瞬間、こころを重ねて
Sランク冒険者、ガルドさんの登場に、広場にいた人々から大歓声が沸き起こった。
「うぉおおおッ!」
「いけぇえ! ガルドぉお!」
広場で暴れている竜に対するギルドメンバーの迎撃戦、そして魔女マリュシカさんの参戦と助力によるミリカの覚醒。満を持して勇者ガルドさんの登場――。
まるで目まぐるしい舞台演劇を観ているみたいだった。でも目の前で起こっていることは現実で、生きるか死ぬかの真剣勝負だ。
リューグテイルの街全体が今や騒然とした空気に包まれていた。広場では逃げ遅れた人たち、大道芸一座の舞台演劇を観に来ていた人々、そして迎撃していたギルドメンバーたち、すべての人たちの視線が今や、一点に集まっていた。
「刮目しやがれ! オレ様はSランク冒険者のガルド! ここにいる全員……てめぇらはオレ様の勝利のため力を貸せえッ!」
黒光りする甲冑に身を包んだ英雄は、大剣を振り上げながら叫んだ。
「……!」
それはとんでもなく身勝手な言い分だった。だけど、この時ばかりは逆に頼もしくさえ感じてしまった。僕なんかには絶対に言えない台詞だから。
「ガルドの野郎ッ! 勝手なこと言いやがって!」
「ちっ! ふざけやがって。……だがよ」
イヴォルヴァドラゴンの攻撃で満身創痍のギルドメンバーたちが、よろよろと立ち上がった。
「忌々しいが……今は、ヤツに賭けるしかねぇ」
「癪にさわるけど、力を貸すしかなさそうね」
魔女や魔法使いが力を振り絞って魔法を励起する。自らも傷ついた戦士たちが、倒れていたミリカを助けて竜から距離をとってくれた。
「左の背中! あそこに見える古傷が弱点だ! 集中攻撃! そしてオレ様がとどめを刺すッ!」
ガルドさんが言い放つや否や加速する。
『バカァかぁああ!? ぬけしゃぁしゃぁとよくも、大口を叩きおるクソ雑魚風情がァアァアア!』
イヴォルヴァドラゴンは怒り狂った。深く短く息を吸い込むや、今度は赤黒い火球のようなブレスを連射しはじめた。
「うわぁ!?」
「あちああっ!?」
広場のあちこちで爆発が起こる。スイカみたいな火の玉が頭上をかすめとぶ。地面から火柱が上がり、石畳を砕いた。接近しようとしたギルドメンバーが爆風で吹き飛ばされた。
「ブレスの連射とは厄介じゃ……!」
「全方位、全体攻撃たぁな!」
「だが、主砲のブレスよりは射程が短い」
「顎を開けて、左右四十度が射角。同時に最大五発。その間、背中はやはり無防備」
ガルドさんに言われるまでもなく、戦い慣れたギルドメンバーたちは苦戦しながらも攻撃の特性を見抜いてゆく。
『消え失せろ虫けらドモガァアアア……!』
確かにイヴォルヴァドラゴンのブレスは広場全体を破壊するような、最初の破滅的な威力は無かった。小粒な火炎の連射は、対人攻撃に絞っているのだろう。
僕もスキルで見極める。
小粒な火球:肺と喉に優しい。疲れたときの一休み。
「威力が落ちてる……! イヴォルヴァドラゴンも疲れているんだ!」
「なるほどな! ドリィ、ここからが勝負どころだぜ!」
ガルドさんが火球を掻い潜り、肉薄してゆく。
「魔法使い、支援攻撃!」
「言われなくともやっとるわい!」
「うぐおおっ! これしき!」
大盾を持った戦士が魔法使いと魔女を守る。パーティを越えた連携をしながら活路を見いだそうとしている。
「ミリカ……!」
僕は降り注ぐ赤黒い火の玉の軌跡を先読みし、避けながらミリカのいる場所へと向かう。
「ドリィ、お前は彼女を守んな!」
「はいっ!」
僕もガルドさんの後を追って走り出した。
ミリカは壁際に距離を取り逃げ延びていた。大道芸人の人たちが太鼓や銅鑼を打ち鳴らしイヴォルヴァドラゴンの気を逸してくれたおかげで間一髪、食べられずにすんだのだ。
「人生で二度もドラゴンとやりあえるるたぁ、オレ様はツイてるぜ!」
ガルドさんは両手持ちの長剣を低く構え、イヴォルヴァドラゴンに向かってゆく。
『不運な人間め! 死ねェエエッ!』
ブォン! と重々しく空を切る音。長い尾による横薙ぎの攻撃だった。
けれどガルドさんは避けた。地を這う鞭のように右から迫った尻尾の一撃を、タイミングよく跳ねてかわした。そして着地のタイミングで左から戻ってくる二撃目も身を低くして避ける。
「ヘッ! 二度も同じ手を食うかよ!」
「すごい!」
そうか、ガルドさんは一度ドラゴンと戦っている。
遺跡での戦いでは返り討ちにされ、パーティは壊滅した。けれど戦いの経験値は確実に手に入れているんだ。
『ヌゥウウッ!? ォノォレェエ……!』
左右からの尻尾の攻撃を避けられたイヴォルヴァドラゴンは、真上に尻尾を持ち上げた。
二階の建物に届くほどの高さから長大な尾を振り下ろし、叩き潰す気なんだ。
ブォオオッ! とガルドさん目掛けて尻尾が迫る。
「発動! スキル『加速剣』アンド『加圧斬波』ッ!」
気合一閃。ガルドさんの剣が青白く光った。
「あっ……!?」
剣を振り抜き、残身の構えで立つガルドさんの頭上で青と赤、二色の虹がぱっと弾けた。僅かに遅れて耳に届いたのは、ズバシュッ! という肉を引き裂く音だった。
『なっ……何ィギァィァアアアッ!?』
ガルドさんが超高速で振り抜いた剣が、青い軌道を描いていた。もう一つの赤い軌跡は、イヴォルヴァドラゴンの尻尾から噴出した血が描いたものだった。
「ご自慢の魔法装甲も、腹側は手薄だろ?」
ドウッ……! とガルドさんの背後に、イヴォルヴァドラゴンの尻尾が石畳に落下する。大人の脚ほどもある切断された尻尾の先が、赤黒い血をまき散らし痙攣する。
「竜の尾を……!」
「斬り落としたッ!」
『ウゴァノレガァァアア!』
ガルドさんの剣の動きは速すぎて目で追えなかった。
同時にスキルを二つ発動していた。加速と加圧。剣技に特殊な効果を加えるスキルをガルドさんは二つ同時に使いこなしている。それこそがSランクたらしめる戦闘スキルなんだ。
それとほぼ同時に魔法使いと魔女さんが放った攻撃魔法が背中に命中した。狙いは背中の少し横、古傷だ。
『グギャァアアアッ!?』
イヴォルヴァドラゴンが苦し紛れに火珠を放つが明後日の方角だ。ギルドの看板が吹き飛んだ。
「ふん……!」
腕を振り回したイヴォルヴァドラゴンから、ガルドさんはバックジャンプし間合いを確保した。
ガルドさんは僕が話した背中の弱点のことを知っている。身構えて踏み込み、腕の攻撃を避ける。背中を攻撃するチャンスを狙っているんだ。
僕は壁際に座っていたミリカに駆け寄った。
肩を貸して立たせる。
「ミリカ!」
「……ドリィ、来てくれたの? 危ないのに」
「ほっとけるわけ無いだろ!」
「平気……。私も、いける」
心配を余所に、ミリカは自力で立つとイヴォルヴァドラゴンとガルドさんの戦いに視線を向けた。
「無茶だよ!」
「あと少し。また動けそうなの。いまは魔力のチャージ中。マリュシカさんが力を振り絞っているのがわかる。あと一回……あと一回なら跳べると思う」
「そんな身体で……まだ戦うなんて」
「マリュシカさんは諦めてないもの」
はっとして舞台に視線を転じると、マリュシカさんはお姉さんに支えられながら、杖を放さずに立っていた。魔法の結界を維持し、ミリカに魔力を注ぎつづけてくれている。
「……あたしはドリィくんと……また、あの日常に戻りたいの……! だから……お願い! ……邪魔しないで……お継母さま……!」
「マリュシカさん……」
舞台からここまで離れていても、不思議と声が聞こえた。マリュシカさんの展開している魔方陣を通じて僕にもその意思が、気持ちが伝わってくる。
願い。強い気持ちだ。
青紫の雷光が瞬き、竜の背中を舐め爆発した。
「出し惜しみは無しじゃ! ワシのとっておきじゃ」
それは魔法使いさんが放った強力な魔法の矢だった。反撃で放たれた火球が直撃し、魔法使いさんが吹き飛ばされる。
戦士たちが剣と槍をイヴォルヴァドラゴンの背中に突きいれる。広がった古傷はもはや致命傷にも見えた。血が滴り、石畳を汚してゆく。
『ウゴァアアアア! オノレ……こんな……ヨグモ……! 数百年の時を生きた……神にも等しき……コノ、アタシガァアアアアアアアアアアアアアア……!』
短くなった尻尾で戦士たちが吹き飛ばされた。でも戦士たちは叫ぶ。
「いまだ! やれぇガルドァ!」
「ちきしょうガルドてめぇ! しくじったらしょうちしねぇぞ!」
黒い稲妻のようにガルドさんが石畳を蹴って飛翔。
「あぁまかせろぉおお! スキル『加速』キック!」
スキルを剣ではなく脚に応用したのだろう。それは並みの人間の跳躍力を超えていて、まるでさっきのミリカみたいだった。
イヴォルヴァドラゴンの遥か頭上へと舞い上がる。
放物線の頂点で、剣を両手で下向きに持ち直し、落下。運動エネルギーを加えて傷口に突き刺した。
「くらいがやれ! 『加圧斬波・零式』ッ!」
ドグォン! とそこから更にスキル発動。
ガルドさんは渾身の力で大剣を突き入れる。
『ウグァアアアアアアアアアッ! うごぁおおお、かくなるうえは……竜核を暴走させ……自爆ァオァアアアアア!』
「死なねぇ!? コイツ……!」
イヴォルヴァドラゴンの体内で物凄い力の逆流が起こり始めていた。
ガルドの剣先は間違いなく刺さっている。
でも、僕が視えている『竜の良いところ』である禍々しい力――赤黒い輝きを放つ『竜核』に届いていない。
「だめだ、浅い……! 剣をもっと深く!」
根本まで突きいれれば、竜核に届くのに!
「んあこと言ったって、うぉお! てめぇええ!」
『――――ヴェラヴェラヴェラァアア! アァアア、アタシのぉおお勝ちィイイイイイ!』
赤紫色の光がイヴォルヴァドラゴンから迸った。それでもガルドさんは剣を突き立てている。
「ミリカさん……!」
マリュシカさんが叫んだ。
渾身の力を振り絞って、舞台の上で倒れながら。光がミリカの脚を這い上がり、竜の紋様を再び浮かび上がらせた。
「いくね、ドリィ」
「うん!」
もう言葉を交わす必要もなかった。
拳を互いにつき出して軽くコツン、と合わせる。
ミリカは微笑むと地面を蹴った。矢よりも速く、まるで光みたいな速度で。
風圧と甘い残り香を感じた次の瞬間、ミリカはもうイヴォルヴァドラゴンの背中に迫っていた。
「たぁああああああッ!」
「おおっと!?」
ミリカの蹴りが、ガルドさんが握る剣の柄に炸裂。まるで杭打ちのように深々と、イヴォルヴァドラゴンの体内へ押し込んだ。
『勝ィ――――グボッ……ぐぼェラ!?』
「ここから いなくなれ」
パキシッ!
硬いものが砕ける音がした。
剣の先端が竜核へ届き、貫いた。
僕が視ていたイヴォルヴァドラゴンの良いところ、体内から魔核の輝きが消えてゆく。
「っと、あぶねぇ」
フラリと倒れそうになったミリカを、ガルドさんが抱き抱え、竜の背中から跳ねて離脱。距離をとって着地する。
『ご、こ、コンナ……ハズじゃ……美味も財宝も……スベテァアアア、アァタァアシィイノォオ………………』
イヴォルヴァドラゴンの体が崩れ始めた。
鱗が急速に白く色褪せ、落ち葉のように石畳へハラハラと落下。つぎの瞬間、血が洪水のように全身から噴き出して、肉がドロドロと溶け落ちてゆく。
顔から目玉と舌がズルリと落ちて、頭蓋骨と牙と、肋骨と、白い骨をさらしてゆく。
「う、うわあっ……!?」
「竜が死んだ……!」
「倒したんだ……ついに!」
揺れんばかりの大歓声、広場が歓喜に包まれた。
ガルドさんはミリカを他の戦士たちに預けると、ゆっくりと歩み寄る。そして剣をつかみ屍から抜き取ると高々と掲げる。
「オレ様の……いや、ここにいるみんなの勝利だぜ!」




