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最終話

「行ってらっしゃい、お嬢」

「うん。ありがとうクマ」

 艶やかな黒髪が腰まで伸びた。組のある地に戻り、お嬢は高校生になった。小等部まで通った西才華(にしさいか)学園に再び入り直した。試験は余裕だったと笑っていたが、いつも遅くまで鷹槻(たかつき)と勉強をしていたのを知っている。その努力あってこその余裕なんだろう。

 

 自分が高校を卒業した後、俺はまた学内での護衛としてお嬢と共に学校に行く。今度は授業で暇を潰せるわけでもないから、お嬢が学校生活を送る間はひたすらに待ち時間。

 この学校に通っていた時、唯一仲が良かったと言える三橋は、大学から野球でスカウト受けそこに進学したらしい。三橋が卒業する前にお嬢が連絡をとってくれた。

 各教室が少しざわつき始めた。放課後のホームルームもようやく終わったようだ。

「おまたせ」

「ん。熊井(くまい)はもう着いてるってよ」

「そう、じゃあ急がなきゃね」

 無駄に広い学校は、高等部が1番正門から遠い。移動するにも時間を要する。

 長い廊下を歩いていると、チラチラと視線を向けられる。それは俺がいるからではない。金持ちの多いこの学内では、護衛はそう珍しいものでもないからだ。視線の原因、それは俺の斜め前を歩くこのお嬢さんだ。

 いつか見せてもらったお嬢の母親によく似てきた。父親の方の血が上手く混ざって、可愛らしいと言うよりは美人と言えるだろう。

 視線は憧れや嫉妬、そして異性からの恋慕。物静かで落ち着いたお嬢は、この学園の男子に受けがいいらしい。玄関へと向かう1階に降りた時だ。鷹槻(たかつき)からの連絡が入った。

「お嬢、ちょいまち」

 外には出ずに、靴箱の前の廊下で待機する。鷹槻からの連絡は、電話ではなくチャットだった。

 内容はこの前の報告書に不備が多すぎるとの事。帰ったら説教&修正だな。そう感じスマホをポケットに入れ直すと、お嬢の背後から近付いてくる男子学生を捉えた。

「なんか用か?」

「あなたじゃない、(とばり)さんにだ!」

「あいにく、お嬢に直接の交渉は承知できない。まずは俺が要件を聞いてやる」

 だからさっさと話せ、そんな態度を見せる。だがその男子生徒は悔しそうに唇を噛んで立ち去った。

「いまの、たぶん的場(まとば)くんだね」

「的場ぁ?」

 そういえば、ここにきたばかりの頃的場絡みで何かあった気がする。そうだ、たしかあの的場の坊ちゃんの従者に絡まれた。

「なんだっけ、熊井みたいな名前の……」

「馬井さんだと思う」

「よく覚えてんなお嬢」

「テツが入る時もだし、自分が入学する時にも自分の周囲は調べてるから」

 調べたのはいいけど、それを覚えてんのがすごいんだよ。そう返してもキリがないだろうから、ここら辺でこの話題は終了。

 そういえば、お嬢はいつからか俺をテツと呼ぶようになった。良く考えれば鷹槻はタカ、犬太郎はケン、みたいにみんなの名前を変えて呼んでいる。お嬢との距離が近づいたみたいに感じて少し嬉しかった。

 玄関から外へ出る瞬間。お嬢の黒髪が大きく揺れた。少し微笑みながら視線先で待つ熊井へと手を振った。氷で固め尽くしたいつしかのあの表情は、いまやまただの思い出。

「お嬢、なんか大人になったな」

「もう16だよ。ちゃんと成長してる」

 身長も伸びた、子供らしいぷっくりとした頬はシュッと引き締まった。守られることの方が多いけど、昔よりずっと対応も大人びてきた。変わったのは、実際の交渉の場などに出ることが無くなったこと。仕事が回されても、鷹槻や犬太郎が徹底してその仕事を行っている。鷹槻がお嬢に提案したらしく、お嬢が組の人間として働く機会を必要最低限まで減らしたかったようだ。お嬢もそれに素直に頷いて学生生活に専念している。

「テツ、どうしたの?」

 ぼーっとしていた俺に気が付き、俺の腕を引いた。

「別に、なんでも」

「そっか。ほら、早く帰ろ」

 俺の腕を引く手も、少し大きくなった。細くて白い、俺が見慣れたお嬢の手。

 かつて血に染ったお嬢の手。またそんな思いをしないように、過去を思い出さないように、お嬢の手を握るのが俺の役目なのかもしれない。

 腕からお嬢の手を離し、俺の手で包んだ。

 明日もまたこうして、お嬢の手を握っていられたらいい。

これで終わりになります。

ありがとうございました。

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