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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第四幕「記憶の街」
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12.「哀歌」〜街の変貌

 次の日は高原の出勤前に目覚めることができた。

 テレビもラジオもない部屋での高原との差し向かいの朝食は新鮮だった。

 会話は幾分ぎこちなかったが――主に、昨日の琉斗(りゅうと)の話を引きずる俺のせいで――、俺がお代わりを所望する度に高原は嬉しそうな顔をした。「朝からよく食べるなぁ」なんて、口ぶりだけは呆れたように、スリッパをぱたぱた言わせてキッチンの炊飯器までご飯をよそいに行く。

「あ、そうだ。これ」

 家を出る直前になって、高原は白い封筒を一つを差し出してきた。

 思わず受け取ってしまったが、開けて確かめるまでもなく中身は知れた。

「おまっ――」

 いいよ、こんなの、と俺が突っ返す前に、高原は部屋を飛び出していった。

 封筒の中には、予想通りに一万円札が一枚と、小さな便箋が入っていた。

『こっちで暮らすのに必要なものでも買ってね。詩都香より』

「……詩都香(しずか)

 がらんとした室内で、便箋上の署名を見つめながら小声でそう呟いてみた。

 何度もそう呼ぼうと思ったけど、結局まだまともな形では一度も呼んだことのないその名。

 「――詩都香、詩都香、詩都香。しずかしずかしずか!」

 がたっ、と物音がした。

 高原が戻ってきたのかとどきりとした俺の前に、一匹の猫がふてぶてしい態度でのそりと姿を現した。

「エルヴィンかよ。おどかすなって」

 俺の抗議に、エルはさも面倒くさそうに、なぁ、と鳴いた。

 また引っかかれそうで手を出しあぐねつつ見守る中、エルは鏡台に飛び乗り、澄み切った鏡面に爪を立て始めた。

 慌てた。

「おい、やめろ! 俺が怒られるだろ! 爪研ぎなら外でやれ!」

 急いで引き離そうとする俺の手を、やはりと言うべきかエルの前足が一薙ぎ。

「つっ! お前なあ!」

 手を引っ込めて非難の声を上げた俺を、縦長の瞳がじっと見据えていた。まるで、何かを訴えかけようとしているかのように。

「……? どうした?」

 やや見つめ合ってから、エルはまた己が鏡像に向き直った。そしてもう一度、固い爪をガラスに叩きつけた。

 その音に違和感があった。鏡の内部で反響がある。

「お前……?」

 恐る恐る手を伸ばす。エルは今度は攻撃してこなかった。

 しばらく試行錯誤した後、鏡の右側部を押してみると、ぱかっと開いた。どうやら隠し戸になっていたようだ。

 思っていた以上に奥行きのある鏡の内部にあったのは、十数冊のノートだった。一冊一冊の表紙に、二つの日付が書かれている。

「これって……」

 その内の一冊を抜き取り、中を開いてみた。

 昨晩の琉斗の言葉を思い出す。

 それは、高原の日記帳だった。

 琉斗の話を確かめようという気持ちが七割、好奇心が三割……結果的に俺は、貪るようにそれを読んでしまっていた。

 読んでいる内に涙が溢れてきた。

「高原、なんでお前はこんなにも……」


 俺が死んだ。

 高原はおよそ一年の間、ときには父親に連れられて何度も俺の実家に謝りに行っていた。

 兄に目をつけられ、その卑劣な要求を拒めなくなった。

 学校を辞めた。魅咲(みさき)や一条とも別れた。

 復讐をもくろみ、あの小さな体を酷使して数多の魔術師と渡り合った。

 何度も負けそうになり、その内の何割かは実際に敗れ、命からがら逃れた。高原はその度に敗戦の原因を分析、反省していた。

 その都度強くなった高原は、世界の主だった都市の支部を攻略。ついには〈リーガ〉のお膝元と言えるヨーロッパに進出し、手始めにサンクトペテルブルクの支部を壊滅させ、次いでイスタンブルを、プラハを、ブダペシュトを陥落させた。

 その後起こった二つの事件が、高原の心をへし折りかけた。

 ブルガリアの首都ソフィアで高原の前に立ち塞がったのは、あろうことか魔術師になっていた今井保奈美(ほなみ)だった。

 衝突を回避しようと互いに必死になって説得を試みるも、議論は平行線を辿った。しかも、かつて高原が言っていたとおり、保奈美は相手の能力をコピーする特技を得ていた。やむなく戦闘に入り、その末に、手加減することができなかった高原は保奈美をその手にかけた。

 そして、〈リーガ〉の魔術師に人質にとられた父親が死んだ。

 父親の葬儀を終え、再びヨーロッパに渡り、圧倒的な力で各都市を落とした。

 この辺りの記述は、以前の生きるか死ぬかの戦いの際のものに比べれば、ずいぶんと簡素だった。もはや高原に対抗できる魔術師はいないのだ。

 ロンドンの支部を叩きつぶした後、最後に残ったウィーンの本部を文字どおり灰燼に帰せしめ、エクス・ラ・シャペルの、奥の院ともいうべき城に迫った。

 ついには戦いに勝利した。

 同時に目的を失った。

 帰国後は琉斗に勉強を教えた。その数か月の間の記述は比較的充実していた。俺にはよくわからない数式やら化学式やらが紙面に躍っていた。

 琉斗が大学に進んで家を出たところで、日記に記される事柄は事務的なものになっていた。引っ越しのこと、バイトのこと……。

 琉斗が大学を卒業し、一年後に一条と結婚した。そこを境に日記はほとんど書かれなくなった。


 ……俺はどうしたらいい?

 最後のページに日付はなかったが、その内容から俺が高原と――俺としては数時間ぶりに――再会した日のことだと知れた。


『誠介くんが帰ってきた。嬉しい。嬉しくて死にそう。バイトが終わる時間をじりじりしながら待った。

 二人で居酒屋に行った。変わってないなぁ、誠介くんは。

 今でもわたしのこと好きって言ってくれるのかな?

 ちょっぴり不安だったけど、その夜、誠介くんの気持ちをもらうことができた。

 わたしは幸せ。いいのかな、こんなに幸せで。

 でも、もうダメになっちゃう。

 最後の最後に、こんな残酷な奇蹟をありがとう、神様。』


 読み終える頃には午後になっていた。

 恥ずかしながらぼろぼろと涙を流しながら読んだ最後のページが、強く印象に残った。

「ダメになっちゃう」、「最後の最後」、そして「残酷な奇蹟」――これらは何を意味するのだろうか。

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