がすっぽり抜け落ちた、というよりも元々その部分の記憶が無かったような気分だ。まるで生まれ変わったような気分だ。よもや酒をたらふく飲んだことで脱皮をした訳でもあるまいに。
思い出したところで記憶は辿れず、この場に関する情報など一片とて掘り起こせなかった。ならば、と致し方なく倒れた身体を起こしかけたその時、右手側の道の先へと男が一人転がり出て尻もちをついた。
「ちょっ! ちょっと待ってよ。そりゃないよ、おやっさん!」
「ふざけんな! ンなもんどう売れってんだダァホ」
どうやら店主か誰かと言い合いをしている様子。
じっと眺めていれば何かここでは聴き取れない声量でボヤき、しかして店主には届いたらしくここまで聴こえる怒鳴り声が響き哀れ、男は敗走した。両手で抱えた麻袋が売り込もうとしていた物なのだろう。何日も洗っていないのであろう汚れた服はシャツやパーカーの類いではなく、某ドラゴンなクエストで主人公が最初に着ているであろう麻の服的なものである。豊かに蓄えられた髭はもみあげと接続し、上下反転したところで顔が成立しそうな形相だ。服装と合わさり、なんだコイツ感が強い。明確に平凡とはかけ離れたギャラクティックな存在だ。
力無く歩く男はふらりふらりとこちらへとやって来て、そんなものをずっと目で追っていたのだが当たり前だが目が合ってしまった。
「………………」
「………………」
熊に同じく、危機を感じた相手から目を離すのは得策とは言えない。視線を交差させたままに互いに無言で距離を測り合う。心中は同じ、こいつは何なのだろうか値踏みしている。
先に口を開いたのは、向こうだった。
「君も、お仲間かい?」
何だそのスカした喋り、と心の中で感じながらも外見に合わないやたらと清々しい声にギョッとする。こう、初めて声優を認識して声の人間形態を見てしまったあの瞬間にも似た心地だ。声と外見に差があるなぁ……なんて、失礼な言い草ではあるが。
正直、かなり関わり合いにはなりたくないのだけれども、無視するというのも何をされるのかわからず取りたくない選択肢だ。人類が宇宙や深海に浪漫を見るのが未到故のものであるならば、未知は恐怖を連れてくるものである。その未知が人の中にもあるというのだから、度し難い。
「仲間意識などと、持たれたくはないな」
「いや僕も大概だけれど、君とて同じくだろう。……酔っているのかい?」
「寝ていたからね、アルコールは抜けているよ」
「自分にだよ」
「何だお前⁉︎」
思いがけず鋭い口撃に一瞬怯むが、そう話が通じないタイプという訳でもなさそうなのは安心できる。
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、このもじゃはあろうことか腰を下ろして俺の向かいに座ったかと思えば俺の下から手を掬うようにして握り、検分を始めたのだ。手相の占い師か、あるいは同性愛者の類いか。お生憎様、俺の性的興奮の対象は可愛い系またはカッコイイ系の女性、あるいは中性的な男の子に限定されており上下反転したところで顔になるタイプのもじゃ男は対象外だ。面接にも進めない。履歴書の時点で弾かれる。
「……君、どこの出身?」
「ナンパはちょっと」
「誰が君のような不審者をナンパするんだ。自分を知れ」
「さっきから当たり強くない? この辺のストリートはパンクロックなイエスタデイなの?」
丹念に検分された手を離されたと思えば、怪訝な目を向けてくれる。
手を離されたのはいいが、そういう目は感心しないな。これで俺はガラスのハートを持つライオンなのだから。
「何言ってんだコイツって顔すんなよ! シンプルに傷付く」
「何言ってんだコイツ」
「口で言えば許されるって訳じゃないわ! たわけか己は!」
「我が儘だな君は……で? 少なくともこの国の人間ではないでしょ?」
「いやいやいや、バリバリに日本人だわ。二代、三代遡ったとて日本国籍だわ。何さ? グンマーさながらにかい?」
「はっはっはっ」
「はっはっはっ」
「はっはっはっ」
「はっはっはっ」
「はっはっはっ」
「はっはっはっ」
「どこかなニッポンてのは」
今度は、こちらが何を言っているんだコイツは、という顔になる。日本にいながら日本を知らないとか、生まれてこの方地下にでも幽閉されていたのだろうか。そう考えるならば山男よろしく髭面なのも納得がいく。
じっと俺の顔を見てくる男の瞳を覗き返す。
「どこも何も、ここだよ」
「ここ? この国はニッポンではないよ。あるいは、方言か何かなのかな。だとしたら、僕としては知らない訛りだね」
「訛り? まあ、訛りとも言うのか? ニホン……あるいはジャパンとかでも通じない?」
「通じないね。知識百聞とは言わないまでもそれなりには物事を知っているつもりではあるけれど、聴いたこともないかな。あるいは村か、街の名前だったかな? だとしても、知らないことに変わりはないのだけれど」
「国の名前だよ。なんだお前、アマゾンの奥地にでも住んでたのか?」
「はっはっはっ多分ジョークなんだろうけれど、通じなければ無様なだけだね。君の認識はおそらく間違っているよ。君はここをニッポンと呼ぶけれど、それは否だ」
「はっはっはっ!」
「はっはっはっ」
「はっはっはっ!」
「はっはっはっ」
「はっはっはっ!」
すっくと立ち上がり、道を抜けようと右に一歩踏み出す。出したところで店を追われた男が左に抜けようとしていたのを思い出したので逆に方向転換をし、駆ける。
予感はあった。いくら俺の地元が東京の上の端っこの方で何故に区を名乗れているのか不思議な土地とは言えども、コンクリート舗装されてもいない泥道などあり得ない。未だアルコールが頭を惚けさせていたというのか。そんな訳がない、いくらウォッカとてそこまでの実力は秘めていないはずだ。正直、アルコール度数が十度を超える酒なんてアレが初めてだったからどれだけ尾を引くのかわからないぞ。
「ははは……」
冗談には、笑えないものもある。
道を抜けた先、開けた石畳の大路と西洋気触れの建築物の数々はとても現代社会のものとは思えない。柱に木材を、壁は漆喰だろう。鉄筋もコンクリートも使用されていない。さながら映画村西洋バージョンだが、それならば道に馬糞を撒き散らすなどしないだろう。
「どうだい? ここは、ニッポンかな?」
「顔見りゃわかるだろうが。ここは、一体どこなんだよ」
後を追って来たらしい男がさも平然といった雰囲気で語るものだから、俺の口調も自然と厳しいものになる。対して頭はどうにも冷静で、視線は忙しなく動いて一片でも多くの情報を集めようと踠いている。
しかし、どこを切り取ったとて現代らしさも現実らしさも見当たらない。日本で無いにしても、フランスやイギリスだって電柱の一、二本は立っているだろうし、まず前提として街行く人の中にスマホを扱っている人がいないっては異常だ。それを言えば服装自体が現代的ではないのだけれど、まあ兎も角、ありとあらゆる全てが俺の知ってる世界とは違う。世界観が違う。ギャグとシリアスくらいに。
「いや……マジか」
言葉など、出ない。
脳が現実を拒んでいる。処理など、したくはないのだと。
「まあ泣くなよ坊主、男だろ? これやるから」
唖然として固まる俺の肩にポンと手を置いて、男は慰めの言葉と共に何かを寄越してくる。
「これは……?」と渡された円柱状の何かに押し込みボタンがあるだけの謎の装置に困惑しながらも問う。
「僕の新作。あるいは、憐みの気持ちと言い換えても良い」
「……アンタは?」
街並みから目を離し、肩に乗せられた手を払い除けながらも訊く。
男は、髭さえなければ見ていられる陽気な笑顔をしたためて答えた
「僕はレフ。レフ・トールギスト、錬金術師だよ。今後ともよろしく」
差し伸べられた手を一瞬躊躇いながらも、今置かれている状況でこのレフという男を手放すのは惜しいと思い直して握った。この行動が予想外だったらしくレフは目を丸くしたが、より一層に緩んだ笑顔を浮かべて腕まで伝わるくらいに激しく手を上下させながらも「頼むぜ、相棒~」などと、とんでもないチーター並の距離の詰め方をしてきたものだから、どうにもやり難い。
何がそんなにこの男の琴線に触れたのかは不明だが、わざわざ引き離すようなもので無し。名乗りには名乗りで返すのが武士、即ち日本流というもの。
「神田来人だ。スーパージャパニーズスターと呼んでくれ」
「了解だ、ライトォ」
「何を了解したんだよ、お前は、今」
まあまあ、なんてへらへら笑いながら言われて、また俺とて適当な人間なものだから、まあいいかと流してしまう。深く物事なんて考えたところで上手くいくもいかぬも運否天賦なのだから、人生はノリと勢いさえあればいいと感じいる十九年を過ごしてきた。
「さて、ライト。僕は金が無くて、最早、借家を追い出された。お前もどうやら右も左もわからぬ様子……どちらにせよ、金があれば素敵だとは思わないかな?」
「ステキだと思う!」
「酒も買えるし」
「いや、確かに酔い潰れてはいたけども、そんな酒を至上命題にした人生を送っている訳でもないからね? アルコールイズマインじゃないからね?」
俺の訂正にきょとんとした顔で「違うのかい?」などと言ってくるものだから、手刀を作り頭をしばく。
「ぐおおおぉぉぉ割れる! 割れた!」
「そんな強く叩いてないだろ、被害者振ラーが」
「そんな! 割と普通に力篭ってたろ今! 酷いわっ、私をぶっておいて……お父様にもぶたれたことないのに。まあ、父親も母親もいなかっただけなんだけどね」
「重いわ! 唐突に!」
「ままあることだろ」
「そんなシビアな世界なのか⁉︎ ここは! 帰らせてくれ、切に」
「話の進まない奴だな、君は」
「俺のせいなの?」
釈然としない気持ちを抱えながらも、俺は、今思いついたことなんだけれど、から始まるレフ発案簡単に金を稼いでダラダラ生きよう作戦の概要を聞いた。所々、というか話の大半は何を言っているのかよくわからない用語解説が必要な特別な用語を用いられたので適当に相槌を打っていたが、まあ要するに国の生活保護制度を利用しようという話らしい。
「これは……」
近いところで言えば、生活保護の受給者になってその金を山分けしようという話だろう。この謎の国の国民でない俺が果たしてそんなものを受けられるのかどうか、この世界観の法整備次第だが。
「ヤバいな。穴らしい穴がない。完璧な作戦だ」
「だろ? 錬金術師やめて軍師になろうかな」
そうして意気揚々とレフの後について回る。辿り着いたのはサクラダ・ファミリアを彷彿とさせる巨大建造物であった。
高く聳える塔が複数立ち並ぶ荘厳な建物。見るからに重要施設なそこに、レフは平然と入っていくものだから、一人にされても困ると追随するより他にない。
「ここは何の何なの?」
「教会の聖堂塔も知らないのか、お前は。君は実にバカだなぁ」
「バカって……まあそれでいいや。教会って、神様〜ってリトル・グリーン・メンよろしく祈りを捧げるところじゃないの? なんでここに来るに繋がるのさ」
「祈りを捧げるだけが教会じゃないのだよチミィ。三権分立って、知らない? 王臣、教会、貴族での相互抑止して権力の均衡を保つってやつ。教会は行政面を担当しているなんて、常識中の常識だけどね」
王が絶対の権力を持っているイメージだったが、そうでもないのかなんて思いながらも、非常識で悪ぅござんした、と適当な返しをする。ならば、ここは言わば役所のような役割を果たす場所なのだろうか。確かに教会など街々にありそうなものだし、インテリな感じもする。適役な訳だ。
立法、行政、司法が日本の三権分立であり、それぞれ国会、内閣、最高裁判所が担当している。これがそのままにこちらの世界にもあるとして、行政を教会が担当しているのならば立法は王臣、司法を貴族となるのだろうか。どちらかと言えば教会が司法のイメージだけれども。
あるいは、三権もまた異なるのだろうか。面白い。
しかし、同じような政治体制に落ち着くとは……所詮は同じ形に収斂進化を果たしたヒトと言うか。道行が決まっているようで、何とも不気味じゃないか。
「駄目だったね……」
「正論を超えた正論だったな」
結果から言ってしまえば、作戦は失敗に終わった。
中世ヨーロッパ風味の異世界、戸籍なんてものは曖昧なものとばかり思っていたのだが、産まれた子供に教会の洗礼を施すことによって戸籍を登録するシステムが取られており、俺は戸籍のない上にこの国の人間の目鼻立ちをしていない——要は不法入国者に間違えられたのだ。間違いなのだろうか。間違いとも言い切れないが、俺の意思ではないのだからどうしろと言うのだ。困っちゃうね。
何やら受付らしき場所でレフ付き添いの元、生活保護制度的なアレコレを申請しようとして、身分を露わにしろと言われ……詰んだ。儚い夢であった。人の夢と書いて儚いなのだから当たり前だ。
包囲された。警備らしき人に連れられて、何やら小部屋に閉じ込められた。
「こういう部屋って、二人で入れられるんですね」
向かいに座る尋問官の女性に、気まずさから話しかける。俺の隣にはレフが座っており、こういった部屋は尋問官側が二人で一人を詰めるものだと思っていたので、意外だったのだ。
「他の部屋が空いていないので、急遽ですよ。貴方達のように……考え無しの方は初めてでして。他の部屋は別の作業で使われているんです」
「そうなんですね。でも、何事であれナンバーワンになれって親に言われて育ちましたので」
「ワースト一位は一位とは言わないと思いますよ」
「的確ですね」
尋問官の女性はきめ細かい金髪に碧眼と、日本人が考える美人な外国人そのまんまな外見をしており、歳の頃は二十代後半だろうか。凛とした佇まいが美しい彼女だが、あからさまに我々のせいで戸惑いの色に塗り潰されてしまっている。
まあ、戸惑いもするだろうさ。戸籍もないような奴がふらりふらふらとやって来たと思ったら、生活を保障しろと申請しようとしているのだから、困惑もする。誰だってそうなる、俺だってそうなる。
「でも、相手してくれるのが貴女のような美人さんで本当に良かった。受付の方と言い、ここは美人さんが多いんですね」
「……ありがとうございます。では、質問を開始します。この卓上の機具は嘘を感知すると音が鳴りますので、虚偽の発言は控えるようにお願いします」
「じゃあ、今しがた俺が発言した美人、というのは嘘ではないという訳ですね」
俺の質問に、彼女は口籠りながらも「……そう、なりますね」と答えてくれて、且つ卓上の嘘発見器も反応しないものだから、どうにもそそるものがある。そして、おそらくはこの機具を恐れてだろう、部屋に入って以降、レフが口を開かない。視線を交差させると、絶対に無駄なことを口走るんじゃないと目で語ってくる。
最早、訳のわからない状況の連続に感覚が麻痺して、実質的に無敵だスターな状態にある俺と正反対にしっかりと生活の懸かっているレフには苦しい環境であろう。あのような作戦でここに連れてきたのはこの男なのだから、後悔も犠牲もこの男に払って貰うのは前提として、俺はどうしたものか。
「では、お名前と出身、年齢をあなたから願いします」
「神田来人。出身は日本。十九歳。好きな言葉は『大丈夫』です」
「好きな言葉は訊いていません。訊かれた質問にだけ答えてください」
割と冷たい態度で怒られてしまい、しょぼんと沈んだ気分になった俺なんてお構いなしに、では隣の貴方、と尋問官の彼女は話を進める。今更だがこうして聴取をする人を尋問官というこの表現は合っているのだろうか、と思いも過ぎったが、まあ、どうでもいいのだそんなことは。
「レフ・トールギスト。……ネブ・ノウブ。二十一」
初めて口を利いたレフの言葉に、尋問官さんの顔が強張る。別段、卓上の機具が反応を示している様子もないのにも関わらず。
「人の生まれで見る目を変えるなどと、公的機関で働くものとして感心しないな」
「すみません。続けます。ライトさんの、ニホンというのは所属としてはどの国になるのでしょうか?」
「日本ですね。更に言えば実家は練馬区です」
嘘ではないのだから、いくら彼女が嘘発見器を見たところで反応など示すわけもない。美人さんの期待に沿えないのは心苦しいが、真実は心を超える力を持つので、俺ではどうにも出来るはずもないのだ。
嘘発見器が反応しない以上、彼女は俺の言葉を信用せざるを得ない。でなければ、この尋問に於けるこの機具の存在価値というものが欠片と無くなるのだから。
わかりました、と納得感の感じられない返事をする彼女。そんな彼女の様に、何やら勝機を見出したらしいレフは、閉ざしていた口を開く。
「ライトの戸籍が無く、また洗礼を受けていない事実も認めよう。なればこそ、被魔力痕検査と簡易性質検査を行ってはくれないかな?」
「それは、なぜですか?」
「これは僕の推測になるが、彼は某かの魔術行使の被害を受けている可能性が大いにある。記憶に関係するものなのか、あるいはまた別のものに干渉するものであるのかは、調査していない以上、何とも言えないが検査をすれば自ずと結果は見えることになるだろう」
「魔術行使等の規制等に関する法律に関わってくることなので、それは調べさせていただきましょう」言うと、彼女は聴取を書き留めていた者に先の調査二つの検査の準備をするよう告げた。また同時にその男性から何やら書き留められたメモを手渡され、呆れの様子は加速する。「レフさん。貴方の身元は確認が付きました。幸運でしたね」
どうやら、裏で進められていた調査でレフの方はただの馬鹿であると判明したらしい。ともすれば、俺の情報などというものは出るはずもないのだから、怪しげ人間は俺一人取り残される。
「幸運なんて言葉、受け入れがたいね」
吐き捨てるようなレフの捨て台詞は良いとして、しばし待つと何やら仰々しい除細動器のようなものが室内へと持ち込まれ、あれよあれよと俺の身体へと装着されていった。よもや、電気椅子の要領で略式死刑でも行われるのかとどっきりどきどきしたものだが、無論そのような事態には陥らず俺の見えないところで機械が叩き出した記録に訝しむような唸り声が挙げられた。
その後、更に霧吹きで謎の液を吹きかけられたかと思えば、何かを採取されていき、ここまで来るとマウスの気分だ。何をやられているのだと恐怖こそ無いが、気付かぬ内にクローンが生み出されていたとて驚かない。
「結論から申し上げます」などと、一通りの検査が終わった後、室内で待機を命じられたものだから、レフと世間話に花を満開に咲かせているところに戻ってきた尋問官の彼女は、口にした。「ライトさん、貴方は、召喚魔術によって呼び出された召喚獣に区分されます」
「……ほぅ? ええと、どういう?」
「ライト、つまりお前は何者かによって召喚された存在なんだ。本来、召喚術と転移魔術にロジック的な差異は大きくないから、不可能だとは言わないが、召喚術では原則として人を召すことは出来ない。イレギュラーは容認するものだが、何か大きな食い違いが起こったことは確かで――いや、より嚙み砕くべきか」
「技術的ことを抜きにして話しますと、貴方には人権が適用されず、同時に国籍の発行も出来ません。また魔術法の規定により、召喚獣は召喚術の行使者に管理責任が発生します」
「つまり、俺は召喚主の奴隷……のようなものだと? そういうことですか?」
「まあ……そうなる、かな」
言い辛そうに、レフが言う。
「そこで、ライトさんに付着した魔力痕を採取・検査して召喚術の行使者を割り出したところ、二週間程前にダンジョンへの入窟届が出されたきりになっておりました。入窟届に記されていました期間は過ぎており、現在扱いは行方不明となっている人物でした。ダンジョンでは入窟届に記入された期間より七週の経過で死亡と扱われるのですが、既に一週と四日が経過していまして、このまま召喚術の行使者が死亡の扱いになりますと……召喚獣として扱われるライトさんは、あらゆる権利も持ち得ない、言わば社会的透明人間になってしまいます」
「……ええと、何が何だか。つまり『俺を召喚した人』の『所有物』として俺は扱われるにも拘らず、その人物が『現在行方不明』の状態にあり、帰ってこなければ『俺は何の権利もない存在』になるしかない――ってことですか」
「相違ありません。付け加えるのであれば、この法律は人間が召喚されるケースを考慮してはいない法律であるため特例として扱うことは可能です。ですが、この特例を通す際にも召喚術の行使者の認可は必要となるため、術者が現れる、または死亡として扱われる六週後のいずれかとなります」
既に一週間を超えて帰らぬ行方不明者が帰ってくるか、六週間が経過するまで、俺は社会においては透明人間として扱われる。迷惑な話だ、身勝手な。
行方不明の術者……俺を召喚した以上、あの路地で目を覚ました時までは生きていたのだろう。つまり、今であれ生きている可能性は大いにあり得る。何で喚んだのか、帰れるのか等々、訊かなければならないことは山程ある。
だが、何はともあれ。
「ダンジョンに入って、俺を召喚した人を探します」
俺の中の結論はこれだけだ。
「主人が中にいるのならば、物が入っても問題ありませんよね?」
「法律上はありませんが……危険です。ただの、いち大人としては止めさせていただきます」
「ありがとうございます。ですが、大丈夫です。危ないことには、慣れていますので」
そういうことではないのですが、とぼやいているが、口で言って止まらない阿呆を止めるだけの力を彼女は持ち合わせてはいない。権力で阿呆は止められないし、腕力で馬鹿は止められない。
「ライトさんに付着していた魔力痕は、ノエル・セントリアという女性のものと一致しました。彼女は冒険者ではないため、深層に潜るとは考えられず、何かしらのアクシデントに巻き込まれたと思われます。召喚獣は元来、術者の元への帰巣本能を持ちます。ですので、本当に行くのであれば直感に従えば……あるいは、辿り着けるかもしれません」
ノエル・セントリア。
果たして俺は、最早誘拐犯と表しても相違ないであろう召喚術の行使者に出会えるのか。
後半に続くだろうか。
続け!




