ファースは喜んで荷物持ちをする
「この辺りはモンスターは来ないんでしょ?」
「基本的にはな。でもダンジョンから這い出たそれが来ないとは限らない」
「水分は」
「取らない方がいい。ダンジョンの中で尿意を覚えて集中できなくなったらまずいからな」
荷物を下ろし、腹ごしらえをする二人。
と言っても本番のダンジョンの前に必要以上に腹を膨らせる訳にも行かず安いパン一個だけであり、地面に座りながらゆっくりと嚙んで口に含め嚥下するその時間だけで休憩としては十分なほどだった。
朝と昼の合間の時間の風が二人の頬を撫で、草の匂いを運んで来る。
だがファースの顔に緩みはなく、むしろ目付きが険しくなって行く。
「ダンジョンはこれからが本番だからね」
「違う、なぜさっきあんな事を言った」
「ボクは……」
「もし俺に経験値をもっとやりたいとか言うならそれはよせ。俺は確かに保険屋だ、お前に保険をかけて成果を挙げてもらって初めて報酬を得る仕事だ。だがそれは被保険者、つまりお前の身の安全あっての仕事だ。保険をかけたのに苦しい目を味わわせてしまったら保険屋としては面子に関わる」
「面子って!」
「保険」と言うのは事前に来るであろう難を防ぐから「保険」であり、「保険」があってなお苦難に見舞われるのは「保険」をかけた側としても良くないと言うのがファースの考えだった。その点から行けばノジローのさっきの挑発行為は進んでその身を危険にさらす物であり、正直感心できない行いだった。
だがファースからしてみれば真摯な心配を求めていたはずなのに、ノジローの顔には反省と言うより哀れみの色が浮かんでいた。
「………………ファースって相当辛い思いをして来たんだね」
「何だいきなり」
「今までもずっとそうやって警告して来たけど、誰にも聞いてもらえなかった。そして誰にも聞いてもらえない上で必死に頑張って来たけど、その言葉の通りになった事が一度もなかったからどんどん辛くなった。保険ってのは何かがあったための時のそれなんでしょ、何も起きなきゃ保険なんて必要ないんでしょ」
「………………」
そしてその顔から放たれたカウンターに、ファースの口が止まってしまった。
何かが起きるからこそ保険が必要なのであり、何も起きなければ保険など必要ない。その何かを必死に訴えた所で、相手が聞き入れなければ保険は成立しない。それが「保険屋」だった。
「……文句を言う気はない。だが俺はどうしてもお前が心配だ」
「こっちもだよ。ファースってカッコイイ大人だと思ってたけど、なんか正直幻滅って言うか」
「おい!」
「いやもう少し楽になってもいいと思う。どうかボク、ってか自分の保険屋ってスキルを信じて欲しい。自分はすごいんだぞって威張ってもいいと思う、だって威張る資格があるから」
「威張る資格…………」
威張る資格。ファースにとって聞いた事もない言葉だった。
二十七歳と相当に遅くして冒険者になってから三年、「不死鳥の頭」の実質一番下っ端として過ごして来たファースにとって威張ると言う言葉は遠い世界の言語だった。傲慢な言い方をすればそんなのはコクチョたちに任せておけば良いとならない訳でもないが、現実的に少しでも差し出がましい事を言えばコクチョの人を殺せそうな視線と罵倒にクツノイの拳、アタムロの嫌味と魔法だけが飛んで来る環境だった。
「……俺はさ、責任を負いたいんだ。お前の様に若くて意欲溢れる存在を守ると言うさ。「不死鳥の頭」でも俺は年上だったけど新参だったし一番立場は弱かった。でもその事に不満はなかった。不満があったとすればどうしてうまく行きすぎるんだって事ぐらいで」
「うまく行ってるのは「不死鳥の頭」だけじゃない。三人ともファースの事なんか何も考えてなかったの、ってかその三人が本当に三年でAランクになるんならばファースの存在意義って何だったの」
「…………俺のわがままを聞いてくれねえかな」
ノジローの無謀をたしなめるはずだったファースが、押されてと言うか押し負かされている。
ファースの方が頭を下げそうになり、ノジローがパンのかすを口に付けながらため息を吐く。
「ああもうわかったわかった、ボクだってボクの事こんなに心配してくれる人に出会った事がないからどうしたらいいかわからなくて。ほんの昨日までファースがボクの事を純粋に心配してくれるのが少し辛くて」
「……悪かったな、説教臭くて」
「正しい事は正しいんだもん。それにブツブツ言う方も悪いからさ。これはもうボクの負け。だから…」
ノジローは剣以外の荷物を背負わないまま、立ち上がる。
そしてファースもノジローの荷物を背負い、立ち上がる。
「「ダンジョン保険」ってのがあるんだよね」
「そうだ」
「わかった、今回のボクはファースの言う通り目的地を目指して一直線に行って帰る事にするから」
「よろしくな」
ノジローの差し出した手を、ファースは握る。
二人分の荷物を背負える程度には力のあるファースを引き連れるノジローの足取りは、ダンジョンに着く前よりずっと軽くなっていた。




