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放課後の魔少女――十年の孤独  作者: 結城コウ
第六幕「瓜生山 その二」
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19.「天地有情」〜未来への責任

 下山後、呆れ顔の高原に見送られてもう一度山を登り、原付を回収した。

 家に戻って靴を換えたあと、すぐさまもう一度飛び出して薄氷川(うすらいがわ)沿いの道を南下。目的地はもちろん歯科医院……ではなくて薄氷(うすらい)調査事務所だ。

 庭先に原付を駐め、ドアに飛びつく。インターホンを押してはみたものの、応答を待つのももどかしく、結局合鍵を取り出して扉を開けた。

「な、何だ?」

 仕事部屋に飛び込むと、インターホンに応えようとしたもみじが、書類の下から電話機を引っ張り出したところだった。

 ああ、懐かしきこの乱雑さ……。

「どうした、誠介? 今日はバイトの日じゃないだろ。ていうか、勝手に踏み込んで——何だよ?」

 息を整えた俺は、椅子に座り直したもみじの顔を正面から見据えた。

 ちっこい。

 本人がいくら言い張ろうとも、中学生扱いしてもらえるかも怪しいちっこさ。

 気の強そうな、しかしその分かえって幼さを感じさせる顔立ち。

 俺の知ってるもみじだ。俺のもみじだ。

 ……これがああなっちまうなんてなぁ。

「どうしたんだよ。鼻息荒いぞ? ちょっと気持ち悪い」

 もみじは居心地悪そうに逸らした目を書類に向けた。

「もみじ……」

「あ? 何だ? あたしは忙しいんだ」

 もみじは書類から視線を上げない。

「もみじ」

「だから何だっつーの」

 二回めで、やっともみじは顔を上げた。

「もみじいいぃぃぃッ!」

「きゃあっ!」

 三度めの声をかけた俺が飛びかかると、もみじは可愛らしい声を上げた。

「いいよいいよ、その声。ぐっと来るよ。もっとその声を聞かせて——んぎゃあッ!!」

 体中が痺れた。つーかめちゃくちゃ痛え。

「……っはあ、はあ。お前が悪いんだからな。いきなり襲いかかってくるから。少し頭冷やせ」

 もみじは肩で息をしている。その手には例のスタンガン。

 俺はのそり、と立ち上がった。

「あ? 効いてないのか? どうなってんだ、こいつを喰らえば〈夜の種〉だって大抵きゃああああッ!」

 俺に抱きつかれたもみじがまたも盛大な悲鳴を上げる。

「やめっ……何のつもりだって、お前!」

「もみじ、もみじ。可愛いよ。愛しいよお——ふぎぃ! 宣統帝ふぎい!」

 もう一度電撃を喰らった。

「何だ今の悲鳴……。お前、実はさっぱり効いてないだろ? 何があいしんかくら——ふぎゃあ!」

「もみじいいいいぃぃぃぃッ!!」

 俺たちのじゃれ合いは、本気で泣きそうになったもみじが電圧を上げて俺を失神させるまで続いた。


「すいませんでしたあ!」

「お前、マジで殺すぞ。次は拳銃使うからな」

 テンションが上がって訳がわからなくなっていた俺だが、目を覚ましてから、ゾッとするほど冷たい目つきで見下ろしてくるもみじに土下座で謝った。通報されずに済んでほんとによかった。



 家に帰ってからパソコンを立ち上げた。

 以前教えてもらった幾つかの単語を検索エンジンに放り込み、クリック。

 あまりに一般的な流行の単語ばかりだったので、求めるブログを探すのにずいぶんと時間がかかった。

 そのブログはふた月ほど前から更新されていなかった。家の近所に野良猫の集まる公園がある、という内容の記事が最新のものとなっている。何の前触れもなく止まってしまった更新に、変わらぬ日常の不意の断絶が感じられて物悲しい。

 コメントはそこそこついていた。学校の知り合いからと思われる、「今どうしてるの?」というものが多い。しかし、それに対するブログ主からのレスポンスは今のところ無い。

 俺は覚悟を決めて、コメント欄に文字を打ち込んだ。

 あちこちに負った小さな怪我や火傷(ついさっき自業自得でもらった電撃傷も含まれる)に沁みるので歯を食いしばりながらシャワーを浴び、未来の塵を落とした後、再びパソコンの前に座った。

 当たり前だが、この短時間で返信がついているわけがなかった。携帯電話にもメッセージはなし。

 今向こうは何時なんだろう、と考えてみたものの、時差を計算するのも億劫になってベッドに転がった。電灯を消してつらつら考え事をしている内に、早くも瞼が重くなってくる。

 実に実に、実に長い一日だった。



 次の日は私服で登校するはめになった。

 制服で飛ばされて私服で戻ってきたのをすっかり忘れていたのだ。予備の一着はクリーニングに出してあって、仕上がりは今日の夕方である。説明が面倒というか説明のしようもないので、誤って二着ともクリーニングに出してしまったことにした。

「ばっかだなー、三鷹くんは」

「うっせーぞ」

 俺の言い訳を聞いた一条がころころと笑う。一条には色々言いたいことがあるが、こっちのこいつに言ってもしかたがない。

 そんな俺たちを、浜田がじーっと睨んでいた。そのどす黒い視線に気づいた俺は武藤をつついた。

「なあ、どうして浜田は朝からご機嫌斜めなわけ?」

「ああ、昨日お前が失踪したせいで、室田先生から当てられたわけよ。昨日は俺たちの列が当てられる日だったろ? でもお前がいないのがわかるとなぜか隣に飛び火したわけ。予習してないのがバレて大目玉」

 だ、そうだ。

「わ、悪い、浜田……」

「いーですよーだ。それよりさ、昨日サボって何してたの? どっかに遊びにいってたんだったら、次はあたしも誘ってよね」

「お、そうだ。結局何だったんだ? 一条さんもあのまま早退してたよね? 北山先生、かんかんだったよ」

 それなら俺はもう体験済みだ。私服で登校してきた理由を担任に説明しに行ったところ、昨日の無断早退をこっぴどく叱られた。

 ただ、どこで何をしていたかについては口をつぐんだため、後でもう一度来るように言われている。

 まあ、魅咲(みさき)たち三人も後で呼び出しを受けるだろう。そん時の高原の言い訳能力に期待だ。なにせこの時点の高原は、冷静ささえ保っていれば相当に機転の利く奴なのだ。

「うえ? えーと、詩都香(しずか)を病院に連れてって……」

 一条はしどろもどろになりながら弁解しようとした。泳いだその目は、ちらちらと教室の後ろの扉に向かう。高原が来ないかと期待しているのだろう。

 にしてもこいつは嘘つくのが致命的に下手だな。あっちの世界で、本当に会社の取締役なんて務まっていたのだろうか。

「かなっちは嘘つくとすぐ顔に出るのよねー。三鷹くん、女の子三人も連れてどこに行ってたのかな?」

 渡会も乗ってきた。

 ――たったひとりで、ちょっと別の世界まで、な。

「お前はいいよなぁ。相川さんと幼馴染なんて。相川さん誘えば、一条さんも高原さんもついてくるんだろ? はーあ……」

 勝ち組だよ、富の偏在だよ、と武藤が大げさに嘆いてみせた。

 ――そんないいもんじゃねーって。ま、役得もあったけどさ。

「そういえば、今日はみさきち遅いね」

 渡会(わたらい)が教室の前方を見た。たしかにそうだな。いつもなら始業三十分前には来て級友との雑談に興じているのに、もう十分前だ。

 ……それにしても、だ。あっちの世界では会えなかったけど、こいつらはどんな生活を送っていたのかな。

 俺が死んだ(ことになっていた)ことや、高原がいなくなったことは、こいつらの人生にどれくらいの影響を与えていたのだろうか。十年も経てば「そんなこともあったな」と軽い気持ちで思い返せるような、取るに足らないことだったかもしれない。でもその実、本人にはその自覚がなくても、巡り巡って大きく人生を左右することだったのかもしれない。

 来栖(くるす)だってそうだ。俺はちらっと教室の右前方へと目をやった。

 来栖は机に頬杖を突いてイヤホンで音楽を聴いていた。以前は遅刻や欠席の多かった彼女は、あの事件以降、少なくともこうやって学校には欠かさず来るようになっていた。

 クラスでたった一人、最初から来栖を信じると言ってくれた高原。そんな高原が突然学校を辞めたら、少なからずショックだろう。

 月並みな言い方かもしれないけど、人と人とはどこかで影響を与え合っているのかもしれない。そんな風に思うと、なにやらこうした他愛もない雑談さえ愛しく思えてくる。

「なーに悟り澄ました顔してんのよ」

 浜田の言葉にはまだ棘が残っていた。追及は済んじゃいないらしい。

 ちょうどそこで、教室の後ろの扉が開いた。魅咲かと思ったら、入ってきたのは高原だった。一条の顔が安堵の色に染まった。

「な、何……?」

 俺とその周囲の人間全員の視線を集めた高原がたじろぐ。

「ね、ね、高原さんにも昨日のこと聞いてみようよ」

 浜田が渡会を誘って席を立とうとしたその時、

「しーずーかちゃーん!」

「へぐっ!」

 田中が高原に飛びついていた。脇からタックルを食らった形の高原は、顔を歪めて呻いた。

「ど、どうしたのよ、田中くん」

 高原が田中を振り払おうともがく。突然の事態に、教室内が一気にざわめいた。さっきまで田中と雑談していた吉田と大原も、取り残された形でぽかんとしている。

「あ、えーと。いや……」

 我に返った田中は、ぱっと身を離すと、珍しく口ごもった。

「どした? お気に入りのキャラでも死んだ?」

 高原の台詞は、あんまりと言えばあんまりだった。ラブ的な何かを期待していた教室内の空気も一気に弛緩する。

「いや、そういうんじゃなくて……、なんだろう。なんだかすっごい久しぶりにしずかちゃんに会った気がしてさ」

 ばつが悪そうに田中は頭を掻いた。だが、弛んだ空気を伝わって、その言葉は教室中に届いたようだ。

「そういえば、俺も」

「ああ、なんでだろうな?」

 大原と吉田も、互いに顔を見合わせた。

「――ほんとだ、なんでかな?」

「昨日、しずちんが早退したせい?」

 浜田や渡会まで同調する。それを機に、教室の中がまたざわめいた。

 来栖はと見遣れば、さっきまでと違い、机に突っ伏していた。その背中が小刻みに震えていた。

「え? なに?」一条がきょとんとして辺りを見回す。次いで、その愛くるしい目が俺の方を向いた。「何かあったの?」

 俺は肩をすくめることしかできなかった。

 一番面食らっているのは、当然ながら高原本人だった。

「ちょっ、なんなのこの空気? ……あ、昨日のあれだったら大丈夫。あれ仮病だから」

 狼狽のあまりだろう、後々面倒になりそうな事実まで暴露したが、室内の空気を変えることはできなかった。

 一条――あっちの一条め、やっぱ適当なこと書いてたのかよ。自分で選んで決断した高原よりも、置いていかれた人間の方が影響大きいんじゃないのか。

 田中が高原に向き直った。

 そして言いやがった。

「おかえり、しずかちゃん」

「う、うん……」

 高原は困惑しながら頷き、口を開いた。

「ただいま……でいいのかな」

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