③ 魔女の道草
その日の雪子も、いつものルーティンで、自分の同位体訪問からの帰り道に、真田雪村の時間軸、「昭和」に立ち寄った。
雪子はふと、この時間軸の5年ほど前の事件、あのコンテナ埠頭での出来事を思い出していた。
「あの若頭、元気にしているかしら?」
そんなちょっとした好奇心が湧いてきて、あの男の顔を見たくなったのだった。
これは、彼女において、とても珍しいことだった。
彼女は基本的に、自分と自分の同位体、そして変異体である雪村、後はごく少数の友人以外には、元来興味を持てない気質であった。
そういう訳で、異例の行動ながら、名護屋市東区のとある場所にある、吉川組の事務所兼自宅前に、雪子はフラリとやって来た。
当たり前のことながら、入口前には若い衆が2人待ち受けており、迷いなくツカツカと向かって来る、セーラー服の女子高生を、呼び止めたのだった。
「おい、お前、ちょっと待て。」
「まあ、そうなるわよね?」と、雪子。
「姐ちゃん、ウチの事務所に何か用かい?」
「ちょっと吉川正義さんに会いたいんだけど、取り次いで下さるかしら?」
「お約束されてるんで?」
「5年程前に約束したと言えばしたような⋯あ、でも今日はアポ無しかなあ⋯。」
「こいつ、ふざけてんのか?」
「セーラー服の魔女が来たと言えば、きっと分かって下さるわ。」
「テメエ、いい加減にしねぇと⋯。」
「まあ、ちょっと待て。」
そこで年上らしき方の男が、若いヤツを止めた。
「魔女の話には覚えがあるぞ⋯取り次いでやるからここで大人しく待ってろ。」
「ありがとう。」
「兄貴、いいんですかい?」
「いいんだ。お前も大人しくしてろよ。」
そう言うと、兄貴分は奥に入って行った。
それから30秒もたたないうちに、彼は汗をダラダラ流しながら、血相を変えて戻って来た。
「先程は大変失礼致しました。大切な客人なので、すぐにご案内するようにと、組長から言われました。」
「あらそう。分かって下さればイイのよ。」
雪子は彼に案内されて、事務所の応接室に通された。
「おお、これは、これは、お久しぶりです、魔女どの。」
そこで待ち構えていた吉川正義が、すぐに立ち上がって挨拶した。
「確かあの時、本名の真田雪子も名乗ったわよね?魔女の方が思い出しやすいと思ったけど⋯それはそうと貴方、若頭から組長にめでたく出世したのね?」
「はい。これもあの時、真田の姐御に助けていただいたおかげです。」
「あら、貴方、ずいぶん言葉遣いが良くなったじゃない?」
「あれから自分なりに色々勉強したところ、あの時の姐御のアレが、手品なんかじゃない、とんでもないチカラだということが分かりまして⋯。」
「へえ、そうなんだ。」
「あの時は、本当にお世話になりました。それで、今日はどういったご要件で?」
「別に。たまたま近くを通りかかったから、ちょっと顔を見に来ただけよ。」
「そうなんですかい?私はまた、てっきり何か困り事でも起こったのかと⋯。」
「それは、まだね⋯そうだ。ねえ、私の友人のピンチも救って下さるのかしら?」
「もちろんですとも。貴女は私の命の、いや、吉川組の恩人ですから。」
「そう。良かった。じゃあ、引き続き約束延長ってことで。」雪子は満足気だった。
「ところでねえ、貴方、あの年上の方の門番、あの時のピストル男じゃない?」
「よく覚えておいでで。」
「大丈夫なの?」
「あれからよく話し合いまして、私も改めるべきところは改め、彼らもよく反省したので⋯もちろん、扇動した主謀者である弟は、きっちり処分しましたが。」
「貴方、随分器が大きいというか、懐が深いのね?」
「私はまあ、それぐらいしか取り柄がありませんので。」
「貴方ヤクザなのに、真っ直ぐな心根を持っている、気持ちの良い男なのね。うっかり惚れてしまいそうだわ。」
「よして下さいよ。未成年に手を出す訳には行きませんから。」
「ああ、こういう時に、女子高生の立場がアダになるのかあ⋯。」
「まあいいわ。その件はいずれまたゆっくり考えて。じゃあね。今日は元気な顔を見られて良かったわ。」
「こちらこそ。またいつでもどうぞいらして下さい。」
雪子がその場でまた消えてしまうのを、組長はただ見送るしか無かったのだった。




