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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
23/106

4-5

 採用の日に聞かされた話によれば、もみじの切り盛りする薄氷調査事務所は、いわゆる一般的な探偵事務所とは業務を異にしていた。

(よる)(たね)〉——魔力の残り滓から生まれる化物——の存在を示す目撃談や事件があった際に、当局(どこのお役所なんだか)の依頼を受け調査を開始、可能であれば処分する。そして手に余ると判断すれば魔術師の派遣を要請するのだという。

 少し迂遠なやり方に思われた。当局とやらが直接捜査に乗り出すか、最初から魔術師に出張ってもらえばいいのでは?

 俺がそう言うと、もみじは「人の仕事にケチつけんな」と唇を尖らせてから、その間の事情を述べた。

「自慢じゃないが、あたしは〈夜の種〉の探知能力に長けている。高位の魔術師の中にもそうはいないレベルだ。あたし自身は魔術師じゃないがな。捜査員を投入するよりあたしに依頼した方がずっと効率がいい。第二に、どこの国もそうだが、この手の事案を処理する役所は魔術師たちの組織と仲がよろしくない。できるだけ借りを作らず、自分たちの手で処理したいと思っている。魔術師を派遣してもらう場合にも、ここまでは自分たちの手でやった、と胸を張りたいわけだ」

 もみじのような稼業の存立基盤はそこにあるのだという。

「そんなとこに俺みたいな一般人がしゃしゃり出ていいんですかね?」

 などとまた俺が小市民根性を発揮すると、もみじは「いいんだよ。これが魔術師連中に対するあいつらのささやかな抵抗なんだ。でも、口外はするなよ?」と再び脅しをかけてきた。


 事務所を出、もみじとふたり夕暮れの街を歩いた。置き勉ばかりで普段は薄い通学鞄の中には、あのリボルバーが入っている。そのずしりとした重みが否応なく緊張をかき立てる。

「次はもっと取り回しやすそうな鞄を持ってきた方がいいかもな。メッセンジャーバッグとか持ってないのか?」

 もみじが俺の手を見ながら言う。緊張が見透かされたのだろうか。

「あー、前に買ったのがありますね。じゃあ、バイトの日はそれ持ってくることにします。ていうか、ホルダーとか無いんですか?」

「あたしの体格に合うの無さそうだしな。だいいち、そんなもん買えるルートをあたしは知らん」

 実銃を所持してる人間が何を言う。

「ルートて。拳銃はともかく、ホルダーならその辺のミリタリーショップにでも行けばいくらでも売ってますよ」

 その手の店には俺も入ったことがないが、中学時代の友人がサバイバルゲーム好きだったので、話は聞いたことがある。

「えっ、そうなのか?」

 マジで驚いた様子である。

「いったい所長はホルダーのどこに違法性を感じたんですか?」

「うっ、うるさいな! あたしはオタクじゃないんだからそんなことは知らん!」

 世間知らずを指摘されたと感じたのか、もみじは赤い顔で弁解した。

 そのもみじの拳銃は、小さなリュックの中に入っている。俺よりよほど取り出しにくそうで、面倒事は俺に任せてしまおうという魂胆が透けて見えるようだった。

「ところで今職務質問とか受けたらどうすんですか? ちょっとシャレにならないんじゃ……」

「なんだお前、警官から目をつけられやすいタイプか? それとも何かやましいことでもあるのか?」

「いま現に幼女を連れ回してます」

「ぬがあぁぁッ! あたしのどこが幼女だ!」

 おおうっ。底意地の悪そうなニタニタ笑いを浮かべていたもみじがいきなり爆発した。こいつからかうのおもしれーな。

「はいはい、すみません、口が滑りました。でも所長だって夜中に一人で歩いてたりしたら、警官に呼び止められることくらいあるんじゃないすか?」

 主に保護的な意味でな。

「まあな。所持品検査はされたことはないが、『お家の人は?』なんて声をかけてくる警官はたまにいる」

 だろうな。もみじの見た目で夜の街を徘徊していたら、家出少女に間違われたっておかしくない。ちょうど難しい年頃だしなぁ。

「あ? 何が難しいって?」

 おっと、口に出ていたか。

「ったく、お前は何かっていうとすーぐあたしをバカにする。……ま、おかげさまでこの街の巡査のかなりの部分と顔見知りだし、そもそもあたしは許可を取っているから大丈夫だ。ていうか、この拳銃だってお役所から支給されたものだしな」

 おお、さすが〈夜の種〉などという超常的存在と戦っている女。

「あたしが交番でお菓子を振る舞われる度に、身柄引き受けに来る担当官にはちょいと気の毒だけど」

 許可、意味ねーな。

 って、あれ?

「あれ? 結局俺は?」

 今の俺、違法行為中なんだろうか。俺とて格別順法精神に富んでいるわけではないけど、銃刀法違反となるとシャレにならないだろう。

「安心しろ。あたしがもらってる許可には、同行者一名の拳銃および特種弾丸の所持と使用も含まれてる。逆に言えば、あたしがそばにいないときにその銃や弾持ってたら逮捕されるってことだから気をつけろよ。あと、これはあたしもだが、その黄紫水晶(アメトリン)の弾以外はNGだ。かと言って、これだって人間に当たれば痛いじゃ済まないがな」

 うおっ。今の俺はもみじにリードを握られている状態なのか。〈夜の種〉とかいう化物よりも身近でリアルな官憲の方が恐ろしい。

「ってこら、何なんだ! くっつくな! 歩きにくい!」

 磁石に引き寄せられる砂鉄のように、唯一の安全地帯であるもみじから離れられなくなってしまう。

「離れないでくださいよ〜」

「初仕事でいきなりセクハラか! 警察呼ぶぞ!」

 情け容赦のないもみじだった。

 駅が近づくにつれて周囲が賑やかになってきた。ちょうど、定時で帰れる社会人が駅に向かう時間だ。

「こういう時に一人暮らしの奴を雇ってると便利だな。あまり時間を気にせずに済む」

「未成年の夜間の労働は禁止ですよ」

「タイムカードなんて置きやしないから安心しろ」

 超絶ブラックじゃん。

 駅裏の小さな商店街に入った。アーケードがあるので、日没後も明るくて安心だ。

「この辺にはよく買い物に来るんすか?」

「いや。実はあたしもまだ越してきたばかりなんだ。それに、あまり顔を覚えられるのも好きじゃない。どうせまたどっかに引っ越さなきゃいけないからな」

 事務所の様子を見ると、とても引っ越して日が浅いようには見えなかったけどな。それだけもみじに部屋を散らかす才能があるってことか。

「引っ越すって、ちゃんと俺の通勤できる範囲でしょうね?」

「あー、どのみちこの市内だが、お前の心配することじゃない。まだ当分先だ。その頃にはお前も大学進学なり何なりで辞めてるだろうよ」

 少し寂しい話だ。初仕事の新入りに辞めるときのことなんて言うなよ。

 それとも、ずっとこんなこと繰り返していたのだろうか……。

 さて、どんな切り返しをしてやろうかと考えていると、もみじはくっくっくっ、と笑いをこぼした。

「どうしたんすか?」

「いや、ちっぽけな商店街だと思っていたら、意外にも買い物客がいるもんだからな。ここで『人さらい!』とか叫んだら、お前はどうなるかな、と」

 自分で見た目をネタにしてるじゃねーか。可愛くないちびっ子だな。

 アーケードを抜けるとすぐに大規模ショッピングモールが見えてくる。さっきの商店街にとっては商売敵と言っていいのだろうが、アーケード内の活況を見ると、棲み分けはうまくいっているのかもしれない。モールを過ぎれば、すぐに東京舞原(ひがしきょうぶはら)駅だ。

 駅の構内は部活帰りらしき生徒たちで溢れていた。金髪幼女を連れた俺はしばしば奇異の視線に遭遇した。通報だけは勘弁してくれよ、と余計な心配をしてしまう。

 駅を通過した後進路を東に採り、薄氷川(うすらいがわ)を渡って左岸の河原に下りた。ルートを定めたのはもみじだ。やはりこの川沿いが一番怪しいと考えているのだろう。

 この辺りは上流や河口ほど散歩道として整備されているわけじゃないので、流路に並行する車道の灯が唯一の光源だ。そろそろ薄暗い。

 あとは川に沿って上流に向かうのだろう。自然と俺が半歩前を行く格好になった。

 もみじはちっちゃい。俺の同級生の誰よりもちっちゃい。だから歩幅は小さいし、歩く速度だって遅い。それでも俺の歩速にどうにか合わせようと小刻みに両脚を前後させる。

 気を遣っているのが知られるとまた機嫌を損ねそうなので、さりげなくペースを落とすのに注意を要した。おかげでさっきから妙にぎくしゃくとした足運びになる。

「何か当てとかあるんですか?」

 歩みをもう一段緩めながら尋ねてみた。

「取り立てて今のところは何も。まあ、薄氷川に関係があるのは確かだからな。とりあえず今日はお前の学校の辺りまで歩いてみよう」

「ミズジョまでって、かなりありますよ?」

 俺がそう懸念を示すと、もみじは呆れたような顔になった。

「何のために体力試験まで課してお前を雇ったと思ってるんだ。往復で二時間から二時間半ってとこだろう。散歩して六千円もらえるんだ、文句を言うな」

 いや、俺が心配してるのはもみじの体力なんだが。

 でも、そう言うと怒り出しそうだな。

 そのまま二、三分無言で歩き続けたところで、もみじがもう一度口を開いた。苦々しそうな声音だった。

「……わかってるよ、お前が何を気にしてるかくらい。でも心配すんな。あたしは体力に恵まれた方じゃないが、今までもこれでやってきたんだ」

 読まれてたか。自分の弱点を認めるくらいの素直さはあるんだな。

「自転車でも使えばいいんじゃないですか?」

 いくらか優しい気持ちになった俺がそう提案すると、もみじはバツが悪そうに顔を背けた。

「……乗れない」

「え?」

「だから、あたしは自転車に乗れないんだよ!」

「マジで?」

 実年齢は知らないが、見た目も十二か十三くらいだし、自転車に乗れないとは思いもよらなかった。

「誰も乗り方教えてくれなかったからな。それにやっぱり歩くよりは注意が散漫になるだろう? この仕事はあたし自身の感覚が頼りなんだ。余計なことに気を回したくない」

 色々理由をつけてもやはり恥ずかしいのか、もみじは早口で説明を加えた。

「所長も可愛いとこあるんですね」

 一応言っておくが、半分冗談だ。冗談というのはつまり、もみじは概して可愛いのだ。ちっちゃなナリで一生懸命背伸びをしているところなど、抱きしめたくなるくらいに愛らしい。恋愛感情とはまた別だけど。というかさすがにこの見た目の相手に恋愛感情を抱けるほど俺の守備範囲は広くない。

 もみじはぷい、と顔を背けた。

「……ふん。つーわけで、だ。お前とじゃ雰囲気に欠けるが、夜のピクニックと洒落込むとするか」

「それはこっちの台詞ですよ」

 ひと言多い奴だな。この辺、高原と少し似ているかもしれない。

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