【首狩り姫】一日密着取材
「ふっふっふ…!」
「あっ、またディセさんが悪い顔してる」
「あの顔はいいネタ取ってきたんだろ」
おや!
そこにいるのは我が同僚たちではないですか!
私が上機嫌だって?
そんなの当たり前じゃないですか!
「んでディセさん。今度はどこのプレイヤーのネタを取ってきたんですか?」
「えー? どうしようかなー?」
「じゃあいいです。頑張ってください」
えぇぇぇ!?
そこは引き止めてよ!
「しっ…知りたくないの…?」
「知りたいには知りたいですけど、めんどくさいやり取りをしてまではいいかなって」
「もうっ! わかりました! 言えばいいんですね!」
「ほんとめんどくさい人だな…」
うっ…。
でもここでまた焦らしたら今度こそスルーされちゃうから我慢我慢…。
「このジャーナリスト、ディセが! 巷で有名な【首狩り姫】アリスさんの一日を取材させてもらえる約束を取り付けました!」
ふふーん!
どうですか!
あの人を寄せ付けない【首狩り姫】に密着取材ができるんですよ!
羨ましいでしょ!
…ってあれ?
同僚の私を見る目が変ですよ?
なんというか…疑いの眼差しというか…呆れているというか…。
「ディセさん…いくらネタが見つからないからって嘘はいけませんよ?」
「あのアリスちゃんが密着取材なんてさせてくれるわけないじゃないですか」
「えっ…いや…その…」
「てか、記事にでもして下手なこと書いたら何されるかわからんしな」
「夜道で後ろから首切られたりするかもな」
「「ハハハハハ!」」
「もうっ! 何なんですか!」
私の所属する情報系ギルド―ギャラルホルンはNPC…もとい現地人とプレイヤー関わらずに情報を発信することを目的としたギルドだ。
この世界では新聞なんていうものがなかったため、いっその事私たちが作ってしまおうという考えが基でできたらしい。
コピー機等もないのに新聞なんて大変じゃないのか? と思うところですが、【複製】スキルがあるため、素材さえあれば本のような紙媒体の物はコピーできるのだ。
あとはスクリーンショットを写真として貼ることのできる【転写】スキルと、文字を書くための【筆者】スキルがあれば新聞を作ることが可能となる。
そうして作った新聞を売る事でギルドの収入源としているのだ。
まぁ、裏では情報屋といった仕事もこっそりだけどしているんだけどね。
「それはともかく!」
私はあの【首狩り姫】を一日取材することができるのだ。
嘘だと思っている同僚諸君!
その事実に驚くがいい!
まぁ一日取材となったのは、お店で働いているところはNGということで、代わりに普段の活動でいいならという条件の元だ。
っと、そろそろ時間だし急がなくては。
「どうもー。清く正しくディセ新聞ですー」
「あっ、どうも」
明け方、私は通常オープンしていない彼女の店に入ると、彼女はどうやら新調したばかりであろう着物を着て待っていた。
紅色が基本の、襟と帯が紺色となっており、ふわっと着物が揺れると、裏側は白色となっており、背中には百合の花の模様が付いていた。
それに腰には脇差とは違った、通常の日本刀と同じぐらい長さの刀が刺さっていた。
そして一つ違うのは、頭に狐のお面が付いていることだった。
「おっ! さっそくいい写真が撮れそうです! 一枚いいですか?」
「まぁ…一枚ぐらいなら…」
「それとそのお面はまた新しいですね! 一体何の効果があるんですか?」
「えっと…それは秘密で…」
よっしゃ!
さっそく初お披露目っぽい新着お姿いただきました!
まぁお面についてはそこまではいいかな?
ともかく! くふふっ!
同僚たちよ、ご愁傷様様です!
「それで今日はどちらへ?」
「えっと、観察はもう十分したからミールド山脈に行きます」
ミールド山脈ってあの王都から北側にある雪山と火山に挟まれた山間部のこと?
「ちなみに目的は?」
「んと、そろそろ美味しい卵を使った料理をしたいので、山王鳥の卵を取りに行こうかなと」
ん?
サンオウチョウ?
えっと…山に王と書いて鳥の?
って、えぇぇぇぇぇ!?
あのめっちゃくちゃ美味しい卵で有名の!?
しかも警戒心が凄く高くて、敵を見つけると自分の生んだ卵を全部割っちゃうので、滅多に市場に出ないあの山王鳥の卵!?
噂によれば不死でドロップアイテムも出ないっていうらしいけど…。
それを取りに行く…?
「ということでレヒトまで行きますよ。ちゃんと地点登録してますよね?」
「えっえぇ、勿論!」
普通に狩りをするものとばかり思ってましたが、いきなりトップギアですね…。
王都レヒトへ飛び、馬車でも借りるのかな? と思った私がバカでした。
「すっ…すみません…」
「いえ、軽いので大丈夫です」
私は今、自分よりも10cm以上小さい女の子にお姫様抱っこされて移動している状況です。
しかもピョンピョンジャンプしてかっ飛ばしながら…。
最初は私も追いかけるつもりだったんですけど、AGIが違いすぎておいて行かれてそうになったのを、彼女がこの移動方法を提案したので、大人しく従っているというわけです。
しかも人一人持って軽いって…。
彼女どれだけSTR上げているのでしょうか…。
てかどう見ても彼女重い武器とか持たないよね!?
なんでSTRそんなに上げてるのよ!?
まさか四時間程掛かるところをその半分ぐらいで着くとは思わなかったです。
「じゃあ、ここから少し山歩きますので」
彼女は私を降ろして、山の中へ向かって歩き始めた。
私もおいて行かれるわけにはいかないので、後ろをついて歩く。
二時間ほど山を登っていると、生い茂った山中を抜け、見晴らしのいい場所に出た。
「綺麗ですねぇ…」
「あっ、あんまり崖に近づかないでね」
「えっ?」
とりあえず、彼女に言われた通りに崖には近づかないようにしよう。
危ないからってことかな?
すると彼女は地面に這いつくばって、匍匐前進するようにゆっくりと崖に近づいて行った。
「とりあえずここからは声だし禁止で。指示は手信号でするから、意味がわからなかったらメッセージして」
彼女はそう言うと、無言でゆっくりと崖に近づいて下を覗いている。
私も彼女が何を見ているのかが気になったので、彼女と同様の移動方法で崖から顔を出す。
すると崖下にぶっさいくな大きめの鳥が座り込んでいた。
私が身を乗り出しすぎていたのか、彼女は私の肩を抑えて後ろに下がるような手信号を送った。
私は彼女にメッセージであれが山王鳥? と聞くと、そうだよ。と返ってきた。
でも何でこんな崖上で待機しているのだろう?
そう思って下を覗いていると、山王鳥の近くに卵がある事に気づく。
どうやって取るのだろう…? と思っていると、突然山王鳥が立ち上がり、近くにあった卵を割ってしまう。
咄嗟に何で!? と声を出しそうになったのを、彼女に口を塞がれて抑えることができた。
そして彼女は指である方面を指差した。
そこには四名ほどのプレイヤーが木々の中に隠れていたのだ。
何故気づかれたのかと彼女に聞くと、どうやらあの鳥のいる場所があの一帯の風下に当たり、周囲の臭いで敵がいるかわかってしまうらしい。
だからこんな崖上で待機しているのか。
でも、ここからどう卵を奪うんだ?
全くわからない…。
あれから数時間が経過した。
プレイヤーたちも諦めて帰ってしまい、今近くにいるのは私たちだけのようだ。
んー…このまま何もしないで取材終わるのかなぁ…。
せっかく【首狩り姫】の密着取材なのに…。
これなら普通に狩りしてもらった方が良い絵が取れたかもなぁ…。
そんなことを思いながら、山王鳥を観察していると、急に立ち上がってプルプルと震えだした。
あぁ、たぶん敵がいなくなったからまた卵を産むんだろう。
そう思ってぼんやりと眺めていると、彼女がゆっくりと立ち上がり、頭に付けていた狐のお面を顔に掛けた。
そして私にメッセージで、何があっても騒がないようにと伝えてきた。
えっ? と思った次の瞬間、彼女は崖を後ろ向きで頭から落ちていった。
「っ!?」
おそらく、彼女から先ほどのメッセージがなければ叫んでいただろう。
私は落ちていく彼女を崖上から覗きこむ。
山王鳥は卵を産むのに集中しているのか、彼女に全く気付かない。
彼女は逆さまのまま落下しながら脇差を抜いた。
そして彼女は身を捻じって回転するように落下し始めた。
さながら、円形の電動のこぎりが回転しているようだった。
そして山王鳥が卵を産んだと同時に、彼女の刃が卵を産んで伸びきったその首を切断し、綺麗に着地した。
私はポカーンとしながらその光景を見ていた。
てかなんであの高さで落下して無事なの!?
ここから地面まで20mぐらいはありそうだけど!?
私が驚いている間に、彼女は山王鳥の卵を回収してぱぱっと走り去って行った。
そしてメッセージが届き、早く逃げた方がいいよという指示が出たので、私は慌ててその場から去っていった。
数十分後、彼女と合流した私は、あの光景に驚かされてしまい、何かを聞く気にはなれなかった。
そして彼女の家に戻ってきた時には、もうすっかり暗くなっており、彼女の使用人たちもお店を閉じる準備をしていたところだった。
「えぇっと…。本日は取材を受けていただきありがとうございました…」
「あっはい。お疲れ様でした…?」
「あと…山王鳥については…」
「別に書いてもいいですけど…他に真似する人っていますかね…?」
ですよね…。
ともかく、こうして私の一日取材は終わりを迎えた。
後日、この事をどう記事に書こうかなと悩んだ末に、山王鳥の卵の取り方の一部始終を書いて上司に当たるプレイヤーに見せたところ、嘘はやめとけ。と言われたので、大人しく【首狩り姫】の新装備について書いただけとなった。
とほほ…。
はい、情報系ギルドのギャラルホルンが出てきました。
ちなみに、『笑ってはいけない』『日曜日のたわけ』の方ではないのでご心配なく。




