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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
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46/106

6-5

 家に帰って準備をした。と言っても大したことはない。

 琉斗(りゅうと)と話し合って、できるだけ俺たちの顔は隠すことになった。小倉(おぐら)と俺たちの繫がりがバレたら意味がないのだ。あくまでも偶然その場に通りかかったように装いたい。

 もう着なくなった服を見繕って着込み、前に高原から渡されたカツラをバッグに詰める。

 ハーフヘルメットとゴーグルも入れた。原付を注文する際に一緒に買わされたものだ。

 持ち物を整えてから夕食を摂り、シャワーを浴び、いざとなったときに素早く逃げられるよう体を入念にときほぐした。

 ——さて、時間だ。


「三鷹さん、何ですかその格好は? 昔の過激派みたいですよ?」

 西京舞原(にしきょうぶはら)駅で合流して南に歩いていると、隣の琉斗が呆れた顔をした。

 俺は人通りが絶えた頃合いでヘルメットとカツラとゴーグルに加え、マスクを身に着けていた。

「お前はその時代知らねえだろうが」

 俺も知らんけど。

「だいいち、お前だって何だよ、それ」

 琉斗はリュックから取り出した黒のロングコートを着て、サングラスをかけている。怪しさ全開だ。このまま二人まとめて不審者として通報されてもおかしくない。

「マトリックス気取りかよ。——奇跡の他に必要なものは?」

「ガンズ。ロッツ・オブ・ガンズ」

 生意気にも英語で返してきやがった。独りで飯でも食ってろ。

「暑くねえの?」

 夜とは言え七月である。

「めっちゃ暑いです。さっさと終わらせましょう」

 琉斗が少し足を速めた。

 時刻は十時少し前。西京舞原駅は海から少し北に位置するので、集会場所の海浜公園までは四キロほどある。

 例の小倉という中坊から、『十二時回っても俺から連絡来なかったら、警察に通報してくれ。』というメールが来たのだとか。

「呼び出しは十一時みたいです。奴らより少し早めに行って、隠れるのにいい場所を探しておきましょう」という琉斗の意見を採用して、この時間になった。

「んで、いいか? 昨日打ち合わせしたとおり、お前が吉田で俺が大原な。間違っても本名で呼ぶなよ?」

「オッケーっす、大原さん。でも、誰でしたっけ、それ?」

 こいつ、姉のオタク仲間を覚えてないのか。こないだ会っただろうが。

 名前を借りた吉田と大原には悪いが、俺も琉斗もあいつらより二十センチ近く背が高い。おまけに、少し太り気味の吉田と琉斗はまったく印象が違う。両人に害が及ぶ可能性は無い。

 海浜公園は西京舞原港に併設されただだっ広い広場だ。子供用の遊具の置かれたスペースもあるにはあるが、一番の利用者は車を駐める釣り人と、休日のバーベキュー客である。

 海浜公園に着いた俺と琉斗は、ヤブ蚊に悩まされながら茂みの影に身を潜めた。ショーセーの奴らが集まるとしたらこの辺だろうという当たりをつけ、そこを監視できる地点を選んだ。

 夜の海浜公園は人影が絶えていた……と言いたいところだが、カップルが結構いた。それぞれ距離を置いて防波堤に座ったり、車の中でいちゃついたりしている。

「あいつらって、なんで等間隔になるんだろうな」

 俺は防波堤に座る若人の群れを指差した。カップル同士の間隔は、測ったかのように五メートル程度である。

「さあ。あれがちょうどいい距離感なんでしょうかね」

「そんで、こんなところでどうして俺はお前なんかといっしょにいるんだろうな、吉田」

「それもこんな変態じみた扮装でね」

 琉斗は低く笑った。誰のせいだと思ってんだ。

 そこで、風に乗ってバイクの爆音が届いてきた。俺たちは顔を見合わせた。

「おっと、来たみたいですよ、大原さん」

「の、ようだな」

 それから数分後、俺たちの予測位置どんぴしゃに、次々にショーセーの連中が乗り入れてきた。

 海を眺めながら睦言をささやき合っていたカップルたちは驚き、そそくさと立ち去る。

 海浜公園に入ってきたバイクは八台。内、五台が二人乗りだったので計十三人。

 まあ、これならなんとか逃げ切れるかな、と思っていると、さらに数台の車が入ってきた。バイクは露払いだったようだ。

「普通の車だな。暴走族じゃないってのは本当なんだな」

「年下の連中はバイク、上の方は車で悠々って感じらしいです」

 停まった車からもぞろぞろと人が降りてくる。十人を超えた辺りで俺は数えるのをやめた。

「話が違うぞ。ずいぶん多いじゃねえか」

「珍しく大規模な遠征みたいっすね。この街では事を起こしても大丈夫だってなめられてんのかな」

 琉斗の言う通り、よそ者に大きな顔をされるのをよしとせず逆襲に出るような集団は、この街にはいない。暴走族とか半グレ系とかでもいれば展開はもう少し違ったのだろうけど、何せ概ね治安のいい街なのだ。

 そのまま、談笑を始めた連中をしばらく観察する。何を話しているのかは聞き取れないが、どうせロクなことではあるまい。

「さて、と」

 琉斗はサングラスを外すと、リュックからフルフェイスのヘルメットを取り出してかぶった。ところどころ塗装が剥げていて、年季が入っているのがわかる。中古品だろう。

「これ、どうしたんだよ?」

「どっかから姉貴が調達してたのを拝借して来ました」

「無断で?」

「もちろん。言えるわけないじゃないですか。家帰ったらリビングに置いてあったんで、これ幸いと」

「……高原って、バイクとか乗るっけ?」

「姉貴は十五歳ですよ? 乗るわけないじゃないですか」

 いやいやいや、お前、それバレてるだろ。俺の頼みを聞いた魅咲辺りが口を滑らせたのだろうか。あるいは昨日の電話が聞かれていたのかもしれない。

 ――あ、ということは、だ。

「……どうしたんすか?」

 急にキョロキョロと周囲を探り始めた俺を、琉斗が訝しげな目で見た。

「いや、他に人がいないかと」

 主にお前の姉だよ。

 高原の性格だ、弟がこんな危険な真似をすると知ったら口では止めただろうが、内心では応援するかもしれない。今回は琉斗が相談を持ちかけたりしなかったので、止める契機もなかったわけだが。

 あいつのことだ、危なくなったら魔法を使って乱入しかねない。そのためにどこかに隠れていることも考えられる。

 ——無様なとこは見せらんねーな。

 俺は気合を入れなおした。

「打ち合わせ通り、ヤバくなったら小倉を連れて逃げることを最優先にしましょう。俺が殿やります」

 バカかこいつは。少しは自分の力量わきまえろってんだ。

「俺がやるよ」

「でも……」

 なおも食い下がろうとする琉斗の頭を、ヘルメットの上から軽く小突いてやった。

「俺の方がお前より強い。俺の方がお前より足が速い。だいいち、お前に何かあったら俺が高原に殺される。文句あるか」

 それからすぐに、原付に二人乗りの少年がやって来た。後部に乗っていた方がいち早く降りて、頭を下げながらメンバーのひとりに封筒のようなものを手渡すのが見えた。

 どうやらあれが小倉らしい。渡したのは琉斗が言っていた金だろう。

 小倉はさらに土下座で頭を下げた。

 その顔が蹴り上げられた。

 仰向けに転がった小倉に、周りを囲んだ連中から次々にストンピングが入る。

「……おい、どうする?」

 俺は琉斗に諮った。見ていてあまり気持ちのいい場面ではない。

「もう少し待ちましょう。あいつもケジメだってんで、これくらいは覚悟していたはずです」

 はじめは顔や腹を両腕でかばっていた小倉が、とうとう無反応で地面に伸びた。

 さっきから偉そうに振舞っていた中心的メンバーと思しき青年が、小倉を羽交い締めにして立たせた。顎で指示を出し、前に若い奴らを並ばせる。

「背格好に見覚えがあります。小倉とよくつるんでた奴らですね」

 琉斗が言った。怒りを抑え込んでいるような声だった。

 それから、上の指示で一人ずつ小倉への暴行が始まった。

「手加減してんじゃねえよ!」

 そんな罵声が、ときおりここまで響いてくる。並ばされている少年たちの数は多く、しかもその後ろには棒切れを持った奴らも控えていて、全員が終わるまで小倉の命がもつとは思えなかった。

「行くか」

 俺はそう提案した。

 琉斗は頷いた。拳を握りしめたその手が、ブルブルと震えていた。

 俺と琉斗は立ち上がり、茂みから出ていった。

 いきなり現れた俺たちに虚を突かれたのか、小倉への暴行を中断したショーセーのメンバーたちが全員こちらに目を向けてきた。

「おいおい、兄ちゃんたち。さっきから見てたけど、もうそれくらいでいいんじゃないのか? それ以上やったらそいつ死んじまうぞ」

 琉斗がまず口火を切った。

 小倉を羽交い締めにしていた奴が、小倉の体を地面に放り出して俺たちと相対した。どうやらこいつがこの場では最も格上のメンバーらしい。ひょっとするとグループのリーダーなのかもしれない。

「だな。おい、立てるか、坊主?」

 俺は虫の息の小倉に肩を貸してやる。

 リーダーらしき青年がまず俺を、次いで琉斗を睨みつけた。

「ああん? 邪魔すんじゃねえよ。これはケジメなんだからよ?」

 俺は琉斗に向かって凄むそいつをしげしげと観察した。

 悪ガキと思っていたが、明らかに俺よりはるかに年上だ。二十代後半、それどころか三十に手が届いているようにも見えた。

「もう十分やったろ。ねえ、大原さん?」

「ああ」

 俺は低く言いつつ頷いた。できるだけドスを効かせたつもりだった。

 しかし、暴力に興奮した男どもは止まらない。口々に何事か喚き立てる。

 そいつらの相手を琉斗に任せ、呻く小倉の顔色を見た。命に別状はなさそうだが、かなり辛そうだった。こんなになるまで、泣き言ひとつ言わなかったんだな、こいつは。

 ——高原を危険から遠ざけるために。

 何やらグッと来た。

「大原さん、このガキども、俺たちが誰か知らないみたいっすよ? 教えてやりましょうか?」

 知らぬ間に琉斗が変なアドリブを利かせていた。

 だけど、もうやめだ。

 いい年してアホ面下げたこいつらに、二十歳も過ぎて本当にやっていいことと悪いことの区別もつかない目の前のカスどもに、少し思い知らせてやりたい。

「誰だってんだ、ああッ!? メットかぶって顔も見せられねえ田舎もんがよぉ!」

「あ? びびんなよ、糞ガキが? 俺たちはな……」

「早く言えよ。どこのどなたさんですかぁ? さっさとそいつ置いて消えてくれませんかねぇ?」

 ——やめだ!

 琉斗がこちらを見た。俺がさっきからさっぱり芝居に乗ってこないので、動揺しているのだろう。

「俺たちは……」

「火付盗賊改方、長谷川平蔵である!」

 次の瞬間、琉斗に突っかかっていたリーダーとおぼしき年かさの男の鼻面に、俺の拳がめり込んでいた。

 つかの間誰も反応できなかった。ヘルメットのせいで表情はわからないが、琉斗もぽかんとしていたことだろう。

 俺に殴られた奴は面白いように飛び、防波堤の向こうの海に落ちた。その水音で金縛りが解けたように周囲が色めき立った。

「カトウさん!? 野郎、何しやがんだ、手前ぇッ!」

 咄嗟に口から出た俺の名乗りに反応されたのかと思った。今殴った奴はカトウっていうらしい。

「おいっ、お前らでカトウさんを引き上げろ! 溺れるかもしれねえ!」

 これも年かさの男が、若い連中に指示を出す。 

 ついさっき人ひとりの命を奪おうとしたくせに、こいつらと来たら。

「みた……大原さん」

 危うく本名を口走りかけた琉斗は後で叱ってやることにしよう。

「糞ガキどもが俺たちラブリーエンゼルを舐めやがって。来やがれ、ブッ殺してやらあ!」

 俺は啖呵を切りながら小倉を琉斗に預けた。

 ああやべ。口が止まらねえ。何がラブリーエンゼルだ。こっちのネタに走りすぎると、本当に吉田と大原に危害が及ぶかもしれん。

 お口にチャックを心がけながら、手近な二人を殴り倒した。なす術もなく崩れ落ちた二人を見下ろす俺の目は、さぞ冷ややかだったことだろう。

 ——弱え。弱すぎんぞ。こんなんでいきがってたのかよ。

 ちらりと防波堤の方を見ると、四、五人のメンバーがカトウとやらを引き上げたところだった。あのまま溺死されても困るし、ちょうどいい。

 しかし状況は圧倒的に不利だった。いかにひとりひとりが弱くても、相手は三十人近い。乱戦になったら勝ち目が無い。囲まれて押しつぶされるだけだ。

 しかもこっちにはお荷物がいる。

「お、大原さん……」

 包囲され、何人か倒し、その倍の数くらい殴られた頃、そのお荷物が情けない声で呼んできた。

 小倉を地面に横たえた琉斗だ。琉斗もさすがなもので、近くには三人ほど伸びていたが、本人ももう動けないようだった。

 早まったか。手を出す前に、こいつらを先に逃がすべきだったかもしれない。

 でもそれだと、最初から小倉の救出が目的だったってバレてしまったかもしれないし……

 などと状況も思考も八方ふさがりになった頃——

 琉斗に殴りかかろうとしていた男が、不意にポーンと宙を飛んだ。

 琉斗の頭上を越え、俺の足元に落ちてきたそいつは、完全に気絶していた。

 次いで、俺たちの退路を絶っていた奴らが三人まとめて吹っ飛んだ。

 しばらくの間、誰も動かなかった。

 暗がりから姿を現したのは、夜目にも白い人影。意外にも、この場の誰よりも小柄だった。

「ひっ……」

 次の標的に選ばれた琉斗がかすれた悲鳴を上げる。逃げる間もなくヘルメットの上から殴られ、そのまま動かなくなった。

「あたしの目の前で喧嘩とは、いい度胸してんじゃん、あんたら」

「げっ……」

 声を聞いた瞬間、俺はその人影の正体を悟った。

 俺の幼馴染、相川魅咲(みさき)様だった。

 顔の下半分を白のマスクで覆い、とっくの昔に絶滅したと思っていた白の特攻服を身にまとっている。特攻服の表面には「夜露死苦」だの「喧嘩上等」だの「大和撫子」だの「同行二人」だの「武者駄無留精太頑駄無」だのといった文字が踊り、もはや意味がわからない耳なし芳一状態だ。

「双方とも手を引けばそれでよし。引かなきゃ喧嘩両成敗」

 魅咲が淡々と告げる。

 呆気にとられたのは誰もが同じだったが、さすがに相手が少女だとわかると、ショーセーのメンバーが二、三人魅咲に近づいていった。

 内ひとりが口を開く。

「おい、コスプレ姉ちゃん。変なところにしゃしゃり出てくんじゃねえよ。それとも酷い目に遭わされ——」

 はい、さよなら。そいつも飛んだ。

「この野郎!」

 さすがにこれに激昂した他のメンバーが魅咲に掴みかかった。

 ——頼む。頼むからやめてください。

 成敗されたくない。俺は自分の足で歩いて帰りたいんだよ。

「んじゃ、全員今日は野宿ね」

 近づいてきた男どもを瞬く間にのした魅咲が宣言した。

 次は……アーメン、俺の番だった。

「やめっ、みさっ、おっ」

 やめてくれ魅咲、俺だ、と言おうとしたが、恐怖で舌が回らなかった。

 弁明はまったく無駄だった。ヘルメットがみしり、と嫌な音を立て、目の前が真っ暗になった。

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