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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
45/106

6-4

『学校を辞めて、生まれ故郷を離れて、たった一人で他の街に移る……俺には想像できません』

 琉斗(りゅうと)がそう言ったとき、俺は保奈美(ほなみ)のことを思い出していた。

 今まで忘れていた分際で、ムシのいいことに胸がチクリと痛んだ。

 保奈美とはあれ以来音信不通だった。向こうからの音沙汰も無いし、俺も連絡を取ろうとはしていなかった。

 恋人ごっこまでやった相手だというのに……。

 保奈美は小倉(おぐら)とは違い、家族といっしょに日本を離れた。それが救いになるかどうかはわからない。家族まとめて追放された、と言ってもいいかもしれない。

 ——保奈美は罰を受けなくていいのか?

 来栖(くるす)が学校に復帰した日、俺は高原にそう尋ねた。

〈リーガ〉とかいう魔術師の集団による、裏からの制裁ではない。もっとこう、世俗的な意味での、である。

「どうして?」

「いや、ほら、一応あいつ罪を犯したわけだろ?」

「三鷹くんってそういうこと気にする方なんだ?」

 改めてそう問われると言葉に詰まった。つまらないことにこだわる器の小さな男と思われたかもしれない。

 ただ、別に俺だって、積極的に保奈美を警察に突き出したいわけではなかった。

「……でも、なんかな、これでいいのかな、ってさ」

 なんとなくすっきりしなかった。

 もちろん俺がすっきりするかどうかはどうでもいい。それでもやっぱり高原の意見を聞いてみたくなったのである。

「ううん」高原は首を振った。「誤解しないで。責めてるわけじゃないの。三鷹くんのその感覚は健全だと思う。ただね、忘れてるかもしれないけど、今井さんがやったっていう証拠も一切無いの。むしろあらゆる証拠は来栖さんの不利を示していて、来栖さんはあくまで超法規的な手段で放免してもらったにすぎない。ま、〈リーガ〉の連中の仕業だと思うけど、今井さんが盗んだ現金は匿名で返却されたみたいだし。というわけで、わたしにも日本の司法にもどうしようもない。そもそもわたしは正義の味方でも法の執行者でもない、ただの高校生なんだから」

 そう言って高原は少し自嘲気味に笑い、それから付け加えた。

「住み慣れた街を離れて、家族ごと言葉も文化も違う外国に追い払われる……可哀想。今井さんの受ける罰なんて、それで十分なんじゃないのかな」


 琉斗を帰した後、インターネットを駆使して問題の組織を調べてみた。この光回線は渋る両親をどうにか説得して、この春に引越しと同時に開通してもらったものである。

 一人暮らしを始めた高校生の息子がネットへのアクセスを獲得することに対する懸念は、わからないでもない。実際、一日につき一時間は時間を無駄にしているだろう。だが自分でも驚いたことに、決してそれ以上ではなかった。ネットの話題では高原の関心を引くことができないとすぐ身に沁みたからである。

 今回もあまり時間はかからなかった。検索結果の最初の二、三ページこそ自治体のものばかりだったが、件の組織は相当に悪名を垂れ流しているようだった。琉斗の話から連想される犯罪的なキーワードを加えてやると、未熟な検索スキルでもすぐに話題が引っかかる。

 結論は——手に負えない。

 話半分としても、強盗や詐欺やレイプといった完全に犯罪と言うべき行為が噂されている。有名な大規模グループほどの実力はないが、その分タガの外れた過激な行動に出やすいようだった。

 ——どうしたもんかな。

 本当に高原が襲われる危険性は、ほとんど無いと言ってもいいと思う。

 それに、高原は魔術師だ。本気で対峙するなら、絶対に悪ガキどもになんて負けない。

 だけどそれも確実ではないのだ。前に見た際にわかったことだが、あいつらは〈モナドの窓〉を開くためにかなり長いこと集中しなきゃいけないようだ。五分から十分、と言っていたか。

 その間完全に無防備だし、〈モナドの窓〉を開けなければ、高原とて石ころひとつ宙に浮かべられる程度の力を持った普通の少女に過ぎない。

 それに、琉斗は姉が魔術師であることを知らないわけで、高原は絶対に大丈夫だ、なんて俺が言ったところで納得はしないだろう。独りで行ってしまう可能性もある。それであいつにもしものことがあったら、高原に合わせる顔が無くなってしまう。

「ったく、シスコンめ」

 そうぼやきながら、俺は琉斗に電話をかけた。

 琉斗はすぐに出た。既に帰宅している様子だった。

 俺は、もう一人助っ人を連れていきたい、と提案した。

「一人、心当たりがあるんだ。俺なんかよりよっぽど強くて頼りになる」

 謙遜ではない。俺なんて比較対象にもなりゃしない。

『……やめましょう。危険な目に遭わせる人を増やすだけです』

 琉斗からは正論で反対された。俺としてはあいつに危険なんてあるとは思えないが、それよりも。

「俺は危険な目に遭ってもいいってのか」

 少しばかり不貞腐れたふりをすると、

『だって、俺と三鷹さんは一蓮托生じゃないですか』

 などと琉斗はしれっと言いやがる。

「俺はお前なんかじゃなくて、お前のお姉ちゃんと一蓮托生になりたいんだがな」

『物事には順番ってものがあります。まず俺とでしょう』

 可愛げのない後輩だ。

 助っ人の話は、肝心の本人からの了承が得られていないので置いておくことにして、明日の細かい点について打ち合わせした。

 そうやって話し込んでいると、電話越しに微かなノックの音が聴こえた。

『あ、姉貴っすね。夕飯できたみたいだ』

「そうか。じゃ、打ち合わせ通りにな」

『ええ、よろしく願いします』

 通話が切れた。

 羨ましいな、今からあいつは高原の作った夕食を食べるわけか。

「こっちは今日もコンビニ飯だってのによ」

 少しくらい自炊のレパートリーを増やしたいとも思っているのだが、今日はもうやめだ。俺は財布を持ってコンビニに向かうことにした。

 さて、あいつは何て言うかな。


「あんた、あたしを何だと思ってんのよ」

 翌朝、俺の頼みを聞いた魅咲(みさき)の第一声がそれだった。至極ごもっとも、と思う。

「琉斗の依頼なんでしょ? なんで詩都香(しずか)に頼まないかね」

 高原は格闘技の達人でも何でもないが、なにせ魔法少女様だ。この間見せたあの動きなら、一般人の五人や十人、何とかなるだろう。だけど――

「高原にそんなバイオレンスは似合わんだろ」

 ヒュッ、と風を切る音。俺にはまったく捉えられない速度で繰り出された魅咲の拳が、いつの間にか目の前にあった。ぞぞぞ、と背が粟立つ。

「っぶなー、反射的に殴るところだったわ」

 反射で殴るなよ、と言いかけて、魅咲が寸止めしてくれた理由と自分の失言に気づく。

「……いや、別にお前には暴力沙汰が似合うって言ってるわけじゃないからな」

「当然よね。こんなか弱い女の子捕まえて」

 そこでつい、俺の方も反射的に言葉が出た。

「冗談だろ? お前がか弱かったら、一条なんて虚弱すぎて生きていけねーぞ」

 で、結局殴られた。暴力超人(バイオレンスエリート)め。


 魅咲の助力が得られれば事はもっと簡単なんだがな、と悶々としながら一日を過ごした。

 授業中もつい魅咲の方に目が行く。俺の席からは遠いが、実に真面目な態度でノートを取っているのがわかる。

 指名されればあのサイドテールを揺らして立ち上がり、完璧な回答を返す。返却された試験答案は、今のところ全て九十点以上で、このまま行けばまた学年首席を勝ち取りそうな勢いだ。

 ちなみになぜ俺が魅咲の試験の結果を知っているのかというと、答案が返却される度に魅咲が「あんた、何点だった?」と訊きに来るからである。俺の点数が振るわないと、「ここ、教えたじゃん」などと解説が始まる。面倒見がいいと言うか、お節介と言うか。

 何事にも全力投球な魅咲。

 五年ぶりに再会した俺のことを忘れずにいてくれて、色々と世話を焼いてくれる魅咲。

 そんなあいつが唯一手加減を忘れないのが、自分の恐るべき身体能力を振るうときである。

 放課後にもう一度頼み込もうと考えていたのだが、魅咲はホームルームの終了と同時に高原を伴ってそそくさと教室から出ていってしまった。

 電話やメールで説得できる自信も無い。

 もともと非常識な頼みごとだとはわかっていたし、しかたないか。

 あらためて覚悟を決めて、俺も下校することにした。


「——てなわけなんだ。今日は依頼来てないよな」

「何がてなわけ、だ。依頼は来てないが、これで誠介ともお別れだな」

 夕方。いつもの書類仕事を片づけながら、もみじに相談を持ちかけた。

「縁起でもないこと言うなよ。俺がそんな奴らに負けるわけないだろ」

「何人来るかもわからない危険な相手に、よくそんな自信が持てるよな。……武器は?」

女神(アテナ)は武器が嫌いなもんでね」

 こっちまで凶器を準備していったら、それこそ取り返しのつかないことに発展しかねない。

「意味がわからんが、ますますこれで誠介ともお別れだな。短いつき合いだった」

 おいおい。

「なら餞別にあれくれよ。あのスタンガン。あれがあれば護身用にちょうどいい」

「バカが。貸せるわけないだろ。だいいちあれは対〈夜の種〉用だ。人間相手に使ったらシャレにならないことになる」

「……お前、変なことしたら俺にそのシャレにならないのを喰らわすって言ってなかったか?」

「まあ、一応いくらかの出力調整は利くけどな。でも貸せんぞ? 仕事でもないのに助手に貸したなんてバレたら、あたしは大目玉じゃ済まない」

 ——ま、そりゃそうだろうな。

 俺とて本気でそんな危ない武器を借りようと思っていたわけではない。

 それにしてもさっきからもみじはご機嫌斜めだ。

「もみじ、言っておくけど今のは冗談だからな? そんなに怒るなよ」

 もみじは怒りに満ちた目を俺に向けてきた。

「違う。冗談に怒ってるんじゃない。……こんなつまらんことで怪我でもしたらどうすんだよ。お前はどうしてそうやって進んで危険なことに首を突っ込もうとするんだ? アホなのか? いつか絶対身を滅ぼすぞ」

 もみじ……俺の心配してくれてたのか。

「ありがとう、優しいな、もみじは」

「やめろ。からかうな、アホ」もみじはパソコンに向き直った。「面白くない。どうせ高原のためなんだろ?」

 ほぼ正解だ。だけどもうひとつだけ。

「失敬な。俺はその小倉ってガキのことも心配なの」

「ほう? 一面識もない相手なのだろう? 心配してやる義理も無いだろうに」

「同じ女を愛した男だから」

「……パクリかよ。それが言いたかっただけだろ」

 あれ? さっきの女神(アテナ)ネタは通じなかったのに。

「まったく、バカの相手をするのは疲れるよ。あたしはちょっと出かけてくる。一時間くらい戻らないから、書類終わったら帰ってていいぞ。これが今生のお別れになるかもしれんが」

 もみじは装備品が詰まったリュックを椅子の上に載せ、んんっ、と伸びを打ってから部屋を出ていこうとする。

「へーい。お疲れさま」

 去り際のもみじは、こちらに背を向けたまま、やっとサポーターのとれた左手をぷらぷら振った。

 書類はもう終わっていた。あとは帰るだけだ。

「素直じゃねえな」

 苦笑しながら、もみじがわざとらしく置いていったリュックの中をあらためる。あのスタンガンも、その他の装備も、拳銃以外は全部詰まっていた。

 もみじの厚意に甘えることにした。

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