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退職金の代わりにD級ダンジョンを押し付けられた42歳、深夜のソロ配信で超深層を見つけたら視聴者が2人→300万人になった件  作者: 月代


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第10話「鑑定の果てに」


崩壊から二日が経った。


体中が痛む。背中と膝の打撲。右足のふくらはぎの肉離れ一歩手前。全身の筋肉痛。


湿布だらけの体で、テーブルの前に座っている。


ノートパソコンの画面に、桐谷と宗方の顔が映っている。


三者通話。


桐谷が口を開いた。


「超深層の崩壊は止まりましたが、核体の活性化は続いています」


画面に図が映る。桐谷が描いた超深層の断面模式図だ。


「活性化は”再構築”を意味しています。超深層は壊れて終わりではなく、新しい構造で再生される。問題は──」


桐谷が一拍置いた。


「再構築の過程で核体が不安定なまま放置されると、ダンジョン自体が暴走する可能性があること」


「暴走というのは」


「際限なく空間が拡張し続ける状態です。最終的には地上にまで影響が出る。鳩山第七坑周辺だけの問題ではなくなる可能性がある」


宗方が続けた。


「管理局はようやく本格対応を開始しました。自衛隊のダンジョン特殊部隊が待機しています。だが──核体に直接対処できるのは」


「俺の【鑑定】だけだ」


「そうです」


分かっている。


最初から、分かっていた。


「桐谷さん。安定化させる方法はあるのか」


「仮説ですが──核体の鑑定結果に『管理インターフェース』という記述がありました。つまり、鑑定スキルで核体の構造を読み取り、正しい形に定義し直すことができれば、再構築が安定する可能性がある」


「鑑定で、構造を定義する」


「はい。超深層の隔壁が鑑定の『署名認証』で開いたように、核体も鑑定による承認を必要としているのではないかと」


第2話で開いた隔壁。


第4話で桐谷が立てた仮説。


第8話で判明した核体の鑑定結果。


全部が、繋がっている。


「行く」


立ち上がった。


椅子が軋んだ。体のあちこちが悲鳴を上げたが、無視した。


* * *


鳩山第七坑。


洞窟の入口に、管理局の封鎖線が張られていた。


黄色いテープと、迷彩服の隊員が数名。自衛隊のダンジョン特殊部隊だ。


俺がザックを背負って歩いて行くと、隊員が手を上げて制止した。


「一般の方の立ち入りは──」


「真壁遼です。探索権保有者です」


隊員の表情が変わった。


無線で確認を取っている。


三十秒後、封鎖線が開いた。


宗方が手配してくれたのだろう。


洞窟の入口で、予想していなかったものが待っていた。


黒いSUV。見覚えがある。


神楽坂透真が、洞窟の壁に背を預けて立っていた。


「よう、おっさん」


「……何してる」


「何って。一緒に行くに決まってんだろ」


俺は眉を寄せた。


「誰に頼まれた」


「誰にも。自分で来た」


神楽坂の顔には、前回のような軽さがなかった。


「おっさん一人で行かせるわけにいかないだろ。俺が周りの魔物を引き受ける。あんたは鑑定に集中しろ」


第5話では、俺が条件を出した。「俺の指示に従え」と。


今日は、神楽坂の方から言っている。


あの時と同じ役割分担を、今度は自分の意思で申し出ていた。


「……頼む」


それだけ言った。


神楽坂が薄く笑った。「任せろ」。


* * *


ダンジョン内部。


通常階層の壁面に、超深層の発光苔が浸食し始めていた。青緑の光が通路を染めている。


中継器は崩壊で破壊されていたが、管理局が軍用の高出力中継器を設置してくれていた。配信は可能だ。


配信を開始した。


視聴者数。開始時点で二百万人を超えている。


チャット欄は流れが速すぎて読めない。


超深層に入る。


崩壊後の空間は、以前とは様変わりしていた。


壁や天井が波打つように変形し続けている。通路の形が数分おきに変わる。


再構築の途中だ。


俺が先頭を歩く。【鑑定】で安全なルートを一歩ずつ確認する。


「この壁面、二十秒以内に変形する。右へ」


「天井の構造は安定。通過できる」


「前方の空間、重力異常なし。進む」


神楽坂が後ろを守る。


再構築中の超深層には、はぐれた魔物が不規則に出現していた。アビサルシェルの小型個体が二体、通路の先に現れた。


「弱点は腹部第三関節だったな」


神楽坂が剣を抜いた。


「そうだ」


「了解」


【閃断】。


光が二閃。


正確に腹部第三関節を斬り裂き、二体が同時に沈んだ。


「前回とは違うだろ」


神楽坂が剣を収めながら笑った。


弱点を知っていれば、A級の戦闘力は圧倒的だ。


鑑定が情報を与え、戦闘スキルが道を切り開く。


一人では不可能なことが、二人なら──できる。


* * *


最深部。


第5階の空洞は、形が変わっていた。


天井の結晶体の半分は落下して砕けている。地面の植物群はまばらになり、壁面が呼吸するように膨張と収縮を繰り返している。


中央に、核体。


脈動が激しい。


表面を走る光の速度は、二日前の倍以上だ。


【鑑定】を発動した。


結果が出るまでに、六十秒以上かかった。


チャット欄も、配信画面も、沈黙に包まれた。


『核体状態:再構築過程(不安定)

 安定化条件:管理インターフェース(【鑑定】スキル)による構造定義の承認が必要

 承認方法:核体に接触し、鑑定による全構造マッピングを実行

 所要時間:推定15分

 リスク:鑑定実行中、術者は意識をダンジョン構造に同期させるため、外界への反応が不能になる』


読み上げた。


十五分間。


核体に触れて、全構造をマッピングする。


その間、俺は外のことが分からなくなる。


動けない。聞こえない。見えない。


十五分間、無防備になる。


「……十五分、動けなくなる。その間に崩壊が来たら、逃げられない」


「十五分くらい守ってやる」


振り返ると、神楽坂が剣の柄に手を置いて立っていた。


「俺をなんだと思ってる」


不敵な笑みだ。だが、目は本気だった。


チャット欄に、桐谷のコメントが流れた。


「桐谷あかり:あたしが構造データをリアルタイムでモニタリングします。異常があれば即座に伝えます」


続いて宗方。


「ゼロ:管理局が外部から支援する。やれ」


俺は核体の前に立った。


手を伸ばす。


指先が、黒曜石に似た表面に触れた。


冷たい。


だが──奥に、微かな熱がある。


脈動が、指先から腕を伝わって体全体に広がる。


【鑑定】を起動した。


目を閉じた。


* * *


暗闇の中に、構造が見える。


視界の全てが、ダンジョンの情報で埋め尽くされた。


文字ではない。


地図でもない。


構造そのものが、直接頭の中に流れ込んでくる。


超深層の全体像。


階層の形。通路の配置。空間の密度。魔力の流れ。魔物の分布。鉱物の組成。植物の群生パターン。水脈。空気の層。


全てが──バラバラになっている。


崩壊で構造が壊れ、再構築が無秩序に進んでいる。


このまま放置すれば、拡張は止まらない。


俺の仕事は、これを読み取って、正しい形に定義し直すことだ。


鑑定する。


一つずつ。


この壁はここにあるべきだ。


この通路はこの角度で続くべきだ。


この空間にはこれだけの魔力が満ちるべきだ。


読み取って、承認する。一つずつ。丁寧に。正確に。


二十年の現場経験が、体に染み込んでいる。


鑑定データの読み方。情報の優先順位。構造の整合性。


会社の報告書を書いていた時と同じだ。


データを集めて、整理して、正しい形にまとめる。


誰にも褒められなかった仕事。


誰にも評価されなかった仕事。


だが──俺はこの仕事を二十年間、一日も手を抜かずにやってきた。


その全てが、今ここにある。


構造が、少しずつ安定していく。


バラバラだった階層が、形を取り戻していく。


あと少し。


あと少しだ。


──脳裏に、あの日の記憶がよぎった。


鷹村の会議室。


「使えないスキルだな」


パイプ椅子一つ分の距離で告げられた言葉。


退職金の代わりに押し付けられた書類。


深夜の、視聴者ゼロの配信。


震える手で拾い上げた、油汚れの金属片。


全部が──ここに繋がっていた。


全部が、意味を持っていた。


最後の構造を承認する。


核体の脈動が──穏やかになった。


目を開けた。


* * *


「……終わった」


声が掠れた。


指先がまだ核体に触れている。


表面を走る光は、先ほどまでの激しさが嘘のように穏やかだ。


空洞全体が静まっている。壁の膨張と収縮が止まった。結晶体が安定した光を放っている。


超深層は、新たな形で再構築を完了した。


膝が笑っている。立っているのがやっとだ。


背中に、手が置かれた。


「お疲れさん、おっさん」


神楽坂が、肩を叩いた。


視界の隅で、チャット欄が爆発しているのが見えた。


読む気力はない。


「帰ろう」


「ああ」


帰路は、行きより穏やかだった。


再構築された超深層は、崩壊の痕跡を残しつつも、安定した構造を取り戻していた。


壁面の発光苔が柔らかく光っている。


通常階層を抜け、洞窟の外に出た。


朝日だ。


いつの間に夜が明けていた。


洞窟の前には、管理局の職員が数名。報道陣のカメラが何台か。


俺は疲れ切った顔で──だが、背筋だけは伸ばして、歩いた。


配信はまだ続いていた。


視聴者数。三百万人を超えている。


カメラに向かって言った。


「……鑑定完了。超深層は安定しました。以上、おっさん42の配信でした」


配信を切った。


画面が暗くなる。


朝日が眩しい。


* * *


数日後。


帝央マグナスの訴訟は取り下げられた。


社会的批判と株主からの圧力に耐えかねた形だ。


鷹村は責任を取る形で降格になったと、ニュースサイトに載っていた。


俺は特に何も思わなかった──と言えば嘘になる。


二十年の上司だ。


だが、あの人は「会社としての判断」で俺を切り、「会社としての判断」で俺を訴えた。


その結果を、「会社としての判断」で引き受けるのは、筋が通っている。


真壁のもとに、管理局から正式な書面が届いた。


「鳩山第七坑(超深層を含む全区域)の個人探索権を、真壁遼氏に正式に確認する」。


テーブルの上に置いた。


隣に、あの金属片がある。


ジップロック越しに、微かな紋様が見えた。


桐谷からメールが来ていた。


『超深層のデータで博士論文を書き始めました。真壁さんのお名前は共著者として載せます。それ、論文になりますよ! というか、もうなります!』


相変わらず元気だ。


宗方からはDMが一件。


『ゼロ:超深層対策室の室長に就任しました。今後も連絡はこのアカウントで。──次の配信、楽しみにしています』


管理局の中でうまくやったらしい。あの男なら、できるだろう。


神楽坂の配信も確認した。新しい動画が上がっている。


サムネイルの大きな文字──


『俺が守って、あの人が鑑定する。最強のパーティだろ』


帝央マグナスのロゴは、サムネイルのどこにも見当たらなかった。


コメント欄が盛り上がっている。


「神楽坂がおっさんのこと『あの人』って呼んでるの初めてでは」


「超深層コンビ公式化きた」


スマホを置いた。


* * *


夜。


遅い夕食を取っていた。


カップ麺ではなく、久しぶりにちゃんと米を炊いた。味噌汁も作った。


テレビは点けていない。


静かな夜だ。


スマホが震えた。


DunGo Liveの通知ではない。


個人の電話番号宛のメッセージ。


知らない番号──ではなかった。


連絡先に登録してある。五年前から一度も使われていない番号だ。


真壁陽菜。


娘の名前。


指が止まった。


メッセージを開く。


『お父さん。

 私、ずっと配信見てました。

 あの時「逃げて」って打ったの、私です。

 ……今度、会えませんか』


画面が滲んだ。


視界がぼやけている。


目尻を、手の甲で拭った。


五年間、連絡できなかった。


俺から連絡していいのか、分からなかった。


離婚して、娘を手放して、何も残せなかった父親が、今さら何を言えるのか。


だが──この子は、見ていてくれた。


視聴者ゼロの深夜配信から、百万人の崩壊脱出まで。


知らない場所で、匿名で、ずっと。


返信を打つ。


指が震える。


だが、今度の震えは──鑑定の時とは、違う。


『いつでも。待ってる』


送信した。


スマホをテーブルに置いた。


椅子から立って、窓を開けた。


夜風が入ってくる。


空を見上げる。


鳩山の方角。


あのダンジョンの奥に、安定した超深層がある。


新しい構造で生まれ変わった未知の空間が、静かに呼吸している。


まだ見ぬものがある。


鑑定しなければ分からないものが、あの先にはまだ無数にある。


配信の視聴者数は──今は、ゼロだ。


画面は暗い。カメラは回っていない。


でも、それでいい。


最初もゼロから始まった。


俺は窓を閉めて、テーブルに戻った。


味噌汁の残りを飲み干す。


明日の夜、また潜ろう。


いつも通り。


カメラを回して、鑑定して、読み上げて。


四十二歳のおっさんの探索は、これからも続く。

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