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怠惰な彼に一握りの奇跡を  作者: とんぼとまと
第一章 嵐の夜の孤独な悪魔
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【4】夜のアルバイト

Rev.1

 月明かりが差し込む部屋の中でユウが取り出したのは、灰色の大きなローブと真っ白な仮面だった。 ユウはそれらを身に付けると、そっと窓を開けて、誰にも見られずに夜の町に消えていくのだった。


 夜の町に灰色の影がタッタッタと軽快に駆け抜けていく。 それでも、ほとんど音を立てずに屋根を伝って走って行くのだ。 その姿は、道を歩く誰にも気がつかれなかった。


 そして、影は町の中央まで来ると、ある建物の屋根の上で止まった。


 そこは組合と呼ばれる傭兵や冒険者が集まる建物だった。 その建物の脇に赤い旗がたなびいている、それを彼は見つめていた。


 その赤い旗は、表向き依頼出来ない厄介な仕事等を依頼するため、組合が限られた人物にだけ教えている合図なのだ。 


 灰色の影は、赤い旗がこの時間にまだある事を確認して、そのまま屋根伝いに進むと、建物の裏に消えていった。


 建物の裏口から音も無く中に入り込み、石造りの階段を降りて地下に進んで行く。 しばらくコツコツと靴底を鳴らしながら降りていくと、木製の扉が目の前に現れた。


 そのまま、ためらいも無く扉を開けると、狭い部屋の中に数名の人物を見つけた。


「おう、今日はお前も来たのか、灰色さんよ」


 部屋の右隅にいた男は、騎士団長にも劣らない程に鍛え上げられた体で、上腕をがっしり組んでは声をかけてくる。 そして、反対に立っていた細身の男は時計を見ると、一言だけ続けて言う。


「今日は私たち三人の様ですね、あなたが最後ですよ」


 灰色と呼ばれた影は、もちろん仮面を付けてローブを着たユウである。 そして、ユウの仮面は本人の声を籠もらせて、別人の様に声を変える力を持っていた。 


 そのため彼らに、そして目の前のテーブルに座っている白髪交じりの男に、ユウはためらいも無く声をかけるのだった。


「そうみたいですね。 それで、今日の依頼は何でしょうか?」


 そんな彼の言葉に、白髪交じりの男は両手をテーブルの上で組み、三人に目配せをすると話を始めた。


「そろそろ騎士団の短期遠征訓練があるのですが、皆さんご存じですか?」


「あぁ」「ええ」「はい」


 三人は同時に別々の返事をすると、お互いを見合って笑ったが。 そんな様子を気にするわけでも無く、白髪交じりの男は続ける。


「ご存じの通り、彼らは王都北側の農村部へ行き、近隣を荒らしている野獣や魔物を退治すると言うもので。 しかし、最近良くない噂が北部に流れています……」


「噂ですか?」


 左に立っていた細身の男が聞き返した。


「はい、悪魔が出たと……。 実際、複数名ですが不審な死を遂げた者がいます」


 すると、右に立っていた男が突然怒鳴り出す。


「ふざけんなよ、悪魔の相手なんて王国騎士団の仕事だろ。 二人三人で太刀打ち出来る様な相手じゃねぇぞ!」


「分かっています。 ですが、王都も大事な儀式を控えているのはご存じでしょう?」


「結界祭ですね……」


「えぇ、そうです。 王都、そして周辺の町や村を含む一帯を外敵から守っている大結界。 この張り直しが三ヶ月後に迫っています、この大事な時期に王都の守りを薄くすることは出来ません」


「正気か、てめぇ! だからって俺達数人で悪魔の相手なんか出来るわけねえだろう」

「無理ですね、流石に。 このお話は、残念ですが受けられません」


 そう言って、男達はそのまま部屋を出て行ってしまった。 そして、白髪交じりの男は、一人残った灰色に、ユウに向かって話しかける。


「灰色さん、あなたは出て行かなくて良いのですか?」


「内容にもよりますが。 稼ぎの良い仕事なら、断る理由など……。 私にはありません」


「それは僥倖(ぎょうこう)。 全員断ると思っていましたがね。 ちなみに、あなたは悪魔と戦った事がおありで?」


「さあ? ありませんよ」


 ユウは笑って、一言だけ答えた。


 悪魔、それは悪意の塊が人の形を成した者と言われている。 野獣や魔獣とも違う、一種の知性をもった存在であった。 個体により特徴は異なるが、他者を害する事だけを目的に生きている生命でもある。


 その力は常識を越えており、場合によっては、各国が総力を挙げてまで討伐しなくてはならない程の厄介な存在でもあった。


「悪魔を討伐してくれとは言いません。 依頼は北部の農村周辺で暗躍していると噂された悪魔について、情報を集めて下さい。 可能ならば接敵して、実力や目的を図って頂けば、報酬は弾みます。 大変危険な依頼には変わりありませんが」


「接敵とは? 居場所は分かっているんですか?」


「残念ながら。 しかし、来週から始まる騎士団遠征が狙われる、その可能性が高いと考えています」


 その一言で、ユウの語気が強くなった。


「それは、暗に囮として遠征を使うと言っている様なものですよ」


「承知しています。 ですが、この時期に王都を危険晒す訳にはいきません。 とは言え遠征を中止する訳にもいかず……。 而して、無策にも騎士団を送り出すにもいきませんので……」


 白髪交じりの男は表情も変えず、淡々と説明を続けた。


「分かりました、その依頼受けましょう。 ただし、昼間の仕事もありますので、私が動けるのは平日の真夜中か週末ですが」


「いつも通りで構いませんよ。 依頼の詳しい内容は、こちらに書かれています」


 男がすっと差し出した書類を受け取ると、ユウは一度は部屋を出て行こうとして、だが扉の前で振り向きもせず一度立ち止まった。 そして、やや怒りを込めて、彼は白髪交じりの男に伝える。


「どうせなら、その扉の向こうに居る男に、一緒に行かせたら良いのでは?」

「はて? ここには私達しかおりませんよ」


「そうですか……。 なら、私の勘違いだった様ですね」


 一瞬にして緊張が張り詰めるが、そんな空気を無視して、ユウは部屋を出て行った。


 その後、白髪交じりの男の後ろにあった扉が開くと、そっと一人の男が入って来る。


「キースさん、今のが灰色ですか?」

「えぇ、そうですよハオ君」


 入って来た男は、ハオ・エンテと呼ばれる王国騎士団の騎士団長だった。


「まだ子供の様にも見えますが、それ程の実力なのですか?」


「えぇ。 半年前に魔獣が西の草原に出没したのは知っていますね? 人の三倍はある大きな猿型の魔獣です。 限られた人員とは言え、騎士団と組合の連合で挑むも、多数の被害を出してしまいましたが」


「はい、覚えています。 残念ながら、私は王都に不在でしたが……」


 ハオは悔しそうな顔を浮かべると、両手を力強く握った。 そんな彼を気にする事もなく、キースは話を続ける。


「百人を超える連合で十三匹の魔獣に挑み、討伐出来たのは七匹。 悪魔の眷属とも考えられましたが……。 しかし、残りの魔獣を彼は一晩かからずに倒しています」


「そんな、そんな報告は上がってきてはいませんよ!」


「えぇ、これは我々で隠匿しましたからね。 しかし、私も年甲斐もなく驚きましたよ。 あなたが不在の状況では、私が出向くことも考えていましたから。 もっとも、私が驚いたのは後に彼が名声も望まず、依頼を金貨一枚で引き受けていた事ですがね」


「そんな……」


 地下室の薄暗い明かりに照らされて、キースの表情が一瞬険しくなる。


「あの灰色の男は、陛下から魔剣をお借りしても、私一人で殺しきれるかどうか……。 と言う所でしょうね。 まぁ、本人は先の件も小遣い稼ぎだと言ったそうですが、その真意は不明です」


「だから、悪魔にぶつけてみる。 そう言う事ですか……」


 毒をもって毒を制すと、騎士団遠征を利用してでも不穏分子は潰しておく、今は全てにおいて結界祭の成功が優先されるのだろう。 キースの一言に、気まずい雰囲気が地下室に広がっていく。


「そう言えば、今度あなたは騎士学校に行くのですよね?」

 

 キースは表情を戻すと、そろりとハオを見た。


「はい、マクベスさんから手紙が届きまして。 今年の生徒は粒ぞろいだと、そう書いてありまして。 ただし、一つ気になる事が」

「あぁ、マクベス君が目にかけている生徒ですか?」


「そうです、ユウと言う生徒だそうです。 身元の保証はエルフの族長であるアルティス家ですが、マクベスの話では元帝国騎士団とのこと。 意図的に実力を隠しているとされ、こちらの真意は不明です」


 ハオの話を聞いたキースは組んでいた両手を離すと、大きくため息をついた。


「眷属の出現、頻繁な魔獣の襲撃、北に出没した悪魔の噂、目的不明の灰色ローブ、元帝国騎士団の青年、本当に結界祭を間近に目白押しですね……。 しかし、我々は御身の悲願を、何としても叶えなければならない。 それは、我々の命に代えてでもです。 いいですね、ハオ騎士団長」

「はい! 承知しております!」


 そうハオが大声で返事をしていると、目の前の扉から二人の男が入って来た。 先ほど出て行ったはずの体格の良い男と細身の男だった。


「おっ、騎士団長もいたのか。 キースさん、あれで良かったのか?」

「えぇ、こちらの思惑通り。 依頼は受けて頂けましたよ。 お二人とも、ありがとうございます」


「まぁ、他ならぬキースさんの頼みだからな。 だがよう、俺達は灰色が悪い奴だとは思えねえんだよな」

「私も、何かを隠しているとは思いますが、根っからの悪人とは思えませんね」

「そうですね、お二人の意見も分かります。 しかし、今は理由も無く、他者を信じてよい状況ではありませんので……」


 そんな会話が地下で続いていたとは、さすがのユウも知らず。 彼は孤児院にも帰らずに、屋根伝い町を駆け抜けていた。


 もう少しで城壁が間近に見えてくると、そして彼は足を止めたのだった。


 王都はその周囲を大結界と呼ばれる特殊な魔法で守っており、悪意のあるものから守護している。 そして、王都をぐるりと囲む城壁は、結界の依り代として常に力を発散しているのだ。


 大結界の力を王国周辺にも分散させているため、特異な場所でない限りは、魔獣も滅多に出没しないはずだった。


 しかし、この結界も完璧なものではない。 五十年に一度、王族によって執り行われる儀式によって、周囲にある地脈から直接力を取り込み続ける必要がある、そう言われていた。


 そして、儀式も間近になると結界の力がだいぶ弱まるため、悪魔の活動も活発になると言われている。 そのためか、この時期になると民の不安を拭うため、毎年祭を開催するのが風習となっていた。


「最近組合の担当が変わったと思えば、あの白髪の爺さんも人使いが荒いな。 さてと、依頼の詳細はどんなもんだ?」


 そう言って白髪交じりの男からもらった書類を広げ、月明かりの下で目を通していく。 指示書には過去の事件の来歴、北農村部の地図が同封されていた、さらには付近の通行書まで付いている。


「犠牲者は五人、一人目は農夫、以降は調査しに行った騎士団と冒険者。 全員死因不明、外傷なし、激しく苦しんだ様子ありか……」


 指示書に書かれていた内容、その表現があまりにも生々しい。 うわっと、ユウは顔をしかめながらも、続きを読んでいく。


「不審な女性の目撃が複数、犠牲者と会話していたとの証言あり……。 とりあえず、少し下見に行ってくるかな」


 ユウは書類を胸元にしまうと、そのまま地面に降りて、ゆっくり城門に近づいて歩いて行く。 そのまま門番に通行書を見せると、無言で王都を出て行くのだった。


 しばらく街道を歩いては、王都から十分に離れた頃、おもむろにユウは立ち止まった。 どうも、先ほどから後ろが気になる、何かが追ってくる気配がするのだ。


「来い、黒双」


 瞬く間にユウの両手が黒い影に包まれたかと思うと、それは二振りの剣となって手に収まっていく。 それらは、月の光さえ貪欲に吸収しているかの如く、真っ黒い影の様に彼にまとわりついた。


「門から尾行されているのか? あの爺さんも食えないし、王都もそろそろか……」


 その真っ黒な双剣をユウは見つめて、少し悲しそうにつぶやいた。 途端に、その双剣から黒い霧が溢れ出して、彼を包み込んでいく。 


 そして、霧がユウの全身を完全に包んだかと思うと、ゆっくりと薄れていった。 すると、先ほどまで立っていたユウの姿は忽然と消え、見る影も無い。


「くそっ、あいつ何処に行った! 気がついてたのか!」

「ダメだ、完全に見失った……。 なんだあれは、魔法なのか」


 どうやら遠くからユウを監視していた者がいたのだが、一瞬で消えてしまったユウに面食らってしまっている様だった。


 彼らは訓練を受けた組合の、キースの手の者だったのだろうか。 だが、あっという間に消えてしまったユウを必死に探したのだが、ついには彼を見つけることが出来なかった。

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