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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
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7.「山上の花」〜魔法少女空中決戦

 湘南青年振興会との乱闘の翌日は、あまり高原とからめなかった。

 魅咲(みさき)が休み時間ごとにやって来て、試験結果だの海水浴だの何だのと無駄話をしていったからだ。

 高原が言っていたことは事実だったようだ。魅咲はあの件を気にしているようで、できるだけ触れまいとかえって不自然な態度になっていた。

 こんな風に振る舞う魅咲を見ている内に、やっと俺の方も魅咲に変な依頼をしたことに罪悪感を持ち始めてきた。それでも「ありがとう」も口にすることができない。

 もやもやした気分の内に、一日が暮れた。

 

 家に帰ると、また琉斗(りゅうと)が部屋の前に待っていた。

「りゅ、琉斗……何だ?」

 一昨日のこともある。俺が少々警戒しながら問うと、琉斗はまず腰を折って頭を下げた。

「昨夜はありがとうございました。三鷹さんの助力でどうにかなりました。……あと、すみません。俺のせいで姉貴にバレちゃってたみたいで。お礼とお詫びにこれを、と」

 琉斗はそう言って携えてきた紙袋から箱を取り出した。包装紙の文字を見るに、有名な和菓子屋のもののようだった。

「中坊が変な気遣うなよ。まあ、上がれや」

「お邪魔します」

 琉斗はもう一度頭を下げて俺の後に続いた。

「また麦茶でいいか。おもたせでなんだが、こいつも開けるぞ」

 開封した箱の中身は水羊羹だった。

「夏ですし、清涼感のあるものを、と」

 琉斗は頭を掻いた。

「これ、高かったんじゃねえの? 小遣い大丈夫かよ?」

「……実は姉貴が金くれました。本当のところ、発案も姉貴です。俺が三鷹さんにお礼に行くって言ったら、手ぶらじゃなんだし、ってんで」

 姉には口止めされていたそうだが、琉斗はあっさり白状した。

 ということはこれは実質的には高原からの贈り物ということになるのか。ありがたく頂くことにしよう。

 琉斗に麦茶のグラスと水羊羹をひとつ手渡す。

「やっぱり夏は麦茶と水菓子っすよね」

 さっそく蓋を開けた琉斗が軽口を叩いた。

「お前、高原の弟のくせにそういうこと疎いのな。水菓子ってのは水っぽい和菓子のことじゃなくて、果物を指すんだぜ?」

「えっ、そうなんすか? ……ていうか三鷹さんが賢そうなふりしないでくださいよ」

 琉斗は少しムッとした表情で、失礼なことを言う。前から薄々感じていたのだが、こいつは姉のことを自慢に思う一方で、姉と比べられることは嫌がっているようだ。

「んでお前、昨夜はちゃんと帰れたの?」

「何とか。東山が白々と明るくなる頃には。……三鷹さんは姉貴から何かされませんでしたか?」

 屋上に取り残されたとは言いづらい。

「あー、膝枕してもらったよ。弟の力になってくれてありがとうって」

 琉斗は目を丸くした。

「マジっすか。あの姉貴がねえ。おめでとうございます、でいいのかな。でもさすが三鷹さんっすね。なんだかんだで姉貴を落とせそうじゃないですか」

 そうだろうか。昨夜のことを想うと、まだまだ道は長いと言えそうだ。

「でもそしたら俺のおかげっってことですね。あ、もう一個もらいます」

 琉斗は遠慮することなく別の水羊羹に手を伸ばす。調子のいい奴だな。

「お前、早々に伸びちまうんだもんな。大変だったんだぜ?」

「いや、お恥ずかしい」琉斗はあまり恥ずかしがることなく水羊羹の封を開けた。「変なのが乱入してきたところまでは覚えてたんですけどねえ」

 よかった。琉斗はあれが魅咲だったとは気づいていないようだ。魅咲にすれば、こいつに見られるのも本意ではなかっただろうし。

「それで、三鷹さんが全部やっつけたって姉貴が言ってましたけど、マジすごいっすね」

「ん? ああ……」

 そういうことになっているのか。しかしよくそんな話を信じるもんだな。何度も騙されて泣いているだろうに、さすがはシスコンだ。

「今度俺のことも鍛えてくださいよ。夏休みだし」

「あのなぁ、この道は長く険しいの。合宿で免許を取るようにはいかないんだからな」

 何の免状ももらっていない俺が勝手に技を伝授したら、それこそ師匠から殺されかねない。

「そういえば、小倉ってのはどうしてる?」

「姉貴がユキさんに連絡して病院に連れて行ってもらったっていうのは知ってますよね? 今は入院中です。今日ここに来る前にお見舞いに行ってきました。怪我は酷いみたいですが、それでも元気そうでしたよ。退院したら、退学と転校の手続きに入るみたいです」

「何だよ、あいつらはもうこっちには来ないって話だし、退学なんてしなくていいじゃないか」

 この言葉は本心からのものではなかった。なんとなく、あの中坊はそう言うだろうな、と予想していた。

「……俺もそう言ったんですけどね。今のところ意志は固いみたいです。詩都香さんに会わせる顔が無い、とか何とか」

 琉斗は天を仰いでふっ、と息を吐いた。

「ま、今は怪我で気が弱ってるのかもしれないし、入院してる内に考えが変わることもあるさ」

 気休めではない。小倉にしたって、この街から出ていきたいと本心から考えているわけではあるまい。

「まあ、それもそうっすね。ありがとうございます、三鷹さん」

 琉斗はひとつ頭を下げてから、またも水羊羹の箱に手を伸ばした。

 

 二十一日の日曜日の午後、予定通りに原付が届いた。

 ひとまず一台目は機動力と割り切って乗り潰すくらいのつもりで買ったし、あまりこだわりはなかったのだが、いざとなるとさすがにテンションが上がる。魅咲を呼び出して自慢してやったことも責められはすまい。

 それから、主に武力を背景にした恫喝によって、強制的に魅咲と二人乗りで京舞原市中を走り回らされたことも、……まあ、大目に見てもらえるだろう。いきなり捕まったりしなくてほんとによかったと思う。魅咲と来たら、成績優秀なくせに品行方正な優等生像とはほど遠いのだ。

 さて、これで夏休み中のアシは確保した。今年こそは悔いの無いよう遊びまくろう。

 ——こんなハイテンションのせいだろうか、俺はこの後、これまでの人生で最大の過ちを犯すことになる。

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