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総力戦、希望と絶望と

「蹴った!?」


『グボアッ!? バ……バカな――!?』

 ミリカの蹴り(・・)が竜の牙を砕いた。

 普段は杖をついているミリカからは想像もできなかった。自分の何倍も大きな竜に向かって、矢のように跳ね、おもいきり蹴りつけたのだから。

 それに信じられない威力だ。あれがミリカが秘めていたスキルの力なのだろうか。

「たぁああっ!」

 一度蹴りつけて着地。そして再びバッタのように真上に跳ねる。今度は膝で、ドラゴンの大顎(おおあご)を真下から蹴り上げた。

『ゴッファッ!?』

 まさかの二連撃。連打を叩き込まれたイヴォルヴァゴラゴンはついに体勢を崩した。ぐらりと体が揺らぎ、重々しい音を響かせながら広場の石畳に倒れてゆく。


「嘘みたい……。何これ。私いったい?」

 ミリカはふわりと着地した。ローズピンクの髪は淡い光を放っているようにも思えた。

 自分の脚を信じられない、という面持ちで眺めている。余所行きの可愛い服と、背後で黒光りする竜とのコントラストが現実感を伴わない。


「ミリカ……すごい」

「よかった。うまくいきました」

 僕が唖然としてつぶやくと、マリュシカさんはホッとした様子だった。気がつくとマリュシカさんはまだ魔法を励起し続けている。


「うおぉおおおおおおッ!?」

「ドラゴンを蹴り倒した……!」

「すげぇええ! なんなんだ、あの娘は!」

「し、信じられん!」

 広場にいた人々から、わぁあっ! と大歓声があがる。


「なんでもいい! 今だ……!」

(クビ)か腹を狙え!」

「おおっ!」

 ここぞとばかりに、剣を手にしたギルドの戦士たちがイヴォルヴァドラゴンに肉薄してゆく。


「戻って、ミリカさん!」

 マリュシカさんの声に、ミリカがハッとしてジャンプ。

 軽やかなステップを踏むように、十数メルテの距離をトン、トンッと数歩で戻ってきた。


「よっと!」

「めっちゃ身軽になってない!?」

「えへへ、自分の脚じゃないみたい」

 ミリカは余裕の表情で大道芸用の舞台の上へ着地。片膝をついた姿勢で止まる。すると波紋のようにミリカの周囲で光が揺れ動いた。


 マリュシカさんのメガネが光る。

「ミリカさんは今、スキルが活性化している状態です。魔力供給が無いままなら三十秒ともたないでしょう」

「ええっ!?」

「でも、あたしが展開している結界を通じて、魔力を供給することで魔力切れを防いでいます。活動可能な時間は……せいぜい五分程度。それ以上は危険。あたしの魔力が尽きれば、ミリカさんも動けなくなります」


「わかった。ありがとう、マリュシカさん」

「その……こんな危険なこと、いきなりさせて、ごめんね」

「謝らないでください。私いま、すっごく楽しいんですから!」

 ガッツポーズをして、はにかんだ笑みを見るミリカ。マリュシカさんはいつもの照れ笑いを浮かべて応じる。


「もう感覚はつかめたわ」

 立ち上がり、とんとんっと爪先の感覚を確かめる。


「あたしの周囲にいる限りは、急速魔力チャージ可能。魔力切れになる前に戻ってのヒットアンドアウェイ。あの竜を翻弄してください」

「やってみる」

 マリュシカさんの指示に、頷くミリカ。なんだか女子同士で通じ合っているみたいだ。


 でも今の説明で僕も理解できた。

 ミリカの脚が人並み以上に動くようになったのは、イヴォルヴァドラゴンと対峙してからだ。

 そして今の常人離れした動き。あれはミリカ本人のスキルの力が、極限まで引き出されたからだ。

 マリュシカさんの魔法結界、『魔女の夜宴(ヴァルプルギス)分領境界(セグメンツ)』を通じて、ミリカが魔力の供給を受けている限り戦えるんだ。

 

「でも、どうしてミリカのスキルだけが強化されたんですか?」

 折角だから僕のスキルも強化されたら嬉しいのに。ミリカみたいな格闘戦もしてみたい気もする。僕は男だし、そのほうが合ってると思うけど……。


「ドリィくんには、この魔力は適合しないの。今展開しているのはミリカさん専用の魔法結界。肉体強化系最強スキル『竜血呪種』を効果的に使うためのに、一か八か。なんとか発動させているにすぎないの」


「マリュシカさんやミリカに、危険はないんですか!?」

「……危険も無理も承知。でも、このハチャメチャな状況を打破するには……。ごめんなさい。咄嗟にこれしか思い付かなかったの」

「マリュシカさん……」


「ドリィ、いいの。私は平気だから」

 ミリカが僕を静かに見つめ、頷く。

 足元から膝、太ももにかけて竜の鱗のような紋様が浮かび上がっている。それはまるで竜の鱗の鎧みたいだった。


「ようやくわかった。これが私のスキル、『竜血呪種(ドラギュカーズ)強化装鱗(ジャケット)』なんだって。今までのモヤモヤがぜんぶ吹き飛んだ気がする」

 イヴォルヴァドラゴンに視線を向ける。

 戦士たちの攻撃をものともせず、再び立ち上がりはじめている。怒りの咆哮をあげる竜に呼応するように、ゴウッとミリカの周囲で風が渦を巻いた。

「うっ!?」

 魔力の波動なのか、全身から漲る戦いの気迫なのだろうか。このままミリカが、どこか遠くに行ってしまうんじゃないだろうかと、一抹の不安がよぎる。


「ドリィくん。本当はねあたし、竜のウロコを手に入れていたの」

「えっ!?」

 突然の告白に驚く。探し求めていた竜に関するアイテムを、マリュシカさんが持っていたなんて。


「なかなか言い出せなくて。もしかすると、それが何かミリカさんにも影響を与えていたかもしれなくて」

 マリュシカさんは杖を握っていた手を、そっと開いて見せる。そこには一枚の四角い板のようなものが握られていた。


「それが竜のウロコ?」

「えぇ。手に入れたのはイーウォン家。竜の魔力の波動と同じ感じがする。おそらく、あの竜のウロコだと思う」


「イヴォルヴァドラゴンの……あっそうだ!」

 思い出した。イヴォルヴァドラゴンの背中に古い傷があった。鱗が剥がれていた跡が見えたんだ!


「このウロコを触媒として、あたしの魔力を波長変換(トランス)。ミリカさんの『竜血呪種』の力の源として注ぎこんでいるの」

「そうか! だからミリカは」

「竜の固有魔力波長と同調している。つまり竜に対して最も効果的な打撃を与えられる」

「だからあの威力が出せたんですね」

「その通りよ。でも長くは持たないわ」

 マリュシカさんは頷きながらも、辛そうな表情で杖を握りなおした。額には汗が滲んでいる。全力に近い魔法を放ち続けているんだ。

 マリュシカさんもミリカも、長くは戦えない。


『ゴグァアア……! オノレ、ヨグモゴァアアアア!』

 怒りで目が血走っていた。口からどす黒い瘴気を放ちながら、イヴォルヴァドラゴンが身を起こした。尾と前足で戦士たちを叩き伏せ、踏みつける。

 ミリカの魔力波動の同調打撃で与えたダメージは、致命傷にはなっていない。


「いくね!」

 ミリカが跳ねた。矢のような速度でイヴォルヴァドラゴンに突っ込んでゆく。直前で地面を蹴りつけ、鋭角的な機動で腹部に蹴りを叩き込む。背中に衝撃が突き抜ける。

『グォボゲェエ……!? ソウカ、この力……! あの魔女の仕業ガァアア……! やはり……!』


 イヴォルヴァドラゴンが鞭のように尻尾を振り回した。ミリカは避けた。身を屈め、跳ねて建物の壁を蹴り、竜の背中へ蹴りを叩き込む。

「たぁあああっ!」


 弱点を見つけるんだ。

 あるとすれば背中。そこを正確に狙えれば……!

 イヴォルヴァドラゴンと戦った昔の戦士か誰かが、背中を狙った理由。それが何かわかれば。


「僕が弱点を見つけます」 

「ドリィくん!?」


 スキル『相手の良いとこ発見!』……っ!

 視る。

 イヴォルヴァドラゴン:完全体。惑星周期およそ数百年で休眠と活動を繰り返す魔法生命体。強靭な肉体、無敵の魔法防御力を誇るウロコ――


「もぅ! わかってるんだよそんなの!」

 弱点なんて何もない。そんなことはわかっている。強いし歯が立たない。

 けれどそれはイヴォルヴァドラゴンという「個体」として視ているからだ。

 例えばアイテムは? どんなすごい魔法の指輪でも、宝石と台座に分離できる。分けてしまえば効果も価値も違ってくる。

 だったらあのドラゴンも細かく区分けして視たらどうだろう。

 強い、つまり「良いところだらけ」だとしても、必ずどこかに綻びやムラがあるはずだ。

 もう一度視る。全力集中で細かく、仔細に視てゆく。徐々にスキルの解像度をあげてゆく。


 イヴォルヴァドラゴン:完全体。

 目。魔眼。ひと睨みで心停止する魔力。硬質な皮膜に覆われていて過去に傷つけたものは無し。

 牙。強靭。馬の頭蓋骨ごと噛み砕く。鎧さえ無意味。

 爪。鋭利。鉄の盾さえも紙のように切り裂く。

 鱗。剣では貫けない。あらゆる魔法を撥ね返す魔法装甲でもある自慢のウロコ。

 皮。内臓を優しく包む滋養の宝庫。


 皮?

 全身が鱗に覆われている。

 なのに皮という部位がある。目を凝らすと、やっぱり鱗が剥がれた一部から露出した皮膚がそう見えているんだ。

 なら、皮膚の良いところは!?

 全魔力を注ぎ込むみたいに一点に集中。スキルを集約する。


 皮。内臓を包む滋養の宝庫。皮下脂肪は、竜血滴る五臓六腑を守る。さらに奥深く大切な魔核(・・)、力の源泉たる結晶を包み込み――。


「竜の……魔核(・・)!」


 鱗が剥がれた傷口のさらに奥。

 その体内に弱点が内包されているんだ。

 外からのタメージだけで致命傷に至らないのは、そのせいなんだ。


「ミリカっ! 竜の背中! 背中に古い傷がある! そこを狙うんだ!」


「わかった!」

 ミリカに声が届いた。残り数名になってしまった戦士たちにも聞こえただろうか。


「じゃ、弱点はそこに?」

 気がつくとマリュシカさんは青息吐息だった。

「おそらく。皮下脂肪のずっと奥に魔核があるんです」

「……本で読んだことが……ある。何百年も生きた竜は、体内に魔力を生成する魔核を成すって……。心臓や脳とは別、それを破壊しない限り……倒せないって」


「でもミリカの蹴りじゃ……」

 そんな奥深くまで届かないかもしれない。あるいは戦士たちの剣で貫けるのか――


「あ……!」

 ガクンとマリュシカさんが膝を折った。ズルズルと魔法の杖に掴まったまま倒れそうになる。

 僕よりも早く駆け寄ったのは姉のマシュリカさんだった。

「しっかり!」

「姉ぇ……さん」


「そこかあっ!」

 ミリカが果敢にイヴォルヴァドラゴンの背中を蹴りつけた。

 ズゥム……! と真下に竜の体が揺れた。

 確かに衝撃が伝わった。でも、浅い。


『ヌグゥ……フグウグ……! 効かぬぅう……!』

「力が……!?」


「ミリカ!」

 着地したミリカがバランスを崩した。カクンと力が抜けたようによろめく。想像以上に消耗しているんだ!


『久しい、人間の生の肉……! 娘の肉ならその味も……格別ゥウウ……!』

 ガバァアとミリカに向けて大口を開ける。

 戦士たちが剣を構え、突く。

「守れ!」

「うぉおお!」


 僕はステージから飛び降りて駆け出した。

 ミリカが食べられてしまう……!

「ミリカ! うぁああああああ!」

 つまづいて転ぶ。足が痛い。立ち上がりすぐに駆け出す。ミリカを助けなきゃ……! 助けないと……!

 視界が涙で歪み、いくら走ってもたどり着かない。背後でマリュシカさんが悲痛な叫びをあげる。

「やめろおおおっ!」


 最後まで頑張ってくれていた戦士が吹き飛ばされた。イヴォルヴァドラゴンは、完全にミリカに狙いを定めていた。忌々しいとばかりに噛み砕き、丸のみするつもりでいる。

 だめだ――間に合わない!

 僕は叫んでいたのだろうか。


「男が情けねぇ声で泣くんじゃねぇ!」


 その時だった。

 ドォオオン! と銅鑼が鳴り響いた。

『ガ……?』

 イヴォルヴァドラゴンが動きを止めた。気がつくと大道芸の団長さんが「ど派手に鳴らして、気を引きつけろぉ!」と声を張り上げて指示していた。団員たちが必死の形相で銅鑼をならし騒がしく太鼓を叩く。

 すると舞台の中央にある奈落が開き、ズズズ……と誰かがせりあがってきた。へたりこんだマリュシカさんのすぐ目の前。大男が腕組みをしたまま現れた。


「竜退治の英雄! 真打ち! ガルドたぁ……俺様のことだクソドラゴン!」

 全身を甲冑に包み、背中には身の丈ほどもある大剣。

 完全武装の勇者、ガルドさんがそこにいた。

 腕組みをして不動の姿勢で立っている。


「ちょ……!? いままで舞台の中にいたの?」

 マリュシカさんがズリ落ちそうなメガネを直しながらツッこみをいれた。

「おうともよ!」

「え、えぇええ!?」

 そこにいたのかよ!?


「ガルドだ!」

「大勇者! 竜退治の英雄が来てくれたぁああ!」

 どぉおおおおお……! と広場が揺れた。半ば絶望していた観衆が沸き返った。

 まさかここでSランク冒険者、最強の誉れ高いガルドさんが来てくれるなんて……!


「話は聞かせてもらったぜドリィ!」

「は、はぁ……」

 ずっと狭い舞台の下で踞っていたの?

 だったらもう少し早く出てきてくれても良いのに。


「ここから先は、俺様のターン! 竜退治の最終章! さぁ、刮目して……もらおうか!」

 不敵に笑い、腕組みを解くガルドさん。

 爛々としたその視線は巨大な竜に向けられていた。

『ガ……ァ!?』

 怯んだようにイヴォルヴァドラゴンが一歩下がる。ミリカから大顎が遠ざかる。


 ブォン! と背中の大剣を引き抜き身構えるや否や、ガルドさんは疾風のように駆け出した。

 鎧の重さも感じさせない速さで僕の横を通りすぎる。


『ヴェェラァ! 人間……ごときガァアアッ!』


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― 新着の感想 ―
[良い点] お茶会からの畳み掛けるような怒涛の展開! ワクワクしつつ、一気読みさせていただきました! [一言] ガルドさん!待ってましたぁぁぁぁ!
[良い点] 「な、なんだとぉおぉぉ。作者の奴、姉妹が入り乱れているのに間違わないとは……地震でも来なきゃ良いが」 某賢者様はお茶を飲みながら叫んでいた。 ミリカが倒しきる展開かと思いきや、くそ踏み勇…
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