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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第六幕「瓜生山 その二」
96/106

16-3

「でも、しまったなぁ。こんなにたくさんこれ出しちゃって、どうしよっかな」

 高原は自分の周りに浮かぶ光球に視線を巡らせた。あまり後先を考えてはいなかったようだ。

「……ま、いいか。適当に世界中にばらまいちゃお。行こ、誠介くん」

 そう言いながら、片手を差し出して俺の方に歩いてこようとする。

 ちょうどその時、数えきれないくらいの青い光が飛来し、高原の周りに浮かぶ光の玉を直撃、その全てを消し去った。

 青い光が飛んできた方向から、一人の女性が歩いてきた。

 高原はそちらを睨んだ。

「……邪魔するの?」

「まあ、そういうことになるかな。悪いけどね」

「今のわたしを止められると思ってるの?」

 高原の目がすっと細められた。

「わからないけど、やるっきゃないでしょ」

 聞き覚えがあるこの声は――

「――魅咲。……あぁ?」

 俺の目の前に歩み寄ってきた魅咲は、昨日までとはわずかに顔立ちが異なっていた。というより、俺の良く知った顔になっていた。つまり……

「驚いた?」

 驚いた。そこに立っていたのは、高校生の姿の魅咲だった。ご丁寧にも、当時そうだったように長い髪を片側でくくっている。魅咲が、にっ、と白い歯を見せた。

「えーと、魅咲さん?」

「ごめんね。あたし、全力出すのは好きだけど、魔力の制御って苦手な方だからさ、本気で訓練するとき、そっちに気を回す余裕なかったんだ。……ごめんね、こないだはあんなこと言ったけど、本当はあたしもとっくに手遅れだったってわけ」

「昨日までのは――」

「ああ、あれメイク」

 しれっと言ってのけたもんだ。

「わざわざ年上に見えるように化粧を……? なんで? ていうか訓練ってなんだよ」

「ちゃんとした社会人やってるとね、色々面倒なのよ。誰かさんはまったく気にせず高校生のままの姿でいたみたいだけど」

 一瞬、高原の放つ威圧感が強まった気がした。

「もうあんたに年増なんて言わせないんだから。それから、二つ目の質問の答え。いつかこういうことになると思ってたからね。ちゃんと詩都香を止められるように魔法の練習してたってわけ。それに……」

 ふっ、と魅咲は軽く息を吐いた。それだけで周りの雰囲気が変わったのがわかった。高原同様、〈モナドの窓〉を開いたのだろう。俺の知る魅咲は、〈モナドの窓〉を開くために数分の集中時間を要していた。これだけでも、魅咲が相当に腕を上げたのがわかる。

「——それに、詩都香だけを孤独な時間の中に置き去りにするなんて、できるわけないじゃない」

 魅咲は俺から視線を外し、きっ、と高原を見据えた。

 高原の顔は少しだけ泣きそうに見えた。

「ふざけないで! 今さらそんなこと言われたって……っ!」

 魔力が可視レベルの光になって、高原の体から放出された。それに対抗して魅咲も魔力を高める。

 状況は単純だ。魅咲は高原を止めに来た。そして、両者ともに退かなければ、このまま戦いになる。

 それだけは嫌だ。高原はもう十分に苦しんだじゃないか。この上、親友と戦うだなんて。

「……魅咲、なあ、頼む。高原を救ってやってくれ」

 それ以外何と言えただろう。万感を込めた願いだった。

 だが、期待に反して、魅咲は首を振ったのだった。

「ごめん、誠介。それはたぶん、無理」

 魅咲は身体能力強化の魔法を使った。戦闘態勢は万全だった。

「魅咲……」

「わたしの力じゃ、詩都香を制止するなんて無理。このまま詩都香に世界を滅ぼさせないためには、殺す気で挑むしかない」

 もう勘弁してくれ。これ以上高原が傷つくところを見たら、俺は……。

 先ほどの激昂はどこへやら、高原は余裕の表情を取り戻していた。

「さっきの魔法、あんたにとってはずいぶん高度だったんじゃない? マイクロブラックホールを五十四も作るなんて。普通の攻性魔法じゃ、わたしの魔法の暴発でどこまで被害が及んだかわからないけど。でも、おかげでだいぶ消耗してるようね」

「それはお互い様でしょ。さっきあんたが言ってたように、魔法を使うには体力も必要。あんたはもう半分程度の力を使っちゃったってわけでしょ」

 魅咲も負けじと言い返す。

「誠介くん」

 高原がこっちを向いた。その手にいつの間にか大きな黒い布が握られていた。それを念動力で俺の手元まで放ってよこす。

「これかぶってて。わたしたちの今の力がぶつかったら気休めくらいにしかならないけど、ないよりマシだと思うから」

 それは、十年前に高原が着けていた黒マントだった。

 そして、両者は同時に大地を蹴った。

 元々人間離れしていた魅咲が魔法で身体を強化したら、そのスピードは衝撃波を生むほどだった。その余波を食らって、俺は上体をのけぞらせた。

 一方の高原も、これに劣らぬ速さで地面すれすれを飛ぶ。

 ——激突。

 すれ違いざまにどんな応酬があったのかは全くわからなかった。

「やるじゃない」

 どこか楽しげな口調の高原。

 魅咲は舌打ちした。

「ちっ、ちょい浅かったか」

 高原がハッとして右耳に手をやった。そこで俺も気づいた。高原の耳が失われていた。ぶしゅっ、と傷口から血が噴き出した。

「あ、痛っ! ……やってくれるわ」

 その手に生れる魔法の光。失われた耳朶が無事に再生されていく。

 魅咲は本気だ。本気で高原を殺すつもりだ。

「来なよ」

 魅咲が構える。高原も真剣モードに入ったようだった。

「んのぉっ!」

 高原が突っこみ、魅咲がそれを迎撃。高原はカウンターの一撃をかわすと、左手からあの強烈な衝撃波を放った。

「ぐっ!」

 魅咲が完全に防御に回る。展開した障壁が軋みを上げる。

 その隙を逃さず、距離を詰めた高原の蹴りが魅咲の脇腹を捉えた。これには魅咲の表情も苦痛に歪んだ。

 すげーな、高原。魅咲に一発入れられる奴なんて初めて見たぞ。

 顔をしかめて後退する魅咲を、高原がさらに追撃。重力無視のホバー移動で、刹那の内に距離を詰めた。

 しかし、徒手格闘に関しては魅咲の方が上だった。大振りのパンチを、魅咲が軸足を完全に捨てて後ろに倒れ込むようにして避ける。高原は魅咲の体の柔らかさに目を剥いた。

 そしてそのせいで、魅咲の次の攻撃に反応できなかった。魅咲はバック転に近い体勢で地面に両手を突き、その反動を利用して片足を蹴り上げた。見事なサマーソルトキックが高原の顎を捉えた。

「あがっ!」

 高原は悲鳴を上げ、後ろに下がった。

 魅咲はそのままの勢いで一回転して両足で着地した。

「どしたの、詩都香? 世界最強の魔術師とか言われて、ちょーっとばかし天狗になってたんじゃないの?」

 相性は抜群にいいかもしれない。

 高原の魔力は圧倒的だが、身体強化の魔法には限界があるようだ。普段の高原の身体能力は成人女性の平均より多少高い程度。魔法で何十倍にも向上させているとはいえ、元々怪物のような魅咲が同じく魔法で強化したら、一歩及ばないのかもしれない。

 今までこんな相手と戦うことはなかったのだろう。魔術師が素の体を鍛えることにあまり重きを置かないのは想像できる話だ。――が、魅咲は違う。自分の長所を最大限に活かした戦い方をする。

 高原が接近戦を嫌がって距離を取ろうとする。しかし魅咲は果敢に追いすがってそれを許さない。至近距離での殴り合いに持ち込もうとする。その速さと言ったら、瞬きの間にふたりの姿を見失いそうになるほどだった。

「もうっ! ウザい!」

 空中と地上をめまぐるしく飛び交いながら、隙を狙った魅咲が勢いを乗せた拳を叩き込もうとしたその時、高原の姿が霧散した。

「――!?」

 空振りした魅咲が、きょろきょろと辺りを見回す。と、何らかの気配を感知したのか、大きく宙に跳んだ。それより一瞬遅れて、魅咲の影の中から高原が上半身を現していた。魅咲はその攻撃を察知していたのだ。

「ちぇっ、バレた」

 なぜか地面に残ったままの魅咲の影から、のそり、と高原が全身を抜き出した。

「危ない危ない。あんた、その影の中からの奇襲、得意だったな」

 知らなきゃやられてたかも、と着地した魅咲は胸を押さえた。

「うーん。一緒に戦ってたんだもんね。こんな使い古された攻撃、バレるのが当然か。……じゃあ、こんなのはどう?」

 そう言った高原が六体に増殖した。

 驚く俺と違い、魅咲は平然としていた。

分身(バイロケーション)の魔法? 本体だけが〈モナドの窓〉と〈炉〉を持っていて、分身の擬似コンデンサに供給するのよね?」

「そうだよ。意外によく勉強してるじゃない」

 六体の高原のうち、一体だけが答えた。どうやらどれが本体か隠すつもりもないらしい。

「普通の魔術師なら、一体一体への魔力の供給量がその分減って、かえって弱体化することも多いけど、あんたは――」

「そう、わたしは常に〈モナドの窓〉を全開にしておける。一体一体が私と同等。枯渇する心配はない。あんたと同じくわたしも自分の長所を活用させてもらうわ。……おっと」

 本体らしき高原の髪が青く輝いた。

「ふふ、五体も分身作るのは初めてだけど、まだまだ魔力の精製量には余裕があるみたい。どうする、魅咲? 降参する?」

 あーもう、面倒だな、と魅咲は右手でガシガシと頭を掻いた。最後に、右側でまとめたサイドポニーをさっと払う。やや癖っけのある長髪が風になびいた。

 そして今度は大きく深呼吸。二度ほど繰り返し、何事か呟く。魅咲の持つ雰囲気が、もう一段階変化した。

 ……ひょっとして今のが〈荒覇吐(あらはばき)〉 ——魅咲の奥の手——か。初めて見た。

「いいよ、かかってきな」

 それを合図に、三体の分身“高原”が一斉に前に出た。

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