欧州の義勇兵
昭和一六年七月より独逸軍が始めた西方電撃作戦は、僅か二月後の九月五日にはもう既に完了していた。それは、仏蘭西も含めた大陸上の欧州各国が独ソの、共産党の支配下に入ったことを意味した。
これで欧州の地にて唯一共産主義国家と化して無い国は英吉利已となってしまった。
英国が赤き侵攻から守られたのは、英国が島国であった為である。幾ら独ソの陸軍が強かろうと、海の上では無力だ。世界三大海軍国たる英国を前にそうなると、陸軍部隊は、その本力を発揮する前にやられてしまうこととなる。
そこで独逸が目を付けたのが空軍であった。洋上では無敵を誇る軍艦でも、停泊中は唯の大きな的でしかない。そこを航空機で爆撃出来れば、沈没迄は行かずとも、撃破と呼べる状態にすれば、後は船団を英本土に上げれば済む。
当然英国もそれは百も承知である。されども、それに対抗するのは至難の技であった。
そんな暗い英国にも、明るい知らせが舞い込んで来たのは、然程時間もおかずのことであった。
一つは対潜迫撃砲が愈々完成し、量産され始めたこと。この対潜迫撃砲は、小型の爆雷を多数前方に飛ばす装置である。そして、ヘッジホッグの名の通り、多数の爆雷が、針鼠を思わせる。この対潜迫撃砲の優れている点は、通常の爆雷と違い、自動的に爆発をせず、潜水艦の近くを通る時のみに爆発する所である。オマケに、一つが爆発すると、他の爆雷も同時に爆発するので、威力も申し分無い。
もう一つは、この日、九月五日に英国に始めて寄港した小型空母であった。いや、重要なのはその空母『若鷹』では無い。その空母から零戦で飛び立ち、近場の飛行場へと降り立った人物達である。その者達は、全員帝国海軍の軍服を着ていた。
彼らこそは危機的状況下の英国に対して行われた義勇兵である。その数五小隊一五人となっている。又、士官は五人おりその全員が小隊長となっている。そして、それを纏めるのがこの人物である。
「日本帝国海軍、欧州義勇兵部隊隊長、寺西行人中佐であります」
一番初めに零戦から降り立った、痩せぎすの精悍な顔立ちをした青年が、出迎えに来た人物に敬礼をする。
「長旅ご苦労。英国空軍戦闘機軍団司令官ヒュー・ダウディング大将だ」
中央にいた長身の白面の男性が返礼をした。
「英国海軍航空隊司令官、アンリ・ダグラス中将です」
ダウディング大将の右横にいた、背は低いながらもがっしりとした体格の赤ら顔の白人が同じく返礼をする。
「それで--アレが君達の戦闘機か……」
ダウディング大将は、今、寺西中佐が乗ってきた零戦に目を向けた。水冷式発動機が一般的である英国では珍しいものなのだろう。
「はい。あれが日本の最新鋭戦闘機零式艦上戦闘機です」
英国人の整備兵が、零戦を格納庫へと運び込もうとしている所であった。日本からは『若鷹』の航空隊と整備兵の殆どが義勇部隊として来た形になっている。
もっともこれでは整備兵の不足も懸念されているので、英国には義勇部隊と共に零戦の構造も渡されている。もしもの時には英軍整備兵が、零戦の整備を行える様に、だけでは無い。
スピットファイアに限らず、英軍の戦闘機の尽くは航続距離が小さい。その為、艦上機としても異様な航続距離を持つ零戦の構造を英軍は知りたがったのである。それだけでは無く、場合によっては英国内で零戦を量産する計画迄有った。
これと引き換えに日本には英国の対潜迫撃砲、電探、発動機等様々な技術が運び込まれることになっている。特にこれからソ連の潜水艦の跋扈が予想されているので、日本にとっては対潜迫撃砲はどうしても手に入れたい代物であった。
ダウディング大将もそのことは重々承知しており、その脳裏には、今後どの様にこの戦闘機を運用して行くかが、次々と浮かんでいった。
「長旅でお疲れでしょう。今日はゆっくりとしていって下さい。幸い-と言って良いか分かりませんが、実は二時間程前に独逸の爆撃機が来ましてね。今日は恐らくもう来ないでしょうから」
ダウディング大将から交代した、バリントン大佐は苦笑しながら言った。実際は苦しい戦いなのだろう。
「これが……我が英国のスーパマリーン・スピットファイア戦闘機です」
バリントン大佐は単発機を前に、帝国海軍義勇兵に向けてそう紹介した。
その機体-もう少し詳しく言うなら、スーパマリーン・スピットファイアMkⅤ-は、悠々とその存在を示す様に佇んでいた。
操縦席前方の突き出した機首。それも空冷式では無く、液冷式発動機特有の細長くとんがっているものだ。主翼、尾翼の特徴的な楕円。主翼も零戦の様に薄くなっており、空気抵抗を可能な限り減らしている。それらが不思議な調和を保ち、この戦闘機を外見的にも優美たらしめている。
我が零戦が日本刀だとすれば、これはまるで西洋の長突剣だな……。寺西中佐はそう感慨に耽った。
「このスピットファイアの情報もあの空母に積まれて貴方方の国へと向かいます。このMkⅤでも可也の余裕が有りますから、改造の余地は十分に残っています」
バリントン大佐は誇らしげにそう言った。実際誇らしいのだろう。英国の技術の粋を集めたこの戦闘機が。
だが、それならば零戦も日本の技術の結晶。そして、日英の最高水準の戦闘機が合わされば、どの様な敵が来ようとも必ず撃墜出来る!寺西中佐は強くそう思った。




