明日までの時間
私はスマホの時計を確認する。時刻は11時12分。
『正義の勝利です! 我々の声が痛ましい事故を回避させました〜!!』
配信している男の声が響いた。工事が止められたことで、11:11:11に起こるはずの事故は発生しなかったのだ。
「事故は止められた?」
「事故は起こっていない! 止められたんだ!」
私の問いに佐藤が答える。胸に込み上げてくる感情が、喜びなのか、それとも恐怖なのか、自分でも分からない。
マイちゃんが強く抱きついてきて、その体が震えているのを感じた。時間は元の速度を取り戻し、会議のメンバーが歓喜の声を上げるのを、私は放心したまま聞いていた。
「永遠さんには失礼な話だけど、昔、鈴木がMedio Del Mondoを破壊すればループを止められるのではと、テロまがいの活動を繰り返していたのを思い出した」
「それ、まさか宙さんも協力してたんですか?」
「いやいや、アイツが一人で暴走してただけ。そもそもほとんど接触していないし、俺は必死に止めていた。それで一回死んだし。粉塵爆発って結構怖いんだな」
「粉塵爆発であのマンション壊せるの?」
『素人が浅知恵で作った爆発物では無理だろう。しかも外からではな』
『フランツなら爆弾を作れるの?』
『俺は単なる外交官だ。映画のスパイみたいなことはできない。そういうのはウォーレンの役目だろ』
『俺は銃火器は扱えるが、ゼロから作ったことはないぞ』
皆が浮かれたように会話を続ける。
「称央子さん? 大丈夫?」
佐藤の声に、ようやく我に返った。
「なんか、気が抜けてしまって……。あと、この後どうなるのか……」
土岐野が宥めるように、私の肩に手を置く仕草をする。触れ合えないのに、彼はよくこうして“エア”で寄り添おうとしてくれる。
『多分だが、八割方は何も変わらない結果になるだろう。残りの一割は、君たちだけがループを抜け出す……あるいは全員抜け出す。その先の一割は、読めない』
フランツが冷静に告げる。
『まずは、このクレイジーなプロジェクトの成功を祝おうじゃないか?』
ミラーが明るく言い、リンダ達にワインを頼んだ。飛行機組のような高級品ではないが、カラオケボックス組はアルコールで乾杯することにした。
アルコールと明るい空気のおかげで、気分も少し落ち着いてくる。
その後は、今後の展開を想定しての話し合いに移った。
ループが起こらなければ、これまで通り他の核候補に情報を与えて反応を試す。
次に可能性が高いのは、私とマイちゃんだけが抜け出すパターン。
そして皆が最も望むのは、全員でループを解けること。
問題は、それぞれの記憶がどうなるかだった。記憶が残れば連絡を取り合えるが、消えるなら手の打ちようがない。結局は「たられば」の議論に終始し、決定的な名案は浮かばなかった。
それでも、一つのプロジェクトが成功したという達成感と共に、活気あるディスカッションの時間が過ぎていった。
だが、二時を少し過ぎた頃、私はスマホのネットニュースに不穏な文字を見つける。
カラオケボックスのディスプレイをテレビに切り替えると、思わず息を呑んだ。
【速報】ELEVENタワーで重大事故! クレーン鉄骨落下、死傷者多数
見慣れた現場の映像を背に、レポーターが声を張り上げている。表情が強張った私とマイちゃんに気づき、佐藤が尋ねた。
「事故、遅れて起こってます……」
「しかも被害者が増えてる」
午後から作業が再開され、人の多い時間帯に事故が発生したせいで被害は拡大していた。あの喫茶店の窓側の席も埋まり、午後限定の人気セットが裏目に出てしまったのだ。
喫茶店【Onze bonheurs】だけでなく下の階にいた人々にも被害は及び、死者は4名、重軽傷者は多数。
「なんでこんなことに……」
「おそらく、クレーンかワイヤーに元々問題があったんだろう」
私の呟きに、日廻が冷静に映像を見ながら答える。
ネットも大騒ぎになっていた。
【予言で事故は回避できたんじゃないの?】
【なぜ預言者は午後の事故を警告しなかったんだ?】
【預言者は11時の事故を予知したけど、結局事故そのものは避けられなかったってこと?】
【預言者もアカウント消えてるから、もう聞けない】
そう、あのアカウントはメッセージ拡散が済むと消したから。
結局、事故は「今日必然的に起こるもの」だったのだろう。
本日の作業で鉄骨を動かそうとした段階で、クレーンに不具合が発生して事故が起きる。
つまり、ループが事故を起こしているのではなく、元々起こる事故にループが便乗してきたのかもしれない。
時間と共に、怪我人の中から死者に変わる人も出始めた。飛行機組の活動限界時間がきて、散会となる。
私はマイちゃんと近くのホテルへ向かった。
佐藤と土岐野は零時まで一緒にいようかと心配してくれたが、今は二人きりになりたかった。
なぜか「これが最後ではない」という根拠のない予感もある。
だから彼らとも、飛行機組とも「また明日」と別れた。
ホテルの部屋に入り、二人でシャワーを浴び汗を流しても、気持ちは晴れない。大きなベッドに並んで腰掛け、壁のディスプレイでニュースを眺めながら大きく溜息をついた。
「もう事故を止めようとはしない方がいいね。何もしなければ怪我人は出ても、死者は出ないから」
「……そうだね」
マイちゃんは怖いのか、ニュースから視線を外さず私に抱きついてくる。
「もし十二日が来たら、それはどこの時間と繋がるのかな? 今の続き? それとも私とナオコさんが会わなかった明日?」
結局、零時を超えるまで分からない。今は事故の話を避けたいのだろう、マイちゃんは「未来」の話題に向ける。
「まぁ、今日会ってなかったとしても、近いうちに顔合わせはあったはずよ。また出会い直せばいい」
「そしたらまた、命華の表紙の本にサインを求めて、ナオコさんの顔を引き攣らせちゃうのね。それはちょっと嫌かも」
「ふふ……できれば、今の続きがいいよね。ルーパーのみんなの記憶を持ったままで」
マイちゃんが私に深く、濃厚なキスをしてくる。
「ナオコさんと一緒にいられなくなるのはイヤ」
「大丈夫。何度出会い直しても、私たちは結ばれる。こんなに私を夢中にさせた恋人はいないから」
頬を撫でながら囁くと、マイちゃんは私を見つめ返してくる。私を絶対に裏切らない、最高のパートナー。
二人でベッドに寝転び、愛を確かめ合う。抱き合い、キスし、愛撫し合う──それだけで満たされた。
しかし、甘美な時間も0時が近づくにつれ恐怖に変わっていく。
言葉も交わさず、互いを離さないよう抱きしめ合いながら、時間はゆっくりと零時へ。




