こんなにも感謝されるなんて!
「あのなー…」
ドッターの苦笑いが、この場における二人の地位を示している事は明らかだった。
ノジローとファースの馬鹿正直な報告は他の冒険者たちの口を閉じさせなくし、全員の目を見開かせた。
「言っとくけどあれは浮かれ上がった新米冒険者に対する警告だ」
「やっぱりですか…すみませんと言うか…」
「火事場の馬鹿力って言うにしてもな、ミミックを叩き…壊した奴はお前さんが初だ」
「それって初心者卒業って言えますかね」
「ボク自身言えないと思います」
ドッターやファースの言う通り、あれは新米冒険者に対する警告のためであり見た目ほどの攻撃力がある訳ではない。確かに硬くてそれなりに速くはあるが、新米冒険者の命を奪うまでの力はない。
ギルドが抱える初心者向けダンジョンの、ましてやギルド所属モンスターなどそんなものなのだ。
「まあ目的は達成してるからクリアって事でいいけどな、油断大敵だぞ、いいな」
「報酬とか」
「報酬はただクリアしたって事だからな。ただそれこそとんでもない経験値を手に入れちまったからもうそれでいいだろ。レベルはいくつだ」
「12、いや11です…」
「……わかったわかった、今日はもう休め」
「ああその前に、ここで一番豪華な料理を二人前下さい!」
「そうか、それがいい」
拍手の音が鳴り響く。冷笑と言ったそれはどこにもなくただただ純粋に事を為した英雄を称えるそれであり、千金を積んでも買えない代物であった。
「……お前」
「ファースはボクを最大限に気遣ってくれている。それに応える方法は他にないじゃないか」
「打てば響く器ばかりだと思うな」
「うわぁ……」
ダンジョンを出て帰り道、もうモンスターが襲って来ない道中でノジローからぶつけられたうわぁと言う三文字で自分がどう見られていたのか分からないほど、ファースは馬鹿でもない。
もう「生存保険」も「ダンジョン保険」も「ミミック保険」も切れていたが、それでも構わずにレベル差に任せてむしゃぶりつく。
「不死鳥の頭」—————————。
紛れもないAランクパーティーの一員だったはずなのに全くそうは見えず、そこから追放された今は「保険屋」と言うスキルとそこそこの金以外何も持っていないFランク冒険者。
もし不死鳥の頭が、本来与えるべき経験値を与えていたらファースは今頃レベルいくつになっていただろうか。
「ボクの願い事だ!」
「……わかったよ……」
その流れと勢いで本来ミミックを倒して得るはずだった経験値の一部を「先払い」して保険を結ばせたのは、全くノジローのわがままだった。
そのおかげでファースのレベルは7まで上がったが、ノジローのレベルはさっきも言った通り11にしかなれなかった。
先払いのいい所はうまく行かなくともあらかじめ報酬は約束されている事であり、悪い所は相手がいくら稼いでも保険を結んだ存在には返って来ない事だ。もちろん先払いだから「比率」で渡す事は出来ず、数字で渡す事しかできない。
「しかしこの契約を結んでどうするんだよ」
「今日は大丈夫だよ。でも明日またお腹いっぱい食べられるとは限らないし。だから結構高いんでしょ」
「発動がいつになるか分からないぞ」
「だからいいの」
「対空腹保険」—————。
一定時間以上食事を取らず栄養が不足した際にパフォーマンスを落とさないまま消費カロリーを半分にし生命活動を永らえさせると言う物だ。
実際長いダンジョンを巡るのにはかなり有効な保険であり、これで地下六階のダンジョンを乗り切った事もあったが三人からはありがとうの五文字もなかった。
「いつか必要になるかもしれない、でも今じゃない。それが保険なんでしょ」
「ああ…」
「もしあの時発動しなくてもいつかは効いていたかもしれない。その時のためなんでしょ、いつか起こる災難から身を守るための」
「……」
保険と言うのはだいたいそういう物だ。
日常生活の中で起きてしまう可能性のある災難に備えるためにあらかじめ用意しておく、必要のないまま塩漬けにされてしまうかもしれない代物。死のような避けがたき運命ならばともかく、ケガや病気さえも起きないかもしれない。しかしそれを無駄と呼ぶ事が出来るのか。蓄えを何もかも使い切って死ぬとか言うのは理想論であり、何かの無駄と言うか悔いを遺して死んでしまうのが人間だ。
冒険者には冒険者の災難があるが、ギルドマスターにはギルドマスターの、レストランの主にもシェフにもウェイターにもそれ相応の災難がある。誰にだって、「保険」は無用の長物になるかもしれないにせよ、それ以上に有用なのだ。
「……何を食べるか?」
「ファースの好きなのでいいよ」
「俺に任せると財布の中身ばかり見るからお前が選べ」
「わかった!」
その結果出て来た豪勢なそれにファースは苦笑し、ノジローは心底からの笑顔で食事を口に運んでいる。
この場にいる存在全てを染める、あまりにもきれいな笑顔がそこにあった。




