昇竜
九月二日、一四時
ダダダダという轟音がし、戦車から銃弾が放たれる。
それから一瞬遅れて弾着地点に土砂が次々と舞う。
赤軍のT40軽戦車の銃撃で有る。
樺太攻略では、概ね順調に進んでいたが、落石(ソ連名、アレクサンドロフスク=サハリンスキー)で停滞していた。
落石は、ソ連の樺太での中心街であった。その為、赤軍は、此処を死守するつもりである。
落石の南へと続く道で、帝国陸軍は、赤軍の猛烈な反撃を食らっていた。赤軍はそこに樺太に配備されていた五両の軽戦車全てを投入していた。
T40軽戦車は、ソ連がノモンハン事変で軽戦車が想定外の損害を受けたことに対して、作られた軽戦車である。
オハ油田に展開していた分は全てが撃破されていたが、残りは全て落石を守ることとなった。
静寂が戦場を支配していた。というのも、日ソ共々攻め手に欠けていたからである。
だが、その静寂は突如破られた。航空機の発動機の爆音によって。
南の空から零戦と、九九式双軽である。何方も二○機余りと、数は然程多くないものの、戦闘機が無い赤軍にとっては同じ数の戦車より恐ろしい代物である。
零戦は、数機が低空に舞い降りたかと思うと、T40に向けて機銃を打ち始めた。
T40軽戦車は、ノモンハンの教訓から、一三粍の装甲を持っていたが、零戦の二○粍機関砲の前には無力であった。
T40は忽ちに沈黙し、これを好機と捉えた帝国陸軍歩兵隊は、直様進軍を再開した。
T40はこの様に戦闘機已で片付いた。では、九九双軽は何をしに来たのだろう?その答えは落石の町にあった。
落石の町の上空に侵入した、九九双軽は、急降下爆撃を開始した。民間人を狙ったのであろうか?いや、狙いは街内部の軍事建物であった。
帝国陸軍は、落石内部の協力者に、町の軍事建物の場所を聞き出していた。九九双軽の搭乗員は、その場所に目掛けて爆撃を行ったのだ。
急降下爆撃機種にしたのは、民間人に対する被害を減らす為であった。
勢いに乗る帝国陸軍は、その日の内に落石を攻略、遊二号作戦は、概ね完了したのであった。
九月九日、七時
「突撃ーー‼︎」
連隊長の声に押されて、中一等兵は駆け出した。味方の執拗な爆撃により破壊されたのか、戦車の類は姿を見せていない。赤軍は狙撃兵已であった。
ハバロフスク攻略を最終目的とする遊三号作戦は、愈々大詰めを迎えようとしていた。それが中一等兵らの戦闘である。此処はハバロフスク南約七キロの地点に有り、赤軍と帝国陸軍の銃弾が行き交っている。
帝国陸軍は、赤軍はハバロフスク市内での市街地戦を挑んでくるものと思っていた。だが、その予想を裏切る様に森林の中のゲリラ的戦闘を赤軍は挑んで来たのであった。
一小隊が少し先行して偵察的役割を担っていたのだが、余程巧妙に隠れていたらしく、本隊が奇襲を喰らう形となった。
不意を突かれた帝国陸軍は、併し、直ぐに体制を立て直し、反撃を試みた。
そこらかしこで銃声が鳴り、弾丸が飛び交う。中一等兵も踊り出て、銃剣をもって的確に敵兵の頭を抉ってゆく。
全体的に見ても、帝国陸軍が勝っていた。赤軍の虎の子重戦車は先の爆撃でやられていたことに対し、帝国陸軍は、九七式中戦車、九九式軽戦車が有り、それらが万全の支援を施していた。
戦闘開始時刻から二時間立つ頃には赤軍の生き残りは遁走し、戦闘は終了した。だが、帝国陸軍も無傷とは行かず、多数の死者が出ていた。
それでも彼らは進まねば成らない。国家を守る為に、脅威は一刻も早く取り除かなければいけないからだ。
ハバロフスク制圧は意外な程呆気なかった。連日の飛行場に対する空爆で、軍も市民も疲弊しきっていた。そこに陸上部隊が攻め込んで来たのだ。一溜まりも無かった。そうして、帝国陸軍は九月十日にハバロフスクを攻略し、遊号作戦は完了したのであった。
九月一五日、三○機にも及ぶ四発機の編隊が少し寒くなって来た空を飛んでいた。その翼と胴体には日の丸が描かれている。
この四発機は名を一式重爆撃機『昇竜』(海軍名一式陸上攻撃機)という。
『昇竜』
全幅;三○m
全長;二三m
全高;七.五m
全備重量;二万七○○○瓩
発動機『火星』一一型|(離昇出力一五三○馬力)四発
最大速度;四四○粁毎時
航続距離;四○○○粁
爆装;一瓲爆弾三発又は八○○瓩爆弾三発又は二五○瓩爆弾一二発
機銃;二○粍旋回機銃二挺、七.七粍旋回機銃四挺
乗員;七名
『昇竜』は総航本が川崎重工に依頼した本格的な重爆撃機である。又、一部に中島の十三試重爆の技術が流用されており、発動機も含めると、三菱、中島、川崎の日本三大重工の合作という言い方も出来る。
果たして『昇竜』が何処に向かっているのかというと、バイカル湖西岸のイルーツク及びその周囲のシベリア鉄道である。
「此処だ。投弾!」
爆弾は眼下の地面へと吸い込まれて行き、土砂を巻き上げて、火を吹き出した。
帝国陸軍は、『昇竜』を使い、ソ連の補給線を断ち切り、前線の兵を干上がらせる作戦を打ってでた。彼らは膨大な人数を持つ赤軍と正面からぶつかれば、とても敵わないことは重々知っていた。
次からは欧州戦線を書くつもりですが、章は変えません。