さて、どうする?
世界は暗転し、気がつけば自分の部屋に戻っていた。
私は大きくため息をつきながら部屋を見渡す。そのため息が安堵なのか落胆なのか、自分でも分からなかった。
テーブルに置いた紙に【298】と書き込む。これは私とマイちゃんがループしてきた回数だ。
テーブルの上で充電していたスマホに、マイちゃんからのメッセージが届いているのが見える。
彼女は寝ていないらしく、0時からずっと起きて私を待っていたのだろう。
【ナオコさ〜ん、ダメでしたね! お目覚め待ってます♪】
その文面から、そこまで落ち込んではいない様子が伝わってくる。
マイちゃんに電話をかけると、ワンコールも鳴らないうちに彼女が出た。
「ナオコさーん、オハヨゴザイマス〜!」
早朝の1時過ぎとは思えないテンションの高さだ。
「マイちゃん、元気だね〜」
「フフッ、なんだかコレはこれでホッとしたというか」
「マイちゃんは、日常を取り戻したいとは思わないの?」
ウーンと考える声が響く。私は会話しながら冷蔵庫に行き、炭酸水を取り出してソファに戻る。
スマホをスピーカーにして、タブレットの電源を入れる。
「ここでの生活に慣れすぎて、これが日常という気もしてるんですよね〜」
私はタブレットにキーボードをつけ、まだ目覚めていない佐藤・土岐野・日廻に、私たちがループから抜け出せていない旨をメッセージで送る。
「マイちゃんは、日常に心残りはないの?」
炭酸水のペットボトルの蓋を開けながらそう尋ねる。
「まあ一つあるとしたら、ナオコさんの原作漫画を描けなかったことかな。
もし私が“死んだこと”になっているなら、他の人にその権利を取られていると思うと悔しいかも〜。
ナオコさんは?」
私は少し考え込む。確かにマイちゃんが描く私の物語を見たかった。それに……。
「今構想している物語を発表できなかったのは寂しいかな?
未完成のままパソコンの中身を“遺稿”として勝手に公開されても嫌だしね」
そんな他愛ない話をしながらXを眺める。検索欄に【@karuma1111】と入力する。
7月11日の11時11分11秒に事故が起こり続けていることをコメントしてきた人物。
IDの後ろが1111というのも気になった。
「カルマ」なんてIDをつけているから厨二病かカルト好きかと思ったら、映画の感想や映画論を発信している人物だった。
アカウント名は加留間遥。調べると単館系を中心に活動する映画監督だと分かった。私は知らなかったが、監督作品には……
【十回まわってワンと啼く】
【十一の嘘と一つの誠】
【歪んだ三角】
【四人〜SHININ〜】
【明日を待ちわびて】
【閉ざされた夏の日】
といったタイトルが並んでいる。誕生日は公式には公開されていなかった。
「ナオコさん、今日はどうしますか〜?」
マイちゃんが呑気に聞いてくる。
「まあ、6時を過ぎたら佐藤さんか土岐野さんから連絡があると思うから、それ次第かな」
「まあ午後にみんなで集まるかどうかって感じですよね? だったら午前中デートしますか?」
「なら、デートの定番で映画でも観に行く?」
「いいですね! 何観ます? 【十刻】ナオコさんもう観ました? 私まだなんですよ!」
マイちゃんは人気漫画原作の【十刻の刃】の映画を挙げる。
「私は観たけど、もう一度観るつもりだったから」
「確かに映画ってデートっぽくていいですね」
フフフフ、と楽しげな笑い声がスピーカーから聞こえる。
私はその心地よい声を聞きながら、自作アニメを流しっぱなしにしていた画面を終了させ、サブスク型の動画配信サービスで加留間遥の作品を検索する。
【閉ざされた夏の日】は比較的最近の作品だったようで、すぐに見つかった。
「でも、ルーパーのメンバーの話し合いがどうなるかだから、6時を過ぎてから昼にするか夜にするか決めようか」
画面に【閉ざされた夏の日】を表示させる。
ある夏の日に閉じ込められた男が、その一日から逃れるために足掻くというストーリーだ。
「ですね〜、でもその前に待ち合わせて食事でもしましょ」
「そうだね。じゃあ私はその前に一眠りして英気を養ってから待ち合わせようか」
そう言いながらコーヒーマシーンに濃いめのタイプ味のカートリッジをセットする。
「はーい。睡眠不足は美容に悪いですものね♪ 睡眠とってシャワー浴びて合流しましょ!」
そんな会話をして一旦通話を切る。
マグカップを手に映画をスタートさせた。
ループ現象に巻き込まれた男が、繰り返す日々の中で自分の人生と向き合うようになる。そして大きな犠牲を払い、脱出するという物語だ。
ループの入り方は「午前11時11分11秒、老朽化したビルのエレベータでの事故。その時忘れ物を撮りに行った人物は助かりそのまま乗った主人公は死亡する。その運命の分岐とエレベータの扉をメタファー的に使用し哲学的な空気を作り上げていた。
思いもしなかった脱出方法が示されていることも気になった。
私はエンディングスクロールを見つめながら、大きく深呼吸をする。
スマホを手に取り、Xの加留間遥のアカウントを眺めた。
フーと息を吐いてから、私はダイレクトメールのアイコンをタッチする。
【こんにちは、今日の11:11:11でも銀座のELEVENタワーで事故が起きます。
貴方は一つ前の今日、この時間に起こる事故について語られていましたよね?
この11:11:11の事故から起こる現象について何かご存知でしたら教えてください。】
そうメッセージを送っておく。果たして返事はくれるのだろうか?
朝の3時前なので、もし来るとしても11:11:11を過ぎてからかもしれない。
そう思っていたらDMが届いた。
【カエルさん、こんにちは。というよりおはようと言うべきかな?
もしかして君、その時間に起こる事故に巻き込まれてしまったって感じ? それはお気の毒。
この俺はこっちの世界で“エキストラ”って感じか、変な気分だ】
その文章を読んだ瞬間、身体がゾクゾクと震えるのを感じた。
すいません9月は仕事が忙しく、またラストへの展開をじっくりと執筆していたらこんなにあげてしまいました。
コレにてこの章は終わりで、次から最終章になります。
ラストは決まっていますし、今少しずつ書き進めている所です。
こんなに開けることはもうないと思いますのでどうか最後までお付き合い下さい。




