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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第三幕「BAR ブリキの太鼓」
66/106

10-2

「お初にお目にかかります。三鷹誠介さんですね?」

 魅咲(みさき)の言葉通り入店してきた二人に声をかけられて、俺はおとなしくカウンターから四人掛けの席に移った。

「内閣安全保障室」と、二人が差し出してきた名刺には記されていた。細身の年かさに見える方が諸橋、ややガッチリした体型の若い方が八木というらしい。

 こんな機関があるのだろうか、と疑問に思っていると、

「機関の名前やら何やらがころころ変わりましてね。その度に名刺を刷り直さなければならないからたまりませんよ」

 諸橋の方がそう言って頭を掻いた。

 そのおどけた素振りにも、俺は気を許さなかった。

 役人とは言えど、あまり表沙汰にできない仕事を引き受けている手合なのは察せられた。二人とも穏やかな雰囲気を漂わせているが、触れれば切れる日本刀のような芯が体のどこかにある。

 確かに少しおっかない。

「こちらの用件はすでに知っていると思う。君も昨夜目撃したはずだが、高原さんは外国のエージェントに狙われている。なぜだと思う?」

 八木氏が切り出してきた。若いせいか少し馴れ馴れしい口調だ。

 それにしても、外国のエージェントと来た。昨晩襲ってきた奴らのことなのだろうけど、リアルでは初めて聞いた。

 質問に対する答えは皆目見当もつかなかった。用件の方にも心当たりがない。この二人が何をどう勘違いしているのかはわからないが、俺はこの世界の高原の事情通でも何でもないのだ。

「さあ……。あまりにも強すぎるから、とかですか?」

「まさにその通り」

 俺が適当に答えたら、八木が身を乗り出してきた。

「数年前から、我々も魔法の存在を非公式ながら認めるに至っている。いや、本当のことを言えば、遥か昔からその存在を知ってはいたのだ。ただ、〈リーガ〉による統制を受けていたため、各国とも表向きは知らぬふりを通してきたが」

「だから僕が消えた爆発も、不発弾の暴発ってことにされたわけですね」

 あの爆発事故の報道のされ方を聞かされた時から、そうだろうと思っていた。

「申し訳ないとは思っているよ。あの爆発が魔法の力によることは一目瞭然だったが、あの頃はまだ世間に公表することはできなくてね」

 まあ、それはよくわかる。十年後の今だって、魔法の存在は未だ市民権を得ているとは言い難いようだ。かつての〈リーガ〉が果たしていた役割を、たぶん今は各国の政府が担っているのだろう。

「それは他の国々とて同じことだ。だが、一度その存在を認めてしまうと、今度は魔法の有効利用にも目が向く」

「考えてみてください。我々があくせく地球上の資源をどうにか有効利用しようとしている一方で、魔術師たちは異世界の莫大なエネルギーにアクセスできるんです。その総量はいまだ謎に包まれているとはいえ、魔法は世界が新たに発見したフロンティアなんですよ」

 諸橋氏の方は丁寧な言葉遣いである。もっとも、腹の底で何を考えているんだかわからないが。

「その辺にいる群小の魔術師連中だったらどうということはない。だけど、彼女は別なのだ。一人で世界の軍事バランスを崩す力を持っている。そしてその力を巡って、各国がしのぎを削っている」

 諸橋と八木は、畳み掛けるように交互に口を開く。

「それで、僕にどうしろっていうんです?」

 この話はどこに向かうのだろう。痺れを切らして尋ねてみた。

「我々は、他国の手から高原さんを守るために、彼女を保護しようとしているのです。国民をこんな危険な状態に放置しておくことはとてもできませんしね」

「できれば、顧問のような待遇で政府に迎え入れたい。だけど彼女は首を縦に振るまい。どうも彼女は自罰意識が強すぎて、苦労して生きることを自分に課しているようだからな」

「そこであなたなのですよ、三鷹誠介くん。」

 二人が俺の顔を覗き込んでくる。こういうプレッシャーにはちと弱い。

「自分でもよくわかっていると思いますが、あなたは高原さんにとって特別な存在だ。あなたなら、高原さんを説得できるかもしれない」

「ちょっと待ってください」

 さらに何か言い募ろうとする二人を、俺は遮らざるを得なかった。

「あんたら、高原の力を見たことないのか? 軍事バランスを一人で崩しかねないあいつが、易々と捕まるはずないでしょう」

 昨晩幻視した高原の〈器〉を思い出す。その中に満々と湛えられた、無尽蔵の魔力を。

 それに、高原は言っていた。暗殺者たちがやって来ることなら、百キロも手前でわかっていたと。そして対物ライフルさえものともしなかった。もっと手前からミサイルをピンポイントで撃ち込んだところで、今の高原には効果がないだろう。

 そう言ってやると、諸橋の方がにやりと唇を吊り上げた。

「ミサイル、ね。いい例です。弾頭に何を詰めようと、高原さんは切り抜けられるだろうな。あくまで高原さんは、ですが。そう、暗殺などという頭の悪い手段を使ってきているのは、事の重大さがわかっていない証拠と言えます」

「え?」

「今から七年ほど前、この国も〈リーガ〉の監視から解放されました。東京と京都の支部を高原さんが叩き潰してくれたことでね。それによって五百年ぶりに魔法を研究する自由が回復されたわけです。しかしどの国だってそうでしょうが、研究の自由が与えられたからといっていきなり研究が始められるわけではない。我々は高原さんを、我々を解放してくれた魔術師を観察することにしました」

「あの子は世界中を飛び回り、次々に〈リーガ〉の支部を陥落させ、そしてその度に強くなっていった。最大の激闘はヨーロッパにおける〈リーガ〉の本拠地、ウィーンの郊外の館だった。その頃には各国ともいかなる事態が進行しているか察知し、調査員を派遣して高原さんを観察下に置いていた。彼女は恐らくそれに気づいていたのだろうな。魔法の持つとてつもない破壊力をわざわざ我々に見せつけたよ」

「その本拠の館、いや、城といってもいいかな。その城は常人には認識ができないという厄介な結界を張り巡らせていましてね。その上、世界中のいかなる兵器でもびくともしない防御障壁で守られています。あの障壁を破壊しようとしたら、小惑星の直撃でも待つしかない」

 高原は認識を遮るというその結界をまず破壊した。これによって派遣されてきた多数の調査員たちに、その城を認めさせた。その後――

「高原さんは自分と城全部を囲む巨大な防御障壁を張りました。我々はその障壁の手前に留まるしかなかったわけですが、光を遮る類のものではなかったので、内部の観察はできました」

 諸橋が言った。後をまた八木が引き取る。

「彼女は強烈な攻性魔法を放った。可視光線を遮るわけではないのに放射熱は遮断されるという不思議な障壁のおかげで我々は無事で済んだが、爆炎と爆風がその内部に吹き荒れ、しばらくの間目視することは不可能だった。……粉塵が収まれば、後には何も残っていなかった。ただ、我々が携えていた観測機器だけが幸いにもデータを残していた」

「推定値だが、最低でも十の十九乗ジュール」

「はい?」

「あの時高原さんが使った魔法のエネルギーですよ。もっと上かもしれない」

 なんだそれ? きょとんとした俺の顔から理解していないことを見て取ったのか、八木が補足した。

「大地震や巨大噴火クラス、メガトン級の核爆弾を何千発か同時炸裂させたのと同等です」

 ……マジか。どんなインフレ起こしてんだ、あいつは。

「しかもそれで全力じゃない。あの時はその威力を抑え込むための巨大な防御障壁の展開の方に遥かに大きな魔力を費やしていたはずだからな。底が知れないよ。暗殺など到底不可能だ。しかし、彼女に言うことを聞かせようとするなら、もっと簡単確実な方法がある」

「例えば——さっきの話に戻りますが、実際に通常ではない弾頭のミサイルが高原さんの頭上で爆発したら、どうなると思います? まあ、高原さんは無傷でしょうけど。でもその時、もしそばに高原さんがいなかったら、あなたはどうでしょうね?」

「そう、確かに彼女は自分の身を守るのに十分な力を持っている。我々が彼女を保護するだなんて、言うもおこがましい。――だが、例えば君はどうかね?」

 脳天を殴られたような衝撃が走った。

「あなたでなくとも、他の誰かを人質にして彼女に言うことを聞かせることくらい、どこの国だってやりかねない。それほどの重要人物なのです、今の彼女は」

「彼女の性格はよくわかっているだろう? あれで案外情にもろい。君や弟くんのような近しい者でなくとも、たとえば高校時代の友人、アルバイト先の同僚、ひょっとしたら見ず知らずの他人を救うためにだって、命を懸けかねない」

 英雄気取りというヤツだな、という八木の言葉には反発を覚えたが、確かに言ってることは正しい。

 俺の知る高原なら、人質をとられたところで、適格な判断でそれこそ英雄のように救出してのけたかもしれない。だが、今の彼女はどうだろう? 救出する策を思いつかなかった時、どういう行動に出るか。

 あらためて俺は、俺の知る高原が、幼いと言えるくらいに熱い心情と怜悧な判断力との危ういバランスの上に成り立っていたことを思い知らされた。

「高原さんはね、なんでも自分一人で解決しようとしすぎなんですよ。どれだけの力を持っていても、一個人には限界があります。だからこそ〈リーガ〉も“組織”だったわけです。味方になろうと申し出る人間がいるのに振り捨てるのは、賢明とは言えない」

 その言葉に異論はなかった。ただ、彼らが味方かどうかについては、まだ判断を保留せざるをえない。

「高原にそれとなく伝えてみます。お話は終わりですか?」

 いい加減話を聞くのも疲れてきたので、切り上げて席を立とうとした俺を、八木が引き止めた。

「いや、最後にひとつ。どうしても聞いておいてもらいたいことがある」

 不機嫌さを隠さずに俺は座り直す。

「私たちが高原さんにこだわるのはね、彼女が世界最強の魔術師だから、というだけではないんですよ。私たちは、高原さんのお父さんの元同僚、というか部下だったんです」

 そういえば高原の親父さんはノンキャリの国家公務員だって言ってたな。高原自身も、どの省庁に勤めているのか知らなかったみたいだが。

「高原さん――お父上の方だが、彼が亡くなったのは知っているかな?」

 俺はうなずいた。そのことは魅咲に聞いている。

「我々の仕事はね、〈リーガ〉との対立に陥らない範囲での、異能者及び魔術師、そして〈夜の種〉の監視だったのです。当然、高原さんのお父さんもね。我々は“室長”と呼んでいましたが」

 ……あのおっさん、そんな仕事してたのか。

「室長も、まさか自分の娘が魔術師だとは思ってもみなかったのだろう。それが判明した後はかなり悩んでいるご様子だった」

「立派な最期でしたよ。室長のお嬢さんがやろうとしていたことは、人類史における革命といってもいいことでした。その足を引っ張らないよう、自ら命を断たれたのです」

「我々は室長の遺志を継ぎ、あの子を守るつもりだ。全部が全部損得勘定で動いているのではない。そのことは覚えておいてもらえないかな」

 二人はそこで立ち上がり、交互に握手を求めてきた。断る理由もないので、その手を握り返した。

 (いわお)のようにがっちりとした手だった。

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