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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第一幕「瓜生山」
21/106

4-3

 奥の部屋は先ほどの応接室に比べるといくらか小さかった。中央にデスクが二つ向かい合わせに配置され、それぞれにノートパソコンが備えつけられていた。

「お前の席はそっち」というもみじの言葉を待つまでもなく、パソコン以外に何も置かれていない片方のデスクが持ち主不在であることは見てとれた。というか、もう片方が乱雑すぎる。書類やら、何日分かの新聞やら、読みさしの本やらが無秩序に積まれている。

「あー、ったく。お前の履歴書探してたせいでこんなになっちまった」

 もみじはタチの悪い責任転嫁をしながら荒れ果てた自分のデスクに向かって座った。

 俺も席につくと、二人が向かい合う格好になる。

「俺が応募したのは先週ですよ? そんなに引っかき回さなきゃ見つからないなんて、いったいどんな整理の仕方してんですか」

 呆れる俺に対して、もみじは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「あたしが悪いんじゃない。並河——ってのは例の替え玉所長だが、あいつが勝手にしまったんだ」

 本当は並河っていうのか、あのおっさんは。

 いずれにせよ、もみじが整理整頓が苦手な女であることは察せられた。今だって、「あれ? さっきこの辺に置いたんだけどな」などとデスクの上をさらっている始末だ。

「ああ、あったあった」

 もみじが引っ張り出したのは、俺の肉筆の履歴書だった。テンパったドラえもんか、こいつは。

「所長……」

「あ? 言っておくがいつもはこうじゃないんだぞ? 並河が変に片づけるから悪いんだ」

「いや、三色ボールペンが何本も転がってるのが気になってるんですが」

「ああ、これか。だって見つかんないときはコンビニで買った方が時間と労力の節約になるだろ」

 とんでもないことを言う。

「小さい内からそういう浪費癖つけちゃダメですよ」

「おっ、お前……、まだあたしが雇い主だって理解してないだろ? 領収書はもらってるから安心しろ」

 そういう問題じゃねえっつーの。ていうか、賭けてもいいが、どうせその領収書も紛失しているに違いない。

「んでだ。お前、履歴書の趣味欄に恥ずかしげもなく堂々と『アニメ鑑賞』なんて書いてたけど、いわゆるオタクってヤツなのか?」

 俺の諌言はさらっと流された。

「いやいやいや、俺なんかがオタクを名乗ったらひっぱたかれますよ。まあ、オタク志望ってことで」

「変なヤツだな。ていうかオタクってのはあたしみたいなのが好きなんじゃないのか? 萌えとか言って。扱いやすそうだからってのもあってお前を採用したんだが」

 ひでえ偏見だ。このちびっ子はその内教育してやらねばなるまい。

「所長は俺の三鷹ゾーンから外れてますから」

 それこそハンバート教授の領域だ。

 もみじは少しばかり不満そうに鼻を鳴らした。

「ほう、じゃあお前のゾーンとやらは?」

「そうっすね。スラリとした清楚系美人で、知的で物腰に気品があって、でもそんなクールな装いの下に熱い魂を隠していて、あと黒髪のストレートロングだったら最高っすね。あ、でも胸はもう少しあった方がいいかな」

「……いやに具体的じゃないか。まあいい、あたしだって助手からイヤらしい目で見られるのは不快だからな。……って、こら! どこ見てんだ、お前!」

 ぺったんこだなぁ、と観察していた俺の視線に気づき、もみじが両手で胸部をかばって喚き立てた。高原より無いかもしれない。いや、さすがにもみじと比べては高原に失礼か。

「あたしは三鷹ゾーンから外れてるんだろ!?」

「最近貧乳好きになろうと努めてまして」

「クビにするぞ貴様!」

 おっと、からかいすぎたか。俺は両手を挙げて降参のポーズをとった。

「すみません、すみません。冗談ですよ。仕事の説明に入ってください。いったい何が危険なんですか?」

 資格不問とのことだったので特殊な免許のいる作業ではなかろうが、一番気になるのはこれである。

「……ったく。あー、何が危険かって? 何もかも危険だ。常在戦場と心得ておけ。ひとつにはあたしの機嫌を損ねないこと。もうひとつにはあたしの身を守ること。最後に、自分の身は自分で守ること」

「は?」

 さっぱりわからん。

「まあ、こんなこと言われてもわからんよな。ここから先は他言無用だ。何があってもだぞ。じゃないと、お前は消されかねない」

 せっかく真面目な話に移ったかと思ったのに、また胡散臭くなってきた。しかし今度はそれをごっこ遊びと茶化すきにはならなかった。居住まいを正したもみじのまとう雰囲気が変わり、少しずつ俺を呑み始めていたのだ。

「いいか? もう一度言うが、この先の話を他所で喋るんじゃないぞ? あいつらはどこにでもいる。下手したらあたしまで殺されるかもしれないからな。誰かにどんなバイトしているのか訊かれたら、事務仕事とでも答えておけ。ま、実際にそれもやってもらうが」

 本当に事務仕事なのだったら、体力試験は必要あるまい。

「それから、だ。今から話す仕事の内容を聞いて辞めたくなったら、素直にそう言ってくれ。あたしはお前の身の安全を保障することはできないからな。お前の記憶を消してまた募集をかける」

 記憶を消す、だと?

 マジかよ。そんなことができる連中と言ったら——

「いいな?」と念を押すもみじに向かって、俺は唾を飲み込みながら頷いた。

「よし。それじゃ具体的な話だ。……お前、〈夜の種〉って聞いたことあるか?」

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