第2話
「ついに冗談以外も怖がられてしまったんだが……」
街の北部にある、酩酊通りのアイーダ探偵事務所へ帰ってきたカガミは、その住居部分にある自室のベッドに座り、テレビ電話形式の電脳通信で課長《養父》へしょぼくれた顔で相談していた。
ちなみに少し硬めのクッションがあるこのベッドは、全身義肢のチューニング機能があり、睡眠に近いシークエンスで疑似神経系の不具合を修正できる。
「それは……。うん……。仕方ないだろうな……」
「そう、か……」
庁舎内の特殊部隊長室にいる課長は、なんとか娘をフォローしようとしたものの、流石にバイオレンスすぎて何も言うことが出来なかった。
「まあ次から気を付けなさい、としか言えないな」
「うん……」
「ところで、相談相手は私でいいのか? サカイダ氏の方が引き出しはおおかろうに」
「……流石にこんな些事で煩わせる訳にいかない」
「それは――。いや、ささいな事こそ親の仕事か……」
相談内容が逆じゃないのか、と苦言を言いかけた課長だったが、それで二度と相談されなくなったら悲しいので飲み込んだ。
タフな肉体と切れる頭脳を持ち、仕事に私情は挟まない彼だが、人の親としてはかなり娘には甘いのだった。
「時間とらせて悪かった」
「いや。ちょうど今、ヤタ捜査官の方に用事があったから、むしろちょうど良かった」
「仕事、か」
「ああ」
やや距離感を掴みかねてはいるとはいえ、それでも砕けた親子のやりとりだったが、政府公安局職員としての名前で呼ばれ、途端に部下と上司のやりとりになった。
「私の見た限りと報告を鑑みて、業務の評価は特に怠慢も無く優秀だ。だが、少し護衛対象に入れ込みすぎているのが懸念点でな」
「その点について、私は問題ないと思っている」
「理由は?」
「〝機械仕掛けの悪魔〟を御す事ができる唯一の存在である、監視対象者との信頼関係を構築しているに過ぎないからだ。対象者は、情が湧いた相手をあっさり切り捨てられるほど冷徹ではない」
「意図は分かる。筋も通っている。――だが、お前はどうだ? 対象者が国家の敵となった場合、躊躇無く引き金を引けるのか? 私はそういう話をしている」
「無論だ」
「そうか。なら良い」
その瞳は一切揺らがず、力強く真っ直ぐに自身の目を見つめ返して断言するカガミへ、課長は1つ頷いてそう言い、上司としてそれ以上は追求しなかった。
「で、ヤタ・カガミ個人としてはどう思っている?」
「アイーダさんが敵になるなら、きっとその目はすで黒くないか、あるいは彼女のまがい物だ。1秒でも一瞬でも早く尊厳を守るために引き金を引く」
少し気を緩めた表情になり、養父・マサミとしての追求に、カガミは確信めいて胸を張りながら口元を緩ませて言う。
「私もその意見に異論は無いが、頼むから公の場で言ってくれるなよ? あと、本人にも伝えるならなるべくオブラートに包んで、そのときになったら1回立ち止まってくれ」
「? まあ、あなたがいうなら……」
大いに悩んで拒否するものと思っていた課長は、ちょっと信用どころか崇拝じみていたので、思い切り口の端を引きつらせて厳重に忠告した。
「何話してるのかと思ったら、何なのですかその〝アイーダさんはね〟的な解釈違い絶対拒否お姉さんは! コワイ! 怖さ2倍付け…………ッ! なのですっ!」
すると、当然のように秘匿通信を盗み聞きしていたナビは、カガミが自分よりよっぽどぶっ飛んでる事を言い出したので、たまらず割り込んできて大騒ぎし始めた。
「秘匿通信に割り込んでくる君は人のこと言えないと思うんだがっ」
「それはそれなのです! ナビちゃんなら徹底検証して、クロ確定間違いなし判断のときに、あなたとかあの検事さんとかに相談するぐらいには慎重を期しますよ?」
「……カガミの味方をしてやりたいが、私も同意見だ」
「そ、そうか……」
「さすが政府公安局の魑魅魍魎を丸め込めるお方っ。話が分かりますねえ!」
ついさっきセキュリティを強化したんだが……、とイタチごっこの極みな状況を把握して脂汗が滲む額を抑えながら、課長はナビがキンキンとまくし立てる正論を後押しした。
ちなみに、今回ナビの判断でアイーダは通信に割り込んではおらず、本人は行方不明者の行方を手がかりから推理していて、現在、事務所でボソボソと独りごちている。
「でもですね、私もアイーダさんが万に一つも闇堕ちなんかしない、とは思ってますけどもね」
怖い、とまたしても言われて涙目になっているカガミへ、何があったか察したナビはキッチリフォローを入れた。
「まあとにかく、くれぐれも娘を頼むと、サカイダ氏にもよろしく言っておいてくれ……」
「はいはい。承りました。のです」
「カガミは少し自分を振り返っておくように」
「うん……」
これからまだ少し仕事が残っているが、諸々の事で精神的に疲労困憊となった課長は、ナビとカガミの返事を聞くと、じゃあまた、と通信を切断した。




