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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
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4-4

「お前、案外使える奴だな。体力バカかと思っていたけど、いい高校行ってるだけのことはある」

 もみじが書類をめくりながら言う。そうしながら、ときおり必要箇所にハンコを捺していく。

「こんなの誰でもできますって」

 俺がやらされている事務仕事とは、断片的なメモを書類にまとめることと、「業務日誌」なる文書の作成だった。毎日詰めているわけではないので、俺がいない日の分はもみじの残した適当この上ないメモから文章に起こす。過去の分の「業務日誌」を参考にして、テンプレートを切り貼りするような要領で作成すれば、それほど難しいことではない。

 ただ気になるのはこの「業務日誌」の持つ意味である。「業務」と言いながら、内容はもみじ個人の行動録に近い。まるでもみじ自身を監視しているかのようだ。いったい誰に読ませるための日誌なのやら。

 おどかされながらも結局アルバイトを始め、今日でちょうど一週間。六月も今日で最終日。季節は初夏から本格的な夏へと移ろおうとしていた。

 この間俺に与えられる仕事はこうしたペーパー作りと……。

「終わったら二階の方よろしくな」

 デスクに向かうもみじが右手で上を指した。よく見ればついでに左手の人差し指が下方に向けられている。「天上天下唯我独尊」——まさに彼女の振る舞いを言い表すのに適切なポーズである。

「へーい。つーか所長もいい年なんだから、いい加減生活能力つけましょうよ」

「年のことは言うな! 子供扱いした上から目線もやめろ! あたしはお前の雇い主なんだぞ!」

 もみじが椅子に座ったまま両腕を振り回してわめき散らす。そういうところがお子様なんだよ。

「へいへい。俺は別に所長が何歳でも構いませんよ」

 気にはなるがな。子供扱いされても年上扱いされても気に入らないのだから、面倒な奴である。

「ったく。さっさと行け!」

 もみじはそう言い捨ててまたノートパソコンへと向かった。

 過去の「業務日誌」の内、最古のものの日付は二年前のものだった。その日が開業日というわけでもなさそうだったので、もみじは少なくとも二年以上前からこの仕事をしていることになる。そうなるとさすがに、もみじの年齢を見た目どおりに受け取るわけにはいかない。というか、俺より年上の可能性が大いにある。

 にもかかわらず、もみじの生活のだらしなさときたら。

「いったい何をどうすればたった二日でこんなに荒らせるんだ……」

 二階はもみじのプライベート空間である。その一室、もみじが寝起きしている部屋は足の踏み場もないほど散らかっていた。

 俺の仕事にはもみじのおもりも含まれているらしい。部屋の整理整頓、廊下や風呂の掃除、衣類の洗濯、さらには夕食作りまで。公私混同も甚だしい。

 もみじはほっとくと何日もカップラーメンやコンビニ弁当を食べ続けるので、夕食作りは俺から志願した。自炊なんか家でもほとんどやらないくせに、他人のためなら意外にもやる気になれる自分を発見したものである。小さな女の子が相手となればなおさらだ。味の方はまだまだでレパートリーも少ないので、もみじは不満たらたらだが、それでも一応食べてはいる。

 さて、まずは部屋の片づけか。

 書類仕事の楽さとは対照的に、こちらの作業はなかなか手間がかかる。最初にゴミの類を分別。スナック菓子の袋や、カップラーメンの空き容器や、ジュースの缶やペットボトルや、通販で届いた商品の空き箱が主な構成要素である。その後、ゴミの下から発掘された衣類を洗濯カゴに放り込み、ファッション誌だの少女漫画だの文庫本だのを拾っては然るべき棚に収める。こういう書籍類を見ると、もみじが年頃の少女であることを嫌でも意識してしまう。その「年」とやらがいったい何歳なのか、俺には見当もつかないが。

 机の上に散らばった筆記具をペン立てに収納してから、今度はクローゼットの中にある掃除機を取り出した。俺の部屋だって散らかり放題だというのに、なんで他人の部屋を掃除してやらにゃならんのだ、と少々腹に据えかねるものがある。まあ、この時間にも給料は出るそうなので、仕事と割り切れば許せるけど。

 掃除機をしまい、曲げっぱなしだった腰を伸ばしてとんとんと叩いた。お次は洗濯だな。

 掃除機をかける前に洗濯機を回しておけばよさそうなものだが、家に帰ってもやることは多くないし、作業効率は二の次である。下着類はもみじが自分で洗って干しているので助かる。ただ、時々取り込むのを忘れるのだけはやめて欲しい。

 機械で洗えるものを選り分けて洗濯機に放り込み、洗剤を投入してスイッチオン。残りの衣類はクリーニング行きだ。

 衣類を入れた紙袋と、満杯のゴミ袋を抱えて階下に下りた。

 もみじは珍しく硬い顔で電話中だった。俺の気配を感じとって、その顔がこちらに向けられる。

 俺は両手の荷物を掲げてもみじに示した。「クリーニング店に行ってきます。ゴミ袋はここに置いておくので、明日の朝出してください」と身振りで伝えたつもりだった。

 もみじはいったん首を横に振り、それから通話口を片手で押さえた。

「待て、三鷹。それは後だ。今から依頼人が来る。お前の初仕事だ」

 もみじはそう告げ、再び通話に戻った。

 初仕事って。今までのこれは何だったんだよ、と言いたかった。


 およそ二十分後にやって来た依頼人とやらには会わせてもらえなかった。

「奴らに顔を覚えられてもいいこと無いからな」

 十分足らずで面談を終えたもみじはそううそぶいた。

 今俺たちは仕事場に向かい合って座り、デスクの上に広げた資料を検討しているところだ。

 京舞原(きょうぶはら)市の大判の地図に、いくつかの赤丸シールが貼付されている。その隣には付箋が貼られ、日時と資料番号が記されていた。全て依頼人が用意して持ってきたものだという。

「……ふーん。まあ、間違いは無さそうだな。三鷹、今からあたしが読み上げる番号の赤シールと付箋を剥がしてくれ」

 もみじはそう言って別の資料の束を手にとった。

「四番。こりゃ明らかにイタズラの類だな。十番。これも思い込みだろう。その次の十一番……はちょっと待った。疑う根拠に乏しいな。そのままで。十六番。変質者の捜査は警察の仕事だ。十九番。これは別の個体だ。改めて依頼を待てばいい。二十二番は熊か? ずいぶん場所が離れてるが。だけど少し気になるな。そのままで」

 そんな調子で、四十近かったシールは半数ほど剥がされた。後になるほど剥がされる率が高くなった。

「こんなとこか。どんな具合だ?」

薄氷(うすらい)川のそばが多いっすね」

 東京舞原(きょうぶはら)の中心部を南北に流れる薄氷川。この川の中流には、我が水鏡(みかがみ)女子大学附属高校もある。その付近にも一枚のシールが残っていた。

 もみじも地図を覗き込む。

「それと源流の垂氷(たるひ)山地に二点。それから九郎ヶ岳(くろうがだけ)の東麓、か。またあそこか。まったく、〈不純物〉を淀ませやがって。あたしにその力があれば、あんな山平らにならしてやるんだが」

 乱暴なちびっ子だな。

「所長、これってつまり……」

「うん? ああ。〈夜の種〉らしきものの目撃証言があがった所だ。噂に尾ひれがついたようなのは除かせてもらったがな」

 もみじは椅子に深く座り直し、脚と腕を組んで偉そうなポーズをとった。

「へ〜、出るもんなんすね」

 そうそう出るまいと思っていたのに、バイト開始二週目でこれだ。

 もみじは呆れたように俺をたしなめた。

「人口六十万だ。大都会ではないが、世界の標準から見れば十分に出やすい環境が整っている。週に二度の依頼が来ることだってあるんだぞ」

 なるほど。

「川のそばに出るってことは、水棲なんですかね?」

「可能性はあるが、まだわからん。ただ、地理的な特性に縛られてるのは間違いないな。いずれにせよ、大したヤツじゃない。あたしたちには打ってつけだ。お前、今晩は暇か?」

「アニメの録画を消化しなきゃいけません」

 少しばかり溜め込んでしまっている。

「それを暇と言うんだ。こういうときのために雇ってんだからつき合え」

「はいはい、わかりましたよ」

 もともと断るつもりはなかったのだ。

 しかし、俺の見せたやる気に対して、もみじの方が少し怪訝そうな顔になった。

「……にしてもお前、初仕事だというのにあまり緊張が見られないな。前の奴なんか相当ブルってたぞ?」

「いざとなったら所長が何とかしてくれるんでしょ? こんな稼業やってるくらいだし」

 今度こそもみじの顔に呆れの色が広がった。

「お前、全然あたしの話を聞いてなかったのか。いいか? あたしには大した力は無い。〈夜の種〉を探知することには多少の心得はあるが、見つけたら何とかするのは基本的にお前の仕事だ」

 なんだと?

 もみじは戸惑う俺を余所に立ち上がって部屋の隅のキャビネットに向かうと、スカートのポケットから出した小さな鍵で戸を開けた。そして、中から取り出し、少し重そうに抱えてきた二つの物体——

「ほれ。ひとつはお前が持っとけ」

 デスクの上に置かれたものは拳銃だった。いわゆるリボルバー式の、かなりゴツいヤツだ。

 ぽかんとした俺にその内の一丁を押しつけたもみじが、依頼人が置いていったという大きな封筒をデスクに向けて逆さにする。

 ザラザラとなかから弾丸がこぼれ落ちてきた。

「整備はしてある。ここを押し込みながらだとシリンダーが外に出るから、弾込めは自分でしろ。……ん? どうした?」

「いや、事態の推移に戸惑ってまして」

 いきなり拳銃を押しつけられて平然としていられる高校生はそう多くはないだろう。

「ふっふっふ。やっと緊張感が出てきたな。最初はみんなそうだ。お前にも可愛げがあるんだな」

 もみじはニヤニヤ笑いながら自分の銃に弾を込め、俺にも手取り足取りやり方を教えてくれた。

 弾丸は普通のものではなかった。いや、もちろん普通の実弾なんて見たことないけど、やっぱりこれはどう考えても違うだろう。薬莢の方はともかく、弾頭が変だ。こんな、半透明の宝石みたいな弾頭なんて。

 でも、どこかでこれと似たものを見たことがあるような。

黄紫水晶(アメトリン)だ。これ自体は大して高いものじゃないが、魔術師が魔力を込めたものは貴重品だから無駄弾を撃つのは控えろよ」

 ああ、そうか。高原が身に着けていたマントや帽子にあしらわれていたものだ。

「普通の弾じゃ効果は薄いけど、この弾なら〈夜の種〉を退治できるってわけですか?」

「飲み込みが速いじゃないか。その通りだ。ま、普通の攻撃でも倒せないわけじゃないんだが、効率や確実性を考えたら断然こっちだな。射手の身に具わった魔力に反応し、〈夜の種〉に当たった瞬間に破壊力を開放する。だけど絶対確実ってわけじゃない。これで仕留められなかったら撤退だ」

「効かないこともあるんですか?」

 俺は目を剥いた。それじゃ困るだろう。

「ときどきな。上級の〈夜の種〉には、これじゃ牽制くらいにしかなりゃしない」

 もみじは事も無げにそう言うと、拳銃をザックの中にしまった。

「そしたら任務失敗ですか?」

 俺も通学鞄の中に収める。

「いいや。倒せないような相手だったらそれはそれでしかたがない。こいつの弾頭には〈標識(マーキング)〉の魔法も仕込んである。あたしたちの手に余るような相手だったら、こいつを撃ち込んでから本職の魔術師にご出馬願うんだ。だから絶対に一発は当てろよ?」

 と、言われてもなぁ。

「俺、銃なんて撃ったことないですよ」

「あたしだって射撃訓練なんて受けたことない。それでも今まで何とかやってきたんだ。前の助手も段々上達してきたし、お前も大丈夫だ。それにさっきは無駄弾撃つななんて言ったけど、この弾の形、見たろ?」

 たしかに俺の知る銃弾の形とは異なり、今拳銃のシリンダーに装填されている弾丸の先端は、多角形にカットされているだけだった。これでは空力的に不利だろう。

 もみじはそこでニヤリと笑った.

「——当たんねえんだ、これが」

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