エピローグ
自分を推薦したバイト達すら、誰1人付いてきていないムスカベは、目立たない様に薄暗い裏路地をこそこそと歩いていた。
まあいいわ。今まで貯めたクレジットでほとぼりが冷めるまで隠れておけば、表に出なくてもこのスパイスでのし上がれるから……!
だが、その表情には後悔は無いが反省もなく、唯一持ち出したスパイスセットのケースと夢を見てほくそ笑んでいた。
「君、ちょっと良いかな」
「は? 私売りものじゃ――」
「政府厚生局だ。君に薬物使用および所持容疑の逮捕状と」
「政府公安局から、不特定多数へのテロ行為容疑の逮捕状が出ている」
「え……?」
だがそのルートも、茶色く澱んだ用水路にかかる小橋上にて、麻薬取締官の中年女とカガミから告げられた、容赦ない通告によって完全に絶たれた。
「はい、そのアタッシュケースを渡しなさい」
「ち、違います。これは単なるスパイスですよ? それにテロ? 人違いじゃないですか? これはちゃんと〝香辛街〟のお店で買ったものですからっ。証明書もほらこの通りあります!」
これまでや、ついさっきと同じ様に引きつったヘラヘラ顔でそう言いつつ、ムスカベはケースを抱え込んで妙に早口で喋る。
「調べがついてない、なんてことがあると思うか?」
「だったらっ」
「その店はノース・ベルト領テロリストのフロント企業、だ」
「……まってまって! 私騙されたんですぅ! 究極のスパイスだって聞かされて――」
冷や汗をびっちょびちょにかいているムスカベは、一転、上目遣いで被害者アピールをしつつ、アタッシュケースを足下へ叩きつけようと両腕を振りかぶった。
「証拠隠滅の恐れありー!」
「確保ー!」
これ以上失態は出来ない公安・厚生両局員は、その挙動を用水路に投げ込もうとした、と認識して必要以上の人数で取り押さえにいった。
「痛い痛い痛い! なんでこんな目に遭わないといけないのーッ! 私何もしてないのにーッ!」
金切り声を上げて叫びまくるムスカベは、この期に及んでの被害者ムーブを繰り広げるため、カガミですらそのやや過剰な対応に何も言わなかった。
*
数日後。
「はいっ、というわけで! 向上心の塊たるミラクルハイスペックウルトラスーパーAIナビちゃんは、この通り中華料理をマスターしたのですっ!」
アイーダ探偵事務所のキッチンにある、4人掛けダイニングテーブルの上に、実際は1人前で中くらいの皿ではあるが、いくつもの大皿料理が用意されていた。
白い布を引いて、ビー玉と玩具のレールを組み合わせて作った回転卓もどきまで用意され、アイーダとカガミの目の前に並ぶそれは、見た目だけは本格的な中華料理に見える。
「ん。美味い」
「このチンジャオロース、肉が入っていないが、そう呼んで良いのだろうか……?」
炒飯以外の中華料理があんまり好きではないカガミは、クッキーバーをもしゃもしゃしながら、赤と緑と薄い黄色のみで構成されたそれを怪訝そうに見つめる。
「うるさいですね! 廉価版では呼ぶのです!」
「それは良いけど、なんでそんなの着てんだ?」
「ふふん。雰囲気なのです」
「あっそ。おっ、このエビチリっぽいのも美味いな」
「プリッとしたカマボコなのがミソなのですよー」
白くて光沢のある生地で作られた、いわゆるチャイナドレスを着たナビは、文句言わずに喜んでムシャムシャ食べるアイーダを見て、満足そうに胸を張っていた。




